048: 「ムシ」達の組織
◇2039年4月@福島県二本松市 <玉根凜華>
玉根家と大谷家の合同家族旅行で、二本松市の岳温泉に来た日の深夜、玉根凜華は、安斎真凛と一緒に露天風呂に浸かっていた。しかも、以前に酔っ払いの男の人達と一悶着あった混浴風呂。何でかと言うと、普通の露天風呂は人が多くて、〈こっちの方が寛げる〉と真凛が言い出したからだ。
〈もう、男の人が来たらどうすんの? 最悪、うちの父親だとか知行とか来ちゃったら、私、泣くよ〉
〈大丈夫。凜華がトイレに行ってる間に、先回りして小細工しといたから〉
〈小細工って、あんた、何やったのよ?〉
〈別に、大した事じゃないよ。男湯の方の通路に、「準備中」の立て看板を置いただけ〉
〈ふーん。そんなの、良く見付けたね〉
〈うん。別の旅館に手頃なのがあったから、前もって藪の中に隠しといたんだ〉
毎度の事ながら凜華は、頭が痛くなった。
〈こら、真凛。ちゃんと返して来なさい〉
〈そんなの、当然だよ。借りた物は返すって、こないだ凜華と約束したんだもん〉
〈何を言ってんの。今すぐに決まってるでしょうが〉
〈えっ、何で? それじゃあ、またオヤジにハダカ見られちゃうじゃん……あ、知行さんにハダカを見せたいとか……〉
〈バカっ!〉
凜華は、手元のお湯を掬って、真凛の顔にぶつけてやった。それで、しばらくの間、お湯の掛け合いをやった後、何か急に虚しくなった凜華は、黙って岩に腰掛けて脚をぶらぶらさせていた。
今夜は風が無くて気温も高めだから、こうしていても寒くない。
〈どうしたの、急に黙りこんじゃって?〉
普段も二人は黙り込んでいるのだが、心話では活発に会話をしている。この場合、心話ですら話し掛けて来ないという意味である。
〈うん、ちょっと、天音さんに言われた宿題について考えてたの〉
〈あの「私逹『ムシ』が生き残るには?」とかいう仰々しい奴?〉
〈うん。てか、将来の「ムシ」達の組織をどうするかって事だよ。これから「ムシ」になる子がいっぱい生まれるって天音さんは思ってて、そうなった時に、どうしたら皆が仲良く一緒に協力したり、助け合ったり出来るかなあって……〉
〈ふーん、でも、そういうのってさあ、難しく考える必要ないと思うよ。大事なのは、アタシと凜華みたいに、「お互いが好きになる事」なんじゃないのかな?〉
〈好きになる事か……。うん、そうかもね〉
〈あとは……あ、そうだ。アタシが凜華の事を「お母さん」って思ってるみたいに、「仲間達の中に親子の関係を作っちゃう」ってのは、どうかな?〉
〈親子の関係?〉
〈うん、そうだよ。まっ、親子って言っても色々とあるけどさ……、うちの糞みたいな親みたいなのだったら嫌だもんなあ……あ、そうだ。「家族」だよ!〉
〈家族?〉
〈そう、「家族」だよ。アタシ、温かい家族ってのに、すっごく憧れてるんだ。家族って、普通は三人以上じゃん。まっ、二人の家族もあるけど、その場合は夫婦とか親子とか言うから、やっぱ、家族は三人以上だと思うんだ。三人いれば、二人が糞でも、最後の一人がちゃんとしてれば、何とかなるみたいな……。うーん、うちは何とかなってないからなあ……。何か分かんなくなってきた〉
〈……真凛が言いたい事って、皆が家族になれば、一人が間違ったとしても、他の子が叱ったりできるし、一人が危ない目に遭っても、他の子が守ってあげられるって、そんな感じ?〉
〈うん、そんな感じ。うちは三人しかいなくて、二人が糞だから……、それにアタシもバカだし、だから、うまく行ってなくてさ。でも、もっとたくさんいたら、そんでもって、皆が好き同士だったら、きっとうまく行くと思うんだ。だって仲間だし、「家族」なんだもん〉
〈家族かあ……〉
〈うん、「家族」ってさ、温かくて、そこに帰りたくなる所だと思うんだ……〉
★★★
真凛が帰って行ってからも、凜華は真凛が言った「家族」という事について考えていた。そのせいで眠れなくなって、明け方、一人でまた露天風呂に来ていた。と言っても、今度は女湯の方だ。
朝日が昇る前の薄っすらと明るい東の丘をぼんやり眺めながら、凜華は何度も心の中で『家族、家族……』と呟いてみる。
家族、家族、ファミリー……。それから、親子。でも、「ムシ」の場合、天音さんが言うには女の子しかいないそうだから、母と娘って事になるのかな? 英語だと、マザーとドーター。それと姉妹は、えーと、シスター……。
まあ、英語にしたからって、何か変わるわけじゃないんだけど……。でも、日本語と少しニュアンスが違う気がするかも……。
あれこれと考えて行くうちに、凜華の頭の中で徐々に新しい形が作られて行く。
将来、「ムシ」は必ず増える。何十、何百、何千、そして、何万人にもなるかもしれない。これは「預言者」、天音さんの確信であり、凜華の信じる未来でもある。
問題は、たとえ何万人というレベルになっても、まだまだ圧倒的に少数派だという事。つまり、数の点では、差別には勝てない。
だから、「ムシ」達は、団結する必要がある。
団結する為に大事な事は、お互いが好きになって、強い強い絆で結ばれる事。
その「好き」の拠り所は、親子関係に置こう。凜華が「ムシ」になった時は真凛が来てくれて、「ムシ」になるのに立ち会ってくれた。その時の真凛は、「誰かに呼ばれてるって感じだった」とか言っていた気がする。案外、もうすぐ誰かが「ムシ」になるって知らせが、近くの「ムシ」に届くのかもしれない。その知らせが届けば、「会いに行かなきゃ!」ってなる。新しいムシの子に「大丈夫だよ」って励ましてあげて、その子に「光の翅」が生えたら一緒に空に行って、その子が飛べるようになるまで見守ってあげたくなる……。
それは、きっと「ムシ」の本能だ。
だったら、その本能を利用させてもらおう。その場合、初めて「ムシ」になるのを見守っていた方が「マザー」、新しく「ムシ」になった子が「ドーター」だろうか? 凜華と真凛の場合、真凛が「マザー」で凜華が「ドーター」。実際は凜華の方が真凛に「お母さん」とか呼ばれているけど、それは別の話だから、まあ、良いや。
「マザー」と「ドーター」の関係は、今の凜華と真凛みたいな強い絆で結ばれる。そして、「ドーター」だった子も、やがて「ムシ」であるのに慣れて、新しく「ムシ」になる子に呼ばれて「マザー」になる。そうやって、強い親子の関係がどんどん形作られて行く。
そんな「ムシ」達が集まるベースとなる組織、それを「家族」って事にしよう。つまり、英語で「ファミリー」と名付けよう!
「ファミリー」は、三人以上で構成し、地域毎に置く事にする。だいたい十人くらいまでが基本で、それよりも大きくなったら、二つに分けた方が良い。
「ファミリー」にはリーダーが必要だ。でも、リーダーって名前だと、ちょっと違う気がするかも……。うーん、家族といっても「族」って事は、トップはやっぱり「頭」とかになるのかなあ……って、それだと昔の暴走族みたいじゃない。
まあいっか。「頭」は英語で「ヘッド」だけど、それよりは「キャップ」の方が良いかも。うん、「ファミリーキャップ」と呼ぶことにしよう。
「マザー」と「ドーター」以外の関係はどうしよっか? 「ファミリー」の中には、「ムシ」になった順番で先輩と後輩がいる訳だけど、それって、なんか嫌だなあ。序列とか出来ちゃうと面倒だし、そもそも家族の中に、あんまり上下関係とか持ち込みたくないし……、まあ、「ファミリーキャップ」と構成員の関係は仕方ないにせよ、できるだけフラットな組織にしておきたい。だって、家族なんだもん。
家族だと、その関係は兄弟、いや姉妹になるのかな? 日本語の姉妹だと上下があるんだけど、英語の「シスタ―」にはそれがない。ちょうど良いや。「ファミリー」の構成員は、「シスター」って事にしよう。うーん、なんか修道院みたいな気がするけど、女の子が集まる組織だもん。名前が似てても仕方ないよね。
あとは、将来、「ファミリー」が次々に出来てくると、それを統括する人が必要になってくるかな? それって、きっと天音さんみたいな人なんだろうか?
「ムシ」達のトップって事は、女王バチだとか女王アリだとか? となると、やっぱり「クイーン」かな?
うーん、きっと初代「クイーン」は、天音さんだろうな。
とにかく、「クイーン」は「ムシ」達全体のトップとして、「ファミリーキャップ」の人達を束ねて、「ムシ」達に方向性を与えて導いて行く。
そうやって、皆が団結して悪い奴と戦って行けば、きっと良くない未来だって変えて行けるんじゃないだろうか?
凜華は、『ぜひ、そうなって欲しいな』と思いながら、露天風呂を出て脱衣所へと向かって行った。
★★★
旅行から帰ると、すぐに凜華は天音とスマホで連絡を取った。そして、「マザー」と「ドーター」の関係。「ファミリー」と「ファミリーキャップ」、「シスター」について。それから、「ムシ」達全体を束ねる「クイーン」についての考え方を天音に説明した。
『凄いわ、凜華ちゃん。さすが、私が見込んだ人材ね』
「あのー、でも、『ムシ』逹の組織を『家族』を核として考えて行くってアイディアは、真凛の発想なんです」
『へえ、そうなの? やっぱり、近いうちに真凛って子にも会ってみたいわね』
「そうですね。まずはスマホで話しましょうよ」
『分かったわ。あ、そうだ。だけど、「クイーン」については、当面は保留にして頂戴。今はまだ、誰を「クイーン」にするとか決める時期じゃないと思うの』
「分かりました」
それから、何故か「ファミリーキャップ」の話になった。
『ファミリーキャップだと長いから、FCって呼ぶ事にしない?』
「FCですか? 何か、サッカーみたいですね」
『そうよ。良く分かったわね。私、実はサッカーが大好きなの。と言っても、見る方なんだけど……。取り敢えず、今は三人で、福島FCって事にしない。それで、この後、どんどメンバーの「ムシ」達が増えて行ったら、福島FCを分割して、郡山FCと岩木FCみたいに分けて行くの……』
「あ、あの、天音さん。FCはファミリーキャップですから、分割して生まれるのは、郡山Fと岩木Fだと思うんですけど」
『あ、そっか……。うーん、ファミリークラブにしよっかな……。あ、でも、そうなると、やっぱりファミリーヘッドを復活させて……』
そこで天音は何やらブツブツ言い出したけど、結局、当初の凜華の案に落ち着いた。つまり、最初に発足するのは、福島Fという事だ。
『……それでね。同じファミリーの子は、変異した時、できるだけ一緒に行動する事にしましょう。だから、ファミリーには、一緒にいられる距離の子を集めた方が良いわね』
「となると、私と天音さんは、別のファミリーの方が良いって事ですか?」
『そうね。あ、でも、最初のファミリーって事なら、仕方ないんじゃない? 今は、まだ三人だけなんだもの。今度、三人で話しましょう。その時が、福島Fの発足式よ』
と言う訳で、凜華が考えた組織案は無事に天音の了承を得られ、やがて、それをベースに、全国の「ムシ」達の巨大なピラミッド組織が形作られて行くのである。
さて、そうした「ムシ」達の組織の根底をなす「ファミリー」という概念だが、実は、その背景に安斎真凛の「温かい家族への憧れ」、そして、その真凛と玉根凜華との強い心の絆があったのは、あまり知られてはいない。
つまり、これは、「ムシ」達の神話時代における微笑ましい秘話のひとつなのである。
END048
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、真凛の視点で、「真凛の日常」です。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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