035:天音のやらかし(2)
本日の二話目です。
◇2039年1月@福島県岩木市 <矢吹天音>
元旦に伯父の勝正逹がやらかした件については、矢吹正史と涼子の夫婦も相当に頭にきていたらしく、一人娘の天音が外へ飛び出して行った後に色々と動きがあったようだ。
父の正史は、普段、全く頭の上がらない兄に向かって、今までになく強い口調で抗議したらしい。そんな父を伯母の紘衣が、「酔っ払ってやった事たから」と言って宥めようとした所、それが母の涼子の癇に障ったようで、見境なしにキレてしまい、「もう、うちには二度と来ないで下さいっ!」と怒鳴って、従兄の丈流を含めた三人を外に叩き出したのだという。
しかし、この日の天音は、なかなか帰っては来なかった。日付が変わった頃、母の涼子が、「あなた、警察に連絡しましょうよ」と騒ぎ出す。そんな妻を正史が、「念の為、天音の部屋を確認しないか?」と諭して、二人で部屋に入ってみる事になったのだが……、そこで彼らが見たのは、いつの間にかベッドで熟睡している娘の姿だった。
もちろん、二人は天音が帰って来た所を見てはいない。玄関から入って来たのなら、絶対に分かる筈だ。となると、娘の部屋の窓から入った事になるのだが……。
そう思った正史は、ふいにベッドの下を覗いてみた。そんな夫の姿に、涼子は眉を顰めたのだが、彼の手に娘の靴があるのを見て更に困惑した。その間に夫はベランダを確認しており、戻って来ても首を横に振るばかり。ロープの類とかは何も見付からず、どうやって娘が部屋に戻ったのかは完全に謎だった。
ところが、翌朝になってみると天音は、友達と初詣でに行く約束があるとかで、朝早くに出掛けてしまった。その時間、まだ正史は起きてはおらず、涼子も寝ぼけた状態で、昨夜の事は何も聞けずじまい。
その後、ようやく帰って来た天音を、正史と涼子の二人が勢い込んで問い質したのだが……。
「えっ? ちゃんと私、玄関から帰って来たよ。昨日は色々とあったから、気付かなかっただけなんじゃないの?」
「だって、お前の部屋にスニーカーがあったじゃないか?」
「ああ、あの古い奴ね。あれ、汚れてたから風呂場で洗った後、ベランダに干してたんだけど、こないだ雨が降りそうだったから部屋に取り込んで、そのままにしちゃったんだ」
そんな風に両親は何とか誤魔化せた訳だが、その一方で天音は、『これから、「光のチョウ」になれる事を親から隠すには、もっと慎重にしなきゃ駄目かも』と、改めて自分を戒めた。
と言っても、夜の空の散歩を止めるつもりは毛頭なく、毎晩のように窓から外に出て行く。そうなると、もはやバレるのは時間の問題なのだが、あいにく、まだ十二歳の彼女には、そこまで頭が働く事はなかった。
★★★
そうこうするうちに一月も半ばを過ぎ、一年でもっとも寒い時期を迎えつつあった。とはいえ、天音が住む岩木市は太平洋沿いにある為、冬でも比較的温暖な気候で、ほとんど雪が降らない。
市内には、首都圏でも割と有名な大規模屋内プールを持つ遊戯施設がある事で、かつては「東北の湘南」といった、非常に恥ずかしい(?)ネーミングがされた事もあったくらいだ。
そんな真冬であっても、天音は毎晩のように夜空を飛び続けた。ただし、冬になってからは寒々しい冬の海ではなくて、どうしても光が溢れる繁華街の方へと吸い寄せられてしまう。かつては多くの人に目撃される事を恐れて、岩木駅前の繁華街を避けていた天音なのだが、年末のライトアップ見たさに自らに課した縛りを失くして以来、自然と頻繁に訪れるようになってしまっていた。
そんな中、とある週末の満月の夜、ライトアップされて未だに新年会で賑わう岩木駅前通りを天音は、上空から興味深く眺めていた。すると、駅前通りに面したビルの壁面に投影された3D映像が、彼女の目に飛び込んできた。
そのビルは隣に広めの駐車場があって、そっち側の壁面全体が巨大スクリーンとして使用されていた。恐らく、東京や仙台のような大都市では当たり前にある巨大な映像スクリーンも、まだ岩木市では珍しい。
天音は、しばしの間、そのカラフルな映像に見入っていた。その内容は最新の映画や様々な新製品、近隣の店舗紹介といった短いコマーシャルである。そのうち、天音は徐々に高度を下げてスクリーンに近付きつつあったのだが、その事に彼女は気付かない。
やがて、何かのコマーシャルの背景として、ギリシャ風の白い家並が映し出された。それが思いの外に美しい光景だったので、気が付くと天音はスクリーンの中に飛び込んでしまっていた。
真っ白な家並の上を舞う大きな紫のチョウ。そこだけ特別に輝度が高いせいで、何か崇高な存在に見える。それが神の使いだとか言われても、すんなりと受け入れてしまいそうだ。その紫のチョウは、背景の白い家並とも色彩的にマッチしていて、全体がまさに奇跡のように完成した絵柄だと思われた。
数秒間、その場でホバリングしていた天音は、ようやく自分が映像の中に入り込んでいるのに気付き、慌てて飛び出した。その直後、若手女優の顔がアップで現れて、缶入りの炭酸飲料を一気飲み。すると、商品名とブランドロゴが相次いでフェーズイン・フェーズアウト……。
全ては、ほんの僅かな時間の出来事だった筈なのに、それを目撃した通行人は、決して少なくは無かった。ただし、大半の目撃者は、その巨大な紫のチョウが映像の一部だと思っており、それが元々のコマーシャル映像には含まれない完全に別の何かだと気付いてはいなかった。その為、その場で大きな騒動にならなかったのは、天音にとって僥倖だったと言えるのだが……。
そうは言っても、それが噂の「光のチョウ」だと気付いた者は、決してゼロという訳ではない。つまり、一部のマニアックな若者達が、まさしく歓喜に打ち震えながら、その神々しく美しい姿を凝視していたのだ。更に、それらの者達の中には、それを素早く映像に収めようと必死にシャッターを押していた者さえいたのである。
そして、その事に天音が気付くのは、そんなに遠い未来ではない。
END035
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「ドキドキすること」です。
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★★★
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