104:吹雪の中の露天風呂(1)
◇2039年12月@福島県猪苗代町 <玉根凜華>
「ムシ」になっての「湖上での空中演舞」を終えた玉根凜華逹は、二階の大広間に戻っていた。
会場の後片付けの方は、小椋夫妻の方でやっておくので、手伝わなくても良いとの事。更に明日の朝食は、近くの人がお手伝いに来てくれるそうで、そっちも手伝う必要はないらしい。何だか、至れり尽くせりである。
この二十畳以上ある畳の部屋は通常、宴会とかに使われていて、そこに今日は布団を並べて敷いて、「ムシ」達八人と小学二年生の女子三人が泊まる事になっている。
時刻は既に八時を過ぎており、彼女達は疲れているかと思いきや、全然そんな事はなかった。
口火を切ったのは、歯磨きを終えた直後の安斎真凛だった。
「じゃあ、そろそろ温泉に行くよー?」
「えっ、温泉? ここにも大きなお風呂があるんだよ」
「ごめーん。咲彩ちゃんは、姫織ちゃんや橘花ちゃんと、そっちのお風呂に入っててねー」
「真凛お姉ちゃん達は?」
「うちらは、ちょっくら遠くのお風呂に行って来るんだ-」
「えっ、どうやって?」
「もちろん、お空を飛んで行くんだよー」
「ええーっ、お姉ちゃん達だけ、ずっるーい!」
そうは言われても、真凛に譲歩するつもりなんて全くないだろう。凜華は彼女から、〈露天風呂に行くのー、すっごく楽しみ-!〉と事ある毎に聞かされているからだ。
仕方がないので、凜華からも菅野紗彩に声を掛けた。
「ごめんね、紗彩ちゃん。今日は彩佳さん達と一緒にお風呂に入って、三人で先に寝ててくれるかな? たぶん、うちらは帰って来るのが遅くなっちゃうと思うんだ」
「ふふっ、真凛さんの事ですもんね」
「どうせ寄り道して来るって事でしょう? 良いなあ、お姉ちゃん達は」
たぶん、紗彩ちゃん達も「ムシ」になるだろうけど確実じゃないので、『紗彩ちゃんも『ムシ』になったら……』とかの期待を持たせる言い方は控えておく。その代わり、「後で良いんだけど、「ムシ」の八人は外のお風呂に入りに行くって、彩佳さんに伝えてくれるかな?」と頼んでみた。
真凛が言うには、彩佳さんなら、それだけで分かってくれるそうだ。つまり、真凛達がタダで温泉に入りに行っているのを知ってるという事だ。
凜華のお願いを受けてくれた紗彩は、「分っかりましたあ」と元気な返事をして、勢い良く部屋を出て行った。
ところが、その咲彩は、ほんの一分程で、戻って来た。
「『今、お風呂は男の人達が入ってるから、ちょっと待ってなさい』だってえ」
浴場並みのお風呂があるとは言っても、男女で交代に入る事になるらしい。
てことは、「ムシ」達八人が他のお風呂に入りに行くのは、案外、好都合なのかも。
「うちらは、お母さんのお部屋でお風呂に行くの待ってるから、お姉ちゃん達は、外のお風呂に行っちゃって良いよ……。あ、お母さん、お姉ちゃん達に、『気を付けて行ってらっしゃい』だってえ……。ほら、姫織ちゃんと桔花ちゃん、行くよー」
そして咲彩は、「じゃあ、お姉ちゃん達、楽しんで来てねー」と言い残し、今度は三人で部屋を出て行ってしまった。
凜華は、改めて真凛の方に向き直った。
〈で、真凛。どこのお風呂に行くの?〉
〈だから、磐梯熱海だってばあ。ほんとは裏磐梯とか行ってみたいけど、迷っちゃっても嫌だし〉
〈真凛にしては、懸命な判断かもね〉
窓の外を見てみると、いつの間にか雪が舞い始めている。
凜華は、スマホを取り出して天気予報をチェックしてみた。すると、今夜は一晩中、雪の予報が続いている。しかも、所によっては吹雪くみたいだ。
どうやら明日の朝は、「辺り一面、銀世界」って事になっていそう。それでも積雪量は、幹線道路での車の通行を妨げる程ではないらしい。そうした道路の場合、トラックが四六時中走るから除雪が行き届いていて、余程の事が無い限りは通れなくなる事は無いのだ。
凜華がスマホから顔を上げると、既に真凛は服を脱ぎ出していた。
〈ほら、珠姫と郁代。さっさと脱ぎなよー〉
〈ええーっ、またですかあ?〉
〈温泉に行くんだからー、ハダカになるのは当然じゃん。二人とも、こないだ連れてってあげたばっかじゃないのー〉
〈うーん、あたしの場合は、「ドナドナされた」って感じだったんですけど〉
〈右に同じ〉
〈ふふっ、二人とも諦めなよ。確かに、ハダカで行った方が合理的ってのは、事実なんだからね〉
〈もう、鈴音ちゃんまで、ハダカ教の信者になっちゃったの?〉
〈何その「ハダカ教」って?〉
〈あ、天音さん……〉
凜華は、彼女達の代わりに「ハダカ教」について説明した。天音は、オーバーコートのポケットに下着とタオルを入れて、温泉に行くつもりだったようだ。
〈要するに、ハダカで行けば、脱衣所に立ち寄る必要が無くなるって訳ね〉
〈はい。騒動を起こすリスクは、最小限にしておきたいですから〉
〈なるほど〉
それだけで天音は納得したようで、その場で服を脱ぎ出した。それを見て慌てたのは、樫村沙良だった。
〈ちょっ、ちょっと天音さん。ハダカになるって、マジですか?〉
〈だって、その方が楽そうだし〉
〈でも、ハダカで外に出るってのは、ちょっと……〉
その沙良が目を向けたのは、既に全裸になって腰に小さなタオルを巻いた門馬里香だった。
〈あ、あの、里香さん〉
〈大丈夫だよ、沙良ちゃん。皆、ハダカなんだから、恥ずかしくないと思うよ〉
その里香は、お節介にも沙良に手を伸ばして来て、強引に服を脱がそうとする。それに鈴音が加わって、三十秒も掛からずに沙良はハダカに剥かれてしまった。
〈じゃあ、皆、良いかしら?〉
天音の言葉で、慌てて凜華も服を脱いで行く。下着まで取り払って全裸になった彼女は、予め部屋に用意してあった洗顔用のタオルを腰に巻き付けると、他の「ムシ」達と合わせて雪空へと舞い上がって行った。
★★★
八人の「ムシ」達は、眼下に見える国道四十九号線に沿って西へと向かっていた。とはいえ、猪苗代湖から離れると道はクネクネしていて、すぐに見失いそうになる。その上、吹雪いてきて、視界がほとんど取れなくなってしまった。
仕方がないので、自動運転のトラックを追い掛ける。いや、真凛を始めとした四人は飛ぶのを止めて、トラックの荷台に腰を下ろし、足をぶらぶらし始めた。
すると、それを見た天音までもが、〈あれ、良いわね〉と言い出す始末。結局、残りの四人は、次のトラックの荷台に乗る事になった。
山道をしばらく行くと、右手の奥に灯りが見える。すると鈴音が、〈あれ、ホテルですよ〉と教えてくれた。すかさず天音が、〈行きましょう〉と言ったので、八人は一斉にトラックから舞い上がる。国道から離れてJR磐越東線と五百川に沿って行くと、大きなホテルが幾つも見えて来た。
そこからは真凛が先導して、手頃な露天風呂のある旅館やホテルを次々とチェックする。やがて真凛から〈あそこにしようよー〉という心話が届いて、全員一斉に急降下して行った。
★★★
真凛が選んだのは、老舗っぽい旅館の離れにある露天風呂だった。一応、その離れから脱衣所のある小屋までは渡り廊下があるものの、壁が無くて吹き抜けだから、かなり寒そう。距離は十五メートルくらいだろうか? それに、脱衣所から露天風呂までも更に七、八メートルくらいあって、今度は薄っすらと積もった雪の上を歩く事になる。何だか、ここに入るのって我慢大会みたいだ。
そんな事もあって、お風呂は完全に貸し切り状態だった。灯りは脱衣場の屋根にひとつあるだけで、ちょっと不気味なくらい薄暗い。
〈大丈夫なの、ここ?〉
真凛に鈴音が不安げに訊いている。
〈大丈夫だと思うよー。ほら、ちゃんと掃除がしてあるじゃん。こういうお風呂の方が、秘湯っぽくて人気が出るんだよー〉
〈本当かなあ?〉
今度は、凜華の思念が漏れ出てしまった。
〈全然、大丈夫。さっさと入ろうよー〉
まだ凜華は不安だったけど、気が付くと、天音を含めた全員が既にお風呂に浸かっていた。
もちろん、身体なんて洗わない。一応、そういう場所は設けてあるんだけど、石鹸しか無いし、何てったって寒すぎる。
ちょっと熱めのお湯が気持ち良い。
全員、タオルだけは持って来てるから、それで頭を覆っていた。そのタオルに、雪が積もって行く。雪は顔にも当たって、目を開けているのが大変だ。だけど、身体はポカポカだった。
〈うーん、気持ち良いねえ〉
天音のオバサンっぽい言い方に、思わず「クスッ」と笑ってしまった。
そのうち、小学生組がお湯を引っ掛け合って遊び出す。貸し切りなので、注意はしない。鈴音だけが、顔を顰めてたりする。一応、彼女も小学生なんだけどな……。
〈そういや、真凛って透視能力があるんだよね。だったら、脱衣所の中を見張ってれば、誰か来たって分かるんじゃない?〉
〈ダメダメ。ここからだと少し離れてるし、ずーっと集中してたら寛げないじゃん〉
〈げっ、透視能力って何なんです。真凛さん、そんな特殊能力、あるんですか? 知らなかった〉
〈あれっ、珠姫には言ってなかったっけ?〉
〈聞いてませんよ、そんなの。真凛さん、酷いです〉
〈えっ、何で?〉
〈だ、だって、あたしの下着の色とかバレバレじゃないですかあ。鈴音ちゃんも、教えてくれたら良かったのにぃ〉
〈えっ、何で私?〉
〈当然じゃない。ああもう、どうしよう〉
何故かパニックしまくる珠姫に対し、真凛が呆れた感じで言葉を投げた。
〈あのさあ、こん中の誰も、女子のパンツなんか見ないっつうのー!〉
〈うっ〉
その時、凜華は、さっき部屋の隅で珠姫が、こそこそと服を脱いでたのを思い出した。てことは……。
だけど、それを先に指摘したのは、真凛だった。
〈クマのプーさんでしょう?〉
〈しっかり、見てるじゃないですかあ!〉
〈あれっ、当たっちゃった? マジで-?〉
〈……ぐすん〉
すると、例によって鈴音の鋭い「声」が飛ぶ。
「もう、真凛さん。何、年下の子、泣かしてんですかっ!」
「ご、ごめん……。まさか、小学六年生にもなってプーさんのパンツだなんて……(ごにょごにょ)」
山間の温泉は風が強く、相変わらず吹雪いている。
凜華が心話でボソッと言った。
〈しょうがないよね。珠姫ちゃんは、うちらの中でも特別ミニサイズなんだし……〉
言ってすぐに『しまった』と思った凜華だけど、もう遅い。
だけど、それに追い打ちを掛けたのは郁代だった。
〈プーさんのパンツ、可愛いと思う。珠姫ちゃん限定だけど……〉
〈そうそう。可愛いは正義……〉
〈凜華さん。それ、全然フォローになってませんよ〉
鈴音のダメ出しで、ますます珠姫が泣きじゃくる。その珠姫を郁代が慰めている横で、天音や里香と一緒にいた沙良が寄って来て言った。
〈あの、真凛さん。透視ができるってことは、ひょっとして男湯が覗き放題って事ですか?〉
〈そんなの、覗く訳ないじゃん〉
〈うわあ、男の人のアソコとか、見放題……〉
〈こ、こら、里香ちゃん〉
〈だからー、「見ない」って言ってるじゃん!〉
〈ふふっ、それで真凛は毎日、温泉に通ってるんだね。アソコの大きさ比べて暇つぶして……〉
〈こら、里香。話、聞きなってばあ!〉
自分の世界に入り込んでしまった里香の頭を、真凛が軽く叩いた時だった。
脱衣所の引き戸が開いて、ドヤドヤと男の人逹が早足で近付いて来たのだ。
凜華は思わず心話で、〈こ、こら、バカ真凛。ちゃんと混浴かどうか確かめなさいよっ!〉と叫んだのだった。
END104
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話も露天風呂の話の続きになります。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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★★★
本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。
(ジャンル:パニック)
ハッピーアイランドへようこそ
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【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
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