038:仲間がいた!
◇2039年2月@福島県岩木市 <矢吹天音>
矢吹天音が「福島ムシ情報サイト」を見付けたのは、本当に偶然の事だった。
天音は小さい時から外に出るとイジメられてばかりだった事で、家の中で遊ぶことが多かった。昔は同じアパートのお年寄りの所に入り浸って、古い紙の絵本だとかを眺めたり、お婆さんの昔話とかを聞いたりして過ごすのが常だったが、小学校の高学年になってからは、それが自室でのネットサーフィンに変わった。
もっとも、「光のチョウ」の姿になって夜空を飛び回る事を覚えた後は、それもご無沙汰になってしまったので、随分と久しぶりのネットサーフィンだった。
両親から天音は、「変なストーカーに狙われてないかをチェックする為、時々は自分の名前をググってみると良い」と聞かされており、以前から気が向くと実行していた。しかし、その日の天音は、ふと思い付いて、「岩木、光、チョウ」でググってみたのだ。
すぐに幾つかのページがヒットした。天音は、一番上に表示されたサイトをクリックした。そして、表示された画面に目が釘付けになった。
たぶん、「光」と「チョウ」の組み合わせが特殊だったせいだろう。いきなり彼女の目の前に現れたのは、薄っすらと紫に見える光のチョウで、それは紛れもなく天音自身が変異した姿を捉えた画像だったのだ。
天音は、全身の血がスーっと抜けてしまうような感覚に襲われた。
いったい誰が、こんな……?
何時と何処は、すぐに分かった。背景から察するに、駅前通りだ。とすると、先月後半の週末の夜……。
天音は、その時の事を苦々しい思いで振り返った。
★★★
その日は気温こそ低いものの、カラッと晴れた気持ちの良い夜だった。ちょうど満月で幾分浮かれた気分だった天音は、ついつい高度を下げて、駅前のビルの壁面にあった3Dホログラムのコマーシャル映像の中へと、飛び込んでしまったのだ。
確かに、人出は多かった。だけど、酔っ払ったオジサンばかりだったと思うし、あの壁面にいたのは、ほんの僅かな間だった。
それなのに、こんなに綺麗な写真を撮るだなんて、きっと凄いカメラマンなんじゃ……。
いや、違う。昨年末から、天音は毎晩のように岩木駅の周辺を飛んでいる。てことは、あの辺で私を写真に収めようと、以前からシャッターチャンスを狙ってた人がいたのかもしれない。
つまり、仕掛けられた罠に、自分から突っ込んで行ってしまったという事だ。
天音は、思わず「アチャー!」と小さく叫んで頭を抱えた。
それでも、しばらくして立ち直った彼女は、画像の下にあったコメントを順番に読んで行く。
ところが、すぐに天音は、更に頭を抱えたくなった。何故なら、そこにあったコメントの大半が、「女神」や「妖精」といった擬人化した表現ばかりだったからだ。
つまり、これらのコメントを書いた人達は、「光のチョウ」が、既に「人の形をした何か」だと気付いている事になる。
再度、掲載された画像を丁寧に見て行く。チョウの胴体部分は強く光っているせいで、形が判別できない物がほとんどだ。
しかし、薄っすらと人の形を成している画像が数点ある。きっと、これらの画像が「光のチョウ」を、「人の形をした何か」だと判断させたに違いない。
その上、そういった画像のコメント欄を見てみると、『やっぱ、女の子だったじゃん』だとか、『僕の女神様、キタアアア~』といった書き込みがずらりと並んでいる。
「これって、完全にバレちゃってるじゃない!」
思わず天音が呟いた言葉が、誰もいない部屋に虚しく響いた。
★★★
取り敢えずのショックが収まると、天音は今までの情報をもとに、これから起こりうる事柄について考えた。
幸いなのは、この「福島ムシ情報サイト」の閲覧数が、まだそれほど多くない事だ。きっと今の閲覧者は、怪異現象のマニアとかに留まっている気がする。それに、サイト名に「福島」とあるように、地域性のあるサイトなのかもしれない。
とはいえ、ネット自体は世界中と繋がっている訳で、一度こうしてアップされてしまうと、もはや取り消しようがない。それがネットの恐ろしい所なのだ。
今後は今まで以上に気を付けなきゃだね。
結局、それが唯一の対策なのである。
そんな事を思いながら、天音は画面をスクロールして、他の情報を探って行く。
すぐに気になったのは、「ムシ」という言葉だった。このサイトの名称にもある言葉なのだが、どうやら、このサイト上では「光のチョウ」の事を「ムシ」と呼んでいるらしい。
理由は、「光のチョウ」が人型をしていて、しかも女性っぽいと分かった時点で、「チョウ」と名付けると、「エロっぽい事を想像する輩が湧いてくる」のを恐れたからだとか……。
それでも、「ムシ」という言葉は酷い。
天音は、何か自分を「お前は、虫っけらだ!」と蔑まれたみたいで、正直、嫌な気分になった。
だけど、さっきのコメントからすると、今の所、逆に「女神」や「妖精」などと同一視してくれている人もいる訳だし、そもそも、そこに自分が意見するのは難しそう。何かの拍子に素性がバレたりでもしたら、一気に炎上しちゃうに決ってる。
それよりも、天音が気になるのは、自分の将来について明るい未来が描けない事だ。
今回は大した騒ぎにならなかったから良いものの、この後、「光のチョウ」というか「ムシ」の姿が目撃されて、それが大きな騒動にならないとは限らない。
このサイトのコメントにある「女神」や「妖精」といった、割とポジティブに捉えてくれる人がいる反面、「化け物」として恐れられる可能性だってあるのだ。いや、恐らく、そっちの方が多数派になるに違いない。
その上、そうした騒ぎが起こって逃げている人達の中に、万が一、転んでケガした人とか出ちゃったりしたら、もっと大変だ。「ムシ」どころか「害虫」として、駆除の対象にだってなりかねない。それで警察とか、最悪、自衛隊とか出て来ちゃって追い掛けられたりする事態になるのだって、絶対に無いとは言い切れないのだ。
そうして捕らえられてしまえば、今度は研究対象として、それこそ身体が切り刻まれる事だって有り得るかもしれない。
たぶん、「『ムシ』は化け物であって、人間じゃない!」とか言い出す人が、必ず出て来る。化け物には人権何て無いのだから、モルモットにしたって大丈夫……。
うーん、凄く有りそうな気がする。更には、ホルマリン漬けにされて標本になっちゃったりとか……。
ああもう。考えれば考えるほど、怖い未来しか思い浮かばないじゃない!
天音は、大きな網で追い掛けられる悪夢を想像して、思わず身震いした。
捕えられた「ムシ」達は、虫カゴに入れられて研究所に運ばれて行く。そうして、実験対象となって、二度と生きては戻れない。空を自由に飛ぶ事はもう叶わない……。
そんな未来は、絶対にダメだ!
となれば、やっぱり、対策としては目立たないこと……。
本当は「ムシ」にならない事が最善なんだろうけど、その選択肢を取る気はなかった。それは、自らの存在理由に関わる問題だからだ。
いくら慎重派の天音であっても、「今更、空を飛ばない自分なんて、絶対に有り得ない!」というのが、既に彼女の信念になっていたのである。
★★★
とまあ、この時点で既に「お腹いっぱい!」な感じの天音だったのだが、その直後に彼女は更に巨大な衝撃を受けるハメになる。
それは、天音が過去の記事の確認を始めて一分もしない時のことだった。それまでのショックの全てが吹き飛んでしまう程の衝撃が、突然に彼女を襲ったのだ。その途端、天音の薄茶色の大きな瞳から、涙が溢れ出した。その涙は、彼女の頬に幾筋もの筋を作り、机の上にポタポタと滴り落ちる。
それは、天音が初めて「ムシ」、つまり「光のチョウ」となって夜空を舞う事を覚えた時に匹敵する程の、大きな大きな喜びだった。まさしく彼女は、感涙に咽び泣く程の喜びに出会ったのである。
その時、涙で霞む彼女の視線の先にあったもの、それは大小二つの「ムシ」達が、まるでじゃれ合うようにして街の上空を飛ぶ幾つもの画像だった。
小さい方の「ムシ」の翅は水色で、四隅の紺色が程良いアクセントになっている。大きい方は、薄茶の翅の中央に巨大な蛇の目の文様。単独だと禍々しく見えなくもないけど、隣に愛らしい水色のチョウがいるからか、むしろ頼もしい印象すらある。
それら二つの「ムシ」達は、とても仲良しに見えた。
間違いない。この子達は、私と同類、つまり、私の仲間だ!
――私だけじゃなかったんだ!
本当は、不安だった。自分だけが特殊だと、化け物だと思って、不安で不安で仕方がなかった。
それに、淋しくもあった。たった一人で冬の夜の海を飛んだ時なんて、世界中に自分しかいない孤独で、気が狂いそうになった。
――仲間が欲しい!
それは彼女が「光のチョウ」になった時以来、ずっとずーっと祈り続けてきた「願い」だったのだ。
それが、叶うかもしれない。
とすると、どうやって彼女達とコンタクトを取るべきかだけど……。
天音には、他の「光のチョウ」も自分と同じような女の子だという確信があった。そして、その場合、『何とかして、その子達に会いたい』と思うのは当然の事……。
最初に思い付くのは、サイト上に何らかの痕跡を残す事だけど……、それはリスクが大き過ぎるようにも思う。とにかく、身バレだけは絶対に防がないといけない……。
まあ、今すぐ考えなくたって良いや。
「どうやってコンタクトを取るか?」については、ひとまず置いておく事にして、取り敢えず天音は、「福島ムシ情報サイト」に記載された中身を、改めて徹底的にチェックし始めたのだった。
END038
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「凜華のカミングアウト」です。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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★★★
本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。
(ジャンル:パニック)
ハッピーアイランドへようこそ
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