105:吹雪の中の露天風呂(2)
◇2039年12月@福島県猪苗代町 <玉根凜華>
吹きすさぶ雪の中、ハダカで出て来た男達は、「寒い、寒い」と言いながら露天風呂の方に小走りでやって来る。
一瞬、八人の「ムシ」全員がフリーズ。やって来た男達の方をじっと見ている。
そんな中、紺野鈴音が呟いた。
「な、何で?」
その声を搔き消すように聞こえて来たのは、大きなダミ声だった。
「あれえ、ここって混浴だったっけか?」
すぐに若い男の人の声が続く。
「いや、男女が時間別になってたと思うんですが……」
更に、別の男の声がする。
「何度も確認したけど、今は男性の時間だった筈なんですけどねえ」
「そうそう。間違いなかったぞ」
そんな会話を交わしながらも、オジサン達は次々と少女達のいる風呂の中に入って来る。こんだけ寒いのだから仕方のない事ではあるものの、彼女達にしてみれば恐怖以外の何物でもない。
少女達は皆、フリーズが解けなくて、ただ呆然と見ているだけだった。
大半のオジサン達はタオルで前を隠してるが、そうじゃない人もいたりして……。
そこで最初に正気に戻ったのは、鈴音だった。
「きゃー!」
それに続いて、次々と悲鳴の波がやってくる。
「なーんだ。若い女かと思ったら、子供ばっかじゃねえか」
「ほんどだ。期待外れですねえ」
失礼な事を言い出した男逹を余所に、玉根凜華は矢吹天音と顔を見合わせる。
〈どうします?〉
〈別の所に行きましょうか?〉
〈そうですね。お湯に浸かったままで光を纏えば、ハダカも見られないでしょうし……〉
ところが、それに異論を挟む奴がいた。当然、安斎真凛だ。
〈このままでも、別に良いんじゃない? このオジサン達、子供には手を出さないと思うよー〉
その呑気な言葉に突っ掛かったのは、やっぱり鈴音だった。
〈もう、真凛さん。こんな事になった張本人が何てこと言ってんですかっ!〉
〈だから、どっちでも良いって言ってんじゃん。オヤジ達が何かしてきたら、そん時、逃げりゃ良いんだしさあ〉
〈で、でも、うちらのハダカが見られちゃう……〉
〈あはは。里香ったら、意外と気が小さいんだねー。ハダカなんて、見られようが無いじゃん。ここ、濁り湯だよー〉
確かに、そうだ。それに吹雪のせいで、顔だって見え難い筈……。
〈そんでも、全員が「ムシ」になって飛び立ったら、パニックになるんじゃ……〉
尚も門馬里香が食い下がったのだが、それに答えたのは鈴音だった。
〈こんな吹雪の中だし、大丈夫だと思いますよ〉
〈鈴音ちゃん、それ、どういう意味?〉
〈だから、『あれは、雪の妖精だった』とか、『幻覚だった』とか、勝手に解釈してくれるって事です〉
〈ふーん、なるほどね〉
確かに、充分に有り得る話だと凜華は思ったのだが、そこで、天音の鋭い声が飛んだ。
〈やっぱり、ここは撤収しましょう。ほら、あの子達を見てみなさい〉
天音が示した方へ目をやると、樫村沙良、国分珠姫、穂積郁代の三人が、まるで子羊のように身を寄せ合って震えている。鈴音だけは落ち着いていて、そんな三人を宥めようとしていた。
凜華が頷くと、天音が全員に指示を出した。
〈さあ、「ムシ」になって飛び立つわよ。タオル、忘れないでね〉
すると、全員が一斉に変異を始める。突然、辺りが眩い光に覆われて、その中からキラキラと輝く巨大なチョウが、次々と雪空へと舞い上がって行く。
後に残されたのは、金や銀の光の粒……。
それは、この世のものとは思えない程に幻想的で美しい光景である。
夜空の上から先程の露天風呂を見下ろすと、オジサン達は呆然と上空を見上げているだけで、やっぱりパニックとは無縁の状態だった。
★★★
次に八人の「ムシ」達が向かったのは、割と近くにあるホテルの大浴場だった。敢えて露天風呂を避けたのは、さっきの二の舞になるのを恐れた事と、やっぱり頭や身体を洗っておきたかったからだ。
真凛は、慎重に女子の脱衣所を確認して、誰もいなくなったタイミングを見計らって中に飛び込む。それと同時に変異を解いて、何気ない様子で浴場に入って行った。
浴場には、意外と多くの人がいた。金髪かそれに近い茶髪の女子が八人もいいると、さすがに注目されてしまう。即座に天音は、〈目立ちたくないから、皆、できるだけ別れて頂戴。まずは身体を洗いましょう〉と指示を飛ばした。
それで彼女達は、バラバラになって洗い場に座って髪と身体を洗い出す。多少離れたとしても、心話で会話ができるから問題はない。
やがて、洗い終えた子から湯船に身体を沈めて行く。そうして全員が揃うと、再度お喋りが始まった。
〈そう言えば、最近、「福島ムシ情報サイト」にエッチな書き込みが減ったよね?〉
〈管理人の関口さんが、根気よく消してくれてるからなんじゃないかなあ?〉
〈あの人、真面目そうだもんね〉
〈それだけじゃないみたいだよ。今まで変な書き込みをしてた人達が、いなくなったんだと思う。そうですよね、凜華さん?〉
それらの会話を聞きながら、凜華は天音からの報告の事を思い出していた。先程のパーティーで関口仁志が説明してくれたように、今月の初めに行われたオフ会で、変な書き込みをしていた連中二名を退出させたと聞いた筈……。
その事を凜華が話すと、天音が〈退出させたんじゃなくて、そいつら、勝手に出て行ったそうよ〉と言った。
〈ふーん、オフ会があったんだあ。アタシも出たかったなあ〉
〈何を言ってんの、真凛。関口さんが今日のスピーチで言ってたじゃない〉
〈えっ、そうだっけ?〉
〈確かに、オフ会とは言ってませんでしたね。交流会って言われてました。まあ、同じ意味ですけど〉
〈そういや、言ってたねー。凜華も、交流会って言ってくれれば分かったのに、凜華ったら意地悪〉
〈そんなの、真凛さんの問題じゃないですか〉
〈それより、そのオフ会、天音さんんが関口さんに「出ましょうか?」って言ったら、断わられたって聞いたんだけど……。そうですよね、天音さん?〉
〈そうよ〉
〈えっ、何で?〉
〈関口さんに、「初回は男の人ばっかりで、女子がいると目立っちゃうから駄目だ「って言われたの〉
〈ふーん。相変わらず関口さんって、天音さんに優しいですね〉
〈里香ちゃん、それ、どういう事?〉
〈あ、いや、深い意味は……〉
〈でも、うちらも、そういう交流会みたいなのに出て行けるようになりたいなあ〉
〈えっ、あたしは、ちょっと怖いんだけど〉
〈なんか、うちらがアイドルになったみたいで、おもしろそうじゃん〉
〈真凛ったら、まだ金髪ガールズとかいうアイドルグループ結成に未練があるわけ?〉
〈まあ、凜華はオンチだから無理だろうけど……〉
〈あんた、まだ私にケンカ売ってんの?〉
〈もう、凜華ちゃんも真凛ちゃんも、こんな所でケンカしないの〉
天音が凜華と真凛の仲裁に入った直後、今度は里香が凜華に話し掛けた。
〈ねえ、凜華ってさあ、朝香高校を目指してるんだよね?〉
〈そうだけど、まだ先の事だから何とも言えないかな〉
〈そんでもさあ、凜華が朝香高校に行ったら、関口さんが話してたUFO研究会ってのに入ってみたら?〉
〈えっ、どうして?〉
〈どうしてって、今日の関口さんの話だと、UFO研究会の人達って良い人みたいじゃない?〉
〈そういや、そんなこと言ってた気が……あ、でも、男子ばっかりって言ってたような……〉
〈そんなの別に良いじゃん。紅一点で、チヤホヤされるかもよ〉
〈ふふっ、いわゆる逆ハーって奴ですね〉
〈確かに、良いアイディアかもしれないわね。知行くんも誘ってみたら?〉
〈もう、天音さんまで〉
〈そういや、UFOじゃなくて、UFGって言ってましたよね〉
〈未確認飛行少女だっけ?〉
〈真凛さんは、未確認「非行」少女って感じですけどね〉
〈鈴音ったら、酷い〉
〈別に良いじゃないですか。まだ「未確認」なんだから。確認されちゃったら、大変ですからね?〉
〈キャー、真凛さん、逮捕されちゃいますよ-〉
〈もう、珠姫まで〉
〈いつもの仕返しでーす〉
とまあ、温泉での少女達のお喋りは、延々と続いていた。と言っても、彼女達は心話で話しているので、周りの人達には一切聞かれてはいない。
そのせいで、周囲にいる入浴中の女性達は、『大人しい女の子達だわ』とか、『髪色の割には、行儀の良い子達なのね』とか思われていたりする。つまり、彼女達は、その日本人離れした髪色のせいで、やっぱり謎の集団として不思議がられていたのだった。
END105
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「クリスマスイブのスキー場」です。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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★★★
本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。
(ジャンル:パニック)
ハッピーアイランドへようこそ
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【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
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