044: 初めての仲間(3)
◇2039年3月@福島県岩木市 <矢吹天音>
矢吹天音が玉根凜華という少女と話してみての感想は、年下だとは思えない程にしっかりした子だという事だった。きちんとした性格で筋の通った考え方ができる。たぶん、相当に頭が良いんだろう。
それに、気が強いのも好感が持てる。夜中にたった一人で郡山から岩木まで来たのだから、勇気や行動力だってある筈だ。
天音は、『この子だったら、信頼ができる』と思った。
〈あの、天音さん。こんな事、会っていきなり言ったら引かれちゃうかもしれないけど、私のお姉さんになってもらえませんか? 私、一人っ子で、ずっと姉妹って憧れてたんです〉
〈あら、最初に砂浜はで会った時から、私も凜華ちゃんの事は、大切な妹だって思ってるわよ〉
〈えっ、そうなんですか?〉
〈そうよ。私も同じ一人っ子で、可愛い妹が欲しいって思ってたの〉
〈ふふっ、実は生意気な妹かもしれませんよ〉
〈生意気でも良いわよ。私は、思った事を気兼ねなく言い合える関係でいたいの。だいたい、私は三月生まれだから、実際は、そんなに年上でもないのよ〉
〈そんでも、お姉さんはお姉さんです。ふふっ、宜しくお願いします〉
〈私こそ、これから宜しくね〉
この玉根凜華という子とは、きっと、とても長い付き合いになる。この時の天音には、そんな確信があったのだった。
★★★
それから二人の話題は、「福島ムシ情報サイト」の事になった。このサイトが開設されたのは昨年の十一月のようだが、その存在を天音が知ったのは先月で、凜華に至っては、ほんの数日前なのだという。
〈私、このサイトを偶然に見付けて、初めて「ムラサキ」っていう「ムシ」の事を知ったんです。それで、どうしても会いたくなっちゃって、こうして来ちゃいました〉
〈そうなんだ。私も、このサイトで自分以外の「ムシ」がいるって知った時、本当はすぐに会いに行きたかったんだけど、実は私、自分一人で岩木から出た事なくて……。だから、凜華ちゃんは凄いと思う〉
〈それは、仕方がないと思います。私の場合は真凛がいたから、ここまで来ようと思ったんだし……〉
〈あの、凜華ちゃんは、どうやって真凛って子と知り合ったの?〉
〈それは、真凛が私に会いに来てくれたんです。私が初めて「ムシ」になった時なんですけど〉
〈えっ? でも、その子はどうやって、その事を知ったの?〉
〈「何となく分かった」って言ってました。真凛の能力なのかもしれません〉
〈そっか〉
本当は安斎真凛だけの能力ではないのだが、この二人には経験のない事だったので、別の話題になってしまった。
〈そういや、天音さんには予知能力があるんですよね? 天音さんの予想では、これからのうちら「ムシ」の未来って、どんな風になると思います?〉
難しい質問だった。天音は、少しだけ悩んでから、こないだから考えている事を素直に話す事にした。
〈私達の仲間は、これから、どんどんと増えて行くと思う。だから、それを前提にしての話になるんだけど、正直言って、あんまり良い未来は期待できそうにないって思ってる〉
〈えっ、そうなんですか?〉
凜華は、少し意外そうな顔をした。
〈そうよ。それには、二つの理由があると思うの。ひとつは、見た目。やっぱり、私達が変異した姿は、一般の人達に恐怖を与えてしまうと思う〉
〈まあ、そうでしょうね〉
〈それとね。二つ目は、羨望と嫉妬の感情を引き起こすって事なの。だって私達、空が飛べるのよ。普通は、羨ましいって思うんじゃない?〉
〈なるほど〉
〈それら二つのネガティブな感情は、たぶん、「ムシ」達を迫害する方向に向かうでしょうね〉
凜華は、反論しようとはしなかった。『きっと、彼女も似たような事を想像していたんだろう』と、天音は思った。
〈残念な事だけど、人は、中途半端に自分より優れた者を決して認めたりしない。もちろん、圧倒的な強者であれば従わざるを得ないのだけど、私達はそうじゃないでしょう? そもそも見た目は華奢な少女なのよ。誰も敬ってくれたりはしないわ〉
ここで、ようやく凜華が口を挟んできた。
〈でも、天音さんは女神みたいに綺麗っていうか……、ほら、「福島ムシ情報サイト」には、そんな風に言ってる人、いっぱいいますよ〉
〈それは、尊敬とは違うんじゃない? むしろ、子犬を可愛がるのに近いかも。そういう人って、その子犬が自分の言う事を何でも聞いている間は可愛がっても、そうじゃないと態度を豹変させるものなの。私達「ムシ」は、愛玩動物じゃないのよ〉
天音は凜華に、何故自分が「ムシ」という言葉を受け入れたかを話した。「ムシ」って言葉は、自分逹が近々直面するであろう未来を正確に言い当てていると思えたからだ。
〈……だから、私達はね。小学生の男の子達が網を持って追い掛ける「ムシ」そのものなのよ。男の子達は、追い掛けてる「ムシ」の事を綺麗だと思ってる。純粋に綺麗で大好きだから、追い掛けて捕まえようと思うの。そういう男の子達には、罪悪感なんて一切ない。私達は、ただ捕まえられて虫カゴに放り込まれる。そうなると、もう空を飛べない。飛べない「ムシ」に、価値なんて無いっていうのにね〉
捕えられた「ムシ」達は、実験動物にされたり、標本にされたりするかもしれない。
〈それでも、「ムシ」の存在が希少な間は、まだ良い方だと思う。一部の「ムシ」は研究所送りになるかもしれないけど、さっき言った愛玩動物として生き残れる可能性だってある。まあ、それが幸せかどうかは別なんだけどね。でも、問題は……〉
〈問題は?〉
〈問題はね、将来、「ムシ」の数が増えた後だと思うの。その時点で、政治的な対応を間違えれば、それこそ「ムシ」は駆除の対象として虐殺されるだろうね〉
〈そんな……〉
〈まあ、そうなるのは、私達の子供達の時代かもしんないけど〉
〈あの、それって、「ムシ」には人権が無いっていう事ですか?〉
〈そうなる可能性が、充分にあるって事よ。そうさせない為には、さっきも言ったけど、政治的な舵取りが重要だと思うんだ。つまり、私達は結束して、ある程度の政治力を持つ必要がある〉
〈政治力ですか?〉
〈そうよ。一番良いのは、「ムシ」も同じ人間だって認めてもらう事だけど、たぶん、難しいと思うわ。そうなると、次は「ムシ」が無害な存在だって証明して、信じてもらう事だと思うの。それを実現する為には、相当な政治力が必要な筈〉
〈……っ〉
〈だけど、それだけじゃないの。その後、全国レベルで私達「ムシ」に対するイジメや差別を無くして行くには、相当な時間とパワーが必要だと思う〉
〈イジメと差別ですか?〉
〈そうよ。私もそうだったんだけど、凜華ちゃんもイジメられた事があったんじゃない?〉
〈あ、はい。この髪の毛ですから。それに私、実は……〉
そこで凜華が見せてくれたのは、普通より短い左手の小指だった。どうやら、生まれ付きらしい。
天音は、先を続けた。
〈だからね。私達「ムシ」は、お互いに助け合って行かなきゃいけないと思うんだ〉
それから二人は連絡先を交換し、何かがあったら直ちに連絡を取り合うことにした。
一人で悩まない事。何でもお互い相談し合う事。新しい「ムシ」のメンバーが見付かった時にも、お互い報告し合う事にした。
全ての「ムシ」は団結する必要がある。それは、これから「ムシ」として生き残って行く為には、絶対に必要な事だ。
〈少し大袈裟に聞こえるかもしれないけどね、私逹が置かれた状況って、とっても危ういものだと思うの。さっきも言ったけど、一歩間違えれば見世物になるか、隔離されて研究所送り。たぶん、人権なんて認められない。それこそムシけらのように扱われかねない……〉
〈だから、助け合うことが大事なんですよね?〉
〈そうよ。私逹「ムシ」が最後に頼れるのは、同じ「ムシ」だけ。だから、「ムシ」達のしっかりとした仲間意識、えーと、絆って言うのかな。そういうものが、重要なんだと思うの〉
そして天音は凜華に、ひとつの宿題を課した。
〈ねえ、凜華ちゃん。今はまだ三人しかいないけど、これから「ムシ」逹が増えて行くに連れて、団結する為の強い組織が必要になると思うんだ。その雛型を私達で考えてみない? すぐじゃなくても良いから、何か思い付いたらメールして頂戴。当然、私も考えてみるから、お互いにアイディアが出来たら、話し合いましょう〉
思春期初期の少女逹の友情は、とかく熱くなりがちである。しかも深夜、二人だけの語らいということもあって、話は次第に熱を帯び、どんどんとエスカレートして大袈裟なものになって行く。
終いに天音は、こんな歯の浮くような言葉まで口にしてしまっていた。
〈……これはね、私逹「ムシ」にとっての未来、「ムシ」達の生き残りを賭けた戦いなの!〉
数年後に天音がこの晩の事を思い出したなら、きっと恥ずかしくて悶え死にそうになるに違いない。
だけど、この時に天音が話した事は、決して間違ってはいなかった。それどころか、僅か十年と待たずに「ムシ」の少女達が遭遇する、不幸な現実そのものだったのだ。
まさに未来の預言者、矢吹天音の面目躍如である。
二人共、翌日は休みとあって、この日は日付が変わる頃まで話し込んだ。
天音は泊って行く事を勧めたのだが、親に黙って出て来た事から、「どうしても、今晩中に郡山まで帰る」という事だった。本当は、車で帰る事を勧めたかったのだけど、お金も無いし、タクシーを呼べば彼女の存在がバレてしまう。
結局、「ムシ」に変異して帰らせる以外に方法は思い付かず、天音はただ〈気を付けて〉とだけ言って、部屋から送り出すしかなかった。
それから約一時間後、交換したばかりのアドレスに、凜華からメールがあった。
〈今、家に着きました。色々とありがとうございました。今後とも宜しくお願いします。天音さんが言う通り、たぶん、これから様々な事があると思います。大変かもしれないけど、一緒に戦って行きましょう〉
相変わらず、大人びた文章だった。
天音は、それを見て心底ホッとした。
こうして天音に、とっても愛らしくて心から信頼できる「初めての仲間」が出来たのだった。
END044
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、凜華の視点で、「凜華の中学デビュー」です。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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(ジャンル:パニック)
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