047: 三人で喫茶店
本日の二話目です。
◇2039年4月@福島県二本松市 <玉根凜華>
その喫茶店は、壁も床も家具も白をベースにパステル調の色彩で統一された、明るい店内だった。
玉根凜華は、同じ「ムシ」仲間の安斎真凛、幼馴染の大谷知行と共に、一番奥のテーブルに案内された。
そこに座って店内を見渡してみると、他の客は若い女性ばかり。知行は、少々居心地が悪そうだ。だけど、凜華は強気だった。
「普通じゃ絶対に入れないお店なんだから、感謝しなさい」
「何だよ、その上から発現?」
「女の子と一緒じゃないと、入り辛いお店ってことよ」
「ちぇっ、オレだって、女にモテない訳じゃないんだからな」
「ムリムリ。知行、チビだもん」
「最近は、だいぶ伸びたんだぞ。お前より高くなったじゃねえか」
「そんなの当然じゃん。私より背が低くて、どうすんのよ」
「まあ、そうなんだけどな」
注文は、凜華が冷たいカフェラテ、真凛と知行は、それぞれオレンジとバニラのスムージーを注文。それらが届くと、サービスで洋館が一切れ付いてきて、とても得した気分になれた。さっきの夕食でお腹いっぱい食べた後だけど、やっぱり甘い物は別腹なのだ。
飲み物が届いた後は、真凛を含めた三人でのお喋りになった。
その真凛と知行の素性は、それぞれに凜華が前もって詳細までインプットしてある。凜華が「ムシ」であるのを知行にカミングアウトした事も、既に真凛は知っている。凜華には不本意ながら、知行は今の所、たった一人の「ムシ」達のサポーターなのである。
「凜華が言うサポーターって言葉が、イマイチ良く分かんないんだけど……。サッカーとかのサポーターとは違うんだよね?」
「うーん、要するに、うちらが『ムシ』であるのを理解した上で、やろうとしてる事に協力してくれたり、色々と助けてくれたりする男の子って感じかな」
「ふーん。その『男の子』ってとこがポイントな訳ね」
ニヤニヤ顔の真凛が、今ひとつ凜華には不気味だった。
ちなみに、この「サポーター」ってのは、岩木市の矢吹天音が言い出した言葉だったりする。「福島ムシ情報サイト」に群がって「ムシ」達の事を、「女神様」とか「妖精ちゃん」とかの言葉で呼んでは、コメント欄で騒いでいる閲覧者逹が話題になった時のことだ。
「そういう人達って、私には、すっごく気持ち悪いんですけど」
『うーん、凜華ちゃんの気持ちも分からなくはないんだけど、それより、その人達に何らかの役割を与えて、私達に都合の良い形で活用する事を考えてみるってのは、どうかな?』
「えっ? 反対に利用しちゃうんですか?」
『そうよ。上手に動機付けしてあげたら、サッカーのサポーターみたいになってくれそうじゃない?』
その時の天音は、何か悪だくみを考え付いた幼女のように笑っていたのだが、その顔が今の真凛と似ている気がする……。
そんな事を思い出していた凜華の横で、その真凛が何か思わせぶりに喋っていた。
「……分かるよ。さっきの凜華が言いたかった事、すっごく良く分かる。つまり、『ムシ』以外の女は、全部が敵だって事なんでしょう? あ、知行さんと凜華のお母さんは違うかも」
「あのね、真凛。私は全然、分かんないんだけど」
「大丈夫、大丈夫。凜華の気持ちは分かったから……。でも、男にだって、色々といるからなあ。うちの親父みたいなのに言い寄られたりしたら大変だから、やっぱ、男を見る目を養っておかないとダメだね」
何だか、勝手に真凛が暴走している気がする。
そう思った凜華は、話を知行に振ってみた。
「ねえ、サポーター第一号の知行としては、何か意見ある?」
「えっ、オレかよ……、てか、いきなり言われてもな」
真凛の前で照れているのか、普段の彼と比べると発言が慎重である。だけど、やっぱり彼は、こないだと同じ疑問を持ち出してきた。
「その前にオレは、凜華が何でそこまで警戒してんのかが、まだ良く分かんねえんだ。『ムシ』達が迫害されるって言うけど、そうなる前に警察とかの偉い人達が何とかしてくれるんじゃねえのか?」
「あんた、まだ、そんなこと言ってんの?」
凜華は呆れた声を上げながらも、彼の言葉の背景を考えてみる。
恐らく彼は、今までずっと大人達に守られてきたんだ。だけど、凜華は違う。スキを見せると常にイジメられる環境にいた。
いや、そんな凜華だって、真凛や天音さんと比べると、まだ良い方かもしれない。特に真凛は、もっと過酷な環境で生きてきた筈……。
「こないだも散々言ったと思うんだけど、うちらは今までずーっとイジメられてきたの。それは、知行だって知ってる事でしょう?」
「まあ、そうだけど……。でも、先生とか……」
「先生? 先生なんて、なーんにもしてくれないよ……あ、昔、知行が大好きだったリカちゃん先生は違ったって事か……」
「何、そのリカちゃん先生って?」
「小学一年と二年の時の担任でさ、あからさまに知行の事ばっか贔屓する女の先生」
「なるほど。知行さんって、ちょっとカワイイ系の顔してるもんね」
「そうなんだよねえ。だから、幼稚園の時の先生とかも、皆メロメロでさ。私は、そのとばっちりを受けてばっかり」
「それ、すっごく良く分かる。アタシも、先生は全員が敵って感じだったもん。特に小学一年生と二年生の時の女の先生は、マジで酷かったわ」
「へえ、真凛もなんだ……。あ、それで、そん時は私も同じクラスだったんだけど、知行と仲良しってだけで、もう徹底的にイビりまくってくれちゃってさ。まあ、それで私も学校がどういう所か身に染みて分かって、それからは、『目立たないようにしよう!』って、ひたすら陰気に振舞ってたんだ」
「そっか……。アタシの場合は、その女の先生に教室から追い出されるような形になっちゃったから……、別に反抗した訳でもないのにね」
「ああ、それで、図書館に通うようになったんだね」
「うん。そこの司書さんが、すっごく良い人でさ。その点では、アタシって恵まれてたと思うよ」
「さあ、どうなんだろう。学校の先生が『来るな』って言うのは異常だと思うけど」
「うちら、この髪の毛だもんね」
「生まれつきの地毛なんだけどね……。天音さんなんか、もっと完全な金髪でさ。やっぱり、先生からは相当にイジメられたみたい。最近も男の先生に殴られたって言ってた……あ、そういや、私、佐久間先生に四階の教室の窓から突き落とされたんだった」
「ああ、『ムシ』になって、こっそり地上に降り立って話ね。やっぱ、先生って人種は男も女も、うちらの敵だよね」
「どんなに地毛だって言っても、ちっとも聞いてくれないし、なんか、『茶髪は不良』ってのが心に摺りこまれてるみたい。知行はさあ、そういう所から認識を変えてかないとダメなんじゃないかな」
「そ、そうか?」
相変わらず知行は、良く分からないといった顔をしている。そんな彼に向かって、真凛が自分の経験談を面白おかしく語り出した。凜華も色々と聞かされたけど、彼女の境遇は、それこそ冗談交じりじゃないと語れない程に悲惨なのだ。
そんな二人を余所に凜華は、今まで矢吹天音と話した事を思い返していた。
確かに凜華とて、いつも天音が口いする未来の「ムシ」に対する扱いは、少し大袈裟な気がしないでもない。だけど、幼少の頃からずっとイジメを受け続けてきた立場からすると、充分に有り得ると思えてもいた。
天音は、「差別は、永遠になくならない」って言っていた。特に日本人は、自分達と異なる存在を排除したがる傾向にある。その上、誰もが強いストレスを抱えて生きている今の社会では、特定のマイノリティへの攻撃が過激になりがちなのだ。
天音も真凛も凜華と良く似た外見、つまり、淡い茶色か金髪の髪、茶色い目、白い肌といった、普通の日本人とは異なる容姿をしており、三人揃って、幼少時からイジメの対象にされてきたって訳だ。
そんな立場の三人が、飛行能力を始めとした特殊能力を手に入れたと知られてしまえば、どうなるかなんて明らかだ。そこに羨望と嫉妬、更には強い憎悪の感情が芽生えるに決まってる。
将来、天音の言う通りに「ムシ」達の数が増えた時、その憎悪は全ての「ムシ」達に向けられる事になる。そうなってしまえば、もはや「ムシ」は害虫扱いだ。家庭の台所に潜むゴキブリのように忌み嫌われて、出会い頭に叩き潰される事にだってなりかねない……。
ふと気が付くと、いつの間にか一人の世界に閉じこもってしまった凜華の横で、知行と真凛は会話のキャッチボールを楽しんでいるようだった。話している内容は割とどうでも良い事なのに、二人の表情がとても優しげなのだ。特に知行のそれは、凜華が今まで見た中で最高のにやけ顔かも。うーっ、気持ち悪い。
でも、これって、たぶん何かが生まれたな。
それに気付いた凜華は、この二人のキューピッドになってやろうと決めたのだった。
END047
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「『ムシ』達の組織」です。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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