第5話 俺とお前のオムライス 8 ―人生が変わる予感―
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「正義くんはお父さんが亡くなって、次はお母さんが又は妹さんが、もしくは自分が……そんな風に考えた事はないかい?」
「次はって、死ぬって事?」
勇気は頷いた。その瞳は正義の瞳を強く見詰めている。
「思わないかい?」
「ううん、全然。勇気はそう思ってるの?」
「うん、思っているというか、そう思ってしまう……というか。ふとした瞬間に、そんな不安に駆られるんだ。正義くんにはそんな時は無いの?」
「ううん、全然」
「そうか……」
正義が首を横に振ると勇気は俯いてしまう。
勇気は期待していたのだ。『もしかして正義くんは、俺と同じ悩みから立ち直った人間なんじゃないのか?』と。もしそうであるなら聞きたかった。『どうすればこの悩みから脱却できる?』と。それと『もしも彼が悩んでいる最中であれば、悩みを共感し合える仲間が出来る』という期待もあった。でも、正義の回答は『全然』だった。
「全然か……」
質問をする前に勇気は正義の父親の死因を聞いていた。正義の父親の死因は正義曰く『くもナントカ』。
『店の準備中に倒れて、次の日には死んじゃったんだ……』と、正義は悲しそうに語った。正義も勇気と同じで父親との別れは突然だったのだ。だから、勇気の期待はより高まっていたのだが。
「正義くんには、不安は無いのか……」
「うん、全然無いよ。って言うか、逆に安心してるし!」
「えっ……安心?」
予想外の正義の言葉に驚いて、勇気は再び顔を上げた。正義の顔を見ると、正義は笑っている。
「安心って、ど……どうして? 何故、安心を?」
「へへっ! だって、父ちゃんは死んじゃったけど、今でも俺のそばにいるからだよ!」
「キミのそばに……」
正義は『当然だろ!』という風に言ったが、勇気には伝わらなかった。
首を捻る勇気を見た正義はもう一度「へへっ!」と笑って、自分の言葉の意味を語りだす。
「あのさ、俺さ、父ちゃんが死んじゃった日から毎日毎日ずっと泣いてたんだ。そしたらさ、バッチャンに怒られたんだ。っでバッチャンに言われたの『父ちゃんが見守っててくれてるのに泣くんじゃない!』って」
「見守っててくれる?」
「うん! バッチャンが言うにはね、俺の父ちゃんはいつも俺の後ろにいるんだって! 『守護霊様になってる』ってバッチャンは言ってた。俺を守っててくれてるんだって! だから『泣いてないで強くなりなさい』ってバッチャンは言うの、『これからはアンタが母ちゃんと妹の華を守らなきゃいけないんだから』って!」
「守護霊……か」
勇気はオカルト話が嫌いだ。幽霊なんてものは存在していないと思っている……その為、勇気は眉をひそめた。正義は話す事に夢中で気付きはしなかったが。
「うん、そうだよ、守護霊さま! へへっ! だから俺は安心してんの、俺たち家族は大丈夫だってね! みんな健康、みんな安心!俺は父ちゃんが守っててくれてるからモチロン大丈夫だし、母ちゃんと華は俺が守るしね! んで幽霊って多分スゲー奴だから、母ちゃんと華の所にも分身して行ってると思うんだ! だから結局無敵なの! へへっ、だからさ勇気も勇気の母ちゃんも大丈夫だよ! だって、めっちゃスゲー父ちゃんが勇気と勇気の母ちゃんを守っててくれるんだもん! 安心しろよ!!」
「す……凄いな」
「な、スゴイだろ!」
「うん、理屈がね……物凄い屁理屈だよ」
「えっ、屁ぇ? なに、おなら?!」
「違うよ、そういう意味じゃないよ」
正義の話を聞いて、勇気は『物凄い屁理屈』と思った。けれど、勇気は自分の中にある不安感がすぅーと軽くなるのを感じた。それは正義の理屈が『物凄い屁理屈』と思うに反して自然と勇気の中にも浸透していったのか、それとも自分と似た境遇であるにも拘わらず快活に笑う正義の笑顔に励まされたからか、それは勇気本人にも分からない。分からないが勇気の不安感は軽くなった。
――そして、その日の夜もまた勇気は悪夢にうなされずに済んだ。翌日の目覚めはとても良く、朝食も美味しく食べれて『快適な朝だ!』と勇気は感じた。
「父さんが見守っててくれている……か」
「何? 勇ちゃん何か言った?」
「ううん、何でもないよ! 母さん、このスクランブルエッグ最高だね!」
食卓から見える窓の外には気持ちの良い青空が広がっている。
死に対する漠然とした不安や恐怖心は、勇気の中からすっかりと消えていた。
勇気は『人生が変わる』そんな気がしていた。




