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021:二人目の少女(4)

本日、二話目になります。

◇2038年9月@福島県二本松市《安斎真凛》


その夜、初めて「光のチョウ」になった安斎真凛あんざいまりんは、夢中になって近くの温泉街を飛び回っていた。上空から見た光景は、様々な光が散りばめられて思いの外に美しい。元から綺麗な物が大好きな真凛は、今までに味わった事のない喜びを感じていたのだった。

ほろ酔い加減で街をそぞろ歩く温泉客達が、皆一様に驚いた顔で空を見上げている。若い男女のカップルは顔を寄せて話しているようだけど、目はこっちに釘付けだ。子供達が何やら叫びながら、追い掛けて来る。真凛は、そんな彼らに翅を揺らして応えてやる。

真凛には、それらの全てが愉快で堪らない。


そうしているうちに、はたと真凛は気が付いた。いつもはぼんやりとしか見えない筈の目が、今はクッキリと見えている!


ああ、世界って、こんなに綺麗だったんだ!


まるっきり使い古された言葉だけど、この時の真凛は、心からそう思えたのだ。


そんな風に感動していたら、目の前に十二階建てのホテルがあって、その建物の真ん中に真凛は頭から突っ込んでしまった……筈なのに?

あれっ? どっこも痛くない? てか、何なの、これ?


気が付くと真凛は、その建物をすり抜けて、反対側の空中にいた。つまり、この身体からだって、壁とかを通り抜ける事ができちゃうんだ!

さすがの真凛も、有り得ないって思ったけど、何度か試している内に、当たり前になってきた。そういや、考えてみれば、最初はアパートの天井をすり抜けて、空へと舞い上がったんじゃなかったっけ?


それが分かった時、ふと真凛は悪戯を思い付いてしまった。

早速、だけ温泉で一番高級な旅館に行って、目星をつけた壁に頭だけ入れて覗いてみる。ところが、そこは男湯の脱衣所で、いきなり大勢のオヤジ逹が騒ぎ出した。


うわっ、これってヤバいかも!


慌てて頭を引っ込めた真凛は、一応は反省した。それで、ひとまずは自宅アパートに戻る事にしたのだが、その時、もうひとつ頭に浮かんだ事があった。


これって、ひょっとすると、温泉に入り放題って事じゃん!


そう思った真凛は、ニヤニヤが止まらないでいたのだった。



★★★



自室に戻った真凛は、すぐに変異を解いた。心の中で『戻りたい』と願っただけで身体を纏っていた光は霧散し、部屋中に銀色の光の粒が広がった。それと同時に、強いミントの香りが感じられる。

『なんか、凄いな』と思いながら、何気なく真凛は部屋の中を見回して驚愕した。今の彼女の目には、見慣れた筈の室内がまるで別物に見えたからだ。

変異してた時も目が良く見えるとは思っていたけど、まさか、変異を解いても良く見えるままだとは思わなかった。


奇跡だと思った。大声で叫び出したい気分だった。


今の真凛には、何でも細部まで見る事ができる。見る物の全てが新鮮で、初めての物に感じられる……。

これなら、今までは楽しめなかったテレビアニメも見られるし、マンガの本だって読めるかも……。


真凛は、取り敢えずリビングに行ってテレビを点けてみる。だけど、変なオヤジの芸人が騒いでるばかりで、ちっとも面白くない。番組表で確認すると、アニメは深夜にしかやらないみたい。

次に母の希美のぞみの部屋を覗いてみる。相変わらず脱ぎっぱなしの服が散らばっていて、女の部屋とは思えない程の惨状だ。足の踏み場も無いって感じかも……。

そんな事を思いながら、しょうがないので目に付く物から片付けていると、ベッド脇にマンガ本があるのに気が付いた。『あれっ?』と思って飾り棚の一番下を物色してみたら、古びた少女漫画の単行本がギッシリと詰まっている。最近、本も雑誌もウェブ上で読むのが主流になっていて、紙のは図書館でしか見ないのだけど、まだ希美は昔の古いマンガ本を捨てないでいたようだ。

真凛は、心の中でガッツポーズをしながら、そこから何冊かを取り出して、自室に持って行く。


すると今度は、自分の学習机の上に無造作に置かれたタブレット端末が目に留まった。真凛は何気なく電源を入れて、自然な動作でブラウザを立ち上げる。その途端、大きな文字が眩しくて目を閉じた。何度か瞬きを繰り返しながら音声動作に切り換えた真凛は、フォントを標準にしてみて、再度、目を見張った。


今までは全く読めなかった文字が、ちゃんと目で追える!


たぶん、正常な視力の人には絶対に分からない感覚だろう。そんな事を思いながら、彼女は様々なコンテンツを試して行く。ひとつはゲームだけど、それは画面が何だかごちゃごちゃしていて気持ち悪くなってしまい、すぐに別のコンテンツに切り換えた。

次に試したのは、無料で読める漫画サイト。ふふっ、これならアタシでも何とか読めそう。

結局、希美の部屋から持って来た少女漫画は脇に放置したままにして、それから真凛は、既に古臭くなった往年の作品を、むさぼるように読んだ。最初はゆっくりだったけど、次第に早く読めるようになって行く。


結局、その日の真凛は、生まれて初めて見る漫画を夜更けまで読み漁ったのだった。



★★★



翌朝、真凛は母の希美のぞみに「アタシ、目が見えるようになったみたい」と言った。

だけど、目覚めたばかりの希美には伝わっていない様子。それで返ってきた言葉は、「あら、良かったわね」の一言だけ。

父の力哉はと見てみると、纏まらない髪の毛に四苦八苦している最中。


早々に諦めて真凛は、いつもより早く図書館に行った。

まだ開館前だったけど中へ通してくれた笠間詠美かさまつえいみも、今ひとつ真凛の言った事が分からない様子だった。でも、目を輝かせて絵本や図鑑を開いては歓声を挙げる真凛の様子を見て、ようやく分かってくれたらしく、最後は「おめでとう!」を言ってくれた。

とはいえ、何で目が良く見えるようになったのかは、さすがに誰にも話せない。それに、どうせ言ったって、信じてもらえないに決まってる。


その数日後に真凛は、母の希美に連れられて、念の為に眼科へ行った。でも、おざなりの視力検査をやって、「2.0まで見えるなんて、凄いですね」と言われただけだった。

障碍者認定をしてくれた大学病院は予約が必要なので、近くの眼科に行ったのが間違いだった。だけど、その後も真凛が、わざわざ大学病院に行く事は無かった。



★★★



眼科医へ行った日の翌日は、学校へ行く日だった。だけど真凛は、自分が担任教師の桑原拓斗くわばらたくとを前にしても、全然、怖く感じないのを不思議に思った。そして、それは桑原も同じだったようで、放課後、真凛は彼に呼び留められて、空き教室に連れて行かれた。最近は少子化で児童数が減っており、どこの小学校も多くの空き教室を抱えているのである。

そこで開口一番に桑原が放った言葉は、「お前、いつにも増して今日は生意気だな」だった。


「あの、先生。今日のアタシが、どう違うの?」

「そんな風に口答えするとか、全部だ」

「何か訊いちゃダメなの?」

「当然だ。お前みたいに汚いガキは、黙って殴られてりゃ良いんだよ」


桑原は、最後まで言い切らないうちに、頬を叩こうと手を上げる。だけど、彼の手のひらが真凛の頬に触れる前に、彼女は光を纏っていた。もちろん、無意識だ。

当然、桑原の手は宙を切り、バランスを失った彼は、たたらを踏んで持ち堪える。だけど、桑原の前にサンドバックにしたかった少女は、いなくなっていた。光を纏った状態の真凛は、窓をすり抜けて外に出て行ってしまったからだ。

桑原は、目の前で起こった事が信じられない。でも、それ以上に、自分の怒りをぶつける対象が無くなった事が腹立たしかった。


咄嗟に彼は、窓の外を見た。

そこには、既に小さくなった光の点が、遠くの空に浮かんでいるだけだった。



★★★



そのまま自宅アパートの自分の部屋に着いた真凛は、昼間でもちゃんと「光のチョウ」に変異できた事に満足していた。それに、昼間は明るい分、夜ほど目立たない。その為、アパートの近くで高度を下げても、思った程は人々の注目を浴びないで済んだ。


「でも、なんか疲れたかも」


どうやら、昼間の変異は夜よりも疲れるようだ。


そして、その夜も真凛は温泉街を飛び回った。やがて、疲れて自宅アパートに戻り、シャワーを浴びようと服を脱ごうとして、ふと温泉の事を思い出した。


「そうだ。ハダカのまま変異して露天風呂に行けば、そのまま入れるじゃん」


この時の真凛は、変異すると身体が光って、何を着ていようか判らない事には気付いていない。

だけど、「光のチョウ」の姿になっちゃえば、みんな、巨大な翅の方に目が行くから、ハダカだってバレない筈。だいたい、本物のチョウを見付けた時、胴体の部分に目をやる人なんていないじゃない!

夜、真凛がお風呂に入りたいと思う時、だいたい両親は仕事なので、ほとんどシャワーで済ませてしまう。だから真凛は、お風呂に餓えていた。


「思い付いたら即実行!」とばかりに勢いよく服を脱ぎ捨てた真凛は、早速、ハダカのままで光を纏う。そして、そのまま外へ飛び出した。

それから真凛は、手頃な露天風呂を探しに飛び回った。最初の所は、いっぱい人がいたからパス。次に見付けた所はオヤジがいて駄目。三つ目でやっと、誰も入ってない露天風呂を見付けた。

真凛は、賭け湯もせずにドボンと飛び込んだ。ていうか、光を纏ったままで入ったら、なんか、ちょうど変異が解けてそうなった。


「うわあ、気っもち良い。これって、病み付きになるかも」


最高に心地よい湯加減に、真凛はもう大満足。こんな温泉を独り占めできるだなんて、すっごい贅沢って感じ!

ふふっ、なんか最高に幸せ。こないだからの出来事の全部が、夢みたい。


その時、ふいに真凛は、『これは、きっと神様からのご褒美なんだ』と思った。今まで辛くても悲しくても、ちゃんと生きてきたアタシへのご褒美。今までは、あまり神様なんて信じてなかったけど、やっぱ、神様はいたんだ!


真凛は、『これは絶対に、温泉神社にお参りに行かなくちゃ!』と思った。

そして、思いっ切り露天風呂を堪能した真凛は、この後、本当に温泉神社を訪れた。だけど、ハダカの少女にお祈りされたって、たぶん神様には迷惑だったに違いない。




END021


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、あちこちで安斎真凛が色々とやらかす話です。

できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。


また、ログインは必要になりますが、ブクマや評価等をして頂けましたら励みになりますので、宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:パニック)


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/


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