003: 福島ムシ情報サイト
◇2039年1月@福島県岩木市 <関口仁志>
関口仁志が立ち上げた「福島ナゾの光情報サイト」には、僅か数日で数多くのコメントが寄せられた。それらの大半は、『そんなもん、ドローンじゃねえの?』『ドローンくらいで、騒ぐな!』という内容で、要は「荒らし」と言われる類の誹謗中傷である。だけど、中には『俺も見たよ』といった書き込みも何件か含まれていた。
それらの『見た』という書き込みについては、関口も丁寧にフォローして行った。つまり、それぞれの事例において、「何時、何処でといった内容を確認した訳だ。
そうして分かったのは、やはり、目撃者の大半が同じ岩木市の住民で、目撃した場所も関口の家の近くの夢浜海岸に集中していた事だった。ところが、岩木市の中心である平地区の駅前通りや、田町と呼ばれる歓楽街での目撃例も何例か含まれていた。
やがて、関口のサイトにはコメントだけでなく、画像や短い動画なども寄せられるようになった。それらのほとんどが海上に浮かぶ光の点だったのだが、駅前の繁華街でのそれは少し違っていた。海上の物とは桁違いに纏う光が強かったのだ。つまり、それだけ低空だったという事だ。
@管理人:これって、明らかにUFOとは違いますよね?
@匿名希望:ですね。相当に低空での現象だと思われます。
@管理人:自然現象なんでしょうか?
@匿名希望:いや、普通に考えて違うでしょう。でも、ドローンにしては、ここまで光らせる理由が思い付かないんですよね。
@管理人:つまり、ドローンでもないと?
@匿名希望:はい。そう思います。
★★★
そして、年が明けると、関口仁志にとって衝撃的な画像がサイトにアップされた。
それは、ひとことで言えば「光のチョウ」だった。紅葉した木々を背景に、水色に光る翅を持つ巨大なチョウが写っていたのだ。これだけ見ると、「謎の光」との関連性が疑われる所だが、実は同じ被写体を少し遠方から撮った画像もあって、そっちは「謎の光」と酷似しているように見えたのである。
つまり、関口が調査している「謎の光」もまたチョウの形をしている可能性があるという訳だが、それと合わせて重要と思われるポイントは、それが目撃されたのが、岩木市から直線距離で約七十五キロも離れた二本松市であったという事だ。であれば、それは岩木市のとは別物という事になる。
その画像の投稿者は、「蒐集家」と名乗る郡山市在住の人。去年の十一月、彼(彼女かもしれない)が二本松市の岳温泉を訪れた際、たまたま目撃したのが、問題の「光のチョウ」だとの事。
その彼によると、その後、この「光のチョウ」は郡山市でも頻繁に目撃されるようになったのだそうだ。
更に、それから一週間ほど経って、今度は岩木市で撮られた動画が寄せられた。
場所は駅前。関口も良く見知ったビルが映っていた。そのビルの壁面には、夜になると様々なコマーシャルが、3Dのホログラムで次々と投影される。
それらの中のひとつに、突然、例の銀色の光が紛れ込んだのだ。背景は、ギリシャとかで見られる真っ白な家並。最初のうち、それは眩しいだけの光の塊だった。ところが、次第に一定の形を取り始める。そして現れたのは、どう見てもチョウの姿をしていた。
そのチョウの形の何かは、数秒間、ギリシャ風の白い家並の上空を、あたかも巨大な絵画の一部であるかのように飛び回った後、唐突に夜空の彼方へと飛び去って行った。
すると、その壁面には銀色の光の粉が舞い上がり、幻想的な光景を醸し出す。そのタイミングに合わせたかのように、若手女優の顔がアップで現れて、缶入りの炭酸飲料を一気飲み。それから、商品名とブランドロゴが相次いでフェーズイン・フェーズアウト……。
時間にすると、ほんの二十秒足らずの出来事だったと思われた。
@管理人:これって、チョウですよね?
@匿名希望:やはり、そう見えますよね。
@管理人:これもホログラフ映像って可能性は?
@匿名希望:それは無いと思います。前後の映像がありますから。
@管理人:てことは、何らかの生命体でしょうか?
@匿名希望:これだけでは、何とも言えないですね。確かに、未確認生命体だの、地球外生命だのと思うと、夢が広がりますけど。
@管理人:宇宙人の侵略だとか?
@匿名希望:あはは。それは、飛躍し過ぎです。
@管理人:もちろん、冗談ですよ。
そんな風にサイト上でコメントを交わしながらも、関口は漠然とした不安と恐怖を感じていた。最初に「謎の光」を見付けた時は、そこにワクワクした探求心があったのは間違いない。だけど、それが「未知の何か」である事が明確になってくると、次第に「怖い」といった感情が芽生えてきてしまう。
関口という少年は、割と小心者なのである。
★★★
関口仁志は、その後も問題の動画を繰り返し確認した。スマホで撮影したと思われる素人映像なので、あまり鮮明ではない。それでも、チョウの形状をした何物かの翅の部分には、紫色が見て取れる。彼には、その色が不気味に思えてならない。
関口が通う高校は駅裏の小高い丘の上にあるので、駅前の辺りは彼の馴染みのエリアだった。だけど、この映像が撮られたのは夜の十時過ぎ。あまり高校生が出歩くような時間ではない。
それに彼は、基本的に出不精でもあった。普通、これだけ「謎の光」に関心があれば、夜中だろうと現場に駆けつけようとする所だが、そんな気概は彼には無い。
面倒なことは性に合わない。できれば誰かにやってもらって、自分は結果だけ教えて貰えれば良い。それが関口の本音だったのだ。
それと関口には、もうひとつの理由があった。彼は、虫が大の苦手だったのだ。だから、例の「謎の光」がチョウの姿だと分かった途端、彼の興味は半減した。
関口が虫を嫌うのは、幼い頃からである。
その幼少時、彼の家族は公務員用の家族寮にいた。そこは今の自宅よりも寂れた所にあって、周囲は野菜畑な上に、すぐ裏には雑木林があるような環境だった。その家族寮は鉄筋三階建ての古い建物で、しかも関口家は一階。その為、様々な虫の類が、室内の至る所で当たり前に見られる状態にあった訳だ。
普通、そういった環境で育っていれば、少々の虫には動じなくなる筈だが、彼の場合は真逆だった。指先よりも小さな存在が無秩序に動き回る姿を彼は嫌悪し、同年代の女児以上に酷く怯えたのである。
それには、潔癖症気味の母親が必要以上に彼を虫から遠ざけていたとか、物心つく前に何らかの虫に刺されたり噛まれたりしたとかの要因があるんだろうが、それは些事に過ぎないので割愛する。とにかく虫の類は彼にとって、根源的な恐怖を与える存在だったのだ。
その上、良く観察すると、それらの虫は精巧に形作られていて、しかもグロテスクで気味が悪い。関口は、そこに自然の悪意を感じた。それらの中には人の役に立つ益虫だっているのだが、その事すら彼は認めない。『全ての虫がいなくなれば良い』と本気で願っていた。男の子なら欲しがって当然のカブトムシやクワガタでさえ、彼にとっては恐怖の対象でしかなかったのだ。
それだから、どんなに美しい翅を持つチョウであっても、彼にとっては忌むべき虫の一種に過ぎない。実際、チョウの胴体部分だけ見れば相当にグロテスクではあるのだが、それでも、彼の感性が一般の人達とズレているのは否めない。
一方で関口は、虫に関して驚くほどに無知でもあった。それは、全く虫に関心が無いのだから致し方ない事ではあるのだが、当時の彼は、チョウとトンボの区別すらできるかどうか疑わしい程だったのである。
それでも関口は、『そろそろ、サイトの名称を変えてみませんか?』といった意見が寄せられた際、一度は「チョウ」という言葉を使うかどうかで悩んだ。そうして色々と考えた結果、最終的に彼は「チョウ」でなく「ムシ」を採用。新しい名称を「福島ムシ情報サイト」とした。
当然、閲覧者逹からは「光のチョウ」や「夜のチョウ」の方が良いとの意見が相次いで、何度か炎上し掛けたりもしたのだが、彼は管理人権限で押し切った。
その理由は二つあって、「光のチョウ」はともかく「夜のチョウ」には淫靡なイメージを伴う事がひとつ。それと将来、チョウ以外の「ムシ」の形状をした光が出現する可能性も考慮すべきとした事である。
ともあれ、この時の関口の判断は、後の社会に大きな影響を及ぼすことになる。この「ムシ」という呼称が予想以上に広がって、誰もが日常的に使うようになってしまうからだ。
一般的に、「ムシ」という呼称は蔑称である。だけど、それが「ムシ」である当事者達にとって不幸だったと決め付けるのもどうかと思われる。「ムシ」と呼ばれようが「チョウ」と呼ばれようが、それらが蔑称として扱われている限り大した違いではないからだ。
尚、この時の名称変更によって、「福島ムシ情報サイト」を昆虫愛好者のサイトと誤認する人が続出したのだが、それはそれで悪い事ではなかった。と言うのは、昆虫愛好者と怪異現象のマニアとは、意外にも相通じるものがあったようで、そうして間違って訪れた者の多くが、その後も継続して訪れてくれる閲覧者になってくれたからである。
END003
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。
また、ログインは必要になりますが、ブクマや評価等をして頂けましたら励みになりますので、宜しくお願いします。
★★★
本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。
(ジャンル:パニック)
ハッピーアイランドへようこそ
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/




