004: 二人の友人
◇2039年1月@福島県岩木市 <関口仁志>
関口仁志が開設した「福嶋ムシ情報サイト」には、その後も「ムシ」の目撃情報が相次いで寄せられた。しかも、その数は日を追うごとに増えていた。
当初の目撃報告は岩木市に限られていたのだが、「蒐集家」を名乗る閲覧者が、二本松市で目撃した時の画像を投稿してくれて以来、福島県の中通りと呼ばれる地域からの情報が相次いで寄せられるようになった。それらによると、「ムシ」は福島市から郡山市までの広い範囲で目撃されており、しかも、その大半で大小二つのサイズの「ムシ」が同時に出現したとのことだった。
それらの目撃情報を纏めてみると、どうやら中通りでの「ムシ」は年末辺りで二つに増えたようだ。そして、それらの「ムシ」の翅は、大きい方が薄茶色で、小さい方が薄い水色だった。つまり、以前に蒐集家が投稿してくれた二本松市での画像は、後者だったという訳だ。
その蒐集家は、その後も郡山市で撮影した画像を数多く投稿してくれており、そこにも大小二つの「ムシ」が写り込んでいた。大きい方の「ムシ」の四枚の翅には、それぞれ大きな蛇の目の文様がある。小さい方の「ムシ」の画像は前回の物よりも鮮明で、翅の上下の隅に紺の文様があり、水色であるのを除けばモンシロチョウのようだった。
つまり、それらは岩木市で見られる薄紫の翅の「ムシ」とは別の個体であり、今の所、「ムシ」の数は三つ、もしくは三匹の「ムシ」が存在している事になる。
@蒐集家:どうやら、「ムシ」には個性があるようですね。
@管理人:待ってくださいよ。「ムシ」が生物である確証なんて、どこにも無いじゃないですか?
@蒐集家:そうかもしれませんが、そうじゃないかもしれません。
@管理人:そうですよ。今の段階での「ムシ」は「光」でしかなくて、実体があるかどうかすら分かっていません。
@蒐集家:実体の無い生物なのかもしれませんよ。未知の生命体ですから、どんな可能性だって見逃すべきじゃないと思います。
★★★
そうこうするうちに、瞬く間に時が過ぎ、冬の寒さが和らいで梅の花が咲く季節になった。その頃、郡山市を中心とした中通りにいた筈の「ジャノメ」が、岩木市で目撃されたという情報が寄せられ、にわかにサイト内がお祭り騒ぎになった。
岩木市の中心部の駅前付近と小名浜地区、そして夢浜海岸の辺りにしか出現しない「ムラサキ」と違って、「ジャノメ」は、従来から福島市から郡山市までの幅広い地域で目撃されていた。それが今回は岩木市にまで活動範囲が広がった訳で、どうやら「ジャノメ」は相当に活発な性格であるようだ。
ちなみに、この「ジャノメ」と「ムラサキ」は、「福島ムシ情報サイト」の閲覧者達が名付けた「ムシ」の個体名である。これらの他に、二本松市で見付かった「ムシ」は、「ミズイロ」と呼ばれている。
@匿名希望:中通りの「ジャノメ」は、岩木の「ムラサキ」に会いに来たんじゃないでしょうかね?
@蒐集家:案外、「ジャノメ」は、このサイトを見て、岩木にも「ムシ」がいるのを知ったのかもしれませんよ。
@匿名希望:てことは、このサイトが、離ればなれの「ムシ」逹を引き合わせたって事ですかね?
@蒐集家:まあ、そうなりますかね。
サイト上では、まるで「ムシ」達が心を持っているようなやり取りがされていたのだが、管理人の関口はというと、そういった考え方に否定的だった。
ただ、そんな関口にしても、この現象が何なのかを知りたくない訳じゃない。それで、色々と考えを巡らせていて、ふと思い付いたのは、彼の部屋の窓から見える七階建てのアパートの存在だった。そこの五階辺りの部屋から、例の「ムラサキ」が出入りしている。つまり、その辺りの部屋を調べてみれば、何かが分かるかもしれない。
考えてみれば、この発想はごく当たり前の事に思えた。どうして、今まで思い付かなかったんだろう?
そう思って関口は、アパートの入口まで行ってみたのだが、そこで小さな子供連れの主婦三人が、何やら話し込んでいる。いわゆる井戸端会議という奴かもしれない。
思わず立ち止った関口に気付いたのは、母親の脇に佇んで退屈にしていた男の子だった。歳は幼稚園児ぐらいだろうか? 他の二人が女の子なので、その子だけが仲間外れになっていたようだ。
「お兄ちゃんも、ここの人?」
「あ、いや……」
「じゃあ、お友達がいるの?」
そこで、女の子達が話に加わってきた。
「きっと、彼女さんがいるんだよ」
「ねえ、どんな彼女なの?」
「こらこら、ミーちゃんったら、お兄さん、困ってるじゃないの!」
母親に咎められた女の子が、口を尖らせて関口の方を睨み付けてくる。完全なとばっちりだ。
母親の方が軽く頭を下げてくれる。関口も会釈を返して、その場を離れた。
時刻は夕方で、他にもアパートの周囲には遊具に群がる子供達が多数いる。アパートの前が整地されていて、ちょっとした公園になっているのだ。
結果的に戦略的撤退を余儀なくされた関口は、自室に戻って先程の事を思い返していた。陰キャの自分に探偵ごっこは、やっぱり難易度が高過ぎる。
彼は、自分のサイトにアパートの情報を流して、閲覧者の誰かに調べてもらおうかとも考えたけど、速攻で否定した。理由のひとつは、個人情報の観点で倫理的にアウトという事だ。だけど、それ以上に彼が気にしたのは、彼自身の身バレの可能性である。如何せん、問題のアパートは、彼の部屋の正面にあるのだ。
★★★
そんな訳で、彼は目の前のアパートの調査を先送りしてしまった。
そうこうするうちに春が来て、アパートの手前にある桜の木が満開となった。岩木高校で二年に進級した関口は、国立文系のクラスに進んだ。
それでも相変わらず関口はボッチだったのだが、ある日の放課後、図書館での自習の合間にスマホを見ていると、急に話し掛けられた。
「あれ、それって、『福嶋ムシ情報サイト』じゃん」
関口が顔を上げると、そこにはクラスメイトの男子生徒が立っていた。頭を茶色に染めて薄っすらと化粧までしている彼は、随分と軽薄そうだ。
「あはは。お前、オレのこと覚えてねえだろ。オレは蛭田健吾だ。同じクラスだってのは、分かるよな?」
「あ、まあ、一応。えーと、僕は……」
「関口だろ? オレ、人の名前を覚えるのは得意なんだわ……。あ、それと、こいつはオレと幼馴染の江尻貴志って言うんだ」
「江尻です。宜しく」
細身でひょろっとした体型の蛭田とは違って、江尻は身長こそ蛭田より少し低いものの、がっしりした体付きの男だ。落ち着きが無さそうな蛭田とは対照的に、江尻からは真面目そうな印象を受ける。
「えーと、君って……」
「あ、俺は理系の方のクラスだから」
「そうなんだ」
「それより、関口くんは、そういう都市伝説みたいなのに興味あるの?」
「うん。まあ、そんな感じかな」
「あはは。そのサイト、お前が実は管理してたりしてな」
「えっ……?」
蛭田は冗談で言ったようだったが、突然、キョドり出した関口を見て、「マジかよ」と呟いた。
「てことは、その『ムシ』っての、お前も見たことあるんかよ?」
「うん、まあ」
「実はさ。俺、駅前の塾に通ってるんだけど、遅くなった時、ふと上を見たら、ビルの屋上が光ってて、『何だろう?』と思ってたら、下りて来ちゃってさ。ほんの数秒だったんだけど、確かにチョウの翅みたいなのが見えたんだ」
「あはは。江尻って、時々ボーっとしてる事があるから、オレは『夢でも見てたんじゃねーの?』って言ったんだけど、こいつ、しつこくてさ」
どうやら、蛭田の方は信じちゃいないようだった。
「あのさあ。関口くんのサイトに、あんだけの目撃例がアップされてるんだから、見間違いな筈が無いじゃないか」
「分かった分かった。そこまで言うなら、オレは否定しねえよ」
それからは蛭田も、「ムシ」の存在自体をどうこう言う事は無くなった。
そうして、ずっとボッチだった関口は、「ムシ」をきっかけに二人の友人を持つ事になったのだった。
END004
ここまで読んでくださって、どうおありがとうございました。
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★★★
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