第3話 慟哭 12 ―勇気と正義の戦い……―
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勇気の想像通りであった。正義は変えようとしていた、勇気の暗い表情を。否、表情だけではない。勇気の考えもだ。
正義は勇気から通信が届いた時に知った――勇気の声を聞けばすぐに分かった。
『勇気が自信を喪失している』と。
自信を取り戻させる為に、正義は勇気に会いに来たのだ。『勇気はもう一度立ち上がれるはず』と正義は信じるから。
「お~~い勇気、聞いてるのかよ? 何か答えてくれよ!」
「……聞いてるよ。だがな、今はお前と冗談を言い合っている場合じゃないんだ」
「えぇ、なんでだよ!」
勇気に背中を向けられても、正義は語り掛け続ける。どうしても聞かせたい話があるから。
「なぁ勇気、あの時の事覚えてるか?」
「あの時? それだけ言われても、何の話だか分からないが……」
勇気は無愛想に答えた。
勇気に自信を取り戻させたい正義とは反対に、勇気は正義との間に壁を作ろうとしていた。『これからの話は、雑談を交えた後では話せない』と思うから。
勇気は自分自身と戦っているのだ。『これは俺の、英雄としての最初で最後の戦いだ……』と覚悟を決めて。
「あっ、そっか、そっか、そうだよな! あれだよ、山田と喧嘩してた時の事だよ!」
戦っているのは正義も同じだ。勇気と話している間に正義は分かってきていた。『勇気が自分と距離を取ろうとしている』と。だから正義は少し早口で喋る。『まずは俺の話を聞いてもらわないと』という思うで。
「あの時、お前は俺を騙したろ? 俺を騙して、たった一人で山田ん所に行って――」
「おい、急になんだ。そんな昔話を始めて……俺はそんな無駄話をするつもりで、お前を呼び出したのではない」
『山田』は二人が小学生の頃に同級生だった男子だ。
勇気はこの名前を聞いて、正義がどんな話をするつもりかを察した。
察した勇気は、話し出そうとする正義を止める。何故ならば、今の勇気にとっては聞きたくはない話だからだ。それは、正義と出逢った頃を思い出させる話だから。
「へへっ! 良いじゃん、良いじゃん! 話させてくれよ!」
しかし、正義は無理矢理に続けようとした。
「あの時の勇気はさ、俺が山田にボコボコにされるのを分かってたんだよな! あの頃の俺は、小さいくせに喧嘩っ早かったもんなぁ! だから、俺を守ろうとして、俺がついてこない様に考えて――」
「そんな昔話をしても意味はない、昔の俺と今の俺とでは違う人間だ……」
「へへっ! 良いから聞けって!」
「いや、聞きたくはない!」
勇気は声を荒げて正義の話を遮った。顔には冷笑が浮かぶ。自分自身へ向けた嘲りとしての冷笑が。
「正義……慰めるのはもう止めろ。お前も見ただろ。昨日の俺を――」
『正義が話を止めないのならば、自分から流れを変えなくてはいけない』と勇気は考えた。
そして、勇気はゆっくりと振り向く。
その瞳には力があった。暗い顔は変わらないが、強い眼差しで正義を見詰めた。
「俺は昔とは違って、臆病者なんだよ。だから昔話をするな。俺は、恐怖に囚われた臆病者になったんだ……その姿をお前も見ただろ。英雄である資格のない、敵に怯え、逃げた……俺の姿を」
「ちょっと待てよ、英雄である資格がない?」
勇気の主張に、正義の笑顔も消えた。
「それ、どういう意味で言ってんだ……臆病者? 俺にはそうは見えないけどな」
「嘘をつくな……」
「嘘じゃねぇ」
正義の語気も強くなっていく。『英雄である資格のない』や『臆病者』……勇気の言葉を正義は聞き捨てならなかった。
「お前は臆病者なんかじゃないし、英雄になるべき人間だ。俺は知ってんだ、お前が《勇気の英雄》に相応しい人間だって!」
「《勇気の英雄》……それは《勇気の心》を持つ者が成れる英雄だろ。慰めるのは止めろと言ったろ、俺は、自分自身がどんな人間かを昨日痛い程知った……だから――」
「やめろ! それ以上言うな!」
正義も立ち上がった。正義も必死だからだ。
正義は『だから――』の後に続く言葉を聞きたくはなかった。勇気が何を言おうとしているか分かってしまうから。
「勇気、自信持てって、持ってくれよ! まずは俺の話を――」
『――聞いてくれ』と呼び掛けようとするが、勇気は首を振り、拒否する。一夜の内に見付けた答えを、『自分がどんな人間か』を、正義にも分かってほしいから。
「自信……そんな物を持って何になる。そんな物を持とうとして、俺は取り返しのつかない事をしてしまった。臆病者なのに、英雄になろうとして、俺は……俺は!!」
「話を聞けって!!」
「聞かんッ!!!」
勇気は切り株のテーブルを殴った。
勇気は戦っているのだ。正義と、自分自身と。
世界を救う為に。
― 今ここで止められる訳にはいかない。正義の優しさに甘えたら、俺のせいで世界が滅びるんだ……分からせないと、俺がどういう人間なのかを、正義に分からせないと……
「体が震えるんだよ、敵を目の前にすると、どうしようもなくな……正直に言うよ、俺は怖いんだ……俺は、死ぬのが怖いんだよ!!」
「そりゃそうだろ! 俺だって怖いよ!!」
「違う!!」
勇気は殴りかかる様な勢いで正義の言葉を否定した。
「お前は……それでも戦っているだろ、でも俺は違う、逃げたんだよ……怖くて、逃げたんだ!! 人が死んでいくのをこの目で見ているのにな!!」
「だったら、次は戦おうぜ! 俺と一緒に、デカギライと戦ってくれ!!」
正義はテーブルを回り、足早に勇気に近付いて行く。
そんな正義を睨みながら、勇気は問い掛ける。
「お前は、"恐怖"を見た事があるか? 闇の塊を……見た事があるか」
「恐怖を見た、闇の塊、何だよそれ」
「やはりお前は見た事がない様だな……」
「無いよ……無いし、関係ねぇ!!」
両者共に語気を荒げ、憎しみ合ってもいないのに睨み合ってしまう。
「俺はお前を止めるぞ、ダメだかんな、お前、英雄を……そんなのダメだ!! 俺は、お前がいなくちゃ――」
正義は『自分の想いを全て伝えなくては』と急いだ――が、勇気も自分の想いを伝える為に必死に戦う。
「良いから聞け!! 関係なくはないんだ!! 俺は見たんだよ……《王に選ばれし民》が現れようとするその前に、空が割れるその前に、この世のものとは思えない禍々しい闇を!! 俺はな……俺はな――」
「勇気ッ!!」
「聞けよ!!」
雪崩が始まっていた。勇気は正義の胸倉を掴んでしまった。
「俺は……俺はその闇を恐怖だと悟った、俺の心に宿ろうとする恐怖だってな!! 勿論、俺は抗ったさ、俺に取り憑くな、取り憑こうとするなって!!」
「心に取り憑こうとする恐怖だって……何だよそれ、そんなの幻だろ!! 幻を見たからって何なんだよ!!」
「幻……俺も初めはそう思ったさ、でもな、違うんだ、恐怖は……闇は、確かに存在し、そして謎の声が言った!!」
「謎の声?!」
"闇の塊"に"謎の声"、勇気の口から次々と出てくる言葉は正義にとっては奇妙なものであり、脳が簡単には租借出来ないものだった。
「そうだよ謎の声だ……その声が言ったんだ、俺の人生は『常に死への恐怖と共にあった』とな。そして、俺は『恐怖の囚われ人だ』とも……否定したさ、でも、声の言う通りだった。その通りだったんだよ!!」
勇気は自分自身を笑い、情けなさに首を振った。
「俺は……敵を目の前にして怖じ気づき、我を失い、警官達を見殺しにした……そして、理解したんだ。恐怖は俺に取り憑こうとしていた訳じゃなかったと――」
勇気は正義を掴む手を離し、自分の胸を叩く。
「あったんだよ……ここに、始めからな。俺は、始めから恐怖に囚われた人間だったんだよ。そんな俺が英雄になれる訳がない。それも"勇気"の英雄になんて!!」
「違うぜ、勇気は――」
正義は急いだ。自分の想いを伝えたいから。だが、勇気は聞かなかった。正義の言葉を待たずに腕時計を外してしまった。
「俺の考えをよく分かったな……その通りだよ――」
「待て! 待てって!!」
正義は焦った。しかし、勇気には届かない。
勇気は正義の胸に腕時計を押し付ける。
「俺には無理だ。今すぐこの腕時計を他の人間に渡すんだ……俺よりも、腕時計の力を上手く使えるヤツがいる筈だ、その人を探せ、今からでも遅くはない」
「他の人に……何言ってんだ!! 俺の話も聞け!! 俺はな、俺はお前とじゃないと――」
「馬鹿野郎ッ!!!」
「………ッ!!」
――激昂した勇気は、遂に正義を殴ってしまった。
「遊びじゃないんだぞ、戦いなんだ……戦えもしないヤツに拘る理由が何処にある!! 世界の命運がかかってるんだぞ!!」
『英雄失格の自分が、選ばれし者であり続けようとすれば世界が滅んでしまう……』、自分の心に恐怖があると悟った勇気は、自分自身に失格の烙印を押すと共にこの考えに至った。
勇気は己の考えを正義にも受け入れてもらいたかった。しかし、正義は受け入れようとはしなかった。
勇気は気付いてほしかった。友を殴ってでも、気付いてほしかった。正義を想うから、正義の命を守りたいから……
「友情だなんだと口にするなよ……良いか、英雄にも成れない、お前と共に戦えない俺が、お前の横に居たらいけないんだ!! 英雄は五人だ、一人でも欠けたら強大な悪には立ち向かえない!! お前が俺に拘れば、選ばれし者でありたいと俺が拘れば、いづれお前は死ぬ!! お前だけじゃない、桃井も黄島も緑川も、皆だ、世界が滅びてしまうんだよ!! ……ダメなんだ、ダメなんだよ、俺みたいな臆病者が、英雄になど、初めからなれる訳がなかったんだ!! 英雄であるお前の友となる資格も……なかったんだよ!!」
「何言ってんだ!! 臆病者だとか、どうとか、自分を卑下すんな!! 俺はな、お前に《勇気》って心が何かってのを教えてもらったんだ、お前はな――えっ……ゆ、勇気」
勇気の胸を正義は掴んだ。
その手に、涙が落ちる。
「正義、お前と出逢えて良かったよ……ありがとう」
親友の涙を見た正義の手は、はらりと落ちた――




