046: 合同家族旅行
◇2039年4月@福島県二本松市 <玉根凜華>
玉根家と隣の大谷家は、かれこれ十四年来の付き合いである。つまり、この新しい分譲団地で、たまたま隣り合って新築の家を建てたのが始まりという事だ。
玉根凜華の両親の聖人と美華は、仙台に本店を置く地方銀行で共に管理職として働いている。
隣家の夫、大谷知己は、市内の病院で働く勤務医。妻の真希も同じ病院で働く看護師だ。
この一見あまり繋がりがなさそうな二つの家族を強固に結びつけたのは、共に一人っ子の凜華と知行だった。玉根美華と大谷真希は、ほぼ同時期、正確には引っ越した直後に妊娠し、共に翌年の九月に女の子と男の子を同じ病院で出産したのである。
それ以来、凜華と知行の腐れ縁は続いている。つまり、二人は同じ幼稚園に通い、同じ小学校に入学し、この四月、同じ中学校に進学した訳だ。
そして、この四月中旬の週末に何とか四人の大人が休日を合わせた事で、子供達二人の中学校進学のお祝いとして、二家族合同での家族旅行が企画されたのだった。
尚、この旅行の行き先は、二本松の岳温泉。もちろん、凜華が少々強引に美華と真希を誘導した結果である。彼女は予め安斎真凛に「お得な優待券」を彼女の母親のキャバ嬢、安斎希美経由で入手させており、それを餌に二人の母親を釣ったのだ。そして、こういった時の父親達は妻の言いなりなので、アッサリと岳温泉の某有名旅館での宿泊が決まったのだった。
ちなみに移動については、旅館側が専用のミニバンを手配してくれた。当然、ドライバー不要の完全自動運転車で車内は、ちょっとした豪華サロンといった感じ。よって、大人達は、既に行の車中から宴会モードである。
ところが、その宴会は短時間で終わってしまった。日頃から非常にハードな仕事で疲労困憊な為、少しのアルコールで、四人とも仲良く寝入ってしまったのだ。
結局、取り残された凜華と知行は、天井からぶら下がった大型3Dディスプレイを睨みながらのシューティングゲームを、何度も繰り返しやることになった。そして、凜華が僅かにリードした状態で、目的地の温泉旅館に到着したのだった。
★★★
「おっ、この旅館、混浴の露天風呂があるじゃん」
「少し離れた所だよね。そんな所まで行くのは、スケベなオジサンだけだと思うよ」
「凜華、お前、行った事があるような口ぶりじゃねえかよ」
「違うよ。前もってサイトをチェックしただけ」
そう言いつつも凜華は、その混浴風呂に入った事がある。「ムシ」になった最初の日、真凛と一緒に訪れたのが、この旅館の温泉だったのだ。
あの時は、酔っ払いのオジサンに抱き着かれてしまい、散々な目に遭った。もっとも、それが切っ掛けになって髪の毛を操作するのを覚えたのだから、悪い事だけじゃなかったんだけど……。
昼食は旅館の近くの蕎麦屋で軽く済ませた六人は、その後、温泉街をぶらぶらしてから、早めに旅館に戻った。そして、男女に別れて軽く温泉に入り、凜華は知行と定番の卓球で遊んでから、二家族一緒で豪華な夕食を頂く。
その後、大人達は再び温泉に行ってしまったので、早速、凜華は真凛に心話を飛ばした。当然、家族旅行の日程は事前に真凛に知らせてあり、知行を紹介するから自宅アパートで待機してもらっていたのだ。
その真凛は、すぐに来てくれた。もちろん、「ムシ」になって、知行と二人しかいない客室の天井からニョロっと現れたのである。
そして、当然のように知行は固まってしまっていた。てか、顔が恐怖に引きつっていて、ちょっと、幼馴染として恥ずかしいんだけど……。
凜華は、そんな知行を無視して声を上げた。
「こ、こら、真凛。こんな派手に出てきて、大丈夫なの?」
「大丈夫だと思うよー。この旅館なら、アタシがしょっちゅう来てるから、従業員の人達とかも慣れてるって」
「そんな訳ないでしょうがっ!」
「いやいや、そうなんだってばあ。この旅館、超常現象が良く起こるって事で、最近は人気なんだよ。スマホでググってみなよ」
「呆れた……あ、真凛。こいつが幼馴染の大谷知行だよ……。知行も、こっちが真凛ね。ほら、挨拶しなさい」
凜華は、未だに固まったままの知行の頭に手を置いて、強引にお辞儀をさせる。それで何とか復活はしてくれたけど、まだ少し様子がおかしい。何だか人形みたいに、ぎこたちないって感じ……。
「あ、オレ、知行」
「アタシが真凛だよー。宜しくねー」
真凛は、いつもどおりの軽い調子だったけど、実は少しだけ頬が赤かったりする。その真凛がペコリと頭を下げると、知行は一瞬だけ戸惑った表情をしてから、あいまいな笑みで「どうも」と返した。
この部屋にいると、いつ親達が戻って来るか分からないので、さっき温泉街を散歩した時に見付けたコーヒーショップに場所を移す事にした。元々、真凛を知行に紹介するつもりだったから、浴衣じゃなくて普通に服を着ていたのが幸いした。
凜華と知行は、それぞれの家族に簡単な置手紙を残すと、外套を手に外へと向かう。その二人の後を、以前に凜華がコートと一緒に貸してあげたパーカーを羽織った真凛が、軽い足取りで付いて行った。
★★★
この温泉街は、警察と旅館やホテルが協力し合って治安向上に努めている為、夜でも出歩ける程に安全だ。ただし、その代償として、街には監視カメラが至る所にあって、見張りの警官が常に巡回しているらしい。
それでも、キャバクラやホストクラブなんかもあるし、酔っ払ったオヤジの集団なんかもいるので、さすがに日が暮れた後は、女子中学生二人での外出はNGなのだそうだ。
「でも、今日は知行さんがいるから、大丈夫だよね」
「ぷっ」
「ちょっ、ちょっと凜華。何なのよ」
「だってえ、あざとい真凛なんて、初めてなんだもん。おっかしくって」
「あ、あざとい言うな!」
「ごめんごめん。怒んないでよ」
凜華と真凛がじゃれ合っている横で、知行が目を白黒させている。だけど今の二人は、ほぼ無敵。むしろ、護衛されるべき対象は、知行の方だろう。
まあでも、それを言うと彼は拗ねるだろうから、言わないけど……。
「あ、足湯があったあ。ちょうど席が空いたみたいだから、浸かって行こうよ」
前方にあるのは歩道の脇にある東屋で、そこに足湯が造られている。こうした温泉街には、必ずある施設だ。
確かに、たった今、若い男女が席を立った所だった。
「あのさあ、真凛。あんた、ここに住んでるんだから、あそこに足湯があるなんて知ってんじゃないの?」
「別に良いじゃん。こんな所に一人でポツンといたら、それこそ痛い子じゃない」
「真凛だったら、それもありだと思うんだけど……」
「もう、凜華ったら、アタシのこと何打と思ってんの!」
「そんなに、悪い意味じゃないから……。例えばさあ、朝方の人が少ない時に、薄っすらと光を纏って座ってなよ。そしたら、街角の妖精とか呼ばれて有名になるの、間違いないから。新たな都市伝説の誕生だね」
「うーん、妖精かあ……。まあ、妖怪よりは良いけどね」
「どっちも、似たようなもんだと思うけど……」
「ひっどーい! やっぱ、そんな風に思ってるんじゃん!」
口を尖らせてプンスカ怒る真凛は、同性の凜華から見てもすっごく可愛い。
今日の彼女の服装は、丈が短めの長袖カットソーに赤いベスト。その上に、凜華が貸してあげた白いパーカーを羽織っている。ボトムはショートパンツで、足元はスニーカーとハイソックス。どれも古びてはいるけど、彼女が持ってる物の中では、たぶん、良い部類なんだろう。
もっとも、淡い茶髪と色白で整った容姿の真凛だから、そんなカジュアルな格好でもモデルさんみたいに見える。両腕を後ろに組んで頬を膨らませて温泉街を歩く姿は、何かのプロモーションビデオの撮影かと思える程に様になっていた。
そうこうするうちに、前方にけばけばしいネオンサインが見えてきた。その前には、客引きのお兄さんがいて、通りを歩くオジサンとかに声を掛けている。
「あ、あそこ、希美が働いてるクラブだよ」
「こ、こら、知行は、見ちゃ駄目―っ!」
慌てて凜華が両手で知行の目を隠す。彼は、訳が分からないといった様子であたふたしている。事情を察した真凛が、更に口を開いた。
「あ、そんでもって、親父が働く方のクラブは、あそこの旅館の地下なんだ」
「ふーん、立派な旅館じゃない」
真凛の誘導に乗る形で、凜華は相槌を打ってやった。たぶん、さっきの発言は失言だったんだろう。だって、真凛が最初に示した店のネオンサインには、「キャバクラ」の文字が点滅していたのだから……。
「ちょっ、ちょっと凜華。いったい何だったんだよ」
「だからあ、知行は知らなくても良いの。それより、あそこのお店、良い感じじゃない」
「うーん、観光地価格だからなあ」
「大丈夫。真凛の分は私が奢るから。知行も、良いでしょう?」
そう言って凜華が誘った店は、洒落たコーヒーショップ。南フランス風の外観なんだけど、メニューには和菓子なんかもあるお店だ。
凜華がドアを開けると、チリンと涼しげな鈴の音がした。
END046
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「三人で喫茶店」です。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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★★★
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(ジャンル:パニック)
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