106:クリスマスイブのスキー場
メリークリスマス!
◇2039年12月@福島県猪苗代町 <玉根凜華>
この時、玉根凜華逹が立ち寄ったホテルの大浴場には、サウナルームが設置されていた。普段なら決してサウナなんかに入らない彼女達だったけど、その時、誰もいなかった事から、安斎真凛が、〈ねえ、サウナルームで我慢大会しない?〉と言い出したのだ。
それに対して、最初のうち凜華は、〈やりたかったら、勝手にやれば?〉といったスタンスだったのだが、散々真凛に挑発されてしまい、結局、全員がやるハメになってしまった。
直ぐにサウナルームに飛び込もうとした真凛を止めたのは、矢吹天音だった。
〈さっきまで割と長時間お風呂に浸かってたから、いったん水分補給しときなさい〉
天音の忠告を受けて、樫村沙良、穂積郁代、国分珠姫といった小学生組が、素直に〈分かりましたあ〉と言って、軽く身体を拭いてから脱衣所に戻り、そこにあったクーラーボックスの前に並んだ。冷水をゴクゴクと喉に流し込んでいる所からすると、やっぱり、相当に喉が渇いていたようだ。
それを見た他のメンバーもそれに続いて、全員が水分補給と共に少し身体を冷やした後、一斉にサウナルームに入った。
〈うわあ、あっつい!〉
〈サウナって、こんなに暑いの?〉
〈これって、地獄みたいじゃないですかあ〉
〈こんなとこに五分もいたら、死んじゃいますよー〉
小学生組には、紺野鈴音も含めて大変に不評なようである。
〈ねえ、凜華、オヤジって、こんなのが好きなのー?〉
〈そんなの、知らないよ。私だって、初めてなんだから。里香は?〉
〈私、お母さんと健康センターに行った時に入ったよ。直ぐに出ちゃったけど。天音さんは?〉
〈私も健康センターで一度だけ入ったけど、五分ぐらい頑張ったかも〉
〈えっ、五分? 私、もう、頭がクラクラしてきたんだけど〉
〈ほんと、凜華ちゃん? だったら、早めに出た方が良いわよ〉
〈いや、もう少し頑張ります。せめて、真凛には勝たないと〉
そこで門馬里香が、ひとつの提案をした。
〈ねえ、天音さん。どうせならリタイアした人は、ここから直に建物の外へ出て行く事にしません?〉
〈そうね。今なら他の人がいないから、ちょうど良いかもね〉
〈アタシもさんせーい〉
だけど、そこで異論を唱えたのは、鈴音だった。
〈でも、いっぱい汗をかいた状態で外に出るって、汗臭くなりません?〉
〈そうね。それはちょっと嫌かも〉
〈天音さん、大丈夫だと思いますよー。アタシ、いつも露天風呂で汗かいた状態で部屋に戻ってたけど、汗臭いなんて思った事ないもん〉
〈それは、真凛が鈍感なだけなんじゃないの?〉
〈凜華、ひっどーい!〉
〈でも、真凛ちゃんの言う通りかもね。変異して再度物質化した時に、汗とかは消えちゃうって事かしら?〉
〈じゃあ、決まりだねー。どうしても気になるなら、明日の朝、シャワーを浴びればー?〉
という訳で、勝負開始。最初にリタイアしたのは、言い出しっぺの門馬里香。その後、沙良、凜華、珠姫、鈴音、天音の順で次々とリタイアして行って、最後は郁代と真凛の一騎打ち。
ところが、そこに他の人が入って来る気配がしたので、二人同時に外に出た為、決勝戦は、また後日という事になった。
尚、真凛と郁代がいなくなった後のサウナルームには、金銀の光の粒が舞い、ミントとジャスミンの香りが立ち込めており、郁代の癒し効果で、そこを利用した人は気分爽快になったという。
更に、サウナルームから金髪か淡い茶髪の少女達八人が忽然と姿を消した事も、密かに話題となっていた。というのは、彼女達の髪色は目立つ為、本人達が思う以上に浴室にいた人達の注目を浴びていたのである。
しかし、彼女達はホテルの宿泊客ではなかった事から、『あの子達は、妖精か何かだったんじゃないか』といった噂が、後日、まことしやかに囁かれるようになったのだった。
★★★
さて、ホテルの大浴場を後にした八人の「ムシ」達は、一路、宿泊予定の別荘に向かうのかと言うと、そんな事は無かった。彼女達の前方には、左手に猪苗代湖、右手に磐梯山があり、そこは日本でも有数の観光地だったのだ。
さっきのホテルにいる間に雪は止んでおり、この地方では珍しく雪雲も消えて、夜空には星が浮かんでいた。この辺りの山の天気は変わり易く、また場所毎に異なった天候となるのも珍しくないのだ。
今も先頭を飛ぶのは、安斎真凛。飛ぶ速度で行くと、凜華や天音、それと鈴音の方がずっと速いのだが、そんなスピードで飛べば、その三人以外は付いて来れない。だから、真凛が先頭なのがちょうど良かった。
それなのに……。
〈もう、待って下さいよー。あたしだけ置いてかないでーったらあ〉
そんな風に最後尾を行くのは、言わずと知れた「シジミ」の国分珠姫である。彼女は、青紫の小さな翅を一生懸命に動かして仲間達に追い付こうとするのだが、すぐにまた遅れてしまう。
その珠姫に連れ添っているのは、穂積郁代。薄い黄金色の翅を持つ「ジャスミン」の彼女は、時折り金色の光を珠姫に浴びせて、彼女の疲れを癒すと共にパワーを与えていたのだ。
そんな時、郁代が前方に明るくなっている所があるのに気付いた。
〈あれ、珠姫ちゃん。山の斜面が、あそこだけ明るいよ〉
〈あ、ほんとだ。街でもあるのかな?〉
〈猪苗代町だったらあっちだから、うーん、さっきのとは別の温泉街かも〉
〈えっ、また温泉?〉
「温泉」という言葉に反応したのは、もちろん、先頭を行く真凛である。当然、彼女としては全速力で、そっちの光の方へと飛んで行ってしまう。
取り残されたのは、「シジミ」の珠姫と「ジャスミン」の郁代。それでも、行き先は分かっているので、ゆっくりと飛んで行った。
だけど、そんな彼女達が、目的地まで残り五キロ程度の所まで迫った時、頭の中に、〈なーんだ。スキー場じゃん〉という真凛の声が響いた。
〈別にスキー場でも良いじゃない。広々として気持ち良いよ〉
〈あ、里香さんったら、何をやってんですかあ〉
〈何をって、スキーの真似だけど〉
〈里香さん、胴体で滑ってますよ〉
里香の胴体どころか、時々胴体部分全体までもが雪に埋もれてしまっている。「ムシ」には実体が無いから、こういう事が起きるのだ。
だけど、スキー気分を味わう事は出来るらしい。
〈本当だあ。鈴音もやってみなよ。面白いよ〉
〈もう、真凛さんったら、すぐに真似するんだから〉
そんな事を言いながら、鈴音までもがゲレンデを滑り降りている。凜華もやってみたけど、確かに面白い。スリル感は、たぶん本物のスキー以上かも。だけど……。
〈でも、普通のナイタースキーって、こんなに遅くまでやってないよね?〉
その疑問に答をくれたのは、天音だった。
〈たぶん、今日がクリスマスイブだからなんじゃないかな〉
〈あ、そうですね。てことは、どっかでイベントとかもやってたりしません?〉
〈あれ? でも、さっきまで吹雪いてませんでしたっけ?〉
〈こっちの方は、そんなに雪が降ってなかったんじゃないかな。ほら、今は全然、雪、降ってないよ〉
〈そういや、そうだねー。てか、いつの間にか、星が出てるじゃん〉
〈うわあ、ほんとだあ!〉
〈てことはさあ、どっかでサンタコスのお姉さんとかも、スキーをやってたりして-〉
〈それ、ありそう〉
〈だったらさあ、ゲレンデに「光のチョウ」がいたって、ぜーんぜん不思議じゃ無いよねー〉
〈うーん、どうなんだろう?〉
すると、その時、ようやく珠姫と郁代が到着。その珠姫は、いきなり雪の塊に突っ込んで行ったかと思うと、モグラのように別の所からひょっこりと現れる。そして、凜華の前でクルっと宙返り。
〈うっわあ、ここって気持ち良いかも〉
山の麓に猪苗代町の夜景があって、更に、その向こうに猪苗代湖がクッキリと見える。いや、普通の人には見えないかもしれないけど、「ムシ」の能力で強化された視力だと、夜間でも遠くが昼間のように見えるのだ。
そうして、夜空には満点の星々があって、文句なしの絶景だと言える。
〈うーん、綺麗!〉
〈そっかあ、珠姫って、実は良い奴かも〉
〈あの、珠姫ちゃんは、別に真凛さんの事を言ったんじゃないですから〉
〈ふふっ、真凛ちゃんの水色の翅が綺麗なのは、本当だよ。他の子も皆が綺麗〉
天音の言葉に嬉しくなった凜華は、本当にその通りだと思った。
〈そうですね。てか、うちら全員が、きっと凄く綺麗に見えてると思います〉
凜華の言葉に合わせてか、またもや珠姫が宙返りを繰り返す。「ブルー」の翅の里香が、さっきの珠姫のように雪の中に潜っては、雪上に現れるのを何度もやって見せる。沙良も同じ事をやっているのだけど、こっちは白い雪に白い翅なので、あまり目立たない。
そうかと思うと、そこに巨大な薄紫の翅が持つ天音が優雅にゲレンデを舞い降りる。その後を「ジャノメ」の凜華が付いて行く……。
その時だった。いきなりドーンと腹に響く音がしたかと思うと、雪原に巨大な光の花が開いたのだ。
〈うわあ、花火だあ!〉
〈すっごーい!〉
〈めっちゃ綺麗!〉
当然、「ムシ」達は、花火の方へと一目散に飛んで行く。そして、その様子は、そのゲレンデにいた全ての人達の注目を集めていた訳で……。
この日、このスキー場の特設ステージは、もう少し下のゲレンデに設けられていて、この時間でも大勢のスキー客が集まっていた。その多くが男女の若いカップルで、彼らの視線は既にステージ上ではなく、山の中腹に向けられていたのだった。
そこでは、様々な色彩の「光のチョウ」がゲレンデを舞っており、クリスマスイブに相応しい幻想的な光景を醸し出していた。
更に、そこに花火が打ち上げられた途端、それらの「光のチョウ」もまた一斉に上空へと舞い上がり、花火の周囲を縦横無尽に飛び回り始めたのである。
この年のクリスマスイブのイベントは、このスキー場が開設されて以来の盛り上がりを見せたのは言うまでもない事だった。
END106
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話からは、おまけの人物首魁を挟んで、2040年の物語となります。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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★★★
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(ジャンル:パニック)
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