100:関口のスピーチ
◇2039年12月@福島県猪苗代町 <玉根凜華>
イブの日の夜、猪苗代湖畔にある紺野家の別荘でのクリスマスパーティーは、まだ始まったばかりだった。
このパーティーの主役は、「ムシ」と呼ばれる八人の少女達。彼女達は、揃って金髪か淡い茶色の髪を持ち、肌は色白で体格は小柄で華奢。そして、様々なチョウの翅を持つ身体に変異して、空を舞う事ができる。
現在、パーティー会場の壇上で話しているのは、そんな彼女達が夜空を舞う姿の目撃情報を集めたサイト、「福島ムシ情報サイト」の管理人の関口仁志だった。
関口は、最初に簡単な自己紹介をした後、最初に「ムシ」になった矢吹天音との出会いを改めて説明した。
それは、昨年の九月にまで遡る。深夜、自室にいた彼は、窓越しに見えるアパートに銀色の光が吸い込まれる所を目撃したのだ。その後も同様の光を頻繁に目撃した彼は、十一月末に「福島ナゾの光情報サイト」を立ち上げる。
更に年が明けると、その謎の光は「チョウ」の形状をしていることが判明。彼はサイト名を「福島ムシ情報サイト」に変更した。その時、彼が「チョウ」でなく「ムシ」としたのは、チョウ以外の「ムシ」の存在を考慮した為なのだが、未だに「チョウ」以外の「ムシ」は見付かっていない。
その間に天音以外の「ムシ」達は相次いで生まれ、夏には六人になっていた。そして関口は、七月末に行われた岩木市小名浜での花火大会において、矢吹天音との出会いを果たす。更に数日後、自宅近くのコンビニで天音と再会した関口は、その時、「ムシ」達を守る側になろうと決意し、八月に行われた「茶髪の子の保護者会」設立の場にも同席する事になった。
「……それで、僕がサイトを開設してから先月末で一年になりまして、この機会に、いつも僕のサイトに投稿してくれている人達との交流会を、こないだ郡山で行いました。そこに参加してくれたのは、僕を含めて十四名。残念ながら全員が男子でした」
彼は、そこで少し笑いを取ってから、その内、高校生が九名、中学生二名、社会人三名の内訳であった事。高校生九名のうち六名が、朝香高校UFO研究会のメンバーであり、中学生二名も彼らと面識があって、来年、朝香高校を受ける予定の三年生だった事。残りの高校生三人は、自分と自分の友人二人だった事を説明した。
「その朝香高校UFO研究会ですが、今は活動の中心を、『ムシ』の皆さんを追い掛ける事に移行してまして、いっそクラブの名称を『UFG』に変更しようかって話をしてました……。あ、『G』はガールの略で、『未確認飛行少女』なんだそうです。もっとも、僕にとっては、既に『未確認』じゃないんですけどね」
それから関口は、今回、その交流会を開いた本当の目的は、最近、サイトへの書き込みに性的なコメントが多く見られ、日増しに内容が過激になりつつあった為、それらを止めてもうらうようにお願いする事だったのを打ち明けた。
「あの、朝香高校UFO研究会の方々は中学生も含めて、むしろ『ムシ』逹のサポーターになってくれそうな良い人達でした。で、問題は、社会人の方でして……」
この後で関口は、社会人の二人がサバゲの愛好者であり、将来、「ムシ」達を捕まえて乱暴する事を夢見るような、「危険な連中」だった事を包み隠さず話した。
「そいつらは、途中で暴言を吐いて出て行っちゃったんですけど、重要なのはは、そういう連中が今後も一定数は現れるだろうという事です。だから僕らは、そういった不遜な奴らから『ムシ』の女の子達を守る方法を、早めに考えて行く必要があると思います」
「あの、もう一人の社会人の男は、どういう奴だったんだい?」
質問したのは、天音の父の矢吹正史だった。
「その人は菊地さんと言って、地元テレビ局の人です……。あ、あの、僕らを取材しようとかじゃなくて、単純に『ムシ』に興味がある閲覧者って感じでした。ただ……」
「何かあったのかい?」
「あの、僕の思い込みかもしれませんけど、あんまり良い感じの人じゃなかったです。一応、中立的な立場の発言をされてまして、その事では敵対する感じはなかったんですが……、えーと、何か不気味っていうか……、マスコミの方だからなのか、社会人の人としては普通なのか、僕は高校生なんでよくわかりませんけど」
「なるほど、言いたい事は分かったよ」
「あ、それでですね……」
そこで最後に関口は、「福島ムシ情報サイト」を運営するスタンスを、従来の「『ムシ』逹に関する情報を幅広く集める」事から、「『ムシ』逹のサポーターとしての立場」へとシフトする旨を宣言した事を報告したのだが……。
「とはいえ、僕のサイトは、あくまで不特定多数の閲覧者を対象にしてますので、当然、中には今回の社会人二人のような不届き者だって含まれる訳です。ですので、書き込みを行う際は、細心の注意を払って身バレ防止に努めて頂くと共に、安易に閲覧者や投稿者と親しくなろうとか思わないで下さい」
それから関口は、少し軽めの口調に替えて、先を続けた。
「あ、それとですね。これは単に閲覧者達の気を引く為なんですけど、僕のサイトの目標を、『「ムシ」逹と友達になる』って事にさせて頂きました。まあ、僕個人としては、もう目標を達成しちゃってる訳ですけど、いつか、僕以外の閲覧者達にも、『ムシ』達の仲間と言える人達が数多く現れる事を僕は願っています」
そう言って最後に関口が頭を下げると、玉根凜華は率先して彼に拍手を送った。当然、会場にいる全ての参加者が追従してくれて、会場内は拍手の音で騒がしくなる。
まだ拍手が終わらない中、既に話を終えたつもりで壇上を下りた関口は、すぐに何人かの「ムシ」達に取り囲まれてしまった。
「関口さん、お久しぶりでーす。でも、さっきの話って、なんか不思議なんだけどー。アタシ達、もう関口さんとは友達なのにー」
「あはは。真凛ちゃんに友達だって言われると、僕も嬉しいよ」
「もう、真凛さんったら、相変わらず馴れ馴れしいんだから」
「鈴音が人見知りなんだと思うよ。まあ、しょうがないんだろうけどさ」
「だけど、真凛ちゃん。今の所、君達が『ムシ』であるのを明かす相手は、厳選すべきだと思うんだ」
「厳選って?」
「もう、真凛さん。いい加減に選んじゃ駄目って事ですよ」
「あのねえ、鈴音。アタシだって、厳選の意味くらい分かるよー」
「えっ……、あ、でも、温泉の『源泉』とは違うんですからねっ!」
「だからー、厳選の意味くらい分かるって言ってるじゃん」
「うっわあ、真凛さんが頭良くなってる!」
「こら、鈴音、そこで驚かないっ!」
「あはは。君達は相変わらずだねえ……。でも、世の中には悪い人がいっぱいいるから、気を付けてね。特に変異を解く時は、周囲に人がいないのを必ず確認する事……」
「なるほど、天音さんを反面教師にするって事ですね」
当然、それは、鈴音が近くに寄って来た天音を見ての発言である。
「うっ」
「あ、天音さん。お疲れ様でーす」
「鈴音ったら、なんか、しらじらしくな-い?」
「真凛さん。臨機応変に対応するのは、大切な事ですよ」
「何それ?」
「なるほど。とても、小学生の言葉とは思えないわね」
「ふふっ、天音さんに褒められちゃった」
「もう、鈴音ちゃんったら。私、褒めてないから」
「真凛さん、早くお料理を取りに行きましょうよ。天音さーん、失礼しまーす」
安斎真凛と紺野鈴音を見送った天音に、すぐ傍で一部始終を見ていた凜華が声を掛けた。
「すいません、天音さん。うちの妹達、自由すぎるって言うか……」
「ふふっ、真凛ちゃんとか、どう見たって凜華ちゃんの妹って感じじゃないものね」
「本人には、『お母さん』とか言われちゃってますけど」
「そうみたいね。それだけ慕われてるって事じゃないの?」
そんな二人のやり取りに口を挟んだのは、意外にも関口だった。彼は、さっきの長いスピーチを終えたばかりで、少々ハイになっているのかもしれない。
「あはは。僕から見ると、皆が仲良しで羨ましいよ」
「そうですか? しょっちゅう口喧嘩ばかりですけど……あ、口喧嘩と言っても心話なんで、口は使ってませんでしたね」
「そっか。僕らに内緒で話ができるんだったね。それって、悪口とか言い放題なんじゃない?」
「関口さんの悪口は、言ってませんよ」
「あはは。取り敢えず、信じるよ。それより、さっき、僕が話した事なんだけど……」
それから関口は、少しだけトーンを下げて先を続けた。
「さっき、僕は君達の不安を煽るような事も言ったんだけど、それはそれとして君達には、今を精一杯に楽しんで欲しいとも思うんだ。天音ちゃんも凜華ちゃんも、まだ中学生なんだからさ」
「ふふっ、それを言うなら関口さんだって、まだ高校生じゃないですか」
「そういや、そうだったね」
「そうですよ。ふふっ、関口さんったら、何かオジサンみたい……」
その時の関口の少し抜けた表情が可笑しくて、凜華は思わず笑ってしまった。隣を見ると、天音もまた満面の笑顔だ。それが思いの外に眩しくて、凜華は不意にドギマキしてしまった。笑顔の天音は、本当に女神のような美人なのだ。
それは関口も感じていたようで、彼の顔も赤らんでいる。
一方の天音はというと、そんな二人に少し困惑した様子。だけど、すぐに気を取り直して声を上げた。
「さあさあ、私達も食べ物を取りに行きましょう」
凜華もまた、天音の言葉に同調して、「そうですよ、関口さん。早く行かないと無くなっちゃいますよ」と関口を急き立てる。
そうして三人は、料理が並んだコーナーへと足を進めたのだった。
END100
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
もう少し、「ムシ」達のクリスマスパーティーの話にお付き合いください。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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