第2話 バケモノッッッッッ!!!!! 4 ―希望の叔父は心配性―
4
「ほらよ!!」
正義はいつものニカッとした笑顔を浮かべて、希望の手にダンボールジョーカーの人形を握らせた。
「え……ダンボールジョーカー」
希望は『渡したい物があるんだ!』と正義に呼び出されて『それはいったい何だろう!』と期待に胸を膨らませていたのだけれど、渡された物がダンボールジョーカーの人形だと知るとその眉を困らせた。
「へへっ! ソレ、希望のだろ? 昨日、希望を誘拐した男の車ん中で見付けたんだよ!」
「あ……う、うん……ぼ、僕のだね。う、うん……」
希望と正義はマンションのエントランスに居た。
エントランスの照明は暖色の間接照明で、ムードはあるがハッキリとした明かりではない。尚且つ外は曇り空であるから、エントランスはかなり薄暗かった。
エントランスの薄暗さに反して、希望を見詰める正義の笑顔は明るい。満足げに腕まで組んでいる。
この明るい表情と、満足げな態度を見ていると、希望は本音を話す事が出来なかった。
『ダンボールジョーカーは嫌いだ』と伝えられなかった。
「あぁ……よ、良かった! ぼ、僕、さ、探してたんだぁ! ダ、ダンボールジョーカー大好き! だ……だって格好良いもん! 正義さん、ありがとうね!!」
希望はダンボールジョーカーが嫌いだ。
ダンボールジョーカーの髪は茶髪でくるくるとしている。肌は白く、鼻には真っ赤な球体がついている。仮面バイカーなのだから、鼻等々の全ては仮面なのだが、この仮面が問題だった。
ダンボールジョーカーの仮面は、希望が大嫌いな存在をモチーフにしているのだ。
だから希望はダンボールジョーカーが嫌い。
ダンボールジョーカーはピエロがモチーフ。
希望はピエロが大嫌いなのだ。
「へへっ! どうってことねぇよ! それより、昨日は渡し忘れちまってごめんな! で、どうだ? 昨日はちゃんと眠れたか?」
ニカッと笑う正義の目元は細い。希望が困っているなんて、夢にも思っていない。
「う、うん、寝れたよ」
「おっ! そうか、そりゃ良かった! 昨日は色々あったからな、悪い夢でも見てなきゃ良いけどって思ってさ!」
「あ……う、うん、大丈夫だよ!正義さんは心配性だなぁ~!」
希望は空咳の様に笑った。希望はまた嘘をついた。希望は見たのだ。不気味なピエロが出てくる悪夢を。
希望は昔からピエロを不気味に思っていた。思う理由は人間的でない白さと丸い鼻のせいなのか、それともおかしな動きのせいなのか、それともそのどちら共なのか、希望自身にも分からない。
だが、嫌いなものは嫌いだ。
昨日の希望はそんな大嫌いなピエロを二体も目にしてしまった。
一つは巨大なスクリーンの中から人類を嘲笑った《王に選ばれし民》のピエロ、もう一つは大好きな仮面バイカーシリーズのくじ引きを引いたら出てきたダンボールジョーカー。その日の夜に悪夢を見ない理由はない。
しかし、悪夢を見たと希望は言えなかった。正義はわざわざ人形を届けにきてくれたのだから――対して正義は、希望の言葉を信じきり「そっか、そっか、へへっ!」と笑い、そのまま話題を変えていく。
「で、あの後はちゃんと警察には行ったのか?」
「あ、うん、行ったよ! ちょっと緊張したけどね。でもね、正義さんが言った通りで、警察に居る間はずっとおじさんが付いててくれたんだ。だから大丈夫だった!」
この返答には嘘はない。素直に答えられる質問だったからだ。
「へへっ! そっか、そっか! おじさんもおばさんも心配してたろ?」
「うん、スッゴく!!」
……と、答えた時、希望は「あ……!!」と思い出した。
正義と会う前にした、おじさんとの約束を――
インターフォンの呼び鈴を聞いた希望がゲームを止めて自室を出ると、リビングには正義の声が響いていた。
「俺、希望くんの友達の赤井正義って言います! こんにちわ……ってまだ十一時か、じゃあ『おはようございます』ですかね! へへっ!」
インターフォン越しでも正義の快活さはよく分かる。そんな快活な声を聞くと、悪夢を見て心を黒く染めてしまっていた希望でも自然と笑顔になれた。
呼び鈴を鳴らした正義には既に希望の叔父が応対していのだが、希望は「わぁ正義さんだ!」とインターフォンに向かって足を進めた。
「アカイセイギさん? あなたがうちの希望の友達ですか?」
だが、正義に応対していた希望の叔父の顔には、希望とは正反対の怪訝な表情が浮かんでいた。
原因は昨日希望に最悪の事件が起こったが為だ。事件からは一夜が明けたばかり、いまは希望に近付くて全ての人が怪しく見えるのか、希望の叔父は不審者を見る目で正義を見ていた。
「はい、そうです! 俺、希望くんの友達です! 希望くんにですね、渡したい物があってきました!」
「渡したい物? いや、その前にキミがうちの希望と友達とは思えないんだが、まさか嘘をついているんじゃないのかな?」
「え……嘘?! な、何でですか?」
正義は小首を傾げて聞くも「何ではこっちの台詞だよ」と叔父は返した。
「キミは、高校生くらいだよね? しかし、うちの希望はまだ小学生だ。大分、年の差があるよね? そんなキミが希望と友達とは私は思えないんだ」
「あ、いや……でも、友達なんすよ!」
「おじさん……あのね」
希望は叔父の隣に立った。隣に立って叔父の顔を覗き込むと、叔父の顎も頬もぷるぷると震えていた。
希望の叔父は身長180cm以上で百キロを超える巨漢だ。しかし、普段は朗らかな人物であり、正義に向ける厳しい表情は不慣れなものだった。不慣れであるから、しかめて負荷がかかった顔の筋肉が早々に限界を迎えていたのだ。
「えっと……あの、おじさん、あのね」
ぷるぷると震える叔父と、怪しまれて困った顔をしている正義を見て、希望は『そろそろ二人の間に入らなければ』と思った。
だが、行動を起こす前に正義によって火に油が注がれてしまう。
「友達とは思えないって言われても、実際そうなんすよ……えと、なんて説明すれば良いんでしょう。あの、希望くんとはですね、"昨日"知り合ったばかりなんです。確かに年の差はありますけど、それでも友達っす!」
「昨日っっっ!!!!」
現在の希望の叔父に『昨日』というワードは言ってはいけないワードだった。
「昨日はうちの希望が誘拐された日だぞ! やっぱりお前は怪しい奴だ!! さてはお前ッ――」
「あわわっ! おじさん、ちょっと待って!」
突如沸騰した叔父に驚いて、希望は急いでインターフォンをOFFにした。それから叔父を落ち着かせにかかる。
「おじさん、ちょっと待ってよ! 正義さんは本当に僕の友達だよ!!」
「のあっ!! の、希望、い……居たのか!!」
叔父は正義を疑うばかりで希望がすぐ傍に来ていると気付いていなかったらしい。
希望の顔を見ると叔父の表情は和らいでいく。
「の、希望、だ、ダメじゃないか部屋から出たら。暫くは危ないんだから」
「分かってるよ! でも、正義さんは怪しい人じゃないよ、この人だけは信用して!」
「い、いや……でも」
「でもじゃないの!」
希望は叔父に言い返した。
希望は叔父が大好きだ。
風船の様に丸々太った体型も、読書が好きですぐに運動不足になってしまう性格も、希望の我が儘を聞いてばかりで叔母に怒られてばかりな優しさも。
しかし、今は大好きな叔父に対抗しなければならないと希望は思った。友達として正義を守らなければならないと。
「おじさん、正義さんは悪い人じゃないよ! 正義さんは昨日僕を助けてくれた人なんだ!」
「た……助けた? それはどういう……昨日、自分を助けてくれたのは"知らないおじさん"だったと希望は言っていたじゃないか」
「あっ……そ、それはぁ」
希望は困った、昨日警察署では『僕を助けてくれたのは、知らない人。おじさんだったよ!』と証言していたからだ。嘘の証言をした理由は、正義との約束を守る為だ。正義の秘密を誰にも話さないという約束の為に、自分と正義の出会いすらも希望は隠したのだ……が、今は約束を守った自分が自分を困らせてくる。
「えっと……えっと、それはぁ」
叔父の質問にどう答えようかと、希望は頭を回転させた。
「……お……王に……選ばれし……民……」
「な、なに??」
「《王に選ばれし民》だよ…… 正義さんは《王に選ばれし民》から僕を守ってくれたんだ!」
「お……王に選ばれし民って……昨日の、あの……アレの事か?」
叔父の顔は『その名を口にするだけでも恐ろしい』という様に一気に青ざめた。
昨日の叔父は、仕事を休んで早朝から行方の分からなくなっていた希望の捜索を昼過ぎまで行っていた。その最中に空が割れる前兆の目映い光と轟音が起こった。だから叔父は青ざめる。《王に選ばれし民》の恐ろしさをニュースを介してではなく実体験として叔父は知っているからだ。
「僕は昨日、朝の七時に家を出て、近所のコンビニで仮面バイカーのくじを引いた。それから輝ヶ丘の大木へ行こうとした。その時に誘拐犯に目を付けられた。『車に乗せて連れていってあげる』って言われてさ。でも、車に乗せられる僕を見て、知らないおじさんが怪しんで助けに来てくれた……ここまでは警察署で話していたから知ってるでしょ? でも、ここからは話してない。《王に選ばれし民》が現れたのは、知らないおじさんに助けられたすぐ後なんだよ。それは本当にすぐ後だったから、僕にはシェルターに避難する時間がなかった。それで、どうしようかってしてる時に、たまたま正義さんに出会ったんだ。正義さんは僕を安全な場所に連れていってくれた。それからずっと、『大丈夫! 絶対に人間は負けない! 絶対に勝つ!』って僕を励ましてくれたんだ……だから、僕は怖くなかったし、《王に選ばれし民》から逃げる事も出来た、正義さんは僕の命の恩人なんだよ!」
希望は一気呵成に話した。正義との約束を守る為には、やはり真実だけでは叔父に話せない。だが、嘘をつくにしても真実を少し変えただけに希望は留めた。正義を信用してもらうには、なるべく本当の事を言った方が良いと考えたから。
「でも、昨日はそんな話ひとつもしてくれなかったじゃないか」
しかし、それでも叔父は納得してくれなかった。
「もう……おじさん、いい加減にしてよ。僕の話を信用してくれないの?」
「いや、そうじゃなくて。あのね、希望――」
「僕を心配してくれるのは嬉しいけど、それじゃあ僕はこの先ずっと友達にも会えないの? 昨日の内にさっきの話をしなかったのは警察に行ったからだよ、話すタイミングが無かっただけ!!」
希望は語気を荒げ、叔父に背中を向けた。
「僕、行くからね、友達にくらい会わせてよ!」
「いや、ちょっと待ちなさい――」
希望は肩を掴まれた。
「おじさん、僕は行くったら行く!」
希望はすぐに叔父の手を振り払った。
「止めたって無駄だよ! 僕は行くんだから!!」
「希望……」
希望が更に語気を強めると、叔父は唇を噛んだ。そして改めて希望の肩に手を置いてくる。
「分かった……そんなに彼と会いたいというなら、約束をしなさい。マンションからは絶対に出ない事、何かあったらすぐに私を呼ぶ事。そして十五分だけだ。十五分だけは時間をあげよう。だけど、もしも十五分経っても希望が戻ってこなかったら、その時は私は無理矢理にでも家に連れ戻す、分かったね……」
条件のある了承であった。
「分かったよ……」
希望も唇を噛んだ。
渋々と頷き、希望は正義の下へと走っていった。




