034:元旦の厄介ごと
◇2039年1月@福島県岩木市 <矢吹天音>
大晦日の夜、矢吹天音は、両親と一緒にテレビを見て過ごした。と言っても、チャンネルは地上波の民放の番組で、しかも父の正史がすぐにチャンネルを変えたがる。父はお笑い番組、母は芸能番組と見たいのが違うからだ。天音はどっちも見たくないし、早く自分の部屋に引き籠りたいのだが、それを両親は許してくれない。
確かに、こうして両親と一緒に過ごすのは、本当に久しぶりかもしれない。
「しかし、最近の天音は、本当に変わったわね」
「そうか? 相変わらず、ちっちゃいままだと思うんだが……」
「あなた、天音のどこ見てんのよ。てか、そんなとこ見てると、口を利いてくれなくなるわよ」
「あ、いや、ごめんごめん。もう天音も中学生だからなあ」
「そうよ。来年は二年生で、そろそろ高校の事も考えないとね。と言っても、今のまま行けば、うちらの母校にすんなり入れると思うけど、問題はその次なのよねえ」
そうなのだ。天音の両親は共に高卒でありながら、この辺りで一番の進学校を卒業している。
「今の俺らだったら、普通に大学へ進学させてやれるだろう?」
「まあ、そうね。東京の私大とか言われると難しいけど、国立だったら何とかなるでしょうね。でも、問題は……」
問題は、「伯父一家が文句を言ってこないか?」という事なのだ。彼らは、天音達に対して何かとマウントを取りたがる。矢吹家の長男としてのプライドなのか、常に優位に立っていないと気が済まない人達なのだ。
そして、その懸念は新年の元旦に、そのまま現実になってしまうのである。
★★★
元旦の午前中は、叔母の藁谷葉子が来ていて、天音はお年玉が貰えてホクホク顔だった。だけど、その叔母は夕方に父方の伯父夫婦がやって来るや否や、さっさと帰って行ってしまった。まだアラサーで独身の叔母の葉子は、天音以上に伯父夫婦を毛嫌いしている。顔を合わせる度に、ありったけの悪口を浴びせられるからだ。
藁谷葉子は、奨学金とアルバイト、そして母の涼子からの僅かな仕送りだけで国立大学を卒業し、養護教諭になった天音の尊敬すべき人だ。でも、大学に行けなかった伯父夫婦からすれば、自分達の神経を逆なでする極悪人とでも思っているに違いない。それだけ彼らの学歴コンプレックスは、根が深い。
「お義兄さん、職場で年下の上司に、何かと要領が悪いのを馬鹿にされてるみたいなのよねえ。それで、その上司が大卒らしくて、最近、大卒を毛嫌いしてるってわけ。まあ、その上司が卒業したのは東京の三流私大だったそうなんだけど、やたらと『東京』ってのを強調してマウントを取りたがるみたいで、きっと典型的なパワハラ上司なんでしょうね」
もっとも、伯父の勝正の頭が悪いのは、天音の家族の誰もが熟知している。口に出して言わないだけだ。たぶん、その上司でなくても、一緒に仕事をしてたらイライラしてしまうことだろう。
ともあれ、叔母の葉子と母の涼子は、天音には大学に進学して欲しいと思っているようだ。父の正史の場合、以前は微妙な感じだったが、最近の天音の好成績を知ってからは、逆に進学を勧めてくるようになった。
天音自身はというと、正直、無理してまで大学に行こうとは思っていない。ていうか、「まだずっと先の事なので、良く分からない」というのが正直な所だ。
ところが、伯父の一家は、全員が天音の大学進学に否定的だ。特に伯父の勝正は昔から、「女は絶対に大学なんか行くべきじゃない」と口癖のように言ってくる。天音も今では、その伯父の言動が彼自身の学歴コンプレックスに依るものと分かってはいるのだが、昔は何で彼が「大学」という言葉に過剰な反応をするのかが不思議だった。だけど、そんな天音でさえ、「女に大学進学は不要」という意見には、何となく納得してもいたのだ。
恐らく都会に住んでいる人達からすると、そんな考えは有り得ないと思ってしまう事だろう。だけど、今でも地方では、伯父のような考え方は決して珍しくはないし、最近は逆に増えてもいる。その背景にあるのは、国立大学と言えども学費が高騰している事だ。
とまあ、そんな訳で、今回も新年早々に伯父の勝正は、「俺は、天音に話がある」と言い放った。
「俺は、前にも言ったよな? 女だてらに勉強ばかりしおって、いったいどういうつもりなんだ!」
今までの天音だったら委縮してしまって、「ごめんなさい」と謝って伯父の怒りが収まるのを震えながら待っていた事だろう。けど、今の天音は違っていた。
「あの伯父さん。おっしゃってる事が全く分かんないんですけど」
「何だとお?」
「あの、何を怒ってるか分かりませんが、学生が勉強して何で悪いんでしょうか?」
「はあ? 聞いたぞ。お前、こないだのテスト、相当に良い点数だったそうだな?」
「それがどうしたんです? 私が良い成績を取ったからって、伯父さんには何の関係もないでしょう?」
「無い訳ないだろうが。俺は、長男として責任があるんだ!」
「あら、何の責任でしょうか? 説明してもらえます? 私、今まで伯父さんに何かしてもらった事なんて無いと思うんですけど」
そう言いながら、天音は過去を振り返ってみた。実際、彼女は伯父からお年玉ですら貰った事が無い。それは、「お互いに子供が人るずつだから面倒なお金のやり取りは止めよう」と兄弟の間で決めたからだそうだが、それでも、母の涼子は丈流から時々お金をせびられた事があったのを天音は知っている。
とはいえ、伯父が天音から何かを言われて黙ったままでいる筈がない。その時は父の正史が「ひとまず、食事にしないか?」と言ってくれた事で収まったものの、その後、お酒が入ると伯父はますます執拗に天音を責め立てた。もっとも、天音の席は涼子が一番端にしてくれたので、ただ単に聞き流しているだけだったのだが、当然、それだけで終わるとは誰も思っていなかった。
勝正は、「こら、天音。黙ってないで、何か言ったらどうなんだ!」と怒鳴って立ち上がると、天音の方につかつかと近付いて来る。娘を庇おうとしてか、涼子が慌てて立つそぶりを見せたが、「大丈夫だから」と言って天音が先に立ち上がった。
「あの、伯父さん。私を叩くつもりですか?」
「当たり前だろ。言う事をきかんやつには、お仕置きが必要だ」
「親戚だろうと、暴力行為は犯罪です」
「何だとお!」
勝正が殴り掛かって来たのを、天音はアッサリと躱した。すると彼は体勢を崩して、そのまま床に倒れ込んでしまった。
その後、天音は母の涼子に言われて、取り敢えず自室に下がって行った。
★★★
自室でさっきの事を振り返った天音は、『私って、反射神経が良くなったのかも』と最初はニヤニヤしていたのだが、すぐに相手が単に酔っ払っていただけだと思いなおした。要は、如何に伯父の勝正が激高していようと、冷静でいれば、どうにだって対応できるという事だ。
ところが、伯父以上に厄介な奴が、ノックも無しで天音の部屋にズカズカと入って来たかと思うと、いきなり天音を罵倒し出した。その失礼な男子は、もちろん、従兄の丈流である。
そんな非常識な彼に対しても、天音は冷静だった。
「あのさあ、女の子の部屋にノックもせずに入って来るとか、あんた、いったいどういう神経してんの?」
「はあ? お前こそ、何を言ってんだ? 親父をあんな風にしといて、タダで済むと思うなよ?」
「私は、何もしてないよ。伯父さんが殴り掛かってきたのを避けただけだから」
「はあ? お前は、黙って殴られてりゃ良いんだよ」
「何で私が殴られなきゃなんないわけ? あんた、頭おっかしいんじゃない? あ、前からバカだったっけ」
「な、何だとお!」
「ふふっ、怒鳴り方まで、伯父さんとそっくり」
天音は丈流が殴り掛かって来ると身構えたけど、すぐには手を出して来なかった。さっきの伯父の醜態を見せられた後なので、警戒しているようだ。
「だいたいさあ、伯父さんが私に怒鳴ったのって、あんたの成績が悪いからでしょう? そんな事で八つ当たりされても困るんだけど」
「はあ?」
「成績が悪くて怒られるんなら分かるけど、何でテストの結果が良かったからって怒られなきゃなんないわけ? それも、自分の親じゃなくて、伯父さんなのよ?」
「お、親父は、お前のそういう頭でっかちな所を何とかしようと思ってだな……」
「あの伯父さんが、私の事なんて考えてくれてる訳ないでしょうが。あんたが私を見下してるのと同じで、どうせ私なんて虫けらぐらいにしか思ってない筈よ」
狭いアパートの中である。そんな風に言い争いをしていたら、いくら他の部屋に居たって分からない筈がない。
今度もノック無しで堂々と天音の部屋に入って来たのは、伯父の勝正だった。その彼は、さっき天音に殴り掛かった事なんて、もうすっかり忘れてしまっているようだった。
「ほう、これが天音の部屋か……」
そう呟きながら勝正は、ベッドにあった天音のお気に入りのぬいぐるみを無造作に手に取ると、「何だこれ? カエルか?」と言いながら、ポイっと投げて丈流に渡す。中年オヤジの伯父なんかに、流行りのゆるキャラの説明をしても仕方がないので、天音は黙っておく事にした。
ところが、その伯父が、次に机の上に立て掛けてあった青いファイルに手を掛けた時、天音は即座にそれを奪い取り、自分が出せる一番低い声で言い放った。
「あの、出てってもらえませんか?」
酔っ払った伯父の勝正は一瞬、何を言われたのか分からないようだったが、すぐに赤らんだ顔を更に赤くして激昂した。
「何だとお! お、お前、伯父の俺に向かって、『出て行け』とは何事だあ!」
すかさず丈流が追従する。
「そうだぞ、天音。いくらなんでも親父に失礼だろう?」
今度は天音も、完全にキレていた。
「女の子の部屋に勝手に入って来る方が、断然、非常識じゃないですかっ!」
「お、お前……」
あまりの天音の迫力に、さすがの伯父の勝正も唖然とした様子。丈流が腕を振り上げようとしたのを今度も天音はサッと躱して、壁に掛かったベージュのオーバーコートを手に取ると、素早い身のこなしで廊下へ出た。それから、天音は母の涼子に、「これ以上ここにいると、私、あの人達に殴り掛かっちゃうから」と言い残して、一人で外に出て行った。
もちろん外は真っ暗で、しかも寒い。普通なら止められる所だが、母の涼子は見逃してくれた。
天音は人目に付かない所へ行くと、瞬時に「光のチョウ」になって夜空へと舞い上がる。地上で何があろうと、こうして空を飛んでいれば、天音は全てを忘れて幸せでいられる……。
そんな天音の姿を、実は帰宅途中の伯父夫婦と従兄の丈流が、自動運転の車内から見上げていたりする。でも、当然、それを天音が知る事は無かった。
END034
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「天音のやらかし(2)」です。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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(ジャンル:パニック)
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