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036: ドキドキすること

◇2039年1月@福島県郡山市 <安斎真凛&玉根凜華>


〈ねえ、最近の凜華ってさあ、アタシに厳し過ぎるんじゃない?〉


安斎真凛あんざいまりんが毎回やらかす突飛な行動を、玉根凜華たまねりんかは根気よく注意しているのだが、それに堪えられなくなった真凛が不平を漏らした。


〈別に、少しぐらいなら悪戯したって良いじゃん。そんなの、挨拶みたいなもんだよ。確かに根に持つ奴も中にはいるかもだけど、そういうのはしょうがないよ。イチイチ相手にしてたら、なーんにもできないと思わない?〉

〈あのさあ、敢えて知らない人に悪戯しようって発想が、私には分かんないんだけど〉

〈そんなの、別に普通じゃん。アタシ達には、それが出来る「ちから」があるでしょう? そんでもって、それをやる「チャンス」だってある。だったら、普通やっちゃうでしょう。ほんのちょっぴり、驚かせたりするだけだよ〉


真凛は、何かカッコ良く言ってる気でいるけど、やってる事は、「ちょっぴり」のレベルじゃない。

今日、真凛がやらかした事のひとつは、こないだの温泉の壁から身体からだを半分だけ突き出して、男湯の中を覗いた事。当然、変異した状態だから、相手は銀色に光る人型の上半身だけが見えている状態になる。しかも、それが壁から急にニョキっと出て来たんだから、驚かない筈がない。当然、その場は大騒動だった。

次は、あだたら高原スキー場のゲレンデに舞い降りて、ナイタースキーを楽しむ人達を次々と転倒させた事……。

それから、二本松市中心部にあるオフィースビルの中に闖入、消えている照明を点けて回った事。見回りの警備員が消して立ち去ると、また入り込んで点けて回る。再び消されると、またもや点けて立ち去るのを何度も繰り返す。


〈真凛さあ、あんた監視カメラがあるの知らないの? あんたの顔、しっかり映り込んでるんじゃないの?〉

〈大丈夫。アタシ、ダッフルコートのフードを被って、顔は襟巻きで覆ってたから、変異を解いてた時でも誰だか分かんないよ〉


つまり、光を纏った状態ではスイッチが押せないから、その時だけ変異を解いていたって訳だ。

ちなみに、そのダッフルコートは、上着を持たない真凛を見かねた凜華が古いのを貸してあげた物。凜華の方は、こないだのクリスマスプレゼントとして、新しいオーバーコートを買ってもらっている。色は同じグレーだけど、今度のは少しだけ大人っぽい奴だ。


〈でもさ、あんたがやったのって、犯罪者そのものって感じじゃない?〉

〈別に、物とかは盗ったりしてないよ。単なる悪戯だけなんだから、問題ないじゃん。まあ、この「力」があれば、高級店に入り込んで、宝石とか万引きし放題なんだけどね〉

〈それ、もう万引きじゃないから。完全に、窃盗犯じゃない〉

〈うーん、まあ、そういう事になるのかなあ〉


今まで真凛が当たり前だと思っていた事なのに、凜華には「非常識」って言われてしまう事がいっぱいある。

凜華が怒るのはアタシを心配してるからだって分かるから、怖いというより少し嬉しい。だけど、凜華が悲しむのは嫌なのだ。それに、『凜華に嫌われちゃったら』って、心配になる。だから、凜華を悲しませないように、嫌われないようにって頑張ってはいるけど、うまく行かない事の方が多かったりする。

つまり、真凛は真凛で一生懸命なんだけど、慣れない考え方に混乱してもいるのだ。


〈私だって、全部が駄目だって言ってないよ。だって、私も真凛と一緒に、色々と遊びたいもん〉


凜華はそんな風に言うのだが、そう言う彼女がやろうとする事は、真凛にしてみると甘っちょろいというか、何か物足りなく感じてしまうのだ。

生まれた時から真凛は、「人の物は、盗って当たり前」だとか、「盗ってもバレないんだったら、悪くない」といった価値観の元で生きてきた。つまり、そうした常識を両親から叩き込まれて、今の歳まで育ってきたのだ。

真凛の父の芳賀力哉はがりきやは、クラブでバーテンダーとして働きながら、実は時々、客との間で詐欺師紛いの事をして小金を稼いでいるような男だ。それに真凛の母の希美のぞみはキャバ嬢で、「如何いかに男から金を巻き上げるか?」しか頭にない。


真凛にとっての凜華は、実の母親以上に母親らしい存在だけど、そうした価値観の違いで迷惑を掛けているという自覚がある。元から真凛は、自分の両親が正しいなんて思ってないし、その両親のせいで、自分の価値観が歪んでいるのも分かってる。

だから、凜華に「非常識」だと指摘されても、それほど反発しようとは思わない。それに凜華は真凛に対して、決して頭ごなしに怒ったりしなくて、どこがどう間違ってるのかを教えてくれる。

それでも、光りを纏って夜空を飛んでる時は、ついつい開放的な気分になって、どうしても考え無しに行動しちゃう。生まれつき真凛は、考える事が大の苦手。「思い付いたら、即実行!」の暴走娘なのだ。


さっきのビルのオフィース照明の場合、いつものビックアイの屋上で「都市伝説」について雑談していた時、〈完全に締め切ってる部屋で、ひとりでに灯りが点ったり消えたりしたら、そんだけで都市伝説になっちゃうかも〉と凜華が口にしたのが発端だった。その直後に真凛が、〈警備員のオジサンって退屈そうだから、ちょっくら、おちょくってやろっかな〉と言い出して、凜華が止めるのも聞かずに飛び出して行ったのだ。

その時の真凛の頭に、「警備員のオジサンの迷惑になる」といった発想はない。「暇そうだから、一緒に遊んであげる」といった感覚なのである。結果としては、警察にまで自動通報されてしまい、夜中に多くの人達を働かせる騒動に発展してしまうのだが、そんなのは全くの想定外。まだ小学生なのだから仕方ないと言えなくもないのだが、あまりにもお粗末だ。凜華にしてみれば、頭を抱えたくなって当然だ。


凜華が真凛の「お母さん」になるのは、相当に大変なようである。



★★★



〈ねえ、真凛。そういう悪戯とかじゃなくて、もっとドキドキして幸せな気分になれることが、何かあるんじゃないかな?〉

〈うーん、何かあるって言われても、アタシには難しくて、全然、分かんないよ〉

〈例えばさあ、人助けになることだとか……〉

〈だったら、凜華が何か、お手本見せてよ。ただし、しょぼいことだったら、承知しないからね〉


痺れを切らした真凛に、難しい条件付きの課題を出されてしまった。それで凜華が、『さて、どうしよっかな?』と頭を悩ませていた時だった。

ビックアイから少し離れた所にあるビルの屋上に、OL風の女性が佇んでいるのが見えた。その屋上はフェンスやベンチとかが設置されている訳じゃなくて、ただの内っ放しのコンクリート。そこにスーツ姿の女性が立っているのは、何かおかしい。

それには、隣の真凛も気付いたようで、〈あの人、何してるんだろうね?〉と訊いてきた。


すると、その女性が、ゆっくりした歩調で端の方へと歩いて行く。


〈凜華、大変だよ。あの人、きっと死ぬ気だよ〉

〈うん、分かってる。真凛も一緒に来て!〉


そう言うや否や、二人は同時に光の翅を出して、その女性がいるビルへ向かって降下して行く。

近寄ってみると、そんなに高いビルじゃなかった。四階建てくらいだろうか? これって、自殺するには微妙じゃないかなあ?

だけど、その女性の思い詰めた表情からすると、そんな事すら考えている余裕は無いのかもしれない。


〈ねえ、どうするの? この身体からだじゃ、あの人を抱えたりは出来ないよ。スルッとすり抜けちゃうじゃん〉


心配そうな真凛に凜華は、〈大丈夫だよ。そっと左の方から近付いてあげて〉という言葉を投げてやる。でも、真凛は分かっていないようで、〈どういうこと?〉と訊いてくるけど、それでも、ゆっくりと彼女の左側からすり寄って行った。

一方の凜華はというと、彼女の右側から近寄って行く。二人の「ムシ」達の身体からだが発光しているので、彼女は相当に眩しい筈。それなのに、全く気付いた様子はない。

だけど、ビルの下の通行人達は違っていた。


時間は午後九時になろうかという辺り。そのビルは駅前通りに面しているだけあって、近くに飲食店が数多くある。平日の夜でも人通りが多く、屋上に見慣れない光があれば気付かれない訳がない。

すぐに誰かが、「おい、あそこに人がいるぞ!」と大声で叫んだ。


凜華と真凛が纏う光が、まるでスポットライトのようにスーツ姿の女性を照らし出す。その女性が今にも飛び降りようとしているのは、一目瞭然。一刻も猶予がない状態だ。

当然、ビルの下では大勢の人達が立ち止まり、大騒ぎを始めている。だけど、自分の事に精一杯な女性だけは、その事に気付かない。


何処どこかで、パトカーと救急車のサイレンの音がする。それらが、どんどんと近付いて来て、ビルの真下で停まった。


その時になって、やっと女性は、周りの状況に気付いたようだった。

焦った彼女は、急いで飛び降りる動作に入る。次の瞬間、彼女の身体からだは、空中に投げ出されていた。


路上の人達の叫び声が聞こえた時、近くに待機していた二台の救助用ドローンが、サッと女性を捕らえた。二台のドローンの間には強化樹脂の網が張られており、そこに彼女の身体が乗せられて、ゆっくりと地上に降ろされる。

その時、凜華と真凛は既に変異を解いていて、屋上の端から真下を見下ろしていたのだった。


地上に降ろされた女性は、ちょうど到着した警察官逹に保護された様子。当の女性本人は、「いったい、何がどうなったのか分からない」といった感じで呆然としていたが、すぐに救急車に乗せられて、どこかの病院へ運ばれて行った。


〈良かったね、助かって!〉


凜華の隣で佇む真凛が、ポツンと呟いた。


〈うん。本当に良かった〉


凜華が、そっと呟き返してやる。そして隣に顔を向けると、今度は明るく声を出して真凛が言った。


「ねえ、凜華。アタシ、分かったよ。凜華が言いたかった『もっとドキドキして幸せな気分になれること』って、こういう事だったんだね!」


二月の郡山の夜は寒い。凜華と真凛は揃って身震いしてから再び光を纏うと、「光のチョウ」になって夜空へと舞い上がって行った。




END036


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、「悪意の捌き方」です。

できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。


また、ログインは必要になりますが、ブクマや評価等をして頂けましたら励みになりますので、宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:パニック)


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

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