033:真凛と凜華のクリスマス
本日の二話目です。
◇2038年12月@福島県二本松市《玉根凜華》
そうして現在、玉根凜華と安斎真凛の二人は、初めての露天風呂に来ている。
実は、クリスマスイブだからか、どこの温泉も人がいっぱいいて、やっと見付けたのは街外れの旅館だった。
女子トイレの個室でサッと変異を解いた二人は、何気ない顔で女湯の脱衣所に入って着替えを済ませる。ところが、バスタオルはあったけど、小さい方のタオルが無い。
それなのに真凛は、一糸まとわぬ姿で浴場の方に行ってしまう。しかも、そのまま外へ出て行こうとする。
「ちょっと、あんた達。外は雪だってのに、まさか露天風呂に行くんじゃないだろうね?」
二人を呼び留めたのは、やや小太りのオバサンだった。
「そうですけど」
「止めときな。ここの露天風呂、少し離れた所にあるんだよ」
「大丈夫ですよ。ほら、ここからだって見えてるじゃないですか……」
真凛の言葉に、オバサンは首を捻っている。どうやら、オバサンの目には、外の様子が見えていないようだ。
空気の読めない真凛は、そのまま外へ出て行ってしまう。途端に外の雪混じりの風が飛び込んで来て、凜華は慌てて外に出てガラスのドアをピシャリと閉めた。
寒い。死ぬほど寒い。しかも、足首の上まで雪が積もっている。
〈真凛、真凛ったら。遭難しちゃうよ〉
〈もう、凜華ったら、大袈裟だなあ……くしゅん!〉
そのクシャミを合図に、前方の真凛が光を纏う。一瞬だけ遅れて、凜華の裸体も輝き出した。
瞬時に寒気が消えて、身体が綿のように軽くなる。嬉しくなった凜華は、雪の上を走って、真凛の背中に飛び付こうとした。だけど、実体の無い二人の身体は交わらない。
それでも凜華は、真凛の周囲を回り出す。すると、凜華の意図に気付いたのか、真凛は凜華を捕まえようとする。
交わらない二人が、白銀の上でじゃれ合っている。それなのに、足元の新雪には、足跡ひとつ付いてはいない。
吹雪の中だと言うのに、二人は全裸。一糸纏わぬ裸体は銀色に輝いて、妖精か何かのように美しく神秘的だった。
しばらくすると、二人は仲良く湯けむりの方へと進み出す。樹氷の中に現れた露天風呂には、もちろん、誰一人いない。完全に、彼女達の貸し切り状態だった。
〈こら、真凛。お風呂に飛び込んじゃダメでしょうがっ!〉
〈大丈夫だよ。光を纏ったままなんだもん。ケガなんかする訳ないじゃん〉
〈そうかもしんないけど……、うわっ、結構、熱いんだ〉
〈元々、身体が冷えてたんだよー〉
〈ほんとだ。だんだん、ちょうど良い湯加減になってきた〉
〈うん。良い湯だよね。吹雪の中の露天風呂って、結構、ロマンチックかも-〉
〈それ、絶対に違うから。てか、普通なら、遭難してるから……〉
相変わらず、少しだけ噛み合わない二人の会話が続いて行く。
ちなみに、さっき屋内の女湯で声を掛けてきたオバサンは、ガラス窓の向こうが眩しく輝いているのを不思議がっていたりする。ところが、二人が露天風呂で変異を解いて光が消えると、『どうせ庭の電灯の不具合だろう』と考えた彼女は、すぐに興味を失くしてしまった。
〈あ、そういや今日って、クリスマスイブだったんだ〉
〈もう、凜華ったら、今頃、それ言う?〉
〈だってえ、真凛にケーキを食べさせてあげたかったなって……〉
〈凜華は、ケーキ、食べたのー?〉
〈うん、隣の真希さんと知行と一緒に食べた〉
〈ふーん〉
〈あ、ごめん……。来年は、真凛と一緒に食べようよ〉
〈えっ、ホント?〉
〈うん。約束する。あ、でも、そん時は、うちらの仲間が他にもいたら楽しいかも〉
〈あ、そうだね。いっぱい、凜華みたいな仲間がいたら良いなー〉
〈うん。真凛みたいな仲間、いっぱいいたら良いな〉
〈ふふっ、すっごく楽しみ-〉
実は、この時の約束は図らずとも実現してしまうのだが、それは、まだずっと後の話である。
〈ねえ凜華、これって、ホワイトクリスマスって言うんだよね-?〉
〈うーん、雪は降ってるけど、吹雪だからなあ〉
〈別に、そんなの良いじゃん。ほれっ〉
〈あ、真凛ったら、ズルい。ふふっ、反撃だあ〉
いきなり真凛が近くの雪を掴んだかと思うと、それを丸めてぶつけてくる。当然、凜華も反撃を開始。二人で吹雪の中での雪合戦が始まった。
〈うわあ、冷ったーい!〉
〈あ、顔にぶつけたな。ほら、反撃だあ〉
〈ふふっ、凜華のハダカって、とっても綺麗だねー〉
〈な、何をいきなり……、てか、真凛のハダカって、ちょっとエロいかも〉
〈え、エロい言うな!〉
〈ごめんごめん。真凛のハダカも綺麗だよ〉
〈あはは。その言い方、ちょっと変態っぽくない?〉
〈な、何言ってんの。私が変態だったら、真凛だって変態でしょうがっ!〉
〈やーい、変態……うっ、冷たっ!〉
〈ふふふ、なんか、楽しい〉
〈あはは、アタシも楽しいかもー〉
激しい吹雪の中、二人はハダカの相手に雪玉をぶつけては、心話で笑い合う。
そして、身体が冷えると温泉で温まる。そうこうするうちに辺りは本格的な吹雪になってしまい、さっきまでは熱かったお湯の温度が徐々に下がり出した。マズいと思った凜華は、真凛に光を纏うように言って、自分も薄っすらと光を纏う。
ここ一週間で纏う光の微妙な調整を覚えた二人は、今では体温を損なわずに、半透明の光の膜を作り出せるようになっていた。つまり、顔の造形や白い裸体はそのままで、ぼんやりと光る少女達の姿がそこにあったのだ。
〈さっきの雪合戦も楽しかったけど、この格好で動き回るのも楽しいかもー〉
〈そうだね。普段だと人に見られて騒ぎになっちゃうけど、この吹雪だったらバレそうにないし〉
〈いっその事、街の方に行ってみる。どうせ人通りは無いだろうし、きっと街全体が貸し切り状態だよ-〉
〈うーん……、まあいっか。今日はクリスマスイブだし、特別に付き合ってあげるよ〉
そうして二人は光の翅を出して温泉街のメインストリートへと繰り出したのだが……。
〈うわあ、綺麗!〉
〈さっきも、ライトアップされてたと思うんだけど……〉
〈さっきは、真凛を追い掛けるのに必死で、見てなかったんだよ〉
〈そっか。ごめんごめん〉
〈それは良いけど……、ちょっと下りてみよっか?〉
〈良いの? 普段はダメだって言うのに……〉
〈今は、誰もいないから大丈夫でしょう?〉
そうして二人は石畳の歩道に降り立つと、翅を消して薄っすらと光を纏った裸体へと戻る。そして、ハダカのまま街の散策を始めた。
当然、すれ違う人は誰もいない。二人にはしっかりと景色が見えているけど、普通の人には何も見えない筈。たぶん、こうして真っすぐに歩道を歩けること自体、有り得ないと感じるに違いない。
絶え間なく吹きすさぶ強い風が、唸り声を上げて襲い掛かってくる。周囲の建物のドアや窓ガラス、看板などが風に煽られて、ガタガタと音を立てる。
〈うーん、ちょっと不気味化も〉
〈でも、ちょっと幻想的だと思わない?〉
〈それ、幻想的っていうよりは、おどろおどろしいって言うべきだと思うけど〉〉
〈そっかなあ……、ねえ、ちょっと、その辺のお店とか覗いてみない?〉
〈また、そういうことする。あんた、自分がハダカだっての忘れたの?〉
〈ちょっと強めに光を纏えば大丈夫じゃん〉
〈それだと、ますます騒ぎになっちゃうでしょうが……〉
そうして、真っ白な世界の白い裸体の二人の少女は、人気のない街をそぞろ歩く。時々、真凛がしょうこりもなく壁から顔を覗かせて、中の人達を驚かせては、凜華に窘められていたりする。だけど、そのうち「まあいっか」と諦めの心境になった凜華も加わって、ささやかな悪戯が続いて行く……。
〈ねえ、凜華。アタシ、こんなに楽しいクリスマスイブは初めてだよ-〉
〈ふふっ、それ、私も思ってた〉
二人のハダカの少女は、街中で向かい合って微笑み合う。
〈そういや、まだ言ってなかったよね。凜華、メリークリスマス!〉
〈真凛、メリークリスマス!〉
白い吹雪の中で佇む二人の少女の仄かに光る白い裸体は、やはり、雪の妖精そのものに見えたのだった。
END033
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は人物紹介を挟み、天音視点での「元旦の厄介ごと」です。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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