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107:新年を迎えて

◇2040年1月@福島県岩木市 <矢吹天音>


矢吹天音やぶきあまねにとって、この一年は特別なものとなった。「ムシ」になった去年もそうだったけど、去年の彼女は一人ぼっちである事に変わりはなかったのだ。それが、今年は同じ「ムシ」の妹を七人も得る事が出来た。それに加えて、関口仁志せきぐちひとしを始めとする「ムシ」の理解者を得る事が出来たし、両親にもカミングアウトした事で、親子関係をより強固に出来たと思っている。

思えば、「ムシ」になる前の天音は、誰にも怯えてばかりいる弱気な少女だった。それが「ムシ」になる事で自分に自信が持てるようになり、今年になってからは、多くの妹達を束ねるリーダー的存在にもなった。もちろん、まだまだ本当のリーダーとは言い難いと思うのだが、そうなろうと努力するようにはなっているのだ。

それに加えて、今年は楽しい思い出がいっぱいあった。初めて自分と同じ「ムシ」に会った事。新しく「ムシ」になる子に会いに行った事。その子と一緒に小名浜での花火大会に行った事。その翌々日に、「福島ムシ情報サイト」の管理人の関口仁志せきぐちひとしに会って、話をした事。両親にカミングアウトした事。そして、夏の海水浴とキャンプ……。本当に、数えきれないくらいに、色々とあった。


そして天音は、確信している。来年は、きっと今年以上にいろんな事があるに違いない。それらの中には楽しい事だけじゃないかもしれない。


だけど今の自分は、もう一人じゃないんだ。だから、きっと私は大丈夫……。



★★★



大みそかの日の夜、天音は樫村沙良かしむらさらと一緒にいた。場所は高萩市の沙良のマンション。そこのリビングで年越し蕎麦をご馳走になって、一緒に年末恒例のテレビを観て、除夜の鐘が鳴る少し前に「ムシ」になって外へ出た。

そして、除夜の鐘が鳴るのと同時に最初に安良川八幡宮でお参りをして、その後、北上して行って、次々と神社に立ち寄ってはお参りを繰り返す。最初のうちは、ちゃんと降りてお参りしていたけど、そのうち面倒になって「ムシ」の姿のまま空中で手を合わせた。

岩木に来てからは、温泉神社や白水阿弥陀堂、小名浜の住吉神社とかを回っているうちに、眠くなって断念。天音の部屋のベッドで二人一緒に服を着たままの姿で仮眠。

ところが、明け方近くになって部屋に飛び込んで来た門馬里香もんまりかに叩き起こされる。そして、そのまま顔も洗わずに飛び立って、初日の出で有名な波立はったち海岸へと向かう。


天気は、ほぼ快晴。既に海の向こうが白んでいて、やがて、少しずつ太陽が現れる。

良かった。ギリギリ間に合ったって感じ。


今年も、良い年になって欲しい。そして願わくば、いっぱい、新しい仲間に会えると良いな!

浜辺で変異を解いた天音は、そんな思いを胸に、里香や沙良と並んで眩い朝陽を眺めたのだった。


その後、自宅アパートに戻って里香も沙良も一緒にお雑煮を食べて、二人を見送って今度こそ爆睡。

ところが、お昼前に再び叩き起こされた。相手は母の涼子で、渋い顔をしている。それを見た天音は、今度こそ飛び起きて、急いで身支度を整えてリビングへと向かって行った。



★★★



最初に声を掛けてくれたのは、母の涼子の妹で天音からは叔母の藁谷葉子わらがいようこだった。


「天音ちゃん、おめでとう」

「あ、葉子先生、あけましておめでとうございます」

「もう、こんな所で先生はないでしょう?」

「えへへ。叔母さんって言うよりも良いんじゃないですか?」

「まあ、そうなんだけどね……」


と、ここまでは良かったのだが……。


「おい、天音。何で、先にオレらに挨拶しねえんだよ」

丈流たけるちゃんの言う通りよ。ほんと、礼儀がなっていないわね」


そんな風に声を荒げて不満を訴えたのは、言わずと知れた伯父一家である。と言っても、今の所、伯父の勝正かつまさは黙って睨み付けているだけだ。

だけど、天音の部屋は台所に通じていて、そこに叔母の葉子がいたから先に挨拶をしただけ。伯父一家は奥のリビングにいたのだから、伯母の紘衣ひろえが言ったのは理不尽な言いがかりであって、礼儀云々を言われる筋合いはない。

とはいえ、まともな話が通じる相手じゃないのも確か。仕方がないので、おざなりに挨拶をしたのだが……。


「何よ、それ。全然、心が籠ってないじゃないの!」

「心ですか?」

「そうよ、大事なのは真心。まあ、あんたみたいな出来の悪い子には、言ってもしょうがないんでしょうけどね」


だったら言わなきゃ良いのだが、そういう訳には行かないのは分かってる。


「ああもう、正月だというのに、ほんと、あんたの陰気臭い顔を見ると気分が悪くなるわ」


そこで見るに見かねてか口を挟んだのは、叔母の葉子だった。


「あの、いきなり天音ちゃんに、そんな言い方は……」

「何よ、文句あるの?」

「あ、いや……」

「だいたい、あんたもあんたよ。女だてらに大学にまで行って、いったい何様のつもり? ほんと、頭でっかちは嫌ね。そんなんだから、三十にもなって、未だに独身のままなのよ」


ところが、葉子にだって相手がいない訳ではない。というか、間もなく結婚式を挙げる予定なのだが、当然、伯父一家を招待する予定なんてない。


「あら、相変わらず何も言い返さないのね。フン、陰気な女……」


言い返さないのは、姉の涼子に迷惑が掛かると思っているからだ。二歳の時に両親を亡くして養護施設に引き取られた葉子にとって、十歳以上も歳の離れた姉の涼子は母親のような存在だ。それに葉子が大学に行く事ができたのも、涼子の支援があっての事だったりする。

代わりに伯母の紘衣に言葉を放ったのは、天音だった。


「あの、伯母さんが藁谷先生を悪く言うのは、自分がバカで学校の成績が悪かったからじゃないですか?」

「な、何を言ってんのよ。女はね、勉強ができるよりも愛嬌が良い方がずっと良いの……」

「そうやって、『女はバカの方が良い』みたいな変な価値観を広めるの、止めてくれません。てか、そんなの他所で言ったら、ぜーったいに笑われちゃいますよ」

「あ、あんた、何を……」

「そもそも、お盆に来た時だって、去年のお正月だって、おんなじようなトラブルになったじゃないですか。ほんと、懲りないですね」

「そ、それは、あんたが……」

「違いますよね? 毎回、あなた方が私に突っ掛って来るんじゃないですか。どうせ、お互いに気分が悪くなるんだから、来なきゃ良いのに……って、これも違いましたね。どうせうちに来るのって、他に行く当てが無いからなんでしょう?」

「そ、そんな事は……」

「そりゃそうですよね。そんな風に、他じゃ通用しない自分勝手な屁理屈ばっかり捲し立ててたら、誰からも相手にされなくなって当然ですもん……」

「こら、天音、いい加減にしないかっ!」


大声で怒鳴ったのは、伯父の勝正だった。彼はソファーから立ち上がると、大股で近付いて来て、姪の天音に殴り掛かろうとする。さすがにマズいと思ったのか、ようやく父の正史が「兄さん、止めろ!」と声を上げたのだが、既にこぶしが振るわれた後だった。

ところが、ドスンと大きな音を立てて床に転がったのは、勝正の小太りな身体からだだった。彼は自分の身に何が起こったのか分からないようで、口をパクパクさせて床に横たわったままだ。伯母の紘衣も従兄いとこ丈流たけるも、そして、叔母の葉子までもが固まってしまっていた。

ところが、天音の両親は、きちんと状況を正確に把握していたようだ。天音が一瞬だけ身体に光を纏った事で、勝正のこぶしは天音の身体をすり抜けて空を切ったというのが真相。つまり、天音は全く手を出していないのだが……。


最初に我に返ったのは、丈流だった。


「こら、天音! 親父に何かやっただろう?」

「えっ? ただ除けただけだけど」

「そんな訳あるかっ!」

「除けちゃいけないわけ? てか、あんた、父親を犯罪者にしたいの?」


丈流は、当然のように天音を殴ろうとする。だけど、その彼もまた、勝正の上に転がっただけだった。


「あ、あんた、あたしの可愛い丈流ちゃんに……」

「私は、何もしてませんけど」

「だったら、大人しく殴られてなさいよ……。良いわ。あたしが殺してあげる」


何やら、伯母の紘衣が物騒な事を言い出した。そうかと思うと、台所へ行って、庖丁を持って突進して来る。

天音は咄嗟に玄関に向かった。両親や叔母の葉子を巻き込まない為だ。こっちに葉子が向かって来ようとするのを、母の涼子が羽交い絞めにして抑えてくれているのが、天音には何となく分かった。


玄関のノブを掴んで、素早く外に出て階段を駆け下りる。五階分を下りる間に、紘衣が正気になってくれるのを期待したのだが、彼女は息を荒げながらも追って来る。仕方がないので、充分に引き離した所で変異。壁をすり抜けて外へ出た。


アパートの屋上から下を覗いていると、昇降口から現れた伯母の紘衣は必死に天音を探している様子。相変わらず手には庖丁を握ったままだ。

天音は、取り敢えずアパートの部屋に戻る事にした。伯父の勝正と従兄の丈流の方が気になったからだ。天音がいない間に、両親や叔母の葉子に危害を加えられても困る。


素知らぬ顔で玄関から入って行くと、そこに勝正と丈流はいなかった。どうやら二人は、伯母の紘衣を追い掛けて行ったらしい。

天音は両親に『玄関の鍵を閉めて、あの人達が来ても開けないでね』と言い残して、そっと屋上に戻った。下を覗いてみると、伯母の紘衣は知らない人達に取り押さえられていて、そこに勝正と丈流がやって来て何やら喚いている。

そうこうするうちに、パトカーのサイレンの音がしたかと思うと、それが次第に近付いて来た。


『もう大丈夫だ』と思った天音は、またもや「ムシ」になって自分の部屋にダイブ。すぐに変異を解くと、何気ない顔でリビングへ戻った。

その後、叔母の葉子から質問攻めにされた天音は、彼女にも自分が「ムシ」である事をカミングアウト。貴重な信頼できる大人を、また一人ゲットする事ができたのだった。




END107


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、「盲目の少女」です。

できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:パニック)


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

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