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040: 凜華のカミングアウト(2)

◇2039年3月@福島県郡山市 <玉根凜華>


玉根凜華たまねりんかの同じ歳の幼馴染、大谷知行おおたにともゆきは、ひとことで言うと単純な奴だ。たぶん、誠実ではあるんだろうけど、悪い事をするだけの脳が無いというか、たいていの嘘は簡単に見破れてしまうから騙されようが無いというか、とにかく凜華にとっては無害であり、一応は「信じられる」の項目に収まっている男である。

それに、友達の少ない凜華にとっては貴重な男友達であるのも、ポイントが高い。この年頃の男女にありがちな事として、どうしても凜華から見た知行はガキっぽく見えてしまうのだが、そこは出来の悪い弟分だと思う事で折り合いを付けている。

恐らく知行にとっては、全力で反発したくなる最低レベルの評価なんだろうけど、凜華による知行の見方は、だいたいそんな所だ。


さて、その大谷知行が凜華に、「もう一回、訊くけど」と前置した上で、「なあ、本当に、オレに隠してる事があるんだろ?」と、更に厳しい疑惑の目を向けてくる。

それに耐えられなくなった凜華は、取り敢えず「……別に」と返したのだが、いくら単純でガキっぽい彼でも、さすがにそれだけで納得してはくれなかった。


「別にじゃないだろう。オレ逹、いったい何年の付き合いだと思ってんだ。生まれた時からずーっとだぞ。なあ、何か隠してる事があるなら、言えよ」

「バカっ」

「バカじゃねえだろ。まあ、お前よりは頭わりいかもしれないけど……」

「知行って、私が『絶対に秘密だよ』って言っても、すぐ誰かにバラしちゃうじゃない」

「言わねえよ」

「だって、一年生の時なんか、私がオネショした事、教室の全員に聞こえるような大声で喋ってたじゃない」

「五年も前の事だろ。とにかく、大事な事は言わねえって」

「私がオネショしたの、大事な事じゃないってこと?」

「あん時はごめん……ってか、もう百回ぐらいは謝っただろ。そろそろ許せよ……。いや、今、話してるのは、『ムシ』のことだぞ。お前、何か知ってるんだろ?」


知行が、いきなり両手を凜華の肩に置いて身体からだを揺さぶった。


「もう、興奮しないでよ。怖いよ、知行」

「あっ、ごめん」


知行が、急にシュンとなって手を離す。凜華は、彼の事が少し可愛そうになった。

正直、もう言ってしまいたい気持ちもある。全部を話してスッキリしたい。それが出来たら、どんなに気が楽になるだろう……。


「だから、『絶対に、誰にも言わない』って確信がなきゃ嫌なの」

「言わねえよ」


それでも凜華は、不安だった。

私が「ムシ」だと知っても、知行は今と同じように接してくれるだろうか?


「それと、もうひとつあるの」

「何だよ」

「知行、鼻息荒い」

「あっ、ごめん」


やっぱり、止めようかな。


「良いから、言えよ」

「駄目だよ。知ったら、きっと知行は私のこと嫌いになる」

「ならねえよ」

「本当は、私が悪魔だとしても?」

「ならねえよ。お前、昔から似たようなもんじゃん」

「どういう意味よ?」

「そのままだよ。とにかく、オレはお前のどんなとこも知ってるんだから、今更、嫌いになんてならねえよ」


本当だろうか?


「じゃあ、指切りしてくれる?」

「はあ?」

「ほら、指切り……。嘘ついたら針千本の―ます。指切った」


凜華の知行を見る目が、急に険しくなった。


「じゃあ、ちょっと外に行くの付き合ってくれる?」

「えっ、今からかよ。もう夜の九時だぞ。そろそろお前んの親も帰って来るんじゃねえのか? それに、お前は女子なんだし、こんな時間に外だなんて、危なくねえのか?」

「大丈夫。そんなに遠くまで行かないし、時間も掛かんないから。それに、私は危なくなんてない」


知行は、凜華の顔をじっと見て言った。


「分かったよ。付き合ってやる」


知行は、クローゼットからダウンジャケットを取り出して羽織ると、母親の真希まきさんに「ちょっと、凜華を送ってく」と言って玄関へ向かう。凜華も急いでオーバーコートを着込むと、彼の後を追って外に出た。



★★★



路肩に雪が残る道を、凜華は知行を連れて歩いていた。

外は分厚い曇に覆われているせいか、月も星も見えない。時折り吹く強い風が木々を揺らして、寒さと恐怖心とを掻き立てる。


この団地は丘陵地帯を切り開いて造ってあるので、家が途切れた先は雑木林だ。一応、舗装はしてあるけど、街灯なんて無いから周囲は完全に真っ暗闇。今の凜華は夜目が効くので問題ないのだが、恐らく知行は自分の足元すら見えない状態だろう。

仕方がないので凜華が知行の手を取って、彼を引っ張るようにして、前へ前へとズンズン進んで行く。


しばらくすると、凜華が躊躇せず林の中に入って行くのに、いよいよ耐えられなくなった知行が騒ぎ出した。


「おいおい、いったい何処どこまで行くんだよ?」

「ふふっ、この辺って、小さい頃に良く探検しに来たじゃない」

「それは、昼間の事だろうが」

「大丈夫だから、付いて来て」


凜華が有無を言わせぬ口調でピシャリと言い放つと、知行は唾を飲み込んで静かになった。


更に五分くらい歩くと、少し開けた場所に出た。そこは、半径十メートルくらいの円形の広場で、一面が真っ白な残雪に覆われている。

子供の頃に良く来た場所だけど、記憶にあるよりも寂れた感じだ。それに夜のせいで、おどろおどろしくもある。

でも、今は、その方が良い。


「着いたよ」


凜華は、知行と向かい合って立った。彼は寒いのか、それとも緊張してるからか、足が小刻みに震えている。きっと今の彼には、ほとんど何も見えておらず、周囲の木々が風に揺れるザワザワという音ですら、不気味に思えているに違いない。

やっぱり、寒い。サッサと終わらせてしまおう。


「じゃあ、始めるね」


その言葉が終わらない内に、凜華の身体からだが光を纏い始める。すぐに光は強くなり、彼女の背中に巨大な蛇の目(ジャノメ)の翅が現れた。


「うわあ!」


知行の震えが激しくなった。凜華が翅を動かすと、彼は尻もちをついて後ろに倒れ込んでしまった。


『これくらいで充分だろう』と思った凜華は、変異を解いた。

普段の姿に戻った凜華が、知行の手を引っ張って立たせてやる。その彼の手は、手袋越しでもわかるくらいにゴツゴツしていた。凜華は、自分の記憶にある柔らかい手とのギャップに、ちょっとだけ困惑したのだった。



★★★



帰り路、ずーっと二人は無言だった。


凜華は、少し後悔していた。

やっぱり、知行に見せるべきじゃなかった。

あんな姿を見せられて怖がらない子なんて、いる訳がないじゃない。あんなの、どう見たって化け物なんだから……。


凜華は強く唇を噛み締めた。

知行は、今日あったことを誰にも言わないだろう。でも、明日からは、自分に声を掛けてくれなくなるかもしれない。こんな化け物なんかと知り合いだなんて、誰も思いたくないだろうし……。


そうこうするうちに、凜華の家の前まで来てしまった。

無言のまま彼女は玄関へと向かう。まだ両親は帰っていないのか、家の中は灯りが消えたままだ。


「なあ、凜華」


凜華の背中で、躊躇ためらいがちな声がした。


「お前、何か勘違いしてねえか?」

「えっ?」

「別にオレは、お前のこと、怖がったりしてねえぞ」


凜華が無言でいると、知行が急いで玄関への階段を上って来る。そして、すぐ目の前に立った。


「知行、近いよ」

「あ、ごめん」


それから、知行は、考えながら訊いてきた。


「えーと、凜華はさあ、さっきのアレになっても普通っていうか、その、凜華のままってことで良いんだよな?」

「うーん、どういう意味で言ってんのかイマイチ分かんないけど、えーと『ムシ』だっけ? その『ムシ』になっても、普通に意識はあるっていうか、私は私のままだよ」

「そっか」

「あ、でも、『ムシ』になれるようになって、目が良くなった。さっきみたいに暗い所でも普通に見えるし、耳も良く聞こえるようになった気がする……。それから、少し自信が付いたかも」

「自信?」

「うん。怖い人だとかイジメっ子とかに会っても、あの姿になれば逃げられるって思うと、そんなに怖くなくなったんだ。ふふっ。もちろん、あの格好になると騒ぎになっちゃうから、めったにやらないんだけど……」

「めったにって事は、やった事があるんかよ?」

「まあね。それより、寒いから中へ入ろう?」


それから、凜華は知行をリビングに上げて、少しだけ話した。

年末に「ムシ」になれるようになった時の事。安斎真凛あんざいまりんという子が会いに来てくれて、色々と教えてくれた事。それで、そんなに不安を感じずに済んだ事。その後、その子と一緒に色んな所に行った事……。

担任の女性教師の佐々木恭子(きょうこ)とうまく行ってない事は、前々から知行に話していた。だけど、その恭子に四階の教室の窓から突き落とされた事を話したら、さすがの彼も驚いていた。更に、咄嗟に「ムシ」になって無傷だった事には、もっと驚いてくれた。


「まあ、そんな訳でさ。『ムシ』になれるようになって、私は喜んでるってわけ。さっきのあんたみたいに、化け物だって人には怖がられる訳なんだけど、差し引きすると間違いなくプラスになってると思う」

「そっか。あ、それとさ、オレは凜華が『ムシ』だって事を知ったって、凜華のことを化け物だなんて思わねえからな」

「そうなの? その割には、さっきは尻もちついてたじゃない」

「あれは、ちょっとビックリしただけだよ」

「まあ、そうだね。知行って、昔から怖がりだし……。ふふっ、お化け屋敷とか、全然ダメだし、さっきも私が『ムシ』になる前からビビってたもんね」

「お前なあ」

「隠しても無駄だよ。手を繋いでたせいで、あんたが震えてるの丸わかりだったんだから」

「そ、それは、寒かったからだ……」

「はいはい。そういう事にしといてあげる」

「何だよ、その上から目線」

「別に良いでしょう。それより、さっきは、ありがとうね」

「えっ、何の事だよ?」

「私が『ムシ』でも『化け物だなんて思わない』って言ってくれた事だよ」

「お、おう。そんなの当然だろ。お前が『ムシ』だろうと、オレの幼馴染なのは変わんねえからな」

「ふふっ、そうだね……。あ、そうだ。それと、私が『ムシ』だって事は、誰にも言わないでね。まあ、言った所で、誰も信じないとは思うけど」

「あはは。言う訳ねえだろ。それより、お前もオレの事は言うなよな」

「えっ、何のこと?」

「お前が『ムシ』になった時、オレがビックリして尻もちついた事だよ」


さっきの帰りに知行が無口だったのは、どうやら自分が尻もちをついた事が、恥ずかしかったからのようだ。

その時の事を思い出した凜華は、自然に口元がほころんでしまう。


「わ、笑うな」

「だって……。だって、嬉しいんだもん」

「嬉しい? オレは、ちっとも嬉しくなんかないからな。絶対に秘密はバラすなよな」

「はいはい。約束だもんね」


すると、そこで玄関のドアがカチャリと開いて、凜華の母の美華みかが帰って来た。


「あら、知行くん。いたの?」

「あ、美華さん。すいません。今、帰りますので」


知行は、そう言い残して、そそくさと帰って行く。凜華は玄関の所まで一緒に行って、「また、明日ね」と言って見送った。

その後、凜華も知行も、それぞれの親から何を話してたのかをしつこく尋ねられたりしたのだが、二人のどっちにとっても今日あった出来事と比べたら、それらは些事に過ぎない。


ともあれ、こうして玉根凜華は、「ムシ」に関する貴重な相談相手を得る事が出来たのだった。




END040


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、「凜華の岩木訪問」です。

できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。


また、ログインは必要になりますが、ブクマや評価等をして頂けましたら励みになりますので、宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

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