第3話 慟哭 2 ―セイギは叫ばずにはいられなかった―
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炎が照らし出したバケモノの顔はコートや帽子と同じく白かった。
色を塗る前の塗り絵かの様に、色白ではなく完全なる白だ。ギリシャ彫刻が如くとも謂える。そして、顔はキュビズムの絵画だった。目や口や鼻や耳が本来あるべき場所とは違う場所にあったのだ。
右目か左目かが鼻があるべき場所にあり、代わりに鼻は額の左端にあった。そのどちらもが斜めに傾いていて、傾いた鼻と対極の場所の額の右端には、もう一つの目があった。こちらは傾いてはいなく目頭と目尻が水平なままだったが、そのすぐ下にある口は縦になっていた。額の中央には片方の耳がある、もう片方は左頬だ。
更に、顔のパーツの配置が不統一であれば大きさも不統一であった。
額にある目や二つの耳は特別大きくはないが、口は高笑いを響かせる為だろうか頬全体を占める程の大きさがあり、顔の中央にある目は握り拳程に大きかった。反対に鼻は小さい、赤子の鼻よりも小さいだろう。
「……ッ!!」
セイギはこの姿に心を揺らした。仰天し、絶句したのだ。
セイギは誘拐犯のリーダー格の男が人間だった頃の姿を知っている。知っているからこそ、男の変化に強く驚き、人ではない者になった姿に吐き気を覚える程の禍々しさを感じた。
「お前……お前ッ!!!」
けれどその気持ちは、すぐに悲しみへと変わる。
「お前……人間を棄てちまったんだな……なんで、なんでだ! なんで、悪魔なんかに魂を売ったんだ!!」
セイギは頭の中ではとっくに理解しているつもりだった。『リーダー格の男はバケモノになった』と。しかし、実際にバケモノになった姿を目の当たりにすると、頭よりも心が反応した。
『人間が人間でない者に変わる』という残酷さが鮮明になり、敵であろうが、味方であろうが、セイギには関係なくなった。人が人を棄ててバケモノになる、目の当たりにした事実にセイギは深い悲しみを覚えたのだ。
「はぁあ? なんだ急に? フハハハハハハハッ!!」
対して男は高笑いを上げた。己の為の嘆きの意味をバケモノになった人間は考えられない。嘆くセイギの姿もバケモノになった男には笑い者でしかない。
「悪魔だぁ? ハハハッ! 違うなぁ……神だよ! 神が俺に力を与えてくれたんだ!!!」
「違うッ!!」
セイギは男の言葉を強く否定した。
「神なんかじゃない、悪魔だ! それは悪魔の力なんだよ! 引き返せ! 戻れるなら、早く人間に戻れ!」
一度人間を棄てた者が再び元の姿へと戻れるのか……それが出来るかはセイギにも分からない。けれど、セイギは願う様に叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
「おいおい、急にどうしたんだよ? まさかお前、怖じ気付いたじゃないよな? ハハッ! そうか、そうか、いくらヒーローを気取っていても俺が怖くなったんだな、そうだろ? ハハッ!! だけどなぁ、いくら説得しても無駄だ、俺は棄てないぜ、この力を――」
男は右手を撫でた。宝物を愛でるかの様に優しく。
炎に照らされて判明した男の変化は顔だけではなかった。顔から下に視線を向けると薄闇では右手に持っていると見えた銃が《《手には持っていない》》と分かった。何故ならば、男の右手自体が銃だったからだ。手首から先は手の甲も手のひらも五本の指も無く、ラッパ型に広がった砲口を持つ銃になっていたのだ――バケモノになった男は異様な右手を撫でながら「この力は最高だよ……」と嘯いた。
「俺はこの力を使って、俺の大嫌いな奴等を一人残らず消すんだ……俺の自由を奪おうとする、正義ヅラしたアイツ等をなぁあ!!」
バケモノは歪な場所に置かれた両目を見開き、銃を構えた。
バケモノが「BANGッ!!」と口にすると、弾丸が放たれる……セイギが素早く斬り落とすが。
「ハハッ! 怖じ気づいた割にはやるじゃねぇか、面白い……だったらかかってこいよ、殺り合おうぜ!!」
バケモノは『来い来い』と左手を動かし、セイギを挑発する。が、セイギは乗らない。挑発に乗る代わりに、セイギは唇を噛み、バケモノに問い掛けた。
「"アイツ等"……って、警察の人達の事か」
「あぁ? ハハッ……そうだよ、警察だよ、刑事の事だ!!」
バケモノの右頬占める程に巨大な口がニヤリと笑った。
「俺がいう相手が誰かと気付いたって事は……さてはお前、アレを見たんだな。どうだった、傑作だったろ? 死体を消すのにはいつも苦労するんだ、しかし、それがどうだ? この銃で撃てば一発だったよ……コレに撃たれた刑事共は俺がバラバラにしてやらなくても勝手に消えた、ハハッ、凄いだろ! 死体さえ無ければ俺はもう捕まる事は無い! 俺は最強になったんだ!!」
「やめろ……命を弄ぶ様な言葉をベラベラと吐くな!!」
「あぁ? 何だと?!」
バケモノが首を傾げると、セイギは大剣を握り直す。
「亡くなったあの人達を馬鹿にするなって言ってんだ……人間に戻って、あの人達の命を奪った罪を償え!!」
「フハハハハッ! 誰がそんな事をするかよ!!」
「馬鹿野郎ーーーッ!!!」
セイギは一気に駆け出し、バケモノに向かって大剣を振り下ろした。
「おいおい、急に殺る気になったのかよ? 情緒不安定なんじゃないのか、お前? 頭大丈夫かよ?!」
セイギの斬撃を銃身で受け止めたバケモノは、額にある小さな鼻をひくつかせて嘲笑の笑みを浮かべた。
対してセイギはバケモノの嘲笑を「煩いッ!」と切り捨てる。
「早く人間に戻れ……人間に戻って罪を償うんだ!! でないと俺は、お前を倒さなきゃならないッ!!!」
「俺を倒す? おいおい、それって俺を殺すって意味だよな? お前みたいなクソガキにそんな事が出来るわけないだろうが!!!」
「お前が人間に戻らないならやるしかない!!!」
セイギの声は震えていた……
セイギはバケモノと戦う覚悟を持っていた。
だが、その覚悟は『バケモノに挑む覚悟』であり、『バケモノの命を奪う覚悟』ではなかった。
セイギはバケモノが警官の命を奪った事実を腹立たしく思う反面、誘拐犯の男がバケモノになった事実も悲しく思っていた。
悲しく思うという事は、誘拐犯の男が人間を棄てた事実を見ても、セイギは未だに目の前のバケモノを人間と見てしまっているという事だ。
世界の平和を目指すセイギにとって、人間の命は守るべきものであって、奪うものではなかった。
己の甘さと覚悟の低さを知ったと思い、『やるしかない』と叫びながらもセイギは狼狽を隠せなかった。狼狽と共に『人間に戻れ』と願ってしまう。
― 俺は馬鹿だ……バケモノは、人間や動物を使って生み出される存在ってボッズーから教えられていたのに、こんな土壇場になって迷ってる。でも……でも……どんな姿形になろうが……この男は人間だよ!! 人間なんだ!! ボッズー、俺はどうしたら……どうしたら良いんだ!!!
巨大な迷いが津波の様にセイギの心に襲いかかるが、友を求めても友は居ない、セイギはただ願いを叫ぶしかなかった。
「だから――人間に戻ってくれ!!」
「戻るか馬鹿がッ!!」
しかし、バケモノはセイギの願いを軽々しく蹴散らした。それは言葉だけでなく行動としても――バケモノはセイギの腹を蹴った。
「俺が、お前の願いを聞く訳がないだろ! 俺は、俺の自由を奪う奴等を一人残らずぶっ殺すんだからなぁ!!!」
地面に倒れたセイギを見下ろし、バケモノは銃を構えた。
「何で分かってくれないんだッ!!」
迷いが生まれても、セイギは弱くはなかった。倒れたままで足を振り上げ、バケモノの銃を蹴り払った。
昨日とは違い、バケモノの銃は宙を舞わない。バケモノの手自体が銃なのだから。
だがバケモノは手を上げる形になり、脇腹がガラ空きになった。
「痛い目を見なきゃ分かんねぇなら! 俺は分からせるぞッ!!」
そして、セイギは立ち上がる。立ち上がりながら大剣を横一線に振るった――
「グアァーーーッッ!!!」
脇腹に斬撃をくらったバケモノは、叫び声を上げながら炎上する背後の木に抱き付く形で倒れた。
「うわぁぁぁぁ!! ……熱いッ!! 熱いッ!! 助けてくれ! 頼む! 助けて!!」
炎が、バケモノの真っ白なコートに燃え移った。
バケモノは断末魔が如く悲鳴と共に地面を転げ回る。
「頼む! 助けて!! 熱いッ!! 熱いよッ!!」
「助けろって言うなら人間に戻ると誓え! 誓うなら助けてやる! その炎も消すし、お前が人間に戻れる為に俺も協力する! だから――」
「分かった! 分かったよ!! だから、助けてくれ!!」
「本当かッ!!!」
「本当だよ! ヒーローが見殺しにするのかよ!!」
「……」
セイギは少し躊躇した。最前までの口振りからバケモノがすぐに改心するとは思えなかったからだ。しかし、ここで希望を抱いてしまうのがガキセイギ……赤井正義という男であった。
「……本当だな!! 絶対だぞ!!」
疑いを全て捨てた訳ではない。それでもセイギはバケモノに歩み寄り、助ける為の手を伸ばした。
「あぁ……あぁ、するよ……」
バケモノはセイギの手を取り、素早く立ち上がる。
「格好良いよ、お前。こんな俺にも情けをかけてくれるなんてな……そんな奴は初めてだ。心優しきヒーローってヤツか……俺も、お前みたいな奴にもっと早く出会えていたら、こんなクズにはならなかったよ……なんてな!」
男の口がニヤリと歪んだ。
「何ッ!!」




