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057: 五人目の「ムシ」(3)

本日の二話目です。

◇2039年6月@福島県二本松市 <安斎真凛>


「間違いありません。鈴音ちゃんは『ムシ』です。アタシとおんなじ『ムシ』なんです!」


安斎真凛あんざいまりんの言葉で紺野鈴音こんのすずねは、更に困惑を深めたようだった。

『まあ、当然だろうな』と思った真凛は、彼女に優しく語りかけた。


「そんなこと言われたって、困るよね-。でも、本当なんだ-。だってもう、『ムシ』への変異が始まっちゃってるんだもん」

「あ、あの、真凛ちゃん。突然、そんなこと言っても信じられる訳ないでしょう……。ていうか、何がどうなってるのか……」


菅野彩佳かんのあやかは、キッと真凛の顔を睨み付けている。たぶん無意識なんだろうけど、間違いなく鈴音以上に激しく動揺しているようだ。

そこで、意外にも鈴音から、〈叔母さんは、黙ってて!〉という心話が届いたけど、それは彩佳には聞こえない。それでも何かを察したようで、真凛に訊いてきた。


「あの、真凛ちゃん。さっきも訊いたと思うんだけど、真凛ちゃんと鈴音ちゃんって、何か特別な形で情報のやり取りをしてるわよね?」

「あ、はい。さっきから鈴音ちゃんは、アタシとだけ喋っていて……」

「それって、ひょっとすると、テレパシー?」

「はい。うちらは、『心話』って呼んでますけど」


真凛が彩佳と話している間、鈴音は両手を掲げて不安そうに見ている。もはや隠しようもなく、ハッキリと光っているからだ。

その鈴音が、〈教えて、お姉さん。私、これからどうなっちゃうの?〉と訊いてくる。その言葉に重なる形で、菅野紗彩かんのさあやが「鈴音お姉ちゃんのお手々、とっても綺麗!」と、またもや無邪気な歓声を挙げた。

真凛は、そんな紗彩に「そうだね-。鈴音ちゃん、綺麗だよね-」と言った後で、その場ですっと立ち上がった。


「あの、さっきも言いましたけど、ごめんなさい。アタシ、『ムシ』なんです。『ムシ』だってこと黙ってて、本当にごめんなさい」


真凛は、険しい顔の彩佳と心配顔の鈴音に向かって、きちんと頭を下げる。こんなハダカで頭を下げるのは変だけど、今はそんなこと言ってらんない。

その真凛に向かって彩佳が、「座ったら?」と言った。それで急に真凛は、自分のアソコに毛が生えてないのが気になり出した。要は、発育が遅いって事なんだけど、恥ずかしさで無意識に俯いてしまう。


「真凛ちゃん。ちゃんと説明してくれるわね?」


今の真凛には、余計に彩佳の声が冷たく感じた。


「はい、もちろんです。と言っても、納得してくれるかは別なんですけど……」

「良いわよ。話して頂戴」


それから真凛は、自分が話せる事を思い付くままに語って行った。

自分が「ムシ」になったのは、昨年の九月である事。その時は不安だったけど、空を飛べるようになった事が、もの凄く嬉しかった事。それから、昨年末に郡山で新しい「ムシ」の子を見付けて、それからは二人になった事。岩木市にも「ムシ」の子がいて、郡山の子が会いに行った事。先週、南相馬市にも新しい「ムシ」の子が生まれた事。今の所、「ムシ」の子はみんな、髪の毛が金髪か淡い茶色である事。そして……。


「アタシ、新しく『ムシ』になる子がいると、その事が分かるみたいなんです。で、今朝から何となく予感めいたものがあって、さっき鈴音ちゃんと会った時に、『この子だ!』って思ったんです。それで、色々と教えてあげたくなっちゃって、お風呂で待ってたっていうか……」

「そうなのね。だったら、最初に会った時に教えてくれたら良かったのに……」

「いや、そん時に言っても、たぶん、分かってくれなかったですよね。絶対、『頭、おかしい子』って思われちゃう」


そこで彩佳は、ちょっと考えてから、短く「そうね」と頷いて返した。

その間にも、鈴音の身体からだは、どんどんと光り輝いて行く。

真凛は、鈴音に話し掛けた。


「えーとね、鈴音ちゃん。今は色々と混乱してて、すっごく怖くてしょうがない状態だと思う。アタシもそうだったから、良く分かるんだ。だけど、『ムシ』になるのって、本当に全然、悪い事じゃないよ。逆に、素晴らしい体験がいっぱいできるんだ。だけど……」

〈「だけど」って、何か悪い事があるの?〉

「うん。たぶん、今の彩佳さんもそうだと思うけど、『ムシ』って、他の人から見ると『化け物』だからさ」

「私は何も、そんな……」

「あの、これは友達の『ムシ』の子の受け売りなんだけど……」


真凛は、そう前置きしてから、玉根凜華たまねりんか矢吹天音やぶきあまねから聞いた事を語り出した。


「今はまだ『ムシ』の子が少ないから、あんまり世間でも注目されてないけど、そのうち注目されるようになると思うんです。そしたら、『ムシ』の子を捕まえて研究対象にしようだとか、『ムシ』の子に対する差別だとか迫害だとか起きるかもって……。あの、もし本当にそうなっちゃったら、彩佳さん、一緒に鈴音ちゃんの事、守ってもらえますか?」

「えっ、真凛ちゃんも守る側って事?」

「当然です。だって、『ムシ』の子は、みんなが『家族』なんです……あ、『家族』っていうのは、仲間って事です。いや、そうじゃなくって、普通の仲間よりも強い絆って奴で結ばれてるっていうか……」

「なるほど、真凛ちゃんが言いたいこと、良く分かったわ。最初に遭った時から思ってたんだけど、真凛ちゃんって、やっぱり良い子ね。さっきは、疑ったりして悪かったわ。ごめんなさい。それと、ありがとう。きっと、ここへ来てくれたのだって、鈴音ちゃんが心配だったからなんでしょう? 本当に、どうもありがとう」


さっきまでの彩佳の険しい顔が、穏やかなものに変っていた。


「いや、アタシがここに来たのは当然っていうか……、新しい『家族』に早く会いたいって思うのは、当ったり前の事じゃないですかあ。鈴音ちゃんは、アタシの大切な妹なんです」

〈えっ、お姉ちゃん?〉


不安そうだった鈴音が、少しだけ和らいだ顔になって真凛を見た。その鈴音に真凛が微笑みかけた時、相変わらずの大声で紗彩が言った。


「鈴音お姉ちゃんが真凛ちゃんの妹だって事は、真凛ちゃんは、あたしの新しいお姉ちゃんって事だよねっ!」


それから紗彩は、サッと立ち上がって「お姉ちゃん!」と叫びながら、ハダカの真凛に抱き付いて来たのだった。



★★★



「あの、もう一度だけ確認しておきたいんだけど、『ムシ』になる子って、みんな、そういう頭なの?」

「はい。そうです。私の知ってる四人全員が、こんな感じです……って、鈴音ちゃんで五人目だね」

「それで、全員が女の子って事ね?」

「はい」


そこで彩佳は、チラっと紗彩の方を見て話を続けた。


「だったら、いずれは紗彩もそうなるのかしら?」


そこで、ようやく彩佳さんの関心の矛先が分かった。


「……たぶん」


紗彩の方に目をやりながら、真凛は呟くように返した。

まだ「ムシ」の数が少なくて本当は何とも言えないんだけど、直感的にそう思ったのだ。


そうこうするうちに、鈴音が身体に纏う光が更にずっと強くなって、露天風呂全体が明るくなってきた。隣の部屋の専用露天風呂との間には高い衝立ついたてがあって、少し距離もあるから大丈夫だとは思うけど、少し心配。ここまで来たら、早めに出て行った方が良いかもしれない。

そう思った真凛は、再び立ち上がった。鈴音が発する光に白い裸体が照らされて、さっき以上に恥ずかしい。


「ほら、鈴音ちゃんも立ってみて」


真凛が何気なく発した言葉に、彩佳の顔が再び強張った。だけど、そんなのは関係ない。だって、鈴音はもう「ムシ」になっているのだから……。


「えっ?」〈えっ?〉


彩佳と鈴音が、同時に反応した。紗彩は今ひとつ状況が分からないのか、首を傾げて考え込んでいる様子……。

もう一度、真凛は力強い言葉を投げた。


「立てるよ。鈴音ちゃんは、絶対に一人で立てる。アタシを信じて!」


真凛は、ゆっくりと待った。真凛の横では彩佳と紗彩が固唾をのんで見守っている。

そんな三人の様子に感化されてか、鈴音が纏う光が更に輝きを増す。もはや彼女の顔の表情は分からないけど、きっと強い意志を示している筈……。


「あ……、立った……」


それは、ほんの一瞬の出来事だった。

鈴音が立つ動作を始めたと思ったら、既に彼女は、ちゃんと自分の足で立っていた。たぶん、生まれて初めてなんだろうけど、きっと本能が覚えていたに違いない。


「鈴音お姉ちゃん、すっごーい!」


紗彩が手を叩きながら叫んだ。その隣で、彩佳の身体が震えている。

既に全身が光に包み込まれていた鈴音の光が、その時だけ弱まった。その瞬間、白く無垢な裸身が自らの光の中に浮かび上がる。まるで女神の様に感じた途端、再び光が強まって、今度は彩佳と紗彩の二人の裸身が、神々しく照らし出される。

もちろん、光の中心は鈴音だ。光り輝く彼女の存在が、周囲を神聖な場に変えてしまったみたいだ。


〈鈴音ちゃん、次は翅だよ!〉


真凛が鈴音に呼び掛けると、彼女の背中から左右に光の矢が放たれる。それらは途中で下に折れ曲がり、そこからは複雑な動きをして、二対の「光の翅」が形作られる。外周がギザギザの形状をしていて、ベースの色は薄い茶色。そこに焦げ茶の太い翅脈が縦横に這っているのが見て取れる。

サイズは、凜華と同じくらいか、それ以上かもしれない。つまり、真凛よりも大きいという事だ。


〈ほら、後ろを見てごらん。立派な翅だよ〉


鈴音が後ろを向いて驚いている間に、真凛は一瞬で背中に水色の「光の翅」を出現させる。鈴音より一回り小さくて丸みを帯びた翅だけど、これはこれで悪くないと思う。


「鈴音お姉ちゃん、すっごーい。真凛お姉ちゃんも綺麗な翅だね」


はしゃいだ声は、紗彩のものだ。その隣では、彩佳が呆然と鈴音の変異した姿を見上げている。

鈴音の翅がゆっくりと動き出す。それに合わせて身体が静かに上昇を始める。

真凛は心の中で鈴音に〈さあ、行くよー!〉と号令を掛けると、彼女と一緒に夜の空へと一気に舞い上がって行った。




END057R


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


あと、もう一話だけ、「五人目の『ムシ』」が続きます。

できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:パニック)


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

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