054: 真凛の日常(2)
◇2039年6月@福島県二本松市 <安斎真凛>
六月に入っても福島県中通り地方は、比較的天気の良い日が続いていた。
安斎真凛は、夜間に限ってなら、とても充実した日々を送っていた。毎晩のように彼女は郡山まで遠征して、玉根凜華と一緒にあちこちを飛び回り、一緒にバカな事をやったり、やり過ぎて叱られたりしていた。それと、一日おきくらいには大谷知行を呼び出してもらって、たわいもない会話を楽しんだりもしていた。
更に、地元の岳温泉内でも「ムシ」の姿で頻繁に出没しており、温泉に入ったり、あちこちの店を覗いてみたりと、自由気ままに振舞っていた。
一方、昼間の方だが、一応、真面目に中学校に通っていた。しかし、相変わらず孤立していたし、不良っぽい連中から陰湿なイジメにも遭っていた。その事は、担任教師の熊谷郁恵も把握していたようで、時折り心配そうなフリをして、「大丈夫?」と尋ねてくる。
だけど、それがマニュアル通りの演技に過ぎないのは明らかで、彼女が真凛を見る目は常に冷ややかだし、イジメを行っている生徒に注意しようともしない。
最初のうち真凛は、不良っぽい連中に対しても熊谷先生が、「聞き分けの良い教師を演じている」と思っていたけど、違っていた。。どうやら彼女は、そいつらの中でリーダー格の男子二人がお気に入りのようなのだ。
その内の一人は、やや小柄で細身のカワイイ系男子。陽キャを演じているけど、たぶん腹黒だ。もう一人は、細マッチョな感じのクール系男子。見るからに陰険そうだけど、イケメンではある。
とはいえ、そんな熊谷先生であっても、『アタシに明確な敵意を向けてこないだけマシ』と真凛は思っており、絡んでくる連中を飄々と受け流していた。今の真凛はイザとなれば逃げられる上に、やる気になれば反撃だって出来る。だから、何を言われようとへらへらしていられるし、どんなに凄まれたって平気なのだ。
更に真凛は、今まで怖い存在だった父の芳賀力哉と対峙した事でも、心に余裕が生まれていた。昔から彼は気分にムラがあり、妻の希美に対する怒りのとばっちりを受ける形で、理不尽に怒鳴られる事が多々あったのだ。その為、小遣いをせびる時以外は、たいてい避けていたのだった。
その力哉は、未だにアパートに戻っては来ない。
母の安斎希美は、「戻って来ないなら来ないでいいや」と呟いくのが日課になっている。それが彼女の本音かどうかは分かりかねるけど、真凛の方は、割と本気で「どっちでも良い」と思っていた。
「本当はあんたの養育費くらいもらいたいけど、あの甲斐性なしじゃ、まあムリだろうねえ」
「そうかな。仕事は、ちゃんとやってるみたいだけど……」
「あら、なんか今日の真凛は、あの人の肩を持つんだね」
真凛は、希美の問い掛けには返事をせずに席を立って、台所で洗い物を始めてしまった。
最近、希美は見た目が少し派手になったと思う。それに、知らないアクセサリーも増えた。当然、男に買ってもらった物なんだろうけど、その男にどこまで本気なのかは分からない。
だけど、ひとつ言えるのは、またしても希美と力哉の関係が危機的状況にあるという事。もっとも、それとて今までに何度も繰り返されてきた事だから、どうでも良いっていや、どうでも良いんだけど、何となく真凛は、『今度のは、ちょっとヤバいかも』と思い始めていたのだった。
★★★
父の力哉は、あの後も職場のクラブには、ちゃんと出勤しているようだった。
だから、会おうと思えば、そこに行けば良い。
何故、それが分かるかと言うと、あれから気になった真凛は、そのクラブを時々覗いていたりするからだ。もちろん、「ムシ」になってバックヤードに忍び込み、そ-っと様子を窺うのだが、バーテンダーとしての彼は驚く程にまともなのだ。
力哉は、一見すると不愛想ではあっても客には礼儀正しく振舞っていて、質問には愛想よく答えている。そんな所がクールなイケオジに見えるのか、意外と女性受けが良いようだ。ていうか、明らかに彼を狙って来店し、カウンターに座って目をギラギラさせているお姉さんとかも、割と良く見掛けたりする。そうした肉食系女子でさえも上手に客としてあしらう所は、さすがプロだと思う。やっぱり、どんな職場であろうと、実際に働くのは大変みたいだ。
そんな訳で今夜も真凛は郡山に行った後、何となく力哉が働くクラブを覗いていた。時刻は、午後十一時を回った辺り。平日だからか、意外と今夜は客が少ないようだ。
更に真凛は、客がいなくなったのを見計らって、力哉の前に顔を出してみた。その時の彼女は、タンクトップにホットパンツといったラフな格好だったけど、彼は眉ひとつ動かさずに、「真凛か」と言った後でボソッと、「こないだは悪かったな」と謝ってきた。
意外に思ったけど、真凛も「別に良いよ」と答えてやる。
「希美は、どうしてる?」
「どうってって、普通だよ」
「ケガは?」
「大丈夫だったみたい」
「そうか」
力哉は少し黙った後で、「取り敢えず、そこに座ってコーラでも飲んでけ」と言った。
真凛は、「ありがと」と返して、カウンターのハイチェアによじ登る。そして、目の前に置かれたコーラをストローで飲んだ。グラスの縁にライムが挟んであって、少し大人な気分になった。
「なあ、真凛。お前、学校には行っとけよ」
「最近は、ちゃんと行ってるよ」
「そうか」
「でも、高校は行かないかも」
「何でだ?」
「勉強、好きじゃないし、学校って、面白くない」
「そうか……。で、何かやりたい事、あるんか?」
「うーん、別にないけど、キャバ嬢ならやっても良いかなって……」
「アホ。たぶん、お前にはムリだ」
「ふーん。希美と同じ事、言うんだ」
「まあ、あれだ。まだ時間があるから、色々と考えてみろ」
「分かった」
その後、再び力哉は黙り込んでしまった。だけど、店内にはラップ調の音楽が流れていて、それを聴いてるだけでも、結構、楽しい。
だけど、せっかくの機会なので、真凛は思い切って聞いてみる事にした。
「ねえ、お母さんとは別れるの?」
「さあ、どうかな」
「じゃあ、いつ帰って来るの?」
「分からん」
「そう」
真凛は、『やっぱり、話してくれそうにないな』と思いながら、コーラをごくごくと飲んだ。
すると力哉が、ボソッと言った。
「まあ、この歳になると、色々とあるんだ」
確かに、そうなんだろう。
そもそも真凛自身、その色々のせいで生まれて来た訳だし……。
気が付くと、目の前のコーラが入っていたグラスは空になっていた。時計を見ると、まもなく日付が変わる時間だ。
「じゃあ、そろそろ帰るね」と言って席を立った時、ちょうど二人連れの女性客が入って来た。その内の一人が真凛をキ゚ッと睨み付けてきたので、真凛も負けじと睨み返す。それから、父の力哉に「御馳走様」を言って、ドアに向かって歩き出した時、背中の方から「また来い」と声が掛かった。
真凛は、サッと振り返って軽く手を振ってから店を出た。
外に出ると、雲の切れ目に見える月がやけに明るく感じた。真凛は、何となく「ムシ」にはならずに、そのまま軽い足取りでアパートの方へと向かって行った。
END054
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話からは、五人目のヒロインの登場です。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。
★★★
本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。
(ジャンル:パニック)
ハッピーアイランドへようこそ
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/




