055: 五人目の「ムシ」(1)
本日の二話目です。
◇2039年6月@福島県二本松市 <安斎真凛>
その日は、六月最初の金曜日だった。南相馬市の門馬里香が四人目の「ムシ」となった日から、ちょうど一週間後だ。
この日、真凛は夕方から南相馬に行って、里香の自宅マンションに泊まる予定だった。彼女の母親が夜勤だったからだ。
ところが、朝、目覚めると何かが引っ掛かる。今日は、行っちゃいけないような気がする。
真凛は、『また、「ムシ」になる子に呼ばれてるのかも』と思った。だけど、先週、里香が「ムシ」になったばかりなのだ。いくらなんでも早すぎなんじゃないの?
それでも、「ムシ」の仲間の三人には、「新しい『ムシ』が生まれるかもしれない」というメールを送っておいた。
昼過ぎになって、その「『ムシ』になる子に呼ばれてる」感覚は一層強くなった。もはや、疑いようがなかった。でも、問題は「何処で?」だった。ここより北の福島市のような気がするのだけど、直感は、『ここに居なきゃいけない』なのだ。
学校の授業が終わると、今日も真凛は掃除当番を押し付けられ、それを終えると、すぐに家路に着いた。途中で不良連中に絡まれたりもしたけど、適当にあしらって逃げる。瞬間的に光を纏って、その場からサッと立ち去ったのだ。そうすれば、『目くらましの何かを使ったんだろう』と勝手に思い込んでくれる。
当然、例の「呼ばれてる」感覚は、どんどんと強くなって行く一方だった。しかも、『もうすぐだ』といった予感さえある。それは初めての感覚で、真凛は少しだけ怖くなった。
その時。ようやく普通の歩く速度に戻った真凛は、少し遠回りをして温泉街のメインストリートにいた。
さっきの連中は、まだ追い掛けて来ないけど、最悪、力哉のいる店に行こう。真凛には、『きっと彼だったら、助けてくれる』といった確信があった。
そんな事を考えながら歩いていたせいか、正面から来た子に真凛は、危うくぶつかりそうになった。いや、正確に言うと、その子が乗る車椅子の車輪に足を引っ掛けて転びそうになったのだ。車椅子の子は謝ってくれたけど、これは全面的に真凛の方が悪い。
「いやいや、悪いのはアタシの方だから、謝らないでよ。ぼんやり歩いてたのが、いけなかったの。ほんと、ごめんなさい」
ちゃんと頭を下げた真凛が頭を上げ掛けた時、ふいに車椅子の子と目が合った。小学生の女の子。三年生か四年生くらいかな……。いやいや、たぶん、もっと上だ。だって、この子の髪の毛は、綺麗なブロンドなんだもの……。てことは、ひょっとして……。
「あのー、すっごく綺麗な髪だね」
真凛が思わず口にした言葉に、その子は驚いた顔をした。しかも、その子だけじゃなくて、車椅子を押してた小さい子も、その隣で見守っていた女の人も不思議そうな顔……。
そして、不思議な沈黙が訪れる。
それを打ち破ったのは、大人の女の人だった。
「あら、ひょっとして、あなたの髪の毛も地毛なの?」
「はい。アタシ、生まれつき色素が薄いみたいなんです」
「うわあ、サーヤ達と同じ髪の毛の子なんて、あたし、初めてだあ!」
車椅子を押している女の子が、歓声を上げた。その子もまた見事な金髪だった。女の人は普通の茶髪だけど……。
「本当に奇遇ね。こんな所で同じような体質の子と会えるだなんて、とても他人とは思えないわ。実はね、私の髪も地毛なのよ。と言っても、この子達と比べたら濃い色だし、小学校の中学年までは普通の黒髪だったから、ちょっと違うのかもしれないんだけど……。あなたのお母さんは?」
「うちの母の希美は、『アタシより少し濃いかなあ』って感じの色です。やっぱ、遺伝なのかなあ?」
「さあ、何とも言えないわね」
そう言う彼女は、二人の姉妹と同様に白い肌。やはり、真凛と同じだ。
「あの、皆さん親子なんですか」
「いや、この子は、うちの子の従姉よ。つまり、私は叔母なの」
その従姉の子が、車椅子の子だ。
「あの、私、紺野鈴音です」
「あたし、サーヤ」
「ほら、苗字も言わなきゃダメでしょう。私は、菅野彩佳で、この子は紗彩、小学二年生です」
「私は六年生だけど、幼く見えちゃうでしょう?」
「ううん。アタシも小学生に見られる事あるし……あ、アタシは安斎真凛。ひとつ上の、中学一年生だよー」
「ふーん、真凛ちゃんって言うんだあ」
「こら、紗彩。お姉ちゃんでしょうがっ!」
「あ、そっか。真凛お姉ちゃんだねっ」
真凛は苦笑しつつも、大切な確認をしておく。
「それで鈴音ちゃん達は、温泉に来たの?」
「はい。今日は学校が休みだったから……。創立記念日なんです」
「そうなんだ……。えーと、鈴音ちゃん達が泊ってる所って、この先の一番大きい旅館だよね?」
「そうよ、良く分かったわね」
答えてくれたのは、彩佳だった。
「だって、そのタオル……」
つまり、彩佳が首から下げていたタオルが、そこの温泉旅館の物だったのだ。そして、そこは四月に凜華と知行の家族が泊った旅館でもある。
そこで、今度は鈴音が訊いてきた。
「へえ、そのタオルですぐ分かるって事は、ご両親のどっちかが、この旅館で働いてるとかですか?」
「うーん、ちょっと違うかな。まあ、この辺で働いてはいるんだけど……、アタシの家、ここからすぐの所にあるアパートなんだ」
この時、真凛は確信していた。間違いない。この鈴音という子が、「ムシ」になる子だ。こんなに可愛くて優しい子が「ムシ」の仲間になるなんて、なんてラッキーなんだろう!
本当を言うと真凛は、ちょっとだけ思い違いをしていたのだが、この時は気付かない。だけど、この後で鈴音が真凛の大切な相棒になるのは、間違いない事だった。
「じゃあね、鈴音ちゃん。紗彩ちゃんもね。えーと、たぶんだけど、この後、また会えると思うよー」
「えっ、何で?」
「うーん、何でかなあ……。だから、また後でね-」
「はい。また後で」
「真凛お姉ちゃんもねー」
菅野彩佳にペコリと頭を下げて、二人の少女に手を振った真凛は、勢い良く自宅アパートの方へと走って行った。
★★★
自宅アパートに着いた安斎真凛は、母の希美から「お帰り」の代わりに、「遅い!」と言われてしまった。確かに、今日は掃除当番で学校を遅く出たにも関わらず、途中で色々とあって遅くなったかもしれない。だけど、そんなには変わらない筈……。
「もう、さっさとテーブルに着きなさい。ご飯、食べるよ」
どうやら母の希美は、早めに出勤したいらしい。
ここ数日、真凛は希美と一緒に夕食を食べている。真凛にとっては早過ぎる時間の夕食だけど、希美が望んだ親子水入らずの団欒だからと、付き合ってあげているのだ。それが内心、少しは嬉しかったりもするのだが、希美には内緒である。
尚、二年くらい前から、料理を作るのは真凛の役目だったりする。何事も大雑把な希美の料理は、正直、美味しくないからだ。だけど、その希美だって、作り置きの料理を温めなおしたりする程度の事ならできる。大半は、電子レンジでチンするだけなんだけど……。
夕食を食べ終えると、希美は慌ただしく出て行った。後片付けは、当然、真凛の仕事。ていうか、今や家事の九割近くは真凛がやっているのだが、自分は働いてないし大して勉強もしてないから、『仕方ないか』と思って居る。
夕食後の洗い物を終えて洗濯機を回しながら、ザッと掃除をする。それから室内に洗濯物を干してから、自室に籠った。四畳半で、ベッドと学習机とクローゼットしかない部屋。窓からは、温泉街と反対側の雑木林が見える。今までは殺風景で嫌だったけど、「ムシ」になって飛び出すには丁度いいので助かっている。
耳を澄ますと、さっき会った鈴音ちゃんの存在が、微かにだけど感じられる。この後、彼女が「ムシ」になるのは間違いない。だけど、もう少しだけ先みたい。
真凛は、天音と凜華と里香の三人に、もう一度、短いメールを入れておいた。すると、南相馬市の門馬里香が、こっちに来たいという。
『今夜は、うちのお母さん、せっかく夜勤なんだもん』
「でも、一人で大丈夫なの? 行きは良くても、帰りは眠くなるよ。かと言って、うちで寝ちゃったりしたら、朝が起きられないと思う。お母さんが帰って来た時に里香ちゃんがいなかったら、お母さん、心配するよ」
この時、実は凜華とも回線を繋げていて、助け船を出してくれた。
『仕方ないから、私が里香ちゃんの所へ行くよ』
『えっ、新しい『ムシ』の子の所に行かなくて、良いんですか?』
『まあ、そっちは真凛が何とかするんじゃない?』
「分かった。アタシの方で何とかする」
『宜しく。私の方は、できたら明日にでも会いに行くよ』
『分かった。そん時は案内する……って、まだ、その子の家、聞いてないや』
『えっ、どういう事?』
そこで真凛は、さっき、鈴音ちゃん達三人に会った時の話をした。
『ふーん、そんな偶然もあるんですね』
『そうだね。そんなら尚更、真凛だけの方が良いかもね』
それから、二人との通話を終えた真凛は、再び紺野鈴音の気配を探ってみる。親しい人達と一緒にいるからか、特に大きな感情の乱れは感じられ無い。
それでも真凛はサッと変異して、彼女達が泊っている温泉旅館へ行ってみた。ある程度の透視ができる真凛の場合、こういう時は都合が良い。
窓の外から慎重に中を探ってみたけど、さっきの三人はなかなか見付からない。それで真凛が焦り出した時、ようやく離れの別邸があるのを思い出した。
最近になって知った事だが、そこには四部屋だけの特別室があって、それぞれの部屋に露天風呂が設置されている。平日で客がいない時とかは、真凛にとって狙い目のプライベートのお風呂なのだ。
考えてみれば、あの三人は随分と身なりが良く、特に彩佳という女性には品があった。案外、お金持ちなのかもしれない。
早速、別邸の方に回ってみると、やっぱり、そこにいた。三人は食事中だったけど、あらかた食べ終えている様子。近付いて耳を澄ませると、「お姉ちゃん、ご飯の後は、お風呂だよね?」という紗彩の声が聞こえた。
真凛は、ちょっとだけ考えてから、名案を思い付いたとばかりにサッと舞い上がって、その場を後にしたのだった。
END055
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「五人目の『ムシ』」の続きになります。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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★★★
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(ジャンル:パニック)
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