表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/117

114:杏海の誕生

◇2040年2月@福島県岩木市 <菅波凪斗>


菅波凪斗すがなみなぎとは、高校に入学して間もない時期に幼馴染の遠藤笙子(しょうこ)と再会した。その際、彼女の方から強引に言い寄られる形で付き合うようになった訳だが、その後の交際の方は至って順調だった。笙子は、口は悪いが思いやりのある優しい性格だったし、凪斗の事を良く見ていて、常に適切なサポートをしてくれる良きパートナーでもあった。そんな笙子の事を凪斗は、見掛けだけでなく中身もちゃんと気に入っていたし、彼女が恋人でいてくれてラッキーだとも思っていた。

その笙子は、度々凪斗の家にも遊びに来てくれて、母の杏果きょうかが姪の杏樹あんじゅを預かっている時は、いつも一緒に遊んでは、その可愛さにメロメロになっていた。

ところが、凪斗が笙子と付き合い出して一年が過ぎた頃、誰にでもニコニコと笑顔を振りまいていた杏樹の様子が、目に見えておかしくなり出した。前とは逆に、時々、誰が近付いても怯えて激しく泣き出したりするようになったのだ。

当然、母の杏果も気付いていたようだが、ハッキリと口にしたのは笙子だった。京香は人見知りだと言ったのだが、笙子は色々とネットで調べたりした結果、「虐待かもしれませんよ」と言い出したのだ。


そう言われてみれば、最近の姉の美帆みほもまた、どこかおかしい。杏樹を引き取りに来る時の美帆には、凪斗も良く顔を合わせていたのだが、なんか嫌々杏樹を引き取るって感じがあったのだ。

それに、杏樹を引き取りに来る時間も、徐々に遅くなっていた。それで引き取られる時の杏樹は、だいたい寝ている。でも、たまたま起きて泣き出したりすると、「うるっせえ!」と姉は凄い剣幕で怒鳴る。それを杏果が注意すれば、今度は「あたしは、疲れてるんだよ」と逆ギレされる始末。


そうこうするうちに、杏樹は実家に預けたままの状態になった。そうなると凪斗は、なかなか姉の美帆と顔を合わせる事が無くなってしまった。最初のうちは、工場の仕事を増やして忙しくなったせいだと思っていたのだが、どうやら、それだけじゃないみたいだ。

たまに美帆と顔を会わせても、どことなくよそよそしい。それに少し痩せたみたいで、ただでさえ小柄な身体からだがますます小さく見える。


ある日、凪斗は思い切って母の杏果に、「最近の姉ちゃん、ちょっとおかしくない?」と聞いてみた。すると、「凪斗、お前、知らなかったのかい。あの旦那、遂に出て行ったんだよ」と言う。どうやら、義兄の柴崎聖人しばざききよとは、一ヶ月ほど前に姉達のアパートを出て行ったまま、ずっと帰って来てないらしい。

そう言えば、もう何ヶ月も凪斗は聖人の顔を見てはいなかった。いや、ひょっとすると、正月以来かもしれない。こないだのお盆も、「仕事が忙しいから」という事で、こっちには顔を出さなかった。


次に姉の美帆に会った時、凪斗は思い切って本人にも確認してみた。すると、思い掛けない返事を聞かされて、彼は今度こそ言葉を失ってしまった。


「あいつとなら、別れたわよ。揉めたから裁判やって、その後の手続きも全部終わってるんだ。だから私も杏樹も、もう『柴崎』じゃなくて『菅波』だから」

「……っ」

「あんなだらしない父親なんか、いない方がずっとまし。一人っきりの娘も養えないなんて、最低の男だよ」


そんな言葉を吐き出した美帆の横には、今度の秋で四歳になる杏樹が、杏果と一緒にキャッキャとはしゃぎながら積み木で遊んでいる。

そんな我が子を見ようともしない姉の目には、はっきりと分かるくまができていた。


その姉の美帆が失踪したのは、その後、しばらくしての事だった。



★★★



遠藤笙子の実家は、凪斗が再会した時、何故かパン屋になっていた。どうやら彼女の父親が脱サラして、夫婦で始めた店らしい。凪斗が、「お前の親父さん、思い切ったよな。てか、年取ってからパン屋やって成功するなんて、すげえな」と言うと、笙子から「そんなんじゃないよ」という言葉が返ってきた。

笙子が言うには、元々、父親の実家が手作りのパン屋をやっていたらしい。


「うちの親父、嫌な上司と揉めちゃってさ、会社に居辛くなってたそうなの。そんな時、いよいよ祖父母がパン屋を畳みたいって言い出して、今頃になって『だったら、オレがやる』って事で、店を継いだってわけ。その店、昔から植田うえだの方じゃ割と人気店だったんだ。そこにいた昔からの職人が残っててくれたから、親父でも何とかなってるって感じ。そんなに褒められる話でもないんだよ」


高校一年の秋頃から、その店で凪斗はバイトを始めた。もちろん、メインは笙子とのデート費用を稼ぐ為だが、笙子の父親に恩を着せる意図も多少はあった。だけど凪斗は、すぐに後悔する事になる。それだけ仕事がきつかったのだ。

特に、昔からいるという年配の職人が最悪だった。凪斗は、その頑固者の職人に、パン作りを一から叩き込まれる事になってしまったのだ。


当然、その時点の凪斗は、パン屋をやろうなんて思っちゃいない。だけど、その職人は凪斗が笙子と付き合っていると知るや否や、自分の跡継ぎにしてやるって感じで、徹底的にしごいてくる。そのせいで、笙子とのデートもままならなくなる始末。まさに、本末転倒である。

それでも、職場が笙子の実家なので、そんなに簡単には辞められない。もう最悪だった。

たぶん、近くに売り子として働く笙子がいなかったら、絶対に続かなかっただろう。


ところが、三年生になって就職先を探す際、凪斗は本格的に悩む事になった。

選択肢は三つ。ひとつは進学だが、国立に行けるほど頭の良くない凪斗の進学先となると、私立だ。その場合、金が掛かる。それに、大学に行くとなると、笙子との結婚も先延ばしだ。

もうひとつは就職だが、今は就職難で、市内だと高卒の就職先にはろくなのが無い。そうかと言って東京とかに行くのも、笙子の事を考えると、できれば避けたい。


「だからさあ、もう諦めて、うちで働きなよ」

「……」

「今どき、働ける所があるってだけで幸せな方なんじゃない?」

「……」

「実はさ。私、いつかなぎくんと二人でパン屋やるのって、結構、夢だったりするんだ。うちの親父にも、『そのうち、二号店を出してみないか?』って言われてるし、そうしたら、総菜パンとか、もっと充実させても良いかなって……。ほら、凪くんって、焼きそばパンとかカツサンドとか大好きじゃない。それと、もっと店内を喫茶店みたいにしてさ、飲食コーナーを作って、そこで紅茶とかハーブティーとか出すの。そうすると、ちょっと大きめのお店にしなきゃだね。うーん、お金が掛かりそうだから、凪くんには、もっと頑張ってもらわないと……」


何のことはない。要するに、全ては笙子の策略だったのだ。てか、高校に入って再会した時からずーっと僕は、彼女の手のひらの上で転がされていたのかもしれない。

結局、凪斗は、笙子の計画通りに高校卒業後、更に三年間は彼女の実家のパン屋で修行を続けた。そして、その後は自分の家の畑を少し潰して、笙子の理想通りの店を造った。

その間、笙子とは高校を卒業した半年後に結婚。割とすぐに女の子を授かる事ができた。それが、大切な一人娘の杏海あずみである。


要するに、全部が笙子によって仕組まれた幸せだった訳だけど、そんでも、美人でグラマーな奥さんと一緒になれたんだから、きっと僕はラッキーって事なんだろう。それに僕には、とってもとっても可愛い杏海っていう女の子までいるんだから……と、そんな風に思っていたんた。これで、文句を言ったらバチが当たるってもんだ。


とまあ、この頃の凪斗は割と有頂天でいたんだけど、まさか、その後に手痛いしっぺ返しを食らうハメになるとは、夢にも思っていなかったのだった。




END114


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話も、菅波凪斗の閑話の続きで、「杏海の障碍」です。

できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:パニック)


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ