037: 悪意の捌き方
本日の二話目です。
◇2039年1月@福島県郡山市 <玉根凜華>
「光のチョウ」になって夜空を舞う事を覚えてからの玉根凜華は、人が変わったように活発な少女になった。今までは内気で暗かった彼女が、急に教室でクラスメイト逹に話し掛けるようになり、授業中にも先生を呼んで質問する事が増えて行った。
そんな凜華の変わりように、大半のクラスメイト逹は戸惑っていた。小柄で華奢で人とは違う淡い茶髪の彼女は、今まで教室内ヒエラルキーの最下層にいた。その彼女が、急にヒエラルキー最上位の女子にまで意見するようになったのだ。混乱が生じない筈がない。そして当然のように、その生意気な奴を排除しようとする女子の輩が動き出す。
ところが、そんな女子達は、即座に困惑する事になった。何故なら、自分達の味方である筈の男子達が、揃って逆に凜華を庇い出したからだ。女子達には、その理由が分からない。いや、本当は分かっているけど、現実から目を逸らしているだけだった。
何故なら、彼女達が「汚い」と蔑んでいる凜華の淡い茶髪は、実際にはとても綺麗で、しかも、顔付きだって整っているし、薄茶の瞳は大きくて愛くるしい。元から彼女は成績も良くて、唯一、暗めの性格だけがネックだったのだ。そんな彼女が明るく積極的に振舞い出したのだから、どんな男子も放っておく訳がない。
更に、彼女の味方は女子達にもいた。今までヒエラルキー下位にいた女子達が、誰にも分け隔てなく話し掛ける彼女を全面的に支持し出したのである。
そうして、卒業を間近に控えた小学六年生の教室内に、珍しい形の下剋上が起きて、ヒエラルキー上位の女子達が下位へと押しやられる事になった。と言っても、中学に上がればリセットされる期限付き。二週間にも満たない間の我慢で済む事から、わざわざ捨て身の反撃なんてする筈がない。
一度はそれで治まったかに見えた凜華の下剋上だが、それでも、それに納得しない人物がいた。それは、凜華のクラス担任の佐久間恭子という女性教師である。
佐久間は、淡い茶髪の凜華の事が、ひと目見た時から嫌いだった。理由は、彼女が高校時代、金髪ギャル逹にイジメられた経験を持つからである。つまり、全くの八つ当たりなのだが、金髪がトラウマになっている佐久間の方は、そうは思っていない。
本当を言うと凜華は、その茶髪のせいで幼少時からイジメられてきたのだが、そんなのは佐久間にとって与り知らぬ事。実は自己中で自分勝手な、本来は教師に向かない女なのだ。
それでも、凜華が陰気で気弱な少女である内は良かった。佐久間は時折り優しく声を掛けてやりながらも、ちょっとだけ意地悪してやる程度で気を紛らわせる事が出来た。たとえば、凜華の左手の小指が欠損しているのを知りながら、わざと「賛成の人は、左手を上げて」と言っては、「あら、反対は玉根さんだけなのね。反対理由は何なのかな?」と問い掛けたりといった悪ふざけだ。
だけど、ここまで目立つようになってしまえば、もはや容赦などしてやらない。『出る杭は打たれろ!』だ。徹底的に叩き潰してやる。
そうして、佐久間恭子が考えたのは、しごく単純なやり方だった。彼女は不良っぽい男子達を集めると、その子達を上手に唆して、凜華を襲うように仕向けたのだ。
しかし、いくら不良の男子とはいえ、所詮は小学生。凜華が軽く光を纏って髪の毛が伸びる所を演出してやるだけで、「お化けだあ!」と叫んで、泣きながら逃げて行ってしまう。
その後、凜華を襲おうとした男子達は、あちこちで彼女を「お化け」だと主張して回ったのだが、彼らの主張を鵜呑みする者など誰もいない。その一方で、凜華が軽く一睨みするだけで、彼らは竦み上がって逃げて行くようになった。
そんな不良男子達の不甲斐なさに、彼らを凜華にけしかけた元凶の佐久間恭子は、イライラを募らせて行く。そして、卒業式が近付くに連れて凜華への当たりを強めて行くのだが、当の本人は適当に受け流すばかりで、さしてダメージを受けてはいない。そのことが更に佐久間を激高させ、そこに卒業での時間切れに対する焦りも加わった結果、彼女を有り得ない奇行へと走らせるのである。
★★★
それは、卒業式を数日後に控えた日の午後の事だった。ほとんどの児童が全ての課題を終えており、手元のタブレット端末でネットサーフィンをしている状況を打開すべく、佐久間恭子は手の空いた子に教室の大掃除を提案した。お世話になった教室へのささやかな恩返しという訳だ。そして、佐久間が凜華に命じたのは、窓ガラスの掃除だった。
凜華のクラスは四階で、転落事故防止の為か、ベランダは設置されていない。当然、今まで窓ガラスの掃除を児童に行わせる事など、絶対に無かった。それを敢えて凜華に押し付けたのは、まさに血迷ったとしか言いようがない。
もし凜華が窓の敷居から転落したりすれば、佐久間が直接に指示したのを露見されなくとも、監督責任を問われるのは必然だ。そんな事すら思い至らない程に、佐久間は凜華を憎んでいた。
「あの、先生。窓の敷居の所に上がらないと駄目ですか?」
「当然でしょう。そうじゃないと、上の所まで手が届かないじゃないの」
「でも、危ないと思うんですけど」
「気を付けてやれば、大丈夫よ」
「そうですか……」
ちなみに、今はスカートじゃなくてジャージに着替えているから、男子に下着を覗かれる心配はない。
佐久間は、凜華が窓の敷居に乗るのを見て、ニヤニヤした顔で近付いて来た。
「玉根さん、落ちると危ないから、くれぐれも慎重にね」
そうやって声を掛けながら、佐久間は周囲の子供達にサッと目を走らせる。そして、誰も見てないとみるや、凜華を思いっ切り外へと突き飛ばした。
その瞬間、凜華は佐久間としっかり目が合った。彼女の顔には、はっきりと歪んだ醜い笑みが浮かんでいた。
その後、窓に背を向けていた佐久間は、一泊置いてから振り返った。そして、そこに凜華がいないのに気付いたフリを装って、叫び声を上げた。
「キャー、玉根さん。まさか、下に落ちちゃったの!」
次の瞬間、佐久間は教室から飛び出して行った。
彼女は、必死を装って階段を駆け下りて行く。その彼女の後ろには、何人かの男子児童が追い掛けて行った。
★★★
教室の窓の下に手頃な立ち木がある事を、佐久間恭子は知らなかった。その立木の周囲は、佐久間の期待どおりの白いコンクリートの打ちっぱなしになっていて、その上に彼女が憎んだ少女が横たわっていた。
その佐久間が期待していたのは、白いコンクリートの上に広がる真っ赤な血だったのだが、残念ながら、それほど血は流れていない様子。やはり、途中で立木の枝にでも接触して、衝撃の大半が吸収されてしまったんだろうか……。
それでも、佐久間は慌てた様子を装って、うつ伏せに横たわる凜華の下に駆け寄った。
たぶん、この子はまだ生きている。何となく確信があった佐久間は大声で、「凜華ちゃん、死んじゃダメ!」と叫びながら、そっと耳元で囁いてやった。
「ざまあみろ!」
ところが、その時、重症である筈の少女がサッと立ち上がったのだ。その凜華は、両手で身体に付いた砂をパタパタと払い落としてから、呆然と立ち尽くす佐久間に近寄って行く。そして、彼女にしか聞こえない声で、そっと囁き掛けた。
「先生、私を突き落としましたね?」
「……っ」
「ふふっ、警察に言えば、殺人未遂ってとこでしょうか?」
「……あ、あなた」
「まあ、今回は見逃してあげます……。でも、次は無いですよ」
「ひぃ!」
最後に強く睨みつけてやると、佐久間は面白いように怯えてくれた。
さっき佐久間に窓の敷居から外へ突き飛ばされた後、咄嗟に凜華は光を纏い、一瞬だけ翅を出して地上に降り立った。だけど、午後の強い日差しが光を目立たなくしてくれた筈。
それから凜華は、少しだけ考えて、コンクリートの上に横たわる事にしたって訳だ。もちろん、近くに人がいないのは確認済である。
凜華は、佐久間から視線を外し、彼女に付いて来たクラスメイト達の方に向き直る。幸いにも、そいつらは全員、こないだ凜華を襲った不良男子達だった。
「あんたら、この事は内緒だよ!」
「あ、はい」
「大丈夫? 誰にも言っちゃダメだからね」
「わ、分かりました」「了解っス」……。
そいつらの目を見て大丈夫そうだと判断した凜華は、佐久間と彼らを残し、スタスタと校舎の方に向かって行く。
凜華が四階の教室に戻った時、慌てて駆け寄って来る女子達に、彼女は言った。
「あれ、どうしたの? 私、ちょっと、おトイレに行ってたんだけど……」
END037
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次は、天音視点のお話が一話だけ入ります。タイトルは、「仲間がいた!」です。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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(ジャンル:パニック)
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