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ガキ英雄譚ッッッッッ!!!!! ~世界が滅びる未来を知った俺たちはヒーローになる約束をした~  作者: 立神ビーグル
第二章 勇気の英雄の激誕 編

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第2話 バケモノッッッッッ!!!!! 2 ―勇気の胃がキリキリ痛む―

 2


「母さん、戻ったよ」


 勇気は玄関の扉を開けると、家の中に向かって声を掛けた。


「はいはいぃ~~」


 玄関のすぐ先にあるガラス戸の向こうでスラリと背の高い影が動く。


「おかえり、勇ちゃん」


 ガラス戸を開いたのは勇気の母、青木麗子。

 麗子は長い足を急がせて勇気に近付くと、何やら慌ただしい言葉を発してくる。


「あのね、勇ちゃん。大変なの。大変、大変、」


「大変?」


 対する勇気の態度は冷静だ。慌てるどころか悠長に、開け放ったままの玄関の扉の枠に腕を組んで寄り掛かる。


「大変……今日は何が?」


 しかし、この悠長さも仕方がない事だ。"大変"は麗子の口癖だから。本当に大変だった事は殆ど無く、つい先日も『勇ちゃん、勇ちゃん、大変、大変、今日のママね、スッゴく目覚めが良かったのぉ!』……と言ってきたりもした。だから勇気は母の『大変、大変、』を心配せずに悠長に構える。


 そして、麗子自身も『大変、大変、』と言うわりにとてものんびりした雰囲気である。話し方もまたのんびり。のんびりとした口調で麗子は『大変、大変、』の内容を話してくる。


「そうなの大変なの。あのね、今日石塚さん来れなくなっちゃったの」


「石塚さんが?」


「うん。石塚さんね、昨日の内にメールを送っててくれてたんだけどぉ」


「ソレを、また読み忘れてた」


「うん……」


 麗子はゆっくりと頷いた。


 麗子は口調だけでなく、性格もとてものんびりとしている。動きもそうだ。何をするにもだ。


 徒歩十分圏内のスーパーマーケットに行くにも麗子なら二十分は掛かり、昨日届いたメールを読むのも今日になる。

 彼女の中では時の流れさえもゆっくりと進んでいるのだろう。今年の四月には高校三年生になる息子を未だに幼い子供の様に扱い『勇ちゃん』と呼び、四十代を迎えても彼女の見た目は二十年前と殆んど変わっていない。


 息子の勇気もゆっくりな母に慣れている。母の行動や発言に時どき辟易もするが、特に怒りはせず冷静に受け止めるだけ。


「石塚さん、お仕事になっちゃったらしいのよ、残念だわ……」


「そうか、それは仕方がないさ。昨日、《王に選ばれし民》なんて奴等が現れたんだ。警察が休みを貰うのは難しいだろうなとは思っていた」


 麗子が『石塚さん』と呼ぶ人物は警察官で、勇気の父の旧友であり同僚でもあった男だ。毎年、勇気と麗子の墓参りに同行するが今年は無理になったらしい。


「爺さんの方も風邪だったっけ?」


「うん、お腹が痛いんだって」


 勇気の祖父は、数十年前の輝ヶ丘の再開発があった時期に東都市の市長を勤めていた人物である。

 今日は勇気や麗子と共に墓参りに行く予定であったが、早朝に『風邪を引いた』と麗子のところに電話があった。


「今年は俺と母さんの二人だけか。それじゃあ、母さんそろそろ行こうか」


「うん、あっでも、勇ちゃん支度は大丈夫なの? 出来てるの?」


「支度も何も、俺は何もないよ。それよりも早くしよう。このままじゃ帰りが遅くなる」


 勇気は組んでいた腕を外し、外に出た。


 レザーコートを着込んだ勇気は身支度はそれだけで十分だった。必要最低限の物は鞄の中に入っているし、英雄としても腕時計をつけている。

 勇気は早く出発をしたかった。

 父の墓のある隣町の風見(かざみ)にある十文字寺(じゅうもんじでら)までは車で行くのだが、麗子の運転が性格と同じでとてもゆっくりな運転であるからだ。

 高速道路で定められた最低速度ギリギリで走っていた事すらあり、安全運転と言えば安全運転だが、勇気からすればゆっくり過ぎて逆に怖く、胃も少々痛むのだった。


「じゃあ、出発進行で良いのね。勇ちゃん、忘れ物はなぁい?」


「……無いよ。大丈夫だって」


 勇気が辟易と返事をすると、麗子はやっと靴を履いた。


 ―――――


「何だか、みんな暗い顔をして歩いてるわねぇ」


 自宅のある輝ヶ丘の北部からゆっくりな運転で中心部にまで来ると、麗子は道行く人達の顔を眺めて「あらぁ」と呟いた。

 それは溜め息混じりの呟きで、麗子の顔も少し暗くなる。


「それはそうだよ。昨日、あんな事があったんだ。みんな普通でいられる訳がない……」


 助手席に座る勇気も窓の外を眺めている。

 勇気の目に映る人達は折角の土曜日であるのに誰も楽しそうにはしていない。散歩する犬でさえも恐怖に怯えて歩いている様に見える。


「不安と恐怖が、皆の心を覆い尽くしてしまったんだよ」


 勇気は空を見上げた。

 昨夜の天気予報では『明日は今日と変わらず、快晴になるでしょう』と天気予報士が言っていたが、現在の空は灰色の雲に覆われている。勇気には、この空模様が輝ヶ丘の人々の不安と恐怖を象徴するものに思えた。


「不安と恐怖ねぇ」


 車が信号で止まった。麗子は勇気の言葉を繰り返し「うん、うん」と頷いた。


「そうねぇ、そうなのかも知れないわね。ママも少し怖いもの」


「母さんが……?」


 勇気は麗子の返答が意外だった。

 のんびりな麗子は逆をいえば何があっても動揺しない人物であり、慌てた姿を見せない人物だ。

 それは息子からすればポーカーフェイスと同じであり、今日の墓参りも昨日(さくじつ)輝ヶ丘に起こった出来事を考えれば延期にしそうなものを、麗子は早朝から準備を始めていて勇気は驚いた。


「なに、勇ちゃん? その驚いた顔は?」


「いや、だって意外だからさ……母さんはそういう感情を持っていないのかと思っていたよ」


「あらら、勇ちゃん、何ですかその言い方は。そんな訳ないでしょう」


 麗子は勇気の発言が冗談だと思ったのか、「ふふ」と笑った。


「私だって怖いわよぉ。でも、人間はこんな事じゃ負けないわぁ。どんな困難にも勝てるのが人間よ!」


 麗子はニコリと微笑みながら言うが、語気は力強い。信号は青に変わり、再び走り出した車のスピードも心なしか速くなった。


「あぁ、俺もそう思うよ……負けて堪るか」


 母の言葉に勇気も同意する。


「そうよぉ、人間は困難に立ち向かう時に強くなれる生き物なんだから。この局面に負けなければ人間はもっと強くなれるわね、新たな進化よぉ」


 麗子の言葉は勇ましく続く、車のスピードも明らかに上がっていく――しかし、その後にまたゆっくりになってしまうのだ。理由は次の信号で止まった時に麗子は気付いたからだ。


「あら……閉まってるのかしら?」


 赤信号で止まった時、麗子は見付けた。


 輝ヶ丘にはランドマークと呼べる巨大スーパーマーケットのピカリマートがあるのだが、ピカリマートに異変があったのだ。

 午前十時を過ぎれば煌々とした明かりが照らす筈の店内が今日は真っ暗なのだ。

 二人はここに寄るつもりだった。墓に添える花と線香を買う予定だったからだ。


「臨時休業か?」


「そうみたいねぇ。朝のニュースを見て、もしかしたらとは思ってたけどぉ……どうしようかしらねぇ」


 麗子は口をすぼめて「う~ん」と唸った。


「昨日、赤いヒーローさんのお陰で町の中には殆んど被害が出なかったんですって。でも、唯一被害が出たのがピカリちゃんらしいの。"大きな手"と赤いヒーローさんが屋上で戦ったらしいの。屋上が穴だらけなんだって……う~ん、それにしてもどうしようかしら」


「あっ……そうか」


 勇気は母の言葉を聞いて思い出した。


 ― ……そうだよ、ピカリマートは昨日戦場になったんだ。あんな戦いがあった翌日に開店しているわけがない


 勇気は気付けなかった自分が間抜けに思えた。

 勇気は見ていたのだ。昨日、大木へと向かう途中、ピカリマートの屋上でガキセイギが芸術家と戦っている姿を。


「う~ん……やっぱり風見の方からお寺さんに向かった方が良いのかしらねぇ」


 麗子は眉をしかめて考え続ける。

 麗子が何を考えているのか、その内容は聞かなくても勇気は分かる。

 それは『近道を使うか、使わないか……』だ。


 今、二人が向かっている十文字寺(じゅうもんじでら)は輝ヶ丘の西部から入れる隣町の風見(かざみ)にあるのだが、その寺の場所が頭を悩ませる原因だった。

 寺は風見を突っ切った先にある小さな山の頂上にあるが、風見の中心を通るルートから向かうと、山の形の為に――風見の町に面した山の形は垂直とは成らないまでも、それに近い――山中を螺旋階段の様にうねうねと登らなければならない。このルートを取ればかなり時間がかかるが、風見の中心部を通らずに輝ヶ丘の南部に進んで《輝ヶ丘の大木》の立つ山を通り抜けて十文字寺の建つ隣山に直接入るルートで行けば、急カーブが二度程あるものの、山中はなだらかな坂道が多く風見を通るルートと比べて半分の時間で行けるのだ。


「ここのピカリちゃんが使えないならぁ、他に行くとなると風見のピカリちゃんが一番近いのよねぇ……そうなると、やっぱり風見を通った方が良いのかしらねぇ?」


 麗子は暫く考え、答えを出し欠けた。

 しかし、勇気が首を振る。


「いや、線香ならコンビニでも買えるし、花なら確か駅ビルの地下に生花店があった筈だよ。母さん、一旦駅の方に向かってくれ。それからやはり風見は通らずに行こう」


 勇気は時間の掛かるルートは避けたかった。麗子の運転はゆっくりだ。時間の掛かるルートであれば更に時間が掛かる。今でも少々痛む胃が、車に乗る時間が延びれば延びる程、悲鳴を上げていく事は明らかだったからだ。

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