019:二人目の少女(2)
本日、二話目です。
■019:二人目の少女(2)
◇2038年9月@福島県二本松市《安斎真凛》
本当を言うと、芳賀力哉と安斎希美は、未だに入籍していない。それは、同棲の状態が長くなって入籍のタイミングが掴めないまま、ズルズルと今日まで来てしまったからだ。つまり、それだけ力哉が不甲斐ない男だった訳だが、いずれにせよ、同居して子供を養っているのだから、事実上、夫婦であるのは間違いない。
ところが、桑原拓斗は、希美が夫の力哉から度々暴力を受けているのを誰かから聞いたらしく、「俺なら絶対、幸せにしてやれるのに」と思い込んでのプロポーズだったようだ。
だけど、そんなのは希美にとって「大きなお世話」だし、そうやって独りよがりに言い寄ってくる事自体、彼女の心をないがしろにした自分勝手な行為であるのに彼は気付かない。
その上、希美に断られたからと言って、その鬱憤を何の罪もない小学生の真凛にぶつけるのだから、心底クズな奴である。
その桑原は、学校で真凛と顔を合わせると、「その汚い髪、何とかしろ!」と必ず言ってくる。どう見たって彼女の髪は汚くなんてないのに、全く取り合おうとしない。母の希美のように、真凛の髪も染めているのだと思い込んでいるのだ。美容院の人に「地毛である」旨の一筆を書いてもらって提出したのだが、「こんなのは、頼み込めばどうにでもなる」の一点張りで埒が明かない。
ちなみに、希美の茶髪もまた地毛である。その髪のせいで彼女も教師から謂れの無い叱責を受けたそうだが、彼女は一貫して自分の髪の毛を誇りにしていたという。つまり、学校よりも髪の毛の方を選んだ結果、芳賀力也のような男に捕まってしまい、妊娠して高校を中退するハメになってしまった。
ともかく、教師がそんな態度だから、真凛がイジメられるようになるのは当然の成り行きだった。少しでも気を抜くと、すぐに髪の毛を引っ張られるし、足を掛けられて転ばされる。そうなれば、四方八方から足蹴にされて、まさにドアマット状態。それを担任教師の桑原は咎めるどころか、ニヤニヤと眺めている始末。真凛が低学年だった時と全く同じ状態である。
そんな事が続くのであれば、真凛の足が再び学校から遠のくのは必然と言えた。
★★★
学校教育が個人の学力に合わせたEラーニング主体となって以来、公立学校の教師のレベルは下がる一方だった。
直接、児童や生徒に教えなくなった事で、本来はAI(人工知能)がカバーできない指導を彼らが任されているのだが、そうした役割を正しく理解し、意欲的に取り組んでいる教師は稀にしかいない。大多数は一般企業で雇ってもらえずに嫌々教師になった者達であり、そんな落ちこぼれの吹き溜まりが公立学校の教師なのである。
それ程までに教師の質が落ちたのは、直接、児童や生徒を教えなくなった事によるモチベーションの低下と、給与水準の低さにあると言われている。
一般の公務員については、人員こそ大幅に減らされたものの、給与水準は概ね維持された。しかし教員の場合は逆で、直接に教えなくなっても人員削減を行わない分、給料が引き下げられたのだ。
Eラーニングである程度の学習の質が維持できるとはいえ、教師のレベルが下がれば、児童や生徒の学習レベルも下がって当然。本来、学校で教えているのは勉強以外にもあった筈なのだが、そっちはほとんど無視された形だ。残されたのは、生徒指導という名目の下での管理業務のみ。むしろ、そっちは「教師のストレス解消に利用されている」との内部告発が、各地の中学校で相次いでおり、そこで犠牲になっているのは気弱なタイプの生徒である事が多い。
もっとも、小学校の場合、生徒指導の弊害は無い代わりに、一方的な教師による虐待や性犯罪が多いようだ。そうした中で、生徒同士によるイジメが多発し、やりたい放題やる子も増えて行って、最悪の場合は学級崩壊となってしまう。
都会の場合、義務教育過程でも私立の学校が幅を利かせつつあるが、地方の場合はそうも行かない。救済策としてあるのは、家庭での自宅学習でも卒業が認められる事だが、その場合は友人同士での交流が失われる訳で、コミュニケーション能力の向上に影響が出るのは間違いない。
ともあれ、真凛の場合は、まだ小学生だというのに、学校で四面楚歌の状態に置かれていた。学校に行っても碌な事にならないので、あまり行かないようにしている訳だが、桑原は真凛を嫌っているにも関わらず何かと口実を付けて学校に呼び出そうとしてくる。しかも、あの手この手で、真凛が学校に行かなければならない状態に追い込んでくるから嫌らしい。その大半が母の希美絡みであり、その希美に迷惑を掛けると面倒なので仕方なく行ってみると、クラスの柄が悪い男子達を使って罠を張っている事がほとんどだ。
そんな桑原の事は、一応、真凛の両親も知っている。だけど、力哉も希美も、あまり役に立ってはいない。ていうか、いくら二人が文句を言おうと、桑原はもちろん、他の先生達も全く取り合ってはくれないのだ。やっぱり、水商売だと馬鹿にされてしまうみたいだ。
希美の場合、桑原から直接に接触があったようで、その時は色々と嫌らしい言葉まで浴びせられたらしい。それを希美から聞かされた時の力哉は、学校へ殴り込みに行こうとしたので、真凛と希美で必死に止めた。そんな事をしたら、最悪、警察に通報されちゃう。普段の気弱な力哉なら、そんな事はしないんだけど、お酒を飲んでいる時だけは別なのだ。気が大きくなって、何をやるか分からない。
そんでも今は、まだ小学校だからマシなのだ。最悪の場合でも、ボコられるだけで済むのだから……。だけど、中学生になっても同じような事が続いたとしたら、女子の場合、性的な被害も考慮に入れなきゃいけなくなる。
まあ、唯一の救いは、中学には桑原がいない事だけど……。
「あら、それは違うわよ、真凛。あんたの髪の毛だと、どの先生に目を付けられてもおかしくないもの。だから、前々から言ってるでしょう? コツさえ分かれば、男を手玉にするなんて簡単よ。あたしがミッチリ教えてあげるから、中学に上がるまでに出来るようになりなさい」
希美はそう言うが、「女の先生だったら、どうすんの?」と訊いた事に対する答えが、希美から返ってくることは無かった。真凛が顔見知りの同じ店で働くキャバ嬢の人から聞いた話だと、最近、職場の中で希美は浮いてしまっているらしい。
それを本人に指摘してやったら、こんな言葉が返ってきた。
「あのさあ。キャバクラで女の子同士が仲悪いのは、普通の事なの。だって、お互いライバルなんだから、当然じゃない。だいたい、女の友情なんて、元から脆いもんなのよ」
希美によれば、「ライバルは、蹴落とすしかない」のだと言う。
「要は、力の勝負って事。その点、男も女もおんなじかもね。だから、真凛も強くなりなさい」
「強くなきゃ駄目」ってのは、日頃から真凛自身も感じている事だ。問題は、「どうしたら、強くなれるか?」なのだが、真凛が聞いても希美は教えてはくれない。「そんなの、自分で考えな」と言うだけだ。
機嫌の良さそうな時を見計らって父の力哉にも訊いてみたけど、「強くなりたいかあ。昔は俺も、そうだったなあ」と、訳の分からない返事だった。
「あの、アタシは、『どうやったら強くなれるか?』を知りたいんだけど」
「どうやってって……、そんなもん、修行するしかねえだろ」
「修行って、山にでも籠るの?」
「あはは。そんでもって、熊でも退治するってのか?」
「もう、アタシは本気で聞いてるんだからね」
「だったら、師匠の所に弟子入りでもするんだな」
「師匠って、誰よ?」
「うーん……、まあ、空手道場に通うとかかな。ほら、二丁目の……」
「あそこ、月謝が高いって聞いたよ。うち、お金無いじゃん」
という訳で真凛の悩みは、そんなに簡単に解決しそうにはないのだった。
END019
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
もう一話、安斎真凛の身の上話が続きます。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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(ジャンル:パニック)
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