042: 初めての仲間(1)
◇2039年3月@福島県岩木市 <矢吹天音>
最近、矢吹天音は、「福島ムシ情報サイト」を隅々までチェックするのを日課にしている。その彼女が一番に関心があるのは、中通り、つまり福島県の中央部に当たる郡山市近辺の仲間達の事だ。
それらの「ムシ」達は、それぞれ「ジャノメ」「ミズイロ」と呼ばれていた。どうやら、「ミズイロ」の方が「ムシ」になったのは早いようだけど、「ジャノメ」の翅の方が大きくて目立つようなので、サイト上では「ジャノメ」の方を先に持ってくるのが決まりらしい。
ちなみに、天音の呼称である「ムラサキ」は、それらの「ムシ」よりも更に先に位置づけられる傾向にあるようだ。それは、サイト上で最初に掲載された情報が「ムラサキ」だからで、「ミズイロ」よりも先に「ムシ」になったといった確証がある訳ではない。
それに、「ジャノメ」と「ミズイロ」が人間の女の子であるとの確証だってまだ無い訳だが、何故か天音には「彼女達」であり、しかも年下の「妹達」であると確信しているのだった。
そんな「妹達」は、どうやら郡山の駅前近辺を中心に、色々とやらかしているようだ。中でも天音が気になったのは、昨年末のクリスマスイブ、人でごった返す郡山の駅前繁華街に「ミズイロ」が突然に舞い降りて、大騒ぎになったという記事だ。
何で「ミズイロ」がそんな事をしたのかは書かれていなかったが、もし本当に「妹」だったとすれば、きっと何か理由がある筈。だけど、それが大きな騒動になったという事自体が問題なのだ。何故なら、案の定、「郡山の繁華街に化け物の襲来か?」といったニュースがネットで配信されていたからだ。
その記事には、サイト上に貼られたリンクがら飛べたのだが、内容は面白おかしく書かれているものの、一応、全国紙の新聞社から配信されていた事が気になった。万が一、もっと詳しく調べられたりしたら、先日に天音が思い描いたような悪夢が、現実になってしまうかもしれないからだ。
天音は、彼女達と連絡を取り合いたいと思った。でも、連絡の手段が思い浮かばない。
となれば、やっぱり郡山に行ってみるしかないかもしれない。
「ムシ」になって行くとしたら、たぶん、一時間ちょっとで行けるだろう。だけど、往復だと最低に時間。いや、郡山での滞在時間や帰りの時間を考えると、三時間以上は必要だ。それに、向こうに行って、すぐに会えるとは限らないし……。
あれこれ考えてみると、両親の目を欺いて郡山まで行く事には、どうしてもネガティブになってしまう天音だった。
★★★
その日、天音は久しぶりに夢を見た。郡山の「ムシ」の仲間が、わざわざ岩木まで来てくれるといった夢だ。
だけど天音には、それが予知夢なのか、それとも単に天音の願望が夢になっただけなのかが分からない。
それで、中学に行っている間も、ずっとそわそわしっぱなしだった。
この時期、三年生は既に卒業式を終えており、在校生も春休みを目前にして勉強に身が入らない時期だったりする。そして、それは天音も同じだったのだが、理由はもちろん、「『ムシ』の仲間に会えるかもしれない」というものだ。
放課後、天音は友達の高木苑実とコンビニに寄り道して、そこの飲食コーナーでお喋りをしてから帰った。天音が住んでいる辺りは田舎なので、それくらいしか寄り道する所が無いのだ。
昔の大地震の時に津波で大打撃を受けた海岸沿いに行けば、洒落たお店が色々とあるけど、天音の自宅アパートのある方とは反対だし、そういう所は中学生のお小遣いだと少々厳しい。陽キャな生徒達は、自転車で少し離れたファーストフードのお店に行くらしいが、天音には関係ないと思っていた。
そんなこんなで天音は自宅アパートの自室に戻り、夜になるのをじっと待ったのだが……。
★★★
郡山の「ムシ」がやって来る気配は、なかなか訪れなかった。夜の九時半を過ぎた頃、待ちきれなくなった天音は、そっと自室を出て、岩木駅周辺を見回ってみたりもしたのだが、全く何も感じない。
仕方がないので、いったん自宅アパートの辺りまで戻り、今度は近くの夢浜海岸周辺を飛び回っている時だった。
――何かが近付いて来る!
途端に、胸の中に温かい何かが込み上げてくる。どうやら、一人だ。という事は、翅が大きい方の「ジャノメ」だろうか?
本当は、その子の方に今すぐ飛んで行きたい所だったけど、天音はじっと耐えて、目立たないように夢浜海岸で待つようにした。
そうして三十分くらいが過ぎた頃、岩木駅の辺りで、その子が周囲の気配を探している感覚があった。
――私は、ここにいるよ!
それが通じるとは思わないけど、天音は心の中で呼び掛けてみた。
その直後、その子が急いで向かって来る感じがした。
通じた!
天音は有頂天になって、海の上でグルっと宙返り。そのまま、その子の方に飛んで行こうとして、やっぱり止めにした。
たぶん、私の方がお姉さん。だったら私は、ここでドンと構えて迎えてあげなくちゃ。
天音は、灯台とは反対側にある丘の上に身を隠す。そして、その子を待つ事にした。
最初は小さな光の粒だったのが徐々に大きくなって行って、やがて、はっきりと「チョウ」の形になる。
砂浜に舞い降りた彼女の翅は、ネットの画像で見たよりもずっとずっと迫力があった。
今まで他の「ムシ」の子と接した事の無い天音にとって、「光のチョウ」の姿を間近に見て驚いたとしても当然の事なのだ。自分では、簡単に自分自身の姿を見られないのだから……。
彼女の翅は薄茶色だけど、たぶん琥珀色って言った方が良い気がする。何故なら、何となくお酒の匂いがするから。それは、酔っ払った伯父の嫌な臭いじゃなくて、とても落ち着ける感じの良い匂い。そうだ、お母さんが大好きなケーキの匂いかもしれない。確か、ブランデーだったっけ?
その翅には鱗状の翅脈が無数にあって、真ん中い大きな蛇の目の文様。二対の翅にひとつずつだから、それが全部で四つある。それらは縁取りが焦げ茶で中は赤……。
天音は浜辺に降り立つと、すぐに変異を解いて、砂の上をゆっくりと近付いて行く。
相変わらず強い潮風が横から吹き付けてきたけど、今は目の前の少女に夢中で気にならない。
やがて、十メートルぐらい手前で立ち止った天音は、思い切って声を掛けてみる。
「初めまして。矢吹天音って言います。あなたは?」
その子は、少し緊張しているように見えた。それでも天音が変異を解いたからか、彼女も変異を解いてくれた。
そこに現れたのは、天音よりも幼い少女。小学校中学年くらいに見えるけど、天音自身も発育が遅い方だから、案外、高学年かもしれない。
服装は、天音と同じで厚めのオーバーコート。そして彼女は、やっぱり薄茶色の髪の毛をしていた。天音の母の涼子と同じ色だ。
「わ、私は、玉根凜華って言います。私は、きょおりやま……、きょおり……。すいません」
「郡山でしょう?」
「あ、はい。郡山市から来ました。えーと、今日で小学校を卒業しました。そんで……、あ、そうだ。去年の十二月に、『光のチョウ』になれるようになりました」
途中で噛んでしまった彼女は、ちょっと涙目だったけど、天音には可愛さ倍増で逆に好印象だった。
「そっか。凜華ちゃんって言うのね。会いたかったわ……。凄く凄く会いたかった……。あ、ごめんなさい」
クールなお姉さんを気取っていたつもりが、途中で感極まってしまい、余計な事まで口走ってしまった。それでも天音は、必死に涙を堪えて先を続けた。
「本当は、私の方から会いに行きたかったんだけど、ごめんなさい。どうしてもできなくて……。凜華ちゃんは、立派だわ。私より小さいのに……」
「あ、いや……」
「ふふっ。それに、『ムシ』と言わずに『光のチョウ』って言う辺りも、とっても好感が持てるわ。私も『ムシ』って言葉は嫌だもの……。私が『光のチョウ』になったのは、去年の五月。それで、来月から中学二年生になるから、少しだけお姉さんになるわね……。えーと、ここは寒いから、私の部屋に行きましょうか?」
話している途中で寒くなってきた天音は、彼女に提案してみた。その彼女、凜華ちゃんは、すぐに了承してくれた。
二人で揃って、「ムシ」に変異。その子と同時に砂浜を舞い上がった天音は、そわそわした気分のままに、ひとまず彼女を自宅アパートの自室へと連れて行く事にしたのだった。
END042
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話も、「初めての仲間」の続きです。
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