099:クリスマスパーティー開始
◇2039年12月@福島県猪苗代町 <玉根凜華>
十二月も終わりに差し掛かったイブの日の午後、「茶髪の子の保護者会」主催によるクリスマスパーティーが、猪苗代湖畔にある紺野家の別荘で行われる事になっていた。
この日、玉根凜華は早めに昼食を取り、両親と自分に、隣家の大谷真希《おおたにまきと知行の母子を加えた五人で、一台のミニバンに乗って会場の別荘へと向かった。
予定どおり午後二時に別荘へ到着した凜華達五人は、前日から来ていた主催者の菅野彩佳や、この別荘の管理人である小椋夫妻に挨拶。凜華は、取り敢えず荷物を二階の客室に置いて、やはり前日のうちに来ている安斎真凛と紺野鈴音と合流した。
そうこうするうちに、茨城県高萩市の樫村沙良が両親と共に到着し、会場内が騒がしくなってきた。
そして、それから間もなくして、岩木市の矢吹天音が彼女の両親と、「福島ムシ情報サイト」の管理人の関口仁志と共に到着したのである。
ところが、凜華が急いでエントランスホールへ向かったにも関わらず、天音と関口は、一足早く二階の客室に行ってしまっていた。すると、そこに大きなキャリーケースと紙袋を携えた天音の父親、矢吹正史が現れた。
「あ、正史さん、お疲れ様でーす」
「凜華ちゃん、久しぶりだね。いやあ、こんなに豪華な別荘だとは思わなかったよ」
「ですよねえ。私も来た時は驚きました」
そんな会話を交わした所で、今度は、先ほど到着したばかりの沙羅の父親、樫村英司がやって来た。だけど、彼は微妙に顔を綻ばせて、少し離れた所に立っているだけだ。そこへ、沙羅の母親の沙奈もやって来て、正史に「矢吹さん、お久しぶりです」と声を掛けた後、夫に向かって、「もう英司さん、あなたも何か言って下さいよ」と会話を促すのだが、常に寡黙なエンジニアの英司は、口に苦笑いを浮かべただけだった。
「すいませんね。この人、いつも無口なもんで」
「いやいや、大丈夫ですよ。それに夏の時は、そこそこ会話させて頂きましたし……。逆に、私のような者が、あの有名な大企業のチーフエンジニアの方とご一緒させて頂けるだけで、大変光栄だと思っています」
「いやいや、これは娘達が中心の集まりですから、そういうのは無しでお願いしますよ。それより、前に一度だけ天音さんの変身って言いますか、えーと、変異でしたね。あの、本当にお綺麗で、私、感動しました」
矢吹正史に対する沙奈の返答には、英司も激しく首を縦に振っている。
大人同士での会話が始まってしまったので、凜華は軽く頭を下げて、その場を後にしたのだった。
★★★
この別荘の一階には、先程、矢吹正史が感嘆の声を発した広いエントランスホールとロビーの他に、二十人以上が収容できるダイニングルーム、今回のメイン会場となる多目的用の大ホール、キッチン、大浴場、管理人スペース等がある。
また、二階には、客室としてツインの洋室が五つに八畳の和室が二つ。他に宴会用の大広間があって、先程から今日のパーティーの参加者が到着する度に、主催者側の菅野彩佳が、彼女が忙しい時は、この別荘の管理人の小椋氏が、割り当てられた客室への案内を行っていた。
その割り当ては、ちょうど五組いる夫婦に洋室を譲り、八畳の和室二部屋には、関口仁志と大谷知行で一室、残りの女性三名(菅野彩佳、大谷真希、門馬紀香)で一室。そして「ムシ」達八人と小学二年生の女子三人は、大広間に布団を並べて寝る事にしていた。
こうして見ると満室のように思えるのだが、この別荘にはバンガロー風の別館もあるので、更に増えても大丈夫との事。凜華が鈴音に、「もっと『ムシ』の子が増えたら、どうするの?」と訊いたら、「その時は、もう一棟、建てれば良いんですよ」との事。ここの敷地には、まだまだ充分な余裕があるらしい。
先程から凜華は、先に到着したメンバーの内の数人と共に、メイン会場となる大ホールの飾り付けを手伝っている。
毎年、この別荘では、様々な形でのクリスマスパーティーが行われているとの事で、クリスマスツリーはもちろん、室内の飾り付けの品や各種の電飾機器等は、驚く程に多くの量が用意されていた。よって、凜華逹が行うのは、そこから何を選び、何処に使うかを決めて大人達の所に運ぶ事だった。実際の取り付け作業は、下の方を除いて大人達がやってくれる。子供に許されるのは、手の届く範囲のみで、それは全体の内の僅かでしかない。なので、半分のメンバーは調理場の方に割り当てられていた。
「あら、だいぶ形になってきたじゃないですか」
「子供達が、一生懸命に手伝ってくれますからな」
凜華逹がクリスマスツリーの飾りをせっせと運んで、上の方を担当している管理人の小椋氏に渡したり、直接、下の方に取り付けたりしていると、たまたま通り掛かった菅野彩佳が声を掛けてきた。
ちなみに、この別荘の管理人の一人である小椋夫人は、調理場で指揮を取っている。彩佳は、全体の調整と遅れて到着する参加者達の出迎えを行っていた。
後で来た人達が加わって行くことで、大ホールには次々に人が増えて行く。やがて全員が到着したのを見計らって、彩佳が男性達に机と椅子の移動を依頼した。机は、料理や飲み物を並べる為の物で、椅子は疲れた時に休めるようにとの配慮だ。どちらも倉庫から取り出して、机は後方に、椅子は壁際に配置する。
そこで活躍したのは、凜華の幼馴染の大谷知行だった。彼は意外にも力持ちで、二脚の椅子を軽々と運んで行く。凜華が「やるじゃん」と声を掛けると、彼は「まあな」と言ってはにかんだ。
「あらあら、凜華ちゃん達、仲良しじゃないの」
「あ、珠世さん。お疲れ様です」
たまたま通りかかった国分珠世が声を掛けてきた。彼女は珠姫の母親で、ラーメン屋をやっているだけに調理場で大活躍のようだ。尚、調理場にいるのが全員女性である事もあって、珠世の旦那の方は手伝ってはいない。
さて、その後、机に白いテーブルクロスが掛けられて、その上に大皿に盛られた料理が並べられて行く。別のテーブルに飲み物が並べられると、料理場にいた人達が次々と大ホールの方に入って来た。
最後に菅野彩佳は、大谷真希と目配せをした後、真希がホールの中央に進み出て声を挙げた。。
「皆さーん、準備の方のご協力ありがとうございました。さあ、クリスマスパーティーを始めましょう」
★★★
ところで、今日のパーティーは、普段、紺野家が主に賓客を呼んだ際に使用する大ホールをメイン会場とし、立食スタイルに疲れた人の為に、隣のダイニングルームも提供する形での実施となっている。
また、大ホールの入口にある両開きの扉を常時解放。玄関ロビーに置かれたソファーで身体を休めたり、じっくりと話をするニーズにも対応できるようにしてあった。
メイン会場である大ホールの前方には、低めのステージが設けられており、向かって右側に巨大ツリーが置かれている。そこには無数のオーナメントが吊り下げられていて、それらを電飾の光が照らし出している。
ステージを挟んだ反対側には、高級そうなグランドピアノがある。普段のパーティーであれば、そこにプロのピアニストが待機しているのだが、今日は代わりに菅野彩佳が座っている。その為、今日のパーティーの司会は、大谷真希が行う事になっていた。
尚、彩佳のピアノの腕はプロ級との事で、先程からスローなテンポの美しいメロディーを奏でていた。
今回も開会の挨拶は、矢吹天音の父親の正史が行なった。と言っても、今日のパーティーの主旨は参加者の親睦にある。それに、夏のキャンプの後で変わった事と言っても、それほど無い。強いて挙げれば、新しく二人の「ムシ」の仲間が増えた事ぐらいだ。その為、彼の挨拶は簡単に終わり、すぐに乾杯の音頭へと移った。
次に壇上に現れたのは、樫村英司だった。この役目を彼は、つい先程に正史から頼まれたのだと言う。そんなコメントも交えながら、英司は率なく乾杯の音頭をこなした。隣で見ていた天音は心配そうだったけど、さすが大人だと凜華は思った。
乾杯の後は歓談と言うか、楽しいお食事の時間だと凜華が思っていたら、「福島ムシ情報サイト」管理人の関口仁志が壇上に上がった。食事がお預けになって残念だと思った凜華も、仕方なく彼の登壇を拍手で迎える。
天音が関口と知り合って、五ヶ月弱。その間、凜華が彼と直接に会ったのは八月のキャンプの時だけだが、最近は天音の話に彼の事が頻繁に登場する。それは個人的に天音が関口と親しくなったのもあるんだろうけど、「ムシ」達にとっての彼の位置づけが、それだけ重要になっているとも言える気がする。そう言えば、キャンプの時の彼の挨拶は、もっと後ろの方だった筈……。
そこで、ようやく凜華は、先日、天音が「福島ムシ情報サイト」開設一周年のオフ会の事を話していたのを思い出した。そして、その間に関口の挨拶が始まっていた。
「えーと、夏のキャンプに参加された方はご存じかと思いますけど、僕は「福島ムシ情報サイト」の管理人をやっている関口仁志と申します。本業の方は、岩木高校二年の学生です……」
初めて見る保護者の方々もいるので、自己紹介から始まった関口の話に、いつしか凜華もまた引き込まれて行った。
END099
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話も「ムシ」達のクリスマスパーティーの続きになります。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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