005: 増殖し始めたムシ逹
◇2039年5月@福島県岩木市 <関口仁志>
五月のゴールデンウィークが終わってしばらくした頃、関口仁志が主催する「福島ムシ情報サイト」に四匹目の「ムシ」の情報が寄せられた。情報の発信元は、蒐集人。その彼によると、既に見慣れた「ジャノメ」と「ミズイロ」と一緒に、今度は鮮やかな青の翅を持つ「ムシ」が福島駅の周囲を飛び回っていたらしい。つまり、それが四匹目の「ムシ」だったという事だ。
サイズは、「ミズイロ」と同程度。立ち去った後には、強いミントの香りが残っていたのだという。
ところが、この新しく「ブルー」と名付けられた「ムシ」は、常に中通りの「ジャノメ」や「ミズイロ」と一緒にいる訳ではないという。そうかと思うと、その「ブルー」が、相馬市の松川浦上空を舞っていたとの情報が入り、どうやら、そっちが「ブルー」の生息域らしい。
ちなみに福島県は、海沿いの「浜通り」、中央の「中通り」、西部の「会津地方」の三地域に分類される事が多い。相馬市は、南相馬市と共に浜通りの北部に位置する地方都市である。
さて、そうこうするうちに六月になると、更に新しい「ムシ」を発見。その「ムシ」が良く「ジャノメ」や「ミズイロ」と一緒に現れるようになった。その五匹目の「ムシ」の翅はギザギザの形状をしていて、アゲハのように鱗の文様がある。縁取りは焦げ茶色で、文様は薄茶色。大きさは、「ジャノメ」と同じか、少し大きいかもしれない。飛び去った後にバラ撒かれる鱗粉のような光の粒が、銀色でなくて金色だという。そして、シナモンのような甘くスパイシーな香りが残されていたそうだ。
蒐集人は、この「ムシ」を「シナモン」と名付けた。
更に、後ほど届けられた情報によると、その「シナモン」は少し変わった飛び方をするらしい。というか、今まで何も無かった空間にパッと現れたり、逆に急に消えたりするのだ。
@管理人:要するに、「ムシ」には見た目の違いだけでなく、行動にも違いがあるという事でしょうか?
@蒐集家:やっぱり、「ムシ」にも個性があるみたいですね。
@管理人:そういうのは、「ムシ」らしくないと思うのですが。
@蒐集家:いやいや、昆虫にだって、個体差はありますよ。ただ、今までの所、昆虫よりは人の方に近いように思えてしまうのですが、それって私の希望的観測なんですかね?
やがて七月になっても、「ムシ」の増殖は続いた。今度は、岩木市の「ムラサキ」の後ろを、やや小型の真っ白な「ムシ」が追い掛けて飛ぶようになったのだ。
この六匹目の「ムシ」については、当初サイト上で「ホワイト」と名付けられたのだが、残り香が花の香りであり、丸みを帯びた白い花びらのイメージから、誰かが「木蓮にしよう」と言い出した事で、「モクレン」に決まってしまった。
また、この「モクレン」は茨城県北部の海岸沿いでは、単独でいる所が多く目撃されている事から、生息地は茨城県であるとの議論がされたりもした。つまり、福島県外では初めての「ムシ」という事になる。
さて、ここ岩木市では、首都圏よりも遅い七月の中旬になって、ようやく各地の海水浴場がオープンになる。すると、中通りの郡山市などを中心に、一部は首都圏からも若者達や家族連れが一斉に押し掛けて、にわかに海岸沿いが賑やかになるのだ。
ところが、そんな事などお構いなしに、「ムラサキ」と「モクレン」の「ムシ」逹は、相変わらず毎日のように海岸沿いに現れては、夜空を優雅に舞う姿を楽しませてくれた。そして、その姿に魅了された多くの人達が、新たに「福島ムシ情報サイト」の存在を知る事となり、同サイトは更に閲覧者の数を増やして行ったのである。
★★★
ところで、夏と言えば花火大会である。ここ岩木市でも、毎年七月の終わりに有名な大会が小名浜港で開催され、大勢の人達が見物に訪れる。人混みが苦手な関口としては、例年なら決して近寄らないイベントなのだが、今年は違っていた。何となく、「ムシ」達が現れるような気がしたのだ。
関口は、謎の光が「ムシ」になった時点で一度は興味を失い掛けていたものの、この時期になるとサイトの主催者としての立場からか、再び「ムシ」の正体を知りたいと強く願うようになっていた。そんな中で関口は、この花火大会で衝撃的な出会いをする事になる。
その夜、彼は電動自転車で小名浜地区へと向かった。同じ市内とはいえ、彼の家から小名浜港までは十キロ近い距離がある。いくら自動運転が主体とはいえ、道路には車が溢れていて、なかなか思い通りには進まない。それでも、辺りが暗くなって次々と花火が打ち上がる時間には何とか間に合った。
人混みを避ける為、彼が向かったのは倉庫街だった。それでも、港の近くは人が大勢いた。電動自転車を引いた関口は、そんな人達の後ろから夜空を見上げていた。
それら二つの光に関口が気付けたのは、たぶん、彼が「ムシ」の存在を知っていたからだろう。最初は、そのくらいに二つの「ムシ」の光を花火のそれと区別するのは難しかった。
ところが、次第に「ムシ」の動きは大胆になり、撃ち上がる花火の間を通り抜ける等、明らかに不自然な動きが目立つようになった。まるで今では、二匹の「ムシ」は、無邪気に花火とじゃれ合っているようにも見えなくもない。
それで、彼の周囲の人達からも、「ムシ」の光を指差して、「あれって、何だろう?」と訝しがる人達が出始めた。
そんな時、打ち上がった大輪の花火から二つの光が飛び出したかと思うと、関口がいる倉庫街の方に近付いて来た。彼の周りのあちこちで小さな叫び声が上がる中、彼は光を追って必死に電動自転車を走らせた。
と言っても、光の移動速度は思いの外に早くて、とても追い切れるものではない。それなのに、彼が「彼女達」を見付ける事が出来たのは、全くの偶然以外の何物でも無かった。彼が二ブロックほど離れた所にある倉庫の裏手を覗いた時、そこにタイミング良く二つの光が舞い降りたのだ。
一瞬、あまりの光の眩しさに、彼は何が起こったのか分からなかった。当然、彼は金縛りに遭ったかのように動けないでいた。だけど、そんな状態は数秒で終わってしまった。急速に光が弱まり出したからだ。
周囲に立ちこめる銀色の光の粒。そして、微かに漂うラベンダーと甘い花の香り……。
つい先程まで誰もいなかった筈の空間に、突如、現れたのは、二人の華奢な金髪少女達だった。
END005
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