052: 「ムシ」になって良かった!
◇2039年5月@福島県南相馬市 <門馬里香>
門馬里香は、今まで生きてきて、心から「楽しい」と思えた事が全くと言って良い程に無かった。
彼女の家は母子家庭だった事で、幼い頃から人目を忍んで生きてきた。今どき母子家庭なんて珍しくないし、それで卑屈になる必要なんてないのだが、彼女の育った環境は少し特殊だった。母自身が真面目な性格だったのに加え、母の実家が山間の閉鎖的な集落で、人知れず子を産んだ母を「ふしだらな女」だと糾弾するのが当然という風潮だったのだ。
その上、里香の外見にも問題があった。日本人離れした薄茶色の髪に白い肌。瞳の色も茶色な事から、良く見れば可愛い子だったにも関わらず、近所の人には気味悪がられた。その為、彼らの子供達には当然のように「ガイジン」として嘲笑され、イジメられてきたのだった。
実は、里香の母の門馬紀香もまた、娘ほど淡くはないが茶髪である。彼女の髪は、小学校の高学年になってから、徐々に茶色になって行ったのだという。とはいえ、娘の里香ほどに薄い色ではないし、思春期に身体のあちこちが変わってしまうのは珍しくもないので、周囲は気にしなかったらしい。
それでも、地域の中学の中で特別に厳しいと評判だった生徒指導の担当教師は、彼女に苦言を呈したそうだ。それと同時に、様々な根も葉もない噂を流されたりもしたが、実際の彼女は逆に品行方正で成績も良かった。
ところが、看護師として最初に務めた病院で既婚の医師に言い寄られ、根負けして付き合った結果、紀香は彼の子を身ごもってしまう。当然、医師からは「堕ろして欲しい」と言われたのだが、固い性格の彼女は中絶を拒否。そうこうするうちに彼の妻に見付かってしまい、ゴタゴタの挙句に彼と別れ、実家に戻って一人で里香を出産する。
その後、近くの病院で看護師としての仕事に復帰していた紀香は、里香が小学校に上がるのに合わせて職場を街中の病院に移し、近くのマンションに引っ越した。
それでも、里香に対するイジメは無くならない。友達もおらず母親は多忙な事から、夜も大半は一人で過ごす生活が続く。四月からは中学生になったものの、やっぱり友達はできなかった。今の所、まだイジメは受けてないけど、それも時間の問題かもしれない……。
『ずっと、このままなのかな?』と思い始めた五月最後の金曜日、里香にとって、それまでの全てが変わってしまう程の衝撃的な出来事が起きた。
その日は、朝から何となく変だった。最初は生理化と思ったけど、どうにも日程が合わない。それでも、学校にいる間は良かった。帰り際、下駄箱の所で小学校の時のイジメっ子逹に会ったけど、軽く突き飛ばされて壁に背中をぶつけただけで済んで、いつも通りに家路に着く。だけど、自分の部屋で手っ取り早く宿題を終えた辺りから、じわじわと自分の身体に変化が現れ出したのだ。
最初は、何となく身体の芯が熱くなる感覚からだった。風邪でも引いたのかと思ったけど、だるいといった感じはない。そのうち、身体の中の熱いものが徐々に広がって行って、それが足のつま先にまで達した時、急に怖くなった。
立ち上がってベッドの端に腰掛ける。そして、両腕で自分の身体を抱えて震えていたら、どこからか声が聞こえて来た。
〈大丈夫だよー。全然、怖くなんてないからねー〉
優しい声だった。
だけど、しばらくすると窓の外が眩しくなって、その直後に光の塊が部屋中に広がった。
気が付くと里香は、思いっ切り叫んでいた。
「うわあ、助けてえええ!」
★★★
結果からすると、本当に大丈夫だった。
里香は、不思議な力を手に入れた上に、生まれて初めての心から信頼できる友達を得た。しかも、同時に二人だ。
その二人は里香と同じような淡い茶髪をしていて、同じ中学一年生の女の子。そして、同じような特殊能力を持っている。その能力は里香よりも少し前に身に着けたもので、つまり、二人は信頼できる先輩でもあるって訳だ。
だけど残念なのは、かなり離れた所に住んでいるという点。一人は二本松市で、もう一人は郡山。ネットの地図ソフトで調べてみたら、近い方の二本松でも、五十キロ近く離れている。しかも、これは直線距離だから……って、空を飛んで行くなら、直線距離で大丈夫なのかな?
そんな事を考えているうちに、いきなり部屋が眩しい光で満たされて、気が付くと昨日の二人が立っていた。
その二人とは、安斎真凛と玉根凜華。背丈は若干だけど、真凛の方が高い。凜華は里香と同じくらいだろうか? そして、二人とも里香と同じ髪色で色白だし、とっても華奢な女の子。どう見たって、美少女だ。
〈あれ、何か早くないですか?〉
〈そんな事ないよ-。連絡して一時間は過ぎてると思うんだけど-〉
〈でも、まだ八時になってませんよ。ちゃんと、ご飯とか食べたんですかあ?〉
〈うん。真凛と一緒にハンバーガー屋に行ったよ。うちの親、今日も休日出勤で、帰りは夜中になりそうだからさ〉
〈へえ、忙しいんですね……と言っても、うちの母は今日も遅番なんですけど……。えーと、真凛さんの所は?〉
〈あ、うちは、元々が夜の仕事だからさあ〉
〈そうなんですか……〉
真凛の言い方で何かを察したのか、それ以上、里香は訊かなかった。
〈じゃあ、そろそろ行こっか?〉
〈はいっ〉
里香の返事を合図に、三人は一斉に変異して空へと飛び出す。里香も、もう壁抜けとかだって慣れたもの。実は、昨夜、二人が帰った後で、こっそり変異して部屋を抜け出したのだ。たった三十分にも満たない単独飛行だったけど、すっごく楽しかった。
〈ねえ、今日は何処へ行く?〉
〈うーん、昨日は北に行ったから、南かなあ?〉
〈せっかくだから、里香ちゃんに決めてもらったら?〉
〈私は、真凛さんの言う通り、南で良いですよ〉
そういう訳で目的地は南になったのだが、正直、あまり見るべき所は無かった。
〈ここら辺も、原発事故の前は割と人がいたんでしょう?〉
〈あ、でも、事故が終わって少ししたら、ある程度は人が戻って来たらしいですよ〉
〈手厚い国の支援があったからなんじゃない? そんでも、何割かは戻って来なかったみたいだけど……。しかも、戻って来たのって、お年寄りが大半だったから、やっぱり先細りなんだよね〉
〈凜華さん、詳しいですね〉
〈凜華は、何でも知ってるもんね-〉
その後、三人は事故のあった原発の所まで行って、里香のマンションへと引き返した。
そこから帰って行く二人を見送りながら、『今度は、私が頑張って二本松まで行ってみようかな』と心の中で決めたのだった。
★★★
新しく出来た二人の友達から聞いていた通り、「ムシ」になってから、里香の生活は一変した。と言うか、全てが輝いて見えるようになったのだ。
その理由のひとつは、肉体的な変化だ。里香の場合、別に視力も聴力も普通だったのだが、やはり、前より遠くまで見えるようになったし、クリアに聞こえるようになった。それと、『いざとなったら、逃げちゃえば良い』と思うだけで、心に余裕ができた。
そんな心の余裕は周囲の人にも伝わったみたいで、何故か、声を掛けてくれる人が増えたし、逆に、小学校の時のイジメっ子達は絡んで来なくなった。
そうして里香は、それから一週間もしないうちに、教室でクラスメイト達と普通に話せるようになっていたのだった。
「ねえ、里香。あなた、最近、変わったわね」
「そっかなあ?」
「なんか、落ち着きが出てきたわ。やっぱり、中学生になったからかしら」
「うーん、どうなんだろう。新しい友達とかが出来たからじゃないかなあ」
「あら、そうなの? だったら、今度、家にも連れて来なさいよ」
「うーん、別の小学校の子ばっかだから、ちょっと遠いんだよね……。まあ、考えとく」
別に、間違った事は言っていない。だけど、いつか真凛と凜華を母に合わせてみたい。
そしたら、お母さんは驚くだろうな? だって、二人とも私と同じ色の髪の毛なんだもん。
その時の事を思うと、里香はどうしてもニヤニヤしてしまう。そんな娘の姿を母の紀香は、仕事の疲れなど忘れて、とても微笑ましく見守っていたのだった。
END052
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「『ムシ』達のお喋り」です。
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★★★
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(ジャンル:パニック)
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