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011:飛翔(1)

◇2038年5月@福島県岩木市 <矢吹天音>


「光のチョウ」への変異を遂げた矢吹天音やぶきあまね身体からだは、フワフワと空中に浮かんでいた。空中と言っても、そこは地上数百メートルもの上空だ。こんな状態でも発狂してしまわない自分を、自分で褒めてあげたいと思う。意外と私って、メンタルが強かったみたい。ちっちゃい時からイジメに遭い続けてきて、それでも逞しく生きているだけのことはある。

ていうか、「さっきから全く有り得ない出来事の連続に、まるで思考が追い付かない」というのが、案外、本当の理由なのかも。だからなのか、あまり怖いと思えない。なんか不思議な感覚で、夢でも見ているみたい……。


今、天音の眼下に広がるのは、生まれ育ったアパートだけじゃなくて、彼女が住む街の夜景だった。それは、ひとことで言って絶景だった。光の粒のひとつひとつが明確に見て取れるのは、たぶん、今までよりも視力が良くなってるからじゃないだろうか?

右手の奥に見える眩しい光は、たぶん岩木市の中心部、平地区の夜景だろう。だとすると、その反対側が海なんだろう。

天音は、この変異した姿で人が大勢いる方向に行くのは、何となくマズい気がした。だったら、目指すのは海の方……。


うわああああ……。


天音が海の方へ行こうと思った途端、そっちの方角へと身体が運ばれて行く。どうやら、背中の翅の動きは、天音の意識と連動しているようだ。てか、翅だって身体の一部なんだから、考えてみれば当たり前の事。そこに齟齬を感じてしまうのは、やっぱり、まだ今の姿に違和感があるからに他ならない。

だけど、直感的に天音は、それじゃあ駄目だと思った。自分で自分の身体がコントロールできないってのは、絶対に良くない。

そういや、ちゃんと自転車に乗れるようになった時って、どうしたっけ? えーと、あの時の私は……。そっか、上手くなるには、練習あるのみ!


そこに考えが至った天音は、今度こそ背中の翅を力強く羽ばたかせた。



★★★



その後、夢浜海岸へは、本当にアッと言う間に着いてしまった。それなのに全く疲れを感じない所からすると、「光のチョウ」の姿は、やっぱり便利なようだ。


この夢浜海岸は、若い男女に人気のデートスポットとしても人気だと聞いた事がある。それで、『誰かいるかも』と思って期待していたけど、誰もいなくて拍子抜けした。

実は、もしカップルがいたら、『ちょっと、からかっちゃおう!』って思ってたのに少し残念だ。


そうだ。ちょうど良いから、波打ち際で少し遊んでみよっかな!


そう思った途端、今度も素早く身体からだが反応して急速に高度が落ちて行く。『あれ?』っと思った時には、もう海面が目と鼻の先だった。それと同時に『ヤバい!』という言葉が脳裏に浮かんだ時には、既に海底の砂の中にいた。慌てて身体を反転させて、再び海上に出る。どうやら上下は本能で分かるみたいだ。

そして今度は、そーっと、つま先から砂浜に着地。それができた時、思わず心の中で拍手してしまった。


その後も天音は、何度か空高くへ舞い上がっては砂浜に着地するという流れを、何度か繰り返した。そして、五回目には大して意識せずとも完璧にできるようになったので、そこで天音は練習を切り上げる事にした。

波打ち際に立った天音は、『私って、実は天才だったりして』なんて思いながら、自分の身体を見下ろしてみる。そうしたら、自然と纏っていた光が消えていた。つまり、変異が解けた後の格好に戻っていた訳で、白いパーカーとショートパンツ。足元は裸足だった。

銀色の光に包まれていた時は、身体の線そのままだったのが、光が消えると服が現れるなんて、まるで手品みたいだ。それと自分の身体から、ほんのりとラベンダーの香りがするっていうのも、ちょっと不思議。確か、さっき使ったシャンプーは、柑橘系の匂いだった筈なのに……。


「まあ、良いや」


そう呟いた天音は、いそいそと波打ち際へと向かう。潮風が髪を揺らして、少し肌寒い。五月の終わりとはいえ、それなりに夜は冷える。

そう言えば、変異してる時は寒さを感じなかったっけ。夜空の上空はもっと寒い筈なのに、一度もそんな風に思わなかったって事は、光を纏っていると寒さとかを感じないのかもしれないな。

そんな事を考えながら、天音は波打ち際の前に佇んで沖合へと目をやった。そこには、荒々しい白波がゴーっという音と共に次々と打ち寄せる、雄大な光景が広がっている。

この砂浜は外海そとうみなので、海水浴場にしては波が荒いのだ。


丁度良いと思った天音は、予定どおり浅瀬でジャブジャブを楽しんだ。


海水は、ヒンヤリと冷たかった。

岩木の夏は涼しくて、七月中旬にならないと海開きしない。それでも海水に浸かっているうちに、足が徐々に慣れてきた。だんだん楽しくなって、わざと水飛沫みずしぶきを上げながら、ずんずんと前へと進んで行く。

膝が隠れるくらいの深さになった時だった。突然、大きな波が来た。慌てて戻ろうとしたけど、間に合いそうにない。


うわあ、ヤバい。全身がビショ濡れになっちゃう!


そう思った刹那、いきなり身体全体が光に覆われたかと思うと、海面から数メートルの所に浮かんでいた。

最初に光を纏った時は、とってもゆっくりだったのに、こうやって素早く変異して浮き上がる事もできるんだ! ちゃんと覚えれば、これって結構、便利なのかもしれない。


それで、『もっと、色々と試してみよう』と思った天音は、そのままグングンと高度を上げて行く。今度は、海岸線に沿って南の方を目指す事にした彼女は、再び背中の翅を勢い良く羽ばたかせた。



★★★



天音は、スピードを上げて南の小名浜方面を目指すつもりだったけど、丘の上に立つ白い灯台を視界に捕らえた瞬間、考えを変えた。

この時点で、ようやく天音は気付いたのだが、どうやら「光のチョウ」への変異を覚えて以来、暗闇でも相当な視力が得られるようなのだ。


天音は、逆に速度を落として高度を下げて行く。そして、灯台の周囲をクルっと一回転。それから灯室のバルコニーに降り立った天音は、そこで変異を解いてみる。

眼下の崖の下では、大きな波がぶつかっては砕けてを繰り返しており、その都度、盛大に白い波飛沫なみしぶきを上げていた。


天音は、ふと思いついて光を纏うと、バルコニーから飛び降りた。そのまま高度を下げて大波の中に飛び込むと、海中で身体の向きを変えて上昇、今度は少し沖合の波の中へと飛び込んで行く。そうやってトビウオのような動きを楽しんだ後、少し高度を上げて海上をひとっ飛び。そのまま白い灯台に体当たりしてみた。

ところが、全く手応えが無くて、気が付くと反対側にいる。前から薄々感じていた事だけど、どうやら、この変異した姿には「実体が無い」みたいだ。

つまり、自由に壁抜けができてしまう訳で、ひょっとすると泥棒とか、やり放題って事じゃないだろうか?


いや、待てよ?


一度、地面に降り立った天音は、足元の小石を拾い上げようとして……、できなかった!

何度やっても、小石を手で掴めない。今の天音には実体が無いのだから、当然だ。


つまり、私って幽霊みたいなものって事?


次に天音は、変異を解いて小石を拾ってみる。そして、それをホショートパンツのポケットに入れてみた。それから、再び変異してから変異を解いてみたけど、ちゃんと小石はポケットに入ったままだ。要するに、ポケットに入る物くらいは身体の一部だと認識されるようだ。

それで、一瞬だけ顔に悪い笑みを浮かべた天音は、左右に思いっ切り首を振って邪念を振り払うと、再び「光のチョウ」へと変異して、サッと夜空へと舞い上がったのだった。




END011


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。

できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。


また、ログインは必要になりますが、ブクマや評価等をして頂けましたら励みになりますので、宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:パニック)


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https://ncode.syosetu.com/n0842lg/


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