103:湖上の空中演舞
◇2039年12月@福島県猪苗代町 <玉根凜華>
「茶髪の子の保護者会」主催による「ムシ」達のクリスマスパーティーも終盤となり、メイン会場となった大ホールではデザートを食べながらの談笑が行われていた。
そんな中、玉根凜華もまた、他の「ムシ」達と一緒に、ショートケーキを味わっていた。それは猪苗代町の老舗ケーキ屋から仕入れた絶品で、磐梯山麓の有名ホテルにも下ろしている物なのだそうだ。
そして、凜華の近くには矢吹天音もいて、関口仁志に寄り添っていた。
その関口だが、パーティーの開始当初の固い表情がすっかり消えて、今は少々興奮した様子が伺える。やっぱり、さっきの自己紹介で、「ムシ」達全員の変異した姿が生で見られたのが影響したんだろう。きっと、彼的には強烈なインパクトだったというか、彼のオタク心を随分と揺り動かしたに違いない。
ケーキの次にアイスにも手を伸ばした凜華は、そんな関口と天音との会話に聞き耳を立てながら、スプーンを動かしていた。
「それで、どうでした?」
「うん、皆、違った翅だけど、それぞれに魅力的だって事が良く分かったよ。翅には、一人一人の個性が凝縮されてる気がするね」
「うーん、それって、『ムシ』になってない時の私達って、個性が無いみたいに聞こえるんですけど……」
そんな二人の会話を聞きながら、凜華は思った。
「ムシ」は誰もが金髪か淡い茶髪で肌は色白、瞳は薄茶色で、背が低い。体型はひょろっとしていて、そこから細くて長い手足が出てる所は、やっぱり「ムシ」なのかなあ。
それと、お胸がペッタンコなのも気になるけど、まだまだ私は大丈夫だと思いたい。でも、天音さんの場合は……。
「こら、凜華ちゃん。今、私を見て何か悪い事、考えてたでしょう?」
「あ、いや、別に……」
凜華は、残りのアイスを掻き込んで逃げようとしたけど、その前に関口が口を開いた。
「あはは。確かに君達の外見は似てるかもしれないけど、中身は割と個性的だよね?」
「えーと、そうは言われましても……」
凜華が答えに窮していると、他の「ムシ」達がわらわらと寄って来て騒ぎ出した。「ムシ」達は全員、特別な聴力を持っているからだ。
その中の安斎真凛が、凜華に話し掛けてくる。
「ねえ、凜華。さっき、知行くんのお母さんが、うちらの事を『アイドルグループみたい』って言うんだよー」
「えっ、真希さんが?」
「うん。そしたらあ、近くにいたオジサン達が、『皆、可愛い子ばかりだもんな』とか言ってー、『いっそ、金髪ガールズって事でアイドルデビューしたら』って盛り上がっちゃってさあ」
「だから、それって絶対に無理なんだってば。だいたい、真凛さんって、オンチじゃないですか」
「えっ、アタシ、オンチだと思ったこと無いけどー。てか、オンチって言えば……」
「オンチって言えば、何なの、真凛?」
「あ、いや、別に、『凜華が』とか言ってないから」
「たった今、言ったでしょうがっ!」
「あのですね。問題は、オンチだけじゃないと思うんですけど
「そうそう。アイドルって言うと、踊んなきゃなんないしー……」
「えっ? わ、私、運動神経とか無くて、ダンスとかはちょっと……」
「大丈夫だよー。郁代だけじゃないから-」
「こら、真凛。何で、そこでまた私の方を見るの? てか、最近の私は、もう運動オンチじゃないんだからねっ!」
「そうそう。凜華が言う通りでさあ。「ムシ」になって少し経つと、運動神経が良くなるみたいなんだよねー。歌のオンチは、治んないんだけどー」
「だからー、私はオンチじゃないんだってばあ」
「凜華さん、そういうのって、自分じゃ分かんないんですよ」
「あのー、私、思うんですけど、運動神経が良くても、ダンスが下手な人はいますよね?」
「えっ、沙良ちゃん、どういうこと?」
「ほら、ダンスって、リズム感が大事じゃないですか」
「うっ」
「あの、あたし、ダンスは得意ですよ。えっへん」
「うーん、珠姫の場合は、ダンスっていうより、お遊戯に見えちゃうからなあ」
「真凛さん、ひっどーい!」
「そうですよ……。と言っても、別に否定はしませんけど」
「あのさ、そういう鈴音ちゃんは、ダンスとかできるの?」
「だって、私、運動とかやったことないし」
「やっぱ、駄目じゃん」
どうやら「ムシ」達のアイドル化には、長い道のりがありそうである。
★★★
凜華逹から少し離れた所で、三人の小学二年生、菅野彩佳の娘の紗彩、穂積郁代の妹の桔花、国分珠姫の妹の姫織が、楽しそうにお喋りしていた。彼女達は、初めて今日、会ったというのに、既にすっかり打ち解けた感じだ。
その理由は、たぶん、彼女達の見た目から来るものだろう。三人は、揃って金髪かそれに近い茶髪。肌は色白で、痩せた体型。手足が細くて長いのも、特徴のひとつだ。
それらの外見のせいで、恐らく三人は、今まで辛い目に遭って来たに違いない。そうした境遇を共有できる同じ歳の同性の相手に出会ったのだから、親しくならない筈がないのだ。
当初、彼女達の話の内容は、目の前にずらりと並んだアイスの品評会だったのだが、次第に「ムシ」達の翅の話へと移って行く。
「やっぱ、一番は天音さんだと思う。綺麗な紫だし、すっごく大きくて、ほとんどが天井で隠れちゃってたもん」
「お外だったら、全部、見られるんじゃない? この後、湖の上で見せてくれるみたいだよ」
「あ、それ、お姉ちゃんから聞いた。すっごく楽しみ」
「天音さんのも凄かったけど、凜華さんのも迫力あったよね。ちょっと怖かったけど」
「『ジャノメ』って奴でしょう? 何だか吸い込まれそうな赤い目玉の模様……」
「蛇の目みたいだから、「ジャノメ」って言うんだよ」
「へえ、紗彩ちゃん、物知り」
「えっへん。あ、鈴音お姉ちゃんも、それなりに凄かったでしょう?」
「それなりって感じじゃなかったと思う。充分に凄かったよ」
「まあ、身内だもんね」
「それより、真凛お姉ちゃんが鈴音お姉ちゃんの事、良く『枯れ葉』って言uんだよね」
「全然、そんな感じじゃないと思う。てか、あれが枯れ葉だったら、どんだけ大きな木なのって感じ」
「うーん、世界樹とか?」
「ふふっ、桔花ちゃんって、面白い」
「それよかさあ、うちらも、そのうち『ムシ』になれるのかなあ?」
「姫織ちゃんは、『ムシ』になりたいの?」
「桔花ちゃんは、なりたくないの?」
「私も、なりたいかな」
「だよねー。私も早くなりたいな」
「あ、そろそろ紗彩達、お外へ出る準備をして頂戴」
「はーい!」
際限なく続いて行きそうな少女達の会話を終わらせたのは、次のイベントだった。彼女達は大ホールを出て、それぞれに防寒具で身を固めてから、大人達と一緒にぞろぞろと外へ出て行ったのだった。
★★★
さて、このパーティーの最後を飾るイベントとして企画されているのは、猪苗代湖の湖上での「ムシ」達による空中演舞である。
現在、このパーティーが行われている紺野家の別荘は、その敷地が湖に面していて、二分も歩けば湖畔に出られる。ただし、今は冬なので外は寒く、二階のロビーから眺める案もあったのだが、結局、全員が該当を羽織って外に出る事になった。
もっとも、主役の「ムシ」達は軽装である。彼女達は既に「ムシ」に変異して別荘の屋上に待機しており、観客となる大人達と男子中高生二名、そして小学二年生女子三名が、湖畔に到着したタイミングでショーが開始される事になっていた。
最初に登場したのは、丸みを帯びた巨大な翅を持つ矢吹天音の「ムラサキ」。彼女は湖畔から二十メートル、湖上十メートル程の所で停止し、ゆっくりと翅を動かしながら、お辞儀をする。そして自分は三十メートル程の上空に移動して待機。そこに今度は、やや小柄な安斎真凛の「ミズイロ」がやって来て、同じようにお辞儀しては上空に待機。
その後、玉根凜華の「ジャノメ」、門馬里香の「ブルー」、紺野鈴音の「シナモン」、樫村沙良の「モクレン」、穂積郁代の「ジャスミン」と、「ムシ」になった順番で現れてお辞儀をしては、上空に並んで行く。
そうして最後に現れたのは、今までの「ムシ」達よりもずっと小さくて可愛い青紫の翅を持つ国分珠姫の「シジミ」。彼女だけは、お辞儀をする前にクルっと宙返り。そして、お辞儀をしてからも、何度か宙返りをしながら右端にちょこんと並ぶ。ところが、それを待たずして、「ムラサキ」が更に上空に舞い上がったかと思うと、サッと観客の方に近付いて、そのまま湖上を大きな円を描いて回り出す。「ムラサキ」が一周すると、今度は「ミズイロ」、「ジャノメ」……と、再び「ムシ」になった順番で飛ぶ姿を披露。最後の「シジミ」だけが、ふわふわと揺れながら飛んで、それから宙返り。
その次は、八人の「ムシ」達が数珠つなぎとなって、湖上を大きく三周。
その後は、二人ずつ並んで宙返りしたり、三人の大型の「ムシ」達が上空で優雅にホバリングする下で、中型の四人が一斉に宙返りをして、その周りを青紫の「シジミ」がクルクル回る。
更に、二人一組で上昇しては左右に分かれて、ハートの形を作ったり、湖面の下に飛び込んでは、別の所からトビウオのように舞い上がってみたり、湖面に近い水中をグルグルと回って、湖面に不思議な光で文字を描いてみたりと、次々と観客を飽きさせない光のショーが繰り広げられる。
湖上に溢れる鮮やかな光の奔流に、それを見る誰もが圧倒されていた。まるで夢の中にいるような光景に、彼らは言葉もなく立ち尽くすしかない。
湖畔に佇む観客逹は、目の前で繰り広げられる非現実的な出来事に、寒さを忘れて呆然と見惚れていたのだった。
END103
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「吹雪の中の露天風呂」です。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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★★★
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(ジャンル:パニック)
ハッピーアイランドへようこそ
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