表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/115

051: 四人目の仲間(2)

少し早い時間ですが、本日の二話目を投稿します。

◇2039年5月@福島県南相馬市 <安斎真凛>


「うわあ、助けてえええ!」


その子の部屋に安斎真凛あんざいまりん玉根凜華たまねりんかが飛び込んだ時、迎えてくれたのは、まるで断末魔のような少女の叫び声だった。

やはり、そこにいたのは、その女の子一人だけ。どうやら、突然の光が部屋中に溢れてホワイトアウトしたせいで、彼女の恐怖がMAX(マックス)に振り切れてしまったらしい。

ひたすら大声で喚き続ける少女を見ながら、真凛と凜華は呆然と立ち尽くすしかない。この状態だと、近付いたら逆効果になる。今の彼女は何者も寄せ付けない強力なオーラを纏っていて、全力で周囲の全てを拒絶しているようなのだ。


〈取り敢えず、変異を解こうか?〉

〈そうだね〉


真凛の提案を即座に凜華も受け入れてくれて、二人同時に光を消した。それでもしばらくの間、光の粒子が部屋中に漂い続ける。清々しいミントの匂いと、それに混じって微かに感じられるブランデーの香りが、より一層、幻想的な雰囲気を際立たせていた。


真凛は、「ふう……」と大きく息を吐く。ちょっとだけ気分が軽くなった気がした。

改めて目の前の彼女を見ると、いつの間にかベッドから立ち上がり、ポカンと口を開けて固まっている。『今がチャンス』と思った真凛は、彼女の下に駆け寄って、いきなりガバッと抱き締めた。


「一人で怖かったよね。もう大丈夫だよー」

「……?」


やがて、その子から身体を離した真凛は、優しく誘導して再度ベッドの上に座らせる。そして、自分も隣に腰を下ろすと、そっと彼女の手を取った。

その子は、隣に座った真凛を見て何度か瞬きを繰り返していたが、ようやく我に返ったのか、唐突に声を上げた。


「あんた、誰? いったい何処どこから入って来たの?」


今までの事で感覚がマヒしているのか、今の彼女に恐怖は感じられない。だけど、頭の上に浮かんでいる大量の疑問符が、目に見えるようだった。


「アタシは、真凛だよー。呼ばれてるみたいだったから、二本松から飛んで来たのー」

「呼ばれてる?」

「そだよー。あ、でも、無意識だとは思うけど」

「えーと、飛んで来たって……、スカイタクシーとか?」

「空飛ぶタクシーって奴の事? うーん、東京ならあるだろうけど、ここら辺じゃ聞かないなあ。それに、あっても使わないと思う。アタシ、お金ないもん。凜華、知ってる?」

「そうだね。スカイタクシーの営業は、首都圏だけだと思う」

「凜華は、乗ったことあるの?」

「ううん。でも、お父さんが乗ったって言ってたよ。出張で東京に行った時、急いでたから使ったんだって。料金は高いけど、速く着くらしいよ」

「あ、うちの母も乗ったことあるって言ってました。横浜で研修みたいなのがあった時、電車が遅れちゃって、品川から横浜の方の病院に行ったそうなんだけど、すぐに着いちゃったって……、いやいや、そういうんじゃなくて、あんた達、本当に何なんです?」


急に今の状況を思い出したのか、その子がキッと睨み付けてくる。

今度は、先に凜華が答えてくれた。


「あ、私、玉根凜華って言います。郡山から来ました。それで、質問の事なんですけど、何なのかって言うと……、たぶん、仲間かな?」


凜華は、最後だけ柔らかい口調で、優しく微笑んでいた。

真凛は、『仲間じゃなくて、家族だよ-』と言いたかったけど、混乱させてしまいそうだから止めておいた。

その子は、凜華と同じくらいに小柄で、髪の毛の色も良く似た薄茶。やっぱり、どう見ても姉妹みたいだ。それを思った途端、真凛の口が動いていた。


「そうだ。髪の毛、見てみなよ。うちら、あんたとおんなじ色でしょう?」

「えっ? 外国の人とかじゃなくて?」

「あんた、ガイジンなの?」

「ち、違いますっ!」

「じゃあ、うちらと同じだよ……。あ、始まったね。ほら、自分の手を見てみなよ?」


その子の手を、真凛が優しく取り上げる。その手は驚く程に白くて、薄っすらと光り始めていた。


〈えっ、手? きゃあああ!〉


再び、その子が叫んだ。しかも、今度は直接、頭の中に響いてくる。正直、うるさい。だけど真凛は、〈いよいよだね〉と心話で呟いて身構えたのだった。



★★★



その子の混乱は、それからが本番だった。


〈な、何で光ってるんですかあああ!〉

〈うーん、そういうもんだからかな?〉

〈何を言ってんですかあ。こんなの、普通じゃないですからあああ!〉

〈うちらには、普通だよ。ほら〉


その子に合わせて、真凛が薄っすらと光を纏ってみせる。


〈うわあ、化け物だあああ!〉

〈もう、アタシが化け物だったら、あんたもでしょうが〉

〈私、化け物になっちゃったんですかあ?〉

〈うーん、どうなんだろう?〉


銀色に光る真凛が、首をコテンと傾げて凜華を見る。凜華が呆れた様子で口を挟んできた。


〈えーと、まずは、名前を教えてくれるかな?〉

〈あ、ごめんなさい。私、門馬里香もんまりかって言います〉

〈そっか、里香ちゃんだね〉


真凛は、『そういや、凜華が小学一年の時にイジメられた担任教師の名前が、リカちゃんだっけ?』と思ったけど、すぐに打ち消した。「リカ」なんて、ありふれた名前だ。

真凛の横では、凜華が里香に、「ムシ」の事を手短に説明していた。

この後、背中に光の翅が出現して、空を飛べるようになる事。この現象を自分達は「変異」と呼んでいる事。最近、その変異した状態を世間では「ムシ」と呼ばれている事。現時点で「ムシ」は三人で全員が女の子。リカは四人目の「ムシ」である事……。


〈……てことは、本当に大丈夫なんですかあ?〉

〈だから、大丈夫なんだってばあ〉

〈うん。うちらも経験した事だから、全く怖くなんてないよ。それに、私達が一緒にいてあげるから、大丈夫〉

〈あ、はい。お願いします〉


そうこうするうちに、里香の身体からだは完全に銀色の光で覆われてしまっていた。彼女の背中から二本の光の矢が斜め後ろに飛んで、天井に消えたかと思うと戻って来る。そして、丸みを帯びた光の翅を形作って行った。

その形は真凛の翅そっくりで、要するにモンシロチョウの形をしていた。だけど、その色は鮮やかな青。真凛の水色と比べると、ずっと濃い色だ。


〈色はちょっと違うけど、真凛の翅と似てるね〉

〈うん、そうみたい〉

〈これ、ミントの香りじゃない? ふふっ、匂いも真凛とおんなじだ〉


そんな会話を凜華と交わしていると、里香の身体がすーっと上に上がって行く。マズい。このままだと、上の階の人に迷惑が掛かっちゃう。


〈里香ちゃん。翅を動かして、『お外に行きたい』って念じてみて〉

〈えっ? 外になんか出ちゃったら、落っこちちゃう……〉

〈大丈夫なんだってばあ。ほら、こっちに来なよ〉


真凛は、サッと自分の翅を出して、自ら外に飛び出して行った。そうして振り返ると、窓越しに里香に対して、「おいでおいで」をする。

それを見た里香は、ゆっくりと巨大な青い翅を前後に動かした……と思ったら、その時には外に出ていた。

真凛は、凜華が翅を出現させたのを確認してから、サッと空へと舞い上がる。その後ろを里香が追って行く。練習何て必要ない。そうやって飛ぶのは、きっと「ムシ」の本能なんだから……。


外は、すっかり暗くなっていた。今日は晴天だったから、星が綺麗だ。

最初は真凛が先導していたけど、すぐに凜華が先に出て、北の方へと向かって行く。


〈里香ちゃん。凜華の翅、大きいでしょう?〉

〈あ、はい。素敵なデザインですね?〉

〈うん。彼女、「ジャノメ」って呼ばれてるんだー。見方によっては禍々しくも見えるけど、アタシは好き……。それよりも、里香ちゃん、飛ぶのには慣れたー?〉

〈あ、はい。なんか、まだ夢を見てるみたいで実感が無いっていうか……。あ、でも、思った方向に行けますし……〉

〈じゃあ、こういうのもやってみてよー〉


そう言うと真凛は、その場で宙返りをして見せる。それを里香がまねようとしたけど、横に捻った感じになってうまく行かない。


〈うーん……、まあ、そのうち出来るようになるよー〉

〈あ、はい。なんか、目が回りそうです〉

〈あはは。目が回っても大丈夫だけど-、意識を手放すのはダメだからね-。変異が解けて落っこちちゃう〉

〈うわあ、そしたら、死んじゃうじゃないですかあ!〉


そんな事を言い合っているうちに、前方に松川浦大橋が見えてきた。この辺りは里香の地元だけあって、真っ先に彼女が歓声を上げて近寄って行く。主塔の上部まで行って、そこに停まったかと思うと、今度はクルクルと周囲を回り出す。更には橋げたの下に潜ってみたり、通行車両に近付いて、その上を一緒に端から端まで付いて行ったりと、彼女は大変なはしゃぎっぷりだった。

それに苦言を呈したのは、やっぱり凜華だった。


〈里香ちゃん、あんまり車に近付くと、乗ってる人がびっくりして大騒ぎになっちゃうよ〉

〈あ、そうですね。すいません〉


それから、相馬港そうまこうの上空をグルっと一周して、真凛逹三人は早めに引き返した。



★★★



門馬里香の部屋に戻る時、彼女は戻り方が分からずに一悶着あった。当然、鍵が掛かった状態で外に出ており、中へ入れないという訳だ。


〈別に、普通に入れば良いんじゃないの-?〉

〈普通にって、私、鍵なんて持ってませんよ〉


どうやら、里香のマンションには、昔ながらの鍵が必要らしい。

だけど……。


〈別に、鍵なんて要らないじゃん。普通に窓から入れば良いんだよ-〉

〈えっ、窓って言われても、閉まってますよ〉

〈だからあ、窓から入るんだってばあ。ほら、こんな感じだよー〉


そう言って真凛は、窓の辺りをすり抜けて里香の部屋へ入って行く。


〈ええーっ!〉

〈ほら、里香ちゃんもやってみなよー。凜華、教えてあげて-〉

〈教えるも何も、普通に入るだけなんだけど……〉


仕方なく凜華は里香に、「ムシ」に変異してる時の身体には実体が無い事を説明した。それでも彼女は半信半疑だったようだが、恐る恐る窓に近寄って行く。すると、すんなり中に入れてしまった事で、今後は別の意味で騒ぎ出した。


〈真凛さん、私達って凄いです。まさか、窓も壁も自由にすり抜けちゃうなんて信じられません。これって、奇跡ですよ、奇跡……〉


里香は、うるさく騒ぎながら、隣の部屋との間を何度も行き来していた。その間、先に変異を解いた真凛と凜華は、里香のベッドに座って彼女の部屋をぼんやりと眺めて過ごす。

女の子にしては、少々殺風景な部屋だった。小さな学習机と本棚とシングルベッド。ぬいぐるみとかも無い。服はクローゼットの中だろうか?

ちなみに真凛は貧乏な割に、部屋の中は割と物が溢れている。凜華に良く〈もうちょっと、片付けたら?〉と言われるけど、今の状態が落ち着くのだから、放っておいて欲しい。だいたい、これだって希美のぞみの部屋よか、ずーっとマシなんだからねっ。


〈あ、ごめんなさい。お腹空きましたよね?〉

〈それより、里香ちゃんのご両親は?〉

〈うちは、母子家庭なんです。母は看護師で今日は遅番だから、九時以降じゃないと帰って来ないです〉


スマホで時刻を確認すると、午後八時を過ぎた辺り。確かに、お腹は空いたけど……。


〈ふふっ、カップ麺ならありますよ。食べます?〉

〈食べる食べる〉


速攻で真凛が返事をすると、凜華に睨まれてしまった。

凜華が最初に変異した時は、アタシがカップ麺を御馳走してあげたの、忘れちゃったんだろうか?


〈ふふっ。じゃあ、台所に行きましょうか?〉


そこで、ようやく変異を解いた里香に付いて、全員で台所へ移動する。そして、カップ麺を御馳走になりながら、色々と話をした。

里香は、さっきから自分が心話で話していた事に気付いておらず、壁抜けができると分かった時以上に、驚いていた。


それからも長々と話し込んでしまい、里香に「そろそろ、お母さんが帰って来るかも」と言われて、慌てて帰路に着いた。それでも、夜十一時頃には自宅アパートに戻っていたので、そんなに遅くなった訳ではない。

ベッドの中で今日の事を振り返った真凛は、『これから、もっともっと「ムシ」の子が増えて行ったら良いなあ』と思ったのだった。




END051


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、「『ムシ』になって良かった」です。

できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:パニック)


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ