039: 凜華のカミングアウト(1)
本日の二話目です。
◇2039年3月@福島県郡山市 <玉根凜華>
そのサイトの存在を玉根凜華が知ったのは、三月の卒業式が直前に迫った日の夕方の事だった。
その時の凜華は、幼馴染の大谷知行の部屋にいた。退屈だった彼女は、暇つぶしに知行のノートパソコンでネットサーフィンでもしようと思い立ち、おもむろにマウスに手を伸ばした。そして、スリープ状態だったディスプレイにパスコード入力画面が現れたので、即座に彼の誕生日を打ち込んでみる。すると、アッサリとロックが解除されてしまった。
その瞬間、凜華の目はディスプレイに釘付けになった。
ちなみに、その時の知行はというと、学習用のタブレット端末でマンガを見ていたりする。その彼が、凜華のただならぬ様子に気付いて声を上げた。
「おい、凜華。お前、何してんだよ!」
でも、凜華の方は、それどころじゃなかった。そこには、「光のチョウ」の画像が、アップで表示されていたのだから……。
もっとも、それは凜華自身ではなくて、薄い水色の翅を持つチョウの姿だったんだけど……。
「知行こそ、いったい何なのよ、これ?」
ところが、知行は涼しい顔で言い放ったのだ。
「おっ、お前も、それに興味を持ってくれたか……。すっげえだろ、それ? 『福島ムシ情報サイト』って言うんだ」
「『ムシ』? 『ムシ』って何なのよ? これ、どう見たってチョウじゃない!」
「お前、何で怒ってるんだよ? チョウだって『ムシ』には違わねえだろ?」
「全然、違うでしょうがっ! 普通、『ムシ』ってのは、ムカデとか芋虫とか、あ、あのGが付く黒い悪魔だとか……」
「あはは。お前、ゴキブリ嫌いだもんな」
「当ったり前でしょうが。あれが好きな人なんか、いる筈ないじゃない」
「いやいや、東南アジアとかで食べるって聞いた事あるぞ」
「あのね。そういうの、ゲテモノ食いって言うの……。それより、あんたが何で、こんなサイトを見てんのよ?」
そう言いながらも、凜華は画面をスクロールして、そこにあった画像を順番に確認して行く。
当然ながら、そこには凜華自身の画像も幾つかあったのだが、一番に多いのは岩木市の「ムラサキ」という子で、次が「ミズイロ」と呼ばれている安斎真凛の画像だ。
凜華は、自分と真凛意外にも「光のチョウ」がいた事に驚いていた。どうやら、その子は凜華逹よりも早い時期に、「光のチョウ」に変異できるようになったみたいだ。それにも関わらず、岩木市以外では目撃されていない様子。そうだとしたら、たぶん凜華と真凛の事は知らないに違いない。
もし可能性があるとしたら、このサイトを見ている事だけど、今までにサイト上に何の痕跡も残していない所からすると、その可能性は低い気がする……。
いや、それすらも危険だと考えているんだろうか? それとも、その子は「光のチョウ」が普通の人間だって事すら知らないのかも……。
少し考えただけでも、謎は次々と浮かんでくる……。だけど、何故か凜華には、その「ムラサキ」という「光のチョウ」が、自分や真凛と同じような女の子だって気がした。
となると、その子はずっと独りぼっちって事だけど……。
凜華は、その子と何とかして連絡を取りたいと思った。
その子に、「あなたは、独りぼっちなんかじゃない!」って事だけでも、教えてあげたい……。
「おい、凜華。何をボーっとしてんだよ。てか、お前、どうしたんだよ?」
「行かなくちゃ……」
「えっ、いったい何処へ行こうってんだ?」
「岩木。私、岩木の子に会いに行かなきゃ。だって、この子って、たぶん、ひとりぼっち……」
それは、後に「ムシの本能」とされる強い感情だった。
――ムシ逹は、お互い同士が惹かれ合う存在!……。
だけど、この時の凜華には、当然、そんな事など知る由もない。
★★★
いったい、どういう経緯で「チョウ」が「ムシ」になったのかは不明だが、この「福島ムシ情報サイト」では、何故か「光のチョウ」の事が「ムシ」と呼ばれているらしい。
凜華は、知行のノートパソコンの画面に写った「ムラサキ」と呼ばれる「ムシ」の映像をじっと見詰めていた。
凜華が岩木市にいるらしい「ムラサキ」について考えていると、またもや知行が気になる事を口にした。
「実はさあ、オレも見たことあるんだぜ」
「えっ?」
咄嗟に、自分が「ムシ」になった姿を見られていた可能性に思い至った凜華は、自分の顔からスーッと血の気が引いて行くのを感じた。
「夜中にコーラが飲みたくなってさ、無人のコンビニに行った帰りだったんだけど、オレん家の方角に『ジャノメ』っていう『ムシ』が飛んでいくの見たんだ。ほら、『ジャノメ』ってのは、これの事だよ」
そう言って知行が指差した画像は、薄茶の翅の中央に大きな蛇の目の文様がある「ムシ」。間違くなく、凜華自身の事だ。
「すっげえだろ? これ、実際に見ると、無茶苦茶デカくてさ。そんなのが本当に空を飛んでるんだぜ……。あれっ? 凜華、どうしたんだ。お前、さっきから少し変だぞ?」
「あ、いや、そんな事ないと思うけど……」
ここは、動揺してる場合じゃない。少しでも情報を仕入れないと……。
そんな風に凜華が懸命に頭を働かせていると、知行は再び勝手にペラペラと喋り出した。どうやら、凜華が変異した姿を見た事を余程自慢したいようだ。
ここに本人がいると知ったら、彼はどんな反応をするだろうか?
それを考えると、ちょっと可笑しい。
「この『ジャノメ』ってのはさ、こっちの『ミズイロ』ってのと良く一緒にいてさ。こないだのクリスマスの夜なんて、いきなり郡山駅前の遊歩道に降りてきて、辺りは大騒ぎだったんだぞ。ほら、そん時の映像がこれだ。見るか?」
知行は、対象の動画を凜華の返事を待たずに再生させた。すると、遊歩道に降り立った水色の翅の巨大なチョウが、不良男子達を蹴散らした場面が映し出される。こうやって見ると、なんか特撮物の怪獣映画みたいだ。
もう、考え無しの真凛ったら、しっかりビデオに撮られてたじゃない!
凜華は、頭を抱えたくなってしまった。
だけど、撮られていたのは真凛だけじゃない。凜華と真凛が一緒にビルの屋上から飛び立つ場面まで、しっかり撮影されていたのだ。そっちの映像は、たぶん、近くのタワマンから望遠レンズとかで撮られた物なんだろう。
思わず「あっちゃー」と声を出してしまった凜華は、すぐに『しまった』と思ったけど、もう遅い。
「どうしたんだよ、凜華? 変な声なんか出して……」
知行が凜華を見て、怪訝な顔をしている。
だけど、ちょうど良いのかもしれない。そう思った凜華は、さっきから気になっていた事を訊いてみた。
「ねえ、知行。あんたが『ムシ』って呼んでるのは、三体だけ?」
「おっと、良い質問だねえ。今の所、確認されているのは、三体だよ。まあ、そのうち増えるかもしんないけどな」
「最初が、この『ムラサキ』なのよね?」
「ああ。岩木の『ムラサキ』だ。次が二本松の『ミズイロ』で、最後が郡山の『ジャノメ』……」
「ふーん。割と細かい所まで分かってるんだ」
「目撃された地点をマッピングして行くと、だいたいの生息域が推測できるんだよ」
「ふーん」
やっぱり、凜華の知らない「ムシ」は、今の所、「ムラサキ」だけのようだ。
凜華が「ムラサキ」の画像をじっと見ていると、知行が心配そうに聞いてきた。
「なあ、お前、さっきから何か変だぞ……。てか、お前、オレに何か隠してねえか?」
知行が、じっと凜華の顔を見詰めてくる。
「ひょっとすると、お前も『ムシ』を見たとか……」
知行の凜華を見る視線が、更に鋭くなった。
「いや、違うな。だったら、何だ? まさか、お前が『ムシ』だとか……って、そんな訳ねえわな。でも、そうすると……」
一瞬だけ核心を突いた発言があったものの、その後は何やらブツブツ言っていて聞き取れない。
凜華は、そんな幼馴染を前に、自分が「ムシ」である事を打ち明けて良いかどうかを逡巡していた。
再びノートパソコンのディスプレイに目をやると、スクリーンセーバーにまで「ムシ」の映像が使われている。
凜華は、次々と切り替わる仲間達の映像を眺めながら、彼に真実を言うかどうかで頭を悩ませていたのだった。
END039
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話も、「凜華のカミングアウト」の続きです。
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★★★
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(ジャンル:パニック)
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