第2話 バケモノッッッッッ!!!!! 1 ―悪魔の力―
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キラキラと光り輝く"ソレ"は星の煌めき始めた夜空に現れると、ひらひらと落ちていく。
ひらひらと……
ひらひらと……
大空からひとひらと……
《王に選ばれし民》の標的とされた町へと落ちていく。
大きさも形も、桜の花びらにとてもよく似た"ソレ"。
もしもこの時、空を見上げた者がいたとしたら『季節外れの桜が咲いているのか?』と驚いた事だろう。
しかし、桜の花びらに似た"ソレ"の存在に気付く者は誰もいなかった。
何故ならば、輝ヶ丘の人々は皆、表情を曇らせて俯き、空を見上げようとはしなかったから……否、"しなかった"のではなく"出来なかった"からだ。『もしも、また空が割れたら』と誰もが皆、不安と恐怖を抱えていたのだから。
もしも、空を見上げる事の出来る勇者がいたとしても、煌めき始めた星々に、光輝く"花びら"は紛れてしまい、やはり花びらの存在に気付く事はなかっただろう。
誰にも、気付くチャンスは無かった。
人々の隙を突いて、花びらは輝ヶ丘への侵入を簡単に成功させた。
花びらは"風に吹かれる様に"飛んだ。
風が吹かぬ町を、風に吹かれる様に。
俯く人々の頭上を通り、花びらは道路に出た。道路には一台のパトカーが走っていた。
走るパトカーを花びらは追い掛ける。風に吹かれる様に、はたまた吸い寄せられるかの様に。
パトカーに追い付いた花びらは、後部ガラスへと張り付いた。
後部座席には三人の男が座っていた。
警官が二人と、後部座席の中央に警官に挟まれる形で一人。
花びらは警官の背後の後部ガラスに張り付いたが、警官には用はないのか、再び吸い寄せられるかの様に中央の男の背後へと移動していく。
男の背後へと移動した時、花びらは形を変えた。
桜の花びらの形から光の粒子へと。
光の粒子へと変化した"ソレ"は、ガラスを通り抜け、車内へと侵入していく。
「クソが……あの……ガキが……殺してやる」
後部座席の中央に座る男は、項垂れる格好でボソボソと呟いていた。
「こんな目に合わせやがって……絶対許さねぇ……あのクソガキ」
警官が止めても男の呟きは止まらない。
そんな男の首筋に"ソレ"は張り付いた――この瞬間、"ソレ"の目的は達成する。
男も、男を挟む形で座る警官も、誰も気付きはしなかった。男の首筋に張り付いた"ソレ"が、男の体内へと消えていったと誰も気付けなかった。
そして……
「アイツ……セイギ……セイギって言ったよなぁぁぁぁ!!!!」
男の怒号と共に、パトカーは突如爆発した――
「フハハハハハハハッ!!!!!」
炎上する車内からは"白い影"が走り去っていった。
高笑いを上げながら、爆炎をあげるパトカーから逃げていく者は禍々しい姿の"白い化け物"。
心を悪に染めて、《王に選ばれし民》に選ばれた男だ。
―――――
翌日。
「あ……ヤッベェ! 忘れてた!!」
「うおっと! 何ぃボズ?」
切り株のテーブルの上に座って、穏やかな気持ちで毛繕いをしていたボッズーは突然の正義の大声に驚いた。
「いやぁ……ヤベェ、忘れてたよ……」
最前までの正義は、切り株のテーブルの周りに置かれている"これまた切り株の形をした椅子"に座って寝ぼけ眼をトロンとさせていたのだか、驚いたボッズーが視線を移すとその様子は変わっていた。目はバキバキになり、焦った顔で髪の毛を掻き回している。
「忘れてたって、何をだボズ?」
「これだよ、これ!」
正義は、手に持っていた物をボッズーに見せた。
「ダンボールジョーカーの人形だよ!!」
それは、手のひらに収まる程の小さな人形だった。
クルクルとした茶髪、白い肌に真っ赤な鼻、サングラスに似た銀色の目、少し変わったデザインの人形だ。
「んぅ?? なんだっけこれ??」
しかし、ボッズーは首を傾げた。見せられてもピンっとは来なかったからだ。
なんだか見た事がある気がするが、いまいち思い出せない。
「おいおい、なんだっけじゃないだろ。これ、希望のだよ! ほら、昨日"あの男"の車の中にあった!!」
正義が口にした『あの男』、それは希望を誘拐した三人組のリーダー格の男の事だ。
「あぁ~~!!」
この言葉を聞いて、やっとボッズーもピンっと来た。
「アレかボズ、正義がリーダー格の男を怪しいって思った切っ掛けの!」
「そうだよ、ソレだよ! ソレがコレだよ! あぁ……昨日色々あり過ぎて、結局希望に返し忘れちまったなぁ」
正義は激しく髪の毛を掻き回した。
昨日の戦いの疲れがあってか、今日の正義の目覚めは悪かった。午前九時半を過ぎても未だに寝起き三十分だ。髪の毛は寝癖でぐちゃぐちゃ。ぐちゃぐちゃな寝癖が、掻き回すから更にぐちゃぐちゃになる。
「そうかぁ。でも、だったら返しに行けば良いだろボズ。そんな悩む事じゃないボズよ」
ぐちゃぐちゃの髪の毛が更がぐちゃぐちゃになってもボッズーは正義を止めない。正義が考え事をする時や困った時に髪の毛を掻き回すのはいつもの事だから、正義の髪の毛がぐちゃぐちゃになっているのもいつもの事だ、ボッズーは再び毛繕いを始める……が、正義は止めてくる。
正義は、ボッズーが頭に被っている卵の殻の天辺に手を置いて「違う、違う」と首を振った。
「返しに行けったって、俺、希望の家も知らないし、電話番号も知らないんだぜ! それじゃあ無理だぜ……」
「あぁ、そっかぁ。それは困ったなボッズー」
「だろう……」
「じゃあ俺が教えてやろうか?」
「えっ?!」
秘密基地の中には正義とボッズーしか居なかった。が、もう一人の声が聞こえた。
驚いた正義とボッズーが声がした方向を見ると、その場所には勇気が居た。
「あっ勇気!」
勇気の背後で自動ドアが閉まる――壁代わりの木に出現していたドアだ。
「正義の声は相変わらずデカいな、大木のエレベーターの中にもお前の声が聞こえてきていたぞ……で、希望くんの家だろ? それなら、俺が知ってるぞ」
「マジかよ!」
「あぁ、大体の場所だけどな。それでも良いなら教えられるぞ」
勇気はそう言って、切り株のテーブルの周りに五脚置かれている切り株型の椅子の中から、正義の正面の椅子を選んで腰掛けた。
「希望くんとは昨日の帰り、途中まで一緒だったからな――」
昨日、勇気と愛と希望の三人は夕方には基地を出た。
輝ヶ丘の北部に住んでいる勇気は、大木に近い南部に住んでいる愛とは早々に分かれたが、中心部に住んでいる希望とは途中まで一緒だったらしい。
「正義、お前『山下』を覚えているか? 昔よく行ったろ?」
「山下? 駄菓子屋の山下商店か??」
「あぁ、そうだ。その近くに公園があるのも覚えてるか? パンダの置物がある」
「あぁ、勿論! パンダ公園だろ?」
山下商店にパンダ公園、輝ヶ丘から数年離れていた正義だが、どちらも忘れる理由のない場所だった。どちらも勇気や愛、同級生達と遊びに行った想い出のある場所だ。
「あぁ、そうだ。そのパンダ公園だ。正義、お前はまずそこに行け。そしたらな――」
「ふむふむ!」
勇気の説明は全て口頭で行われた。昨日、希望を誘拐したリーダー格の男によって正義のスマホは破壊されてしまった。だから、地図は見れない。だが、問題はなかった。輝ヶ丘の町並みを正義は忘れていないから。
「――で、そこの目の前にあるデカいマンションに希望が住んでんだな!」
「そうだ。二、三年ほど前に建ったばかりのマンションだ。正義が引っ越した後に建ったものだから、すぐに分かると思う……部屋は確か、1005号室って希望くんは言っていたかな」
「部屋の番号まで知ってんのか! こりゃすんなり行けそうだな!」
「それじゃあ、すぐに行くかボズ?」
正義が説明を受けている間に毛繕いを終わらせたボッズーが言った。
「おう、ボッズーも一緒に行こうぜ。輝ヶ丘が今どんなになってるのか探検がてらにさ!」
「うん、OKボズよ!」
「いや、二人共ちょっと待ってくれ」
……勇気が止めてきた。
「ん? どうした勇気? お前も一緒に行きたいのか?」と正義は聞くが、「いや、そうじゃない」と勇気は首を振った。
「出掛ける前にさ、コレをどうだ……と思って」
勇気は、持っていた手提げ鞄の中からビニール袋を取り出した。
「ん? なんだよそれ??」
「サンドイッチだ。母さんが作ってくれた物なんだが、正義が輝ヶ丘に帰ってきたと伝えたら、お前の分も作ってくれてな。四切れあるから、嫌じゃなければボッズーと分けて食べてくれ」
「おぉ! マジか!」
「ほほ、ちょうどお腹が空いてたところだったんだボッズー!」
正義は勇気が差し出す袋を受け取った。
サンドイッチは一切れずつラップに包まれていた。四切れのうち二切れをボッズーに渡し、正義はすぐに頬張った。
「おっ、これってピクルスが入ってるやつだ! 懐かしい〜〜!」
「おっ、覚えてるか。遠足の時に、正義のおにぎりと俺のサンドイッチをよく交換したよな」
「うん、うん、覚えてる、覚えてる!」
勇気の母のサンドイッチの具はハムとタマゴとレタスとピクルス、少し酸味の効いた味わいだ。
「へへっ! 懐かしぃし、美味ぇ~!! このピクルスが良いんだよなぁ~!!」
懐かしい味との再会に、正義は足を踏み鳴らす程に悶絶した。
「喜んでもらえて良かったよ、それじゃあ、そろそろ俺は行くかな」
悶絶する正義に天使の微笑みを向けながら、勇気は切り株型の椅子から立ち上がった。
「あれ、もう行っちまうのか? 勇気は食べないのかよ?」
「俺は家で食ったよ。俺はそれをお前に渡しに来ただけだ。俺もこれから出掛ける予定があるからな」
「あっ、そうなのか。ん? そっか、今日って2月16日だ……勇気の父ちゃんの命日か」
「ほぅ、覚えていてくれたのか」
「あぁ、勿論だよ」
正義は覚えている。2月16日は勇気の父の命日だと。そして、父の命日には勇気は必ず墓参りに行っていると。
「出掛けるって、お墓参りか。確か、勇気の父ちゃんのお墓があるのって、風見の十文字寺だったよな?」
「そんな事まで覚えているのか……驚いたな」
「へへっ! 昔、お前から聞いたからな!」
勇気の父の墓がある風見は輝ヶ丘の隣町である。
「なぁ、気を付けて行けよ」
隣町とはいえ、正義は心配だった。
「あぁ、母さんの運転で行くのは毎回ヒヤヒヤするが、今年俺が免許を取れば――」
「いや、そうじゃなくて《王に選ばれし民》だよ。アイツ等が現れたいま、何処で何が起こるか分かんないからさ!」
「あぁ、そっちか…… 分かってるよ、もしも何かあったらすぐにお前を呼ぶよ」
勇気は苦笑いを浮かべた。
だが、すぐに別の笑みを浮かべる。それは天使の微笑みではない、不敵な笑みだった。
「……いや、その必要はないかもな。敵が目の前に現れた時、その時が、俺の覚醒の時かもしれないからな」
不敵な笑みを浮かべて、勇気は正義に腕時計を見せた。
それから、ボッズーのつるりとした頭を撫でると勇気は秘密基地から出ていった。




