051: 四人目の仲間(2)
少し早い時間ですが、本日の二話目を投稿します。
◇2039年5月@福島県南相馬市 <安斎真凛>
「うわあ、助けてえええ!」
その子の部屋に安斎真凛と玉根凜華が飛び込んだ時、迎えてくれたのは、まるで断末魔のような少女の叫び声だった。
やはり、そこにいたのは、その女の子一人だけ。どうやら、突然の光が部屋中に溢れてホワイトアウトしたせいで、彼女の恐怖がMAXに振り切れてしまったらしい。
ひたすら大声で喚き続ける少女を見ながら、真凛と凜華は呆然と立ち尽くすしかない。この状態だと、近付いたら逆効果になる。今の彼女は何者も寄せ付けない強力なオーラを纏っていて、全力で周囲の全てを拒絶しているようなのだ。
〈取り敢えず、変異を解こうか?〉
〈そうだね〉
真凛の提案を即座に凜華も受け入れてくれて、二人同時に光を消した。それでもしばらくの間、光の粒子が部屋中に漂い続ける。清々しいミントの匂いと、それに混じって微かに感じられるブランデーの香りが、より一層、幻想的な雰囲気を際立たせていた。
真凛は、「ふう……」と大きく息を吐く。ちょっとだけ気分が軽くなった気がした。
改めて目の前の彼女を見ると、いつの間にかベッドから立ち上がり、ポカンと口を開けて固まっている。『今がチャンス』と思った真凛は、彼女の下に駆け寄って、いきなりガバッと抱き締めた。
「一人で怖かったよね。もう大丈夫だよー」
「……?」
やがて、その子から身体を離した真凛は、優しく誘導して再度ベッドの上に座らせる。そして、自分も隣に腰を下ろすと、そっと彼女の手を取った。
その子は、隣に座った真凛を見て何度か瞬きを繰り返していたが、ようやく我に返ったのか、唐突に声を上げた。
「あんた、誰? いったい何処から入って来たの?」
今までの事で感覚がマヒしているのか、今の彼女に恐怖は感じられない。だけど、頭の上に浮かんでいる大量の疑問符が、目に見えるようだった。
「アタシは、真凛だよー。呼ばれてるみたいだったから、二本松から飛んで来たのー」
「呼ばれてる?」
「そだよー。あ、でも、無意識だとは思うけど」
「えーと、飛んで来たって……、スカイタクシーとか?」
「空飛ぶタクシーって奴の事? うーん、東京ならあるだろうけど、ここら辺じゃ聞かないなあ。それに、あっても使わないと思う。アタシ、お金ないもん。凜華、知ってる?」
「そうだね。スカイタクシーの営業は、首都圏だけだと思う」
「凜華は、乗ったことあるの?」
「ううん。でも、お父さんが乗ったって言ってたよ。出張で東京に行った時、急いでたから使ったんだって。料金は高いけど、速く着くらしいよ」
「あ、うちの母も乗ったことあるって言ってました。横浜で研修みたいなのがあった時、電車が遅れちゃって、品川から横浜の方の病院に行ったそうなんだけど、すぐに着いちゃったって……、いやいや、そういうんじゃなくて、あんた達、本当に何なんです?」
急に今の状況を思い出したのか、その子がキッと睨み付けてくる。
今度は、先に凜華が答えてくれた。
「あ、私、玉根凜華って言います。郡山から来ました。それで、質問の事なんですけど、何なのかって言うと……、たぶん、仲間かな?」
凜華は、最後だけ柔らかい口調で、優しく微笑んでいた。
真凛は、『仲間じゃなくて、家族だよ-』と言いたかったけど、混乱させてしまいそうだから止めておいた。
その子は、凜華と同じくらいに小柄で、髪の毛の色も良く似た薄茶。やっぱり、どう見ても姉妹みたいだ。それを思った途端、真凛の口が動いていた。
「そうだ。髪の毛、見てみなよ。うちら、あんたとおんなじ色でしょう?」
「えっ? 外国の人とかじゃなくて?」
「あんた、ガイジンなの?」
「ち、違いますっ!」
「じゃあ、うちらと同じだよ……。あ、始まったね。ほら、自分の手を見てみなよ?」
その子の手を、真凛が優しく取り上げる。その手は驚く程に白くて、薄っすらと光り始めていた。
〈えっ、手? きゃあああ!〉
再び、その子が叫んだ。しかも、今度は直接、頭の中に響いてくる。正直、うるさい。だけど真凛は、〈いよいよだね〉と心話で呟いて身構えたのだった。
★★★
その子の混乱は、それからが本番だった。
〈な、何で光ってるんですかあああ!〉
〈うーん、そういうもんだからかな?〉
〈何を言ってんですかあ。こんなの、普通じゃないですからあああ!〉
〈うちらには、普通だよ。ほら〉
その子に合わせて、真凛が薄っすらと光を纏ってみせる。
〈うわあ、化け物だあああ!〉
〈もう、アタシが化け物だったら、あんたもでしょうが〉
〈私、化け物になっちゃったんですかあ?〉
〈うーん、どうなんだろう?〉
銀色に光る真凛が、首をコテンと傾げて凜華を見る。凜華が呆れた様子で口を挟んできた。
〈えーと、まずは、名前を教えてくれるかな?〉
〈あ、ごめんなさい。私、門馬里香って言います〉
〈そっか、里香ちゃんだね〉
真凛は、『そういや、凜華が小学一年の時にイジメられた担任教師の名前が、リカちゃんだっけ?』と思ったけど、すぐに打ち消した。「リカ」なんて、ありふれた名前だ。
真凛の横では、凜華が里香に、「ムシ」の事を手短に説明していた。
この後、背中に光の翅が出現して、空を飛べるようになる事。この現象を自分達は「変異」と呼んでいる事。最近、その変異した状態を世間では「ムシ」と呼ばれている事。現時点で「ムシ」は三人で全員が女の子。リカは四人目の「ムシ」である事……。
〈……てことは、本当に大丈夫なんですかあ?〉
〈だから、大丈夫なんだってばあ〉
〈うん。うちらも経験した事だから、全く怖くなんてないよ。それに、私達が一緒にいてあげるから、大丈夫〉
〈あ、はい。お願いします〉
そうこうするうちに、里香の身体は完全に銀色の光で覆われてしまっていた。彼女の背中から二本の光の矢が斜め後ろに飛んで、天井に消えたかと思うと戻って来る。そして、丸みを帯びた光の翅を形作って行った。
その形は真凛の翅そっくりで、要するにモンシロチョウの形をしていた。だけど、その色は鮮やかな青。真凛の水色と比べると、ずっと濃い色だ。
〈色はちょっと違うけど、真凛の翅と似てるね〉
〈うん、そうみたい〉
〈これ、ミントの香りじゃない? ふふっ、匂いも真凛とおんなじだ〉
そんな会話を凜華と交わしていると、里香の身体がすーっと上に上がって行く。マズい。このままだと、上の階の人に迷惑が掛かっちゃう。
〈里香ちゃん。翅を動かして、『お外に行きたい』って念じてみて〉
〈えっ? 外になんか出ちゃったら、落っこちちゃう……〉
〈大丈夫なんだってばあ。ほら、こっちに来なよ〉
真凛は、サッと自分の翅を出して、自ら外に飛び出して行った。そうして振り返ると、窓越しに里香に対して、「おいでおいで」をする。
それを見た里香は、ゆっくりと巨大な青い翅を前後に動かした……と思ったら、その時には外に出ていた。
真凛は、凜華が翅を出現させたのを確認してから、サッと空へと舞い上がる。その後ろを里香が追って行く。練習何て必要ない。そうやって飛ぶのは、きっと「ムシ」の本能なんだから……。
外は、すっかり暗くなっていた。今日は晴天だったから、星が綺麗だ。
最初は真凛が先導していたけど、すぐに凜華が先に出て、北の方へと向かって行く。
〈里香ちゃん。凜華の翅、大きいでしょう?〉
〈あ、はい。素敵なデザインですね?〉
〈うん。彼女、「ジャノメ」って呼ばれてるんだー。見方によっては禍々しくも見えるけど、アタシは好き……。それよりも、里香ちゃん、飛ぶのには慣れたー?〉
〈あ、はい。なんか、まだ夢を見てるみたいで実感が無いっていうか……。あ、でも、思った方向に行けますし……〉
〈じゃあ、こういうのもやってみてよー〉
そう言うと真凛は、その場で宙返りをして見せる。それを里香がまねようとしたけど、横に捻った感じになってうまく行かない。
〈うーん……、まあ、そのうち出来るようになるよー〉
〈あ、はい。なんか、目が回りそうです〉
〈あはは。目が回っても大丈夫だけど-、意識を手放すのはダメだからね-。変異が解けて落っこちちゃう〉
〈うわあ、そしたら、死んじゃうじゃないですかあ!〉
そんな事を言い合っているうちに、前方に松川浦大橋が見えてきた。この辺りは里香の地元だけあって、真っ先に彼女が歓声を上げて近寄って行く。主塔の上部まで行って、そこに停まったかと思うと、今度はクルクルと周囲を回り出す。更には橋げたの下に潜ってみたり、通行車両に近付いて、その上を一緒に端から端まで付いて行ったりと、彼女は大変なはしゃぎっぷりだった。
それに苦言を呈したのは、やっぱり凜華だった。
〈里香ちゃん、あんまり車に近付くと、乗ってる人がびっくりして大騒ぎになっちゃうよ〉
〈あ、そうですね。すいません〉
それから、相馬港の上空をグルっと一周して、真凛逹三人は早めに引き返した。
★★★
門馬里香の部屋に戻る時、彼女は戻り方が分からずに一悶着あった。当然、鍵が掛かった状態で外に出ており、中へ入れないという訳だ。
〈別に、普通に入れば良いんじゃないの-?〉
〈普通にって、私、鍵なんて持ってませんよ〉
どうやら、里香のマンションには、昔ながらの鍵が必要らしい。
だけど……。
〈別に、鍵なんて要らないじゃん。普通に窓から入れば良いんだよ-〉
〈えっ、窓って言われても、閉まってますよ〉
〈だからあ、窓から入るんだってばあ。ほら、こんな感じだよー〉
そう言って真凛は、窓の辺りをすり抜けて里香の部屋へ入って行く。
〈ええーっ!〉
〈ほら、里香ちゃんもやってみなよー。凜華、教えてあげて-〉
〈教えるも何も、普通に入るだけなんだけど……〉
仕方なく凜華は里香に、「ムシ」に変異してる時の身体には実体が無い事を説明した。それでも彼女は半信半疑だったようだが、恐る恐る窓に近寄って行く。すると、すんなり中に入れてしまった事で、今後は別の意味で騒ぎ出した。
〈真凛さん、私達って凄いです。まさか、窓も壁も自由にすり抜けちゃうなんて信じられません。これって、奇跡ですよ、奇跡……〉
里香は、うるさく騒ぎながら、隣の部屋との間を何度も行き来していた。その間、先に変異を解いた真凛と凜華は、里香のベッドに座って彼女の部屋をぼんやりと眺めて過ごす。
女の子にしては、少々殺風景な部屋だった。小さな学習机と本棚とシングルベッド。ぬいぐるみとかも無い。服はクローゼットの中だろうか?
ちなみに真凛は貧乏な割に、部屋の中は割と物が溢れている。凜華に良く〈もうちょっと、片付けたら?〉と言われるけど、今の状態が落ち着くのだから、放っておいて欲しい。だいたい、これだって希美の部屋よか、ずーっとマシなんだからねっ。
〈あ、ごめんなさい。お腹空きましたよね?〉
〈それより、里香ちゃんのご両親は?〉
〈うちは、母子家庭なんです。母は看護師で今日は遅番だから、九時以降じゃないと帰って来ないです〉
スマホで時刻を確認すると、午後八時を過ぎた辺り。確かに、お腹は空いたけど……。
〈ふふっ、カップ麺ならありますよ。食べます?〉
〈食べる食べる〉
速攻で真凛が返事をすると、凜華に睨まれてしまった。
凜華が最初に変異した時は、アタシがカップ麺を御馳走してあげたの、忘れちゃったんだろうか?
〈ふふっ。じゃあ、台所に行きましょうか?〉
そこで、ようやく変異を解いた里香に付いて、全員で台所へ移動する。そして、カップ麺を御馳走になりながら、色々と話をした。
里香は、さっきから自分が心話で話していた事に気付いておらず、壁抜けができると分かった時以上に、驚いていた。
それからも長々と話し込んでしまい、里香に「そろそろ、お母さんが帰って来るかも」と言われて、慌てて帰路に着いた。それでも、夜十一時頃には自宅アパートに戻っていたので、そんなに遅くなった訳ではない。
ベッドの中で今日の事を振り返った真凛は、『これから、もっともっと「ムシ」の子が増えて行ったら良いなあ』と思ったのだった。
END051
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「『ムシ』になって良かった」です。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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★★★
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(ジャンル:パニック)
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