109:盲目の少女(2)
◇2040年1月@福島県岩木市 <矢吹天音>
どうやら、「ムシ」になる子は、身体的に障碍を持っている場合が多いらしい。
この事を矢吹天音が確信したのは、九人目の「ムシ」の子を見付けた時だった。と言うのは、その少女が生まれ付き光しか感じられないレベルの、強度の弱視だったからだ。
ちなみに、今までの八人の「ムシ」達の場合、安斎真凛が弱視、玉根凜華は左手の小指に欠損が見られ、紺野鈴音は足が不自由、そして、樫村沙良と天音自身が難聴といった具合だ。つまり、八人のうちの五人が何らかの障碍を持っていて、それが今回で九人中六人という事になった訳だ。
もっとも、今までの五人の場合、凜華以外は「ムシ」になった後に障碍が解消している。凜華のは左手の小指の欠損であり、さすがに指が伸びてきたりはしなかったんだろう。
さて、九人目の盲目の少女の場合はどうなったかと言うと、少々微妙だ。何故なら、彼女の視力自体は回復しなかったと思われるからだ。
だけど、彼女は普通の人以上に周囲が「分かる」し、色彩も正確に「感じる」ことが出来るようになった。だから、生活するのに全く支障がない訳だが、それをもって「目が見えるようになった」と断言できない所が微妙なのである。
たぶん、彼女が「見てる」世界と一般の人が見ている世界とは、かなり趣が違っている筈だ。
もっとも、彼女の場合は、幼い頃から多少そのような傾向があったのだという。彼女を育てた祖父母によると、彼女は昔から勘の良い子だったという。
「不思議なのよねえ。目はほとんど見えてない筈なのに、よちよち歩きの頃だって、めったにぶつかる事が無いの。それに、階段から落ちたりする事も無かったわね。まあ、大人しい子だったってのもあるんだけど、ほとんどケガとかしないし、手の掛からない子だったわ」
小さい頃の彼女は、目が悪いと思われていなかったらしい。検診で初めて分かったのだという。
それで小学校からは特別クラスに入れられたそうなのだが、後になって思えば、充分に普通の教室でもやって行けたんじゃないかという事だった。
「今は、弱視の人の為の器具は幾らでもありますからねえ。まあ、高価な物を使わなくても、普通のパソコンでだって読み上げ機能とかは充実してますから、視力がゼロでない限りは何とかなるんですよ……。ただ、あの子の場合、普通に文字が読めるみたいなんですよねえ……」
それでも、弱視の状態では行動に制限があったのは確かだったようで、「ムシ」になってからの彼女は、目に見えて活動的になったという。
ただし、他の「ムシ」達と同様に、「人に非ざる」能力を幾つも身に付けてしまったようだ。それは、天音でも持っている「人並み外れた遠視」や「夜目が利く」といった能力や、安斎真凛と同じ「透視」の能力に加えて、「三百六十度の視野角」、つまり、真後ろの様子でさえクリアに「分かる」のだという。何とも信じ難い話なのだが、事実なのだから仕方がない。
更に、「心話」を始めとした「ムシ」としての基本的な能力は、当然のように持ち合わせている所からすると、今の彼女は紛れもなく「人に非ざる」優秀な少女である。
もっとも、彼女が様々な特殊能力を持っている事は、今の所、限られた人達しか知らない。それは彼女が「ムシ」になった時、天音が彼女に「むやみに能力を明かさない事」を約束させたからだ。
彼女が人並み外れた視力を得た事でさえ、「何故か分からないけど、突然、目が見えるようになった」といった認識しかされていない。
それでも「ムシ」になった事が、彼女の生活を根本から変えてしまったのは、言うまでもない事だろう。彼女にとって「ムシ」になったのは、とてもとても大きな人生のターニングポイントなのだった。
★★★
九人目の「ムシ」の少女を追って夜空へと向かった矢吹天音は、すぐに戸惑いを覚えて後ろにいた樫村沙良へ心話を送った。
〈ねえ、沙良ちゃん。あの子、なんか影が薄くない?〉
〈はい。私もそう思いました。でも、良く見ると、凄く綺麗な黄緑の翅なんですけど〉
〈言われてみると、そうだね。てことは、郁代ちゃんと同じ「気配遮断」の能力持ちって事かな?〉
〈確かに、似てるかも〉
「ジャスミン」の異名を持つ穂積郁代もまた、影の薄い子だ。彼女の場合、「ムシ」に変異していない時でも影が薄くて、近くにいても気付かれない事が多いらしい。
彼女の翅は、黄金色。本来、目立つ筈なのに、ちゃんと意識しないと目に留まらないって事は、何らかの能力じゃないかと天音は考えた。そして、「福島ムシ情報サイト」管理人の関口仁志と話した上で、その郁代の能力を、「気配遮断」とすると最近、決めたばかりだったりする。
そんなやり取りを交わしているうちに、二人は上空で佇んでいる少女の近くまで来てしまっていた。その子はホバリング状態で、呆然と地上を見回している様子。天音にも経験があるけど、初めて「ムシ」になって空を飛んだ時の衝撃が、どんなに大きいかってのは理解できる。まして彼女の場合、今まで目が不自由だっただけに、余計に感動しているのは想像に難くない。
〈あの、少しは落ち着いたかな?〉
〈あ、はい。でも、何だか心も身体もふわふわしてるっていうか、夢の中にいるみたいで、実感が無いっていうか……〉
〈あら、さっきは夢から覚めたって感じの事を言ってなかった?〉
〈あ、そうでした。てことは、やっぱり今も夢なんでしょうか?〉
〈違うよ。私も最初は夢だって思っちゃったもん……。あ、私、樫村沙良って言うの。宜しくね。えーと、私が住んでるのは、ここから南の高萩市なんだけど、今は小学六年生……〉
〈えっ、私と同じなんですね?〉
〈うん、そうだよ。他にも仲間が六人いて、ここにいる三人を入れると九人なんだけど、その内の五人が小学六年生って事になるね〉
〈そうなんですか……〉
〈うん。そんでね、皆、うちらと同じ金髪か淡い茶色の髪の毛をしてるんだよ〉
〈なるほど……。あの、それで、この身体っていうか、能力っていうか……、これって何なんです?〉
〈えーとね、うちらの間では「ムシ」って呼ばれてるんだけど……〉
それからは、沙良が簡単に「ムシ」についての説明を行った。
〈なるほど、「ムシ」って呼称、私にはピッタリかもしれない……〉
〈えっ?〉
〈だって、私って、今までずーっと、そういう風に扱われてきたから〉
〈……そうなの?〉
〈うん……、あ、ごめんなさい。変な事を言っちゃって〉
〈それは、別に良いんだけど……。私達が「ムシ」って蔑称のような呼び方を許容してるのは、自虐的な意味も全く無いわけではないんだけど、『将来、私達の能力が強い嫉妬や妬みを受ける』って思うからなの。つまり、その為の自衛策っていうか、そういった悪感情を少しでも抑えられればって思っての事なんだけど、後は、そうね。私達自身への戒めの意味もあると思ってる〉
〈なるほど……。色々と考えられているんですね〉
〈そうね。だって、普通に考えると私達の未来って、どうしたってネガティブな状況しか思い描く事が出来ないんだもの〉
〈えっ、そうなんですか?〉
〈もし、そんなに「ムシ」の数が増えないんだったら、今みたいに隠れてこそこそと生きて行けば良いんだと思う。でも、私の勘だと、将来、「ムシ」の数は絶対に増える。増えれば、どうしても目立っちゃうし、そうやって「ムシ」の存在がオープンになっちゃえば、間違いなく私達と敵対する連中が出て来る……〉
天音は、関口仁志とも話し合った「ムシ」達の未来予想図を、かいつまんで彼女に語った。
そして、自分が「ムシ」である事は、それに起因する特殊な能力を含めて、できるだけ隠しておくべきである事も伝えた。ただし、絶対に信頼できる人の場合は別で、むしろカミングアウトすべきである事も付け加えておく。
〈分かりました。ですが、カミングアウトについては、少々お待ちください。祖父母には話しておきたいと思いますが、直ぐには決心が付きそうになくて……〉
〈そうね。分かったわ〉
〈ふふっ、天音さんもカミングアウトするのに随分と時間が掛かりましたもんね……。あ、そうだ。天音さんは、最初の「ムシ」なんだよ〉
〈そうなんですか?〉
〈まあね。私が「ムシ」になったのは、一昨年の五月なの。で、今は中学二年生。それと、私の家も岩木市にあって、ここから海沿いに行った所。同じ岩木の子が「ムシ」になってくれて、本当に嬉しいわ。仲良くしましょう?〉
〈はい。宜しくお願いします〉
END109
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次は、もう一話だけ「盲目の少女」の話が続きます。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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★★★
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