第2話 バケモノッッッッッ!!!!! 5 ―目は口ほどに物を言う―
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「ん? どうした希望??」
「うん、スッゴく!」と言った後、希望は「あっ!」と口を開いたまま固まった。『あと……何分だ?』と希望は考えていたのだ。『叔父と約束した十五分まで、後何分残っているのだろう?』と。
「おい、どうした希望?」
希望の突然の硬直に驚いた正義は、希望の顔の前でヒラヒラと手を振った。が、希望は自分の世界に入ったままで考え続ける。『ヤバッ! 絶対にもうすぐで十五分経つよ……おじさんが来ちゃう! ウゲェッ! 絶対に正義さんに突っかかるじゃん! やめてくれよぉ~~!』と。
思考と連動して希望の口の形も『あっ!』から『ヤバッ!ウゲェッ!!』へと変わった――そんな希望に正義は焦った。
「おいおい希望、どうした? 変になっちまったのかよ!」
正義は希望の肩に手を置いて、大きく揺さぶった。
「おい、希望、起きろ! 目を覚ませ! 戻って来い!!!」
「ンッ! ンッッ!! ……な、なにぃ正義さん?」
体を揺さぶられ、希望は漸く目を覚ました。
「なにぃじゃないぜ、希望! 変な世界に行っちまってたぞ!」
「え、変な世界??」
無言で顔を歪ませる希望の姿は正義にはそう見えた。
「そうだよ、変な世界だよ、『ヤバッ!』とか『ウゲェッ!』とか、変な顔してたぞ!」
「そ、そうなの?」
その時だ、希望の背後で『チーンッ!』とエレベーターの開く音が聞こえたのは。
「あっ……!!」
希望の口が再び大きく開いた。
エレベーターが開くと同時に重量級の足音が聞こえてきたからである。
「ん? あれって、希望のおじさんじゃね? なんか、走ってこっち来てるぜ?」
正義は首を傾げた。
エレベーターホールとエントランスとの間には自動ドアがある。正義はドアの向こうに希望の叔父を見付けたが、叔父が走る理由は分からない。しかも相手が浮かべているのは鬼の形相だ、尚更理由が分からない……が、直後に鬼の形相は自分に向けられたものだと正義は知る。
「あれ? 希望のおじさん、フライパンを持ってるぜ??」
希望の叔父は自動ドアが開くと同時に――
「貴様ぁ!! 希望に何をするつもりだぁ!!」
正義に向かって声を張り上げたからだ。
「うわっ! ちょ、ちょっと、なんすかぁ!!」
声を上擦らせて怒鳴る希望の叔父は、正義に迫ると同時に手に持ったフライパンを振り下ろした。
「うわっ! ちょっとおじさん、 危ないですって! やめてくださいよ!!」
「うるさい! 何が『おじさん』だ! 貴様に気安く呼ばれたくはない、離せぇ~~!!」
正義は咄嗟に希望の肩から手を離し、振り下ろされたフライパンを受け止めた。が、希望の叔父はフライパンを押したり引いたり。正義に奪われた自由を取り戻そうとする。がしかし、正義の力は強い。そんな簡単に自由は与えない。
「貴様ぁ~~!! フライパンから手を離せと言っているんだぁ!! 私は悪漢から、希望を守るんだぁ~~!!」
「ちょっ、あ、悪漢?! なんすかそれ、おじさん、 なんか勘違いしてますって!!」
「何が勘違いだぁ~! 貴様は希望に掴みかかっていただろぅ~~!! 許さんぞぉッ!!!」
「つ、掴みぃ???」
正義は希望の目を覚まさせる為に肩に手を置き揺さぶった。その姿を、希望の叔父は"掴みかかっている"と勘違いしてしまった様子……
「いや、俺は掴みかかってないですよぉ!!」
正義は「違います、違います!!」と首を振って否定するが、希望の叔父は聞く耳を持ってくれない――この間、希望が何を考えていたのか、それは"何も考えられていない"である。
希望は眼前で起こった騒動に、ただ目を白黒させるのみ。大好きな二人が戦ってしまっているのだから仕方がないだろう。
「掴みかかっていないだとぉ!!ええぇい、嘘をつくなぁ!! 私は誘拐犯なんかに騙されはしないぞッ!!」
「ゆ、誘拐犯?!」
「そうだぁ~!! 貴様が希望を誘拐した犯人の仲間だと私は分かっているんだぁ~~!!」
「えっ……なんで?! 誘拐犯は捕まったんじゃないんですか?」
「何をぉ、白々しい!!」
「白々しいって、だって希望とおじさんは昨日警察に行ったんですよね?」
「行ったさぁ!! 行き、希望の証言から警察は、現場になった廃工場と、誘拐犯のうちの二人が連れ込まれたという病院を特定し、三人とも逮捕したぁ~~!!」
「だったら、俺は違うって分かるでしょ?」
「煩い! 白々しいと言っている!!!」
希望の叔父の怒りは加速していく。
怒りが加速すると共に叔父の力は強くなってフライパンを引くのをやめた、押すだけになった。
「ぐっ……ちょっ……ちょっと待って!!」
正義の身長は170cmギリギリあるかないか。対して希望の叔父は180cmを超えている。高い位置から押されて正義の背骨はギシギシと軋む。
「ちょっ……ちょっとッ!!」
正義は踏ん張った。が、希望の叔父は百キロ以上ある巨漢だ。その重さがのしかかり、正義の体はエビ反りに曲がっていく。
「白々しい嘘をついても私はお見通しだぞッ! お前達のリーダーが逃げ出した事をこっちが知らないとでも思ってるのかッ!! ソイツの命令で貴様は来たんじゃないのかぁぁぁあッ!!!」
「え……? な、なんて?」
正義の力は一瞬抜けた。
「このぉぉぉお!!!!」
力の抜けた正義を希望の叔父は押し倒す。
ドンッ!!!
……と打った背中に痛みが走る。だが、正義は『それはどうでも良い』と思った。それよりも希望の叔父の発言が気になった。
「誘拐犯のリーダーが逃げた……おじさん、それってどういう事すか?」
正義が倒れると希望の叔父は跨がってきたが、それも正義は気にしない。"どういう事か"……が知りたいから――そんな正義に向かって希望の叔父は怒鳴る。
「まだ、しらばっくれるつもりか! 警察からはなぁ、逃げた男が再び希望を狙う可能性があると警告が来ているんだ! 俺はお前が訪ねてきた瞬間にピンッと来たよ! 正直に白状しろ、お前は逃げた男の仲間なんだろ!! 男に何を命令されてここに来たぁ!! 復讐でもするつもりかぁ!!」
これが、希望の叔父が正義を疑う理由だった。
ただ神経質になり正義を疑っていたのではなく、叔父は叔父なりに理由を持っていたのだ。
「やめてよ、おじさん!!」
混乱の最中にいた希望も『誘拐犯のリーダーが逃げ出した』という叔父の発言に驚き、流石に混乱を吹き飛ばした。
希望は急いで叔父に近付くと、叔父の脇の下に腕を入れて正義から引き離そうとする。
「正義さんは誘拐犯の仲間なんかじゃないよ! やめて! 離れて!」
「希望の方こそやめなさい! おじさんの言う事を聞くんだ、俺は今から警察に連絡する! この男を逮捕してもらわないといけない!!」
しかし、興奮する叔父は希望に耳を貸さなかった。フライパンを投げ捨てた叔父は、正義の肩に手を置いて、地面に押さえ付ける。
「何言ってんだよ! 正義さんを逮捕なんて出来る訳ないでしょ! 正義さんは何もしてないんだから、それよりも犯人が逃げたって本当なの?! 僕、そんなの知らないよ! おじさん、心配のし過ぎで妄想しちゃってんじゃないの!」
希望は叔父を疑うが、疑われた叔父は首を振る。「妄想ではない、黙っていたのは希望を怖がらせない為だ!」……と。
「犯人はなぁ、パトカーごと爆発させて警官の前から逃げたって話なんだ! おい、アカイセイギ!!」
叔父は声を上擦らせ、正義の胸ぐらを掴んだ。
「目撃者の証言の中にはな、逃げていく犯人は"化け物"の姿をしていたって話があるんだ! それはいったい何だ、お前が知っている事を全て話せぇ! お前達のリーダーは人間じゃないのか、警察よりも先に俺が聞き出してやっ―――え……?」
希望の叔父は突然黙った。
手は震え出し、掴んだ胸ぐらも離してしまう。
「え……えっ……なんだ?」
「え? ど……どうしたの? おじさん??」
叔父の異変に気が付いた希望は、その顔を覗き込む。
「あ、いや……」
叔父は唖然とした表情を浮かべていた。
「ど……どうしちゃったの、おじさん? 正義さんがどうかしたの?」
叔父が唖然とする意味を知ろうと、希望は正義の顔を見た。そして、希望は耳慣れた諺を思い出す。『目は口ほどに物を言う』……という諺を。




