第1話 大木の中へ 5 ―願いの木―
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「うわぁ~~~~!!!!」
正義は暗闇の中で何処かへ向かって滑走していた。滑走……否、そんな格好良いものではない。何故ならば、現在の正義は自らの意思で走ってはいないのだから。否、走ってすらいなかった。現在の正義はただ、滑っているだけだ。
「わぁ~~~!! なんだよコレぇ~~~!!」
正義は自分がどんな状況に置かれたのか全く分かっていなかった。
分からずしも、脳裏には幼い頃の記憶が甦る。
時は八年前、正義が九歳の頃である。母に連れられて東京郊外のレジャープールへと行った正義は巨大ウォータースライダーを滑った。
その名は『Hokusai』。
『Hokusai』は蜷局を巻いたトンネルの中を滑るウォータースライダーで、コースの全長は200m近くあり、俗にいう絶叫系ウォータースライダーであった。
その為、正義の母は『アンタにはまだ早い!』と止めてきた、きたものの、当時の正義はワガママに輪をかけてワガママな少年であり、母の言い分を聞かずにねだりにねだり、ねだった末に母を強引に押し切り『Hokusai』を滑った。
滑ったものの、『Hokusai』は正義の想像以上の絶叫系で、滑り降りるスピードは爆速、更にはトンネルの中は薄暗く、そして200mもあるのだから長い……滑走する数分の間、正義は怖れおののき、震え上がり、叫びまくった。ゴール地点で母に再会した時には『滑る前に止めてくれよ!』と理不尽にもキレてしまったものだった。
「あん時は母ちゃんに悪い事したな、ごめん母ちゃん……って! 今は昔を思い出してる場合じゃねぇ! いつまで続くんだよコレぇ~~~!!!!」
正義が昔を思い出すのも仕方がない。《願いの木の門番》を通った先は、水は無いものの巨大な滑り台になっていたのだから。
暗闇の中を何度もバウンドし、急カーブを何度も曲がり、猛スピードで何処かへと滑っていく自分……現在の正義の状況は『Hokusai』を滑った時と酷似していた。
幼い頃の正義だったならば『うわぁ~!』と絶叫していただろう。
「うわぁ~~~!!!」
否……それは現在の正義でも同じだった。
「おぉ~~~!!!」
正義の絶叫にもう一つの絶叫が重なった。
正義が『うわぁ~』ならば、もう一つは『おぉ~』。もう一つの絶叫は正義の背後から聞こえてくる。
「ん? これって……勇気か?!」
声の主が勇気と気が付いた瞬間、正義はもう一つ気が付く。勇気が近付いて来ている事に。
「え……ヤバッ! このままだとぶつかるんじゃないのか? おいッ! 勇気ッ! 止まれ!! 止まれぇ!!!」
正義は後ろを向いて叫んだ。
「おぉ~~!! 止まれぇ~~~!!!」
「そうだ、勇気、止まれ! 止まれぇ!!……あぁッ!!!」
ドスンッ!!
「痛ッテェーーー!!!」
正義の背中に衝撃が走った――衝撃が《魔法の果物》で回復した筈の体に再び痛みを与える。
「い、痛い? ん……誰だ!!」
「誰だ……じゃねぇよ!! 俺だよ、俺!!」
「俺? ハッ……そ、その声は正義か!! そうか……正義か、正義なのか!! ヨシッ!!」
「お、おい、『ヨシッ!』ってなんだよ、おい掴むなって!!」
勇気は正義の肩を掴んできた。
「うるさい! 俺の自由にさせろ!!」
「あ? なんだよお前、怖いのか?」
勇気の声は震えていた。
「怖い? そ、そんな訳がないだろ!! こ、こんな……ジェットコースターみたいなもの怖くない!!」
「ジェットコースター? 違うだろ、ウォータースライダーだろ!!」
「ウォータースライダー? そんな生易しいモノじゃない!! これはジェットコースターだっ!!!」
「あっ……もしかしてお前、ジェットコースター苦手かぁ??」
「違うッ!! ジェットコースターなんて別に、苦手じゃない!! 怖くないッ!!」
「へへっ! 強がんなって、誰にだって怖いもんはある。俺もな、ウォータースライダーが……うわっ!!!」
「おぉッ!!!」
二人の体は大きくバウンドした。
これまでも何度かバウンドする場所はあったが、それは少し体が浮く程度だった。がしかし、今度のバウンドは強烈だった。一秒程の僅かな時間ではあったものの、二人の体は完全に宙に浮いた。
そして、
ドスンッ!!
「痛ェ!!!」
「おぉぉッ……!!!」
二人は同時に尻餅をついた。
そして、そのまま、
「うわぁ~~~!!! 勇気、曲がる曲がる、曲がるぞ!!! 急カーブだッ!!!!!」
「急カーブ過ぎるだろッ!!! 体が真横になってるぞーーー!!!!!」
「うわぁ~~~!!! どうなってんだよコレぇ~~~!!!」
これまでも右に左にと何度も急カーブはあったが、強烈なバウンドに続いてのカーブは強烈な急カーブであった。
「うわぁ~~!!」
「おぉ~~!!」
正義も勇気も叫び、正義は目を見開き、勇気は目を瞑った。
「うわぁ~~~!!! ん?? ……おッ……お……おぉぉ?? お、おい勇気ッ!! 見ろ、光が見えるぞ!!!」
正義は肩に置かれた手を叩く。
「光……??」
「そうだ! 前だ!! 斜め下だ!!」
目を見開く正義には見えた。
太陽の光に似た優しい光が、斜め下にあった。
「ま、前、斜め下 ………あっ!! ほ、本当だ!! 光!! 光だッ!!!」
勇気が光に気が付くと、カーブは徐々に緩やかになっていく。二人は光に近付いていく。
「勇気……やっと終わるみたいだぜ」
「らしいな……」
ここからは普通の滑り台だった。二人はゴールに向かって真っ直ぐに滑り降りていった。
―――――
滑り台のゴールは《願いの木の門番》と同じく太い木に開いた穴だった。
形状はいたって普通の穴で、"牙"や"目"は無いが。
「ふぃ~! よいしょ~~~!!」
正義は透明感のある顔にニカッとした笑顔を浮かべて滑り台のゴールを通った。
まるで、これまでずっと余裕でいたかの様に……
「おいおい……さっきまで叫んでいた奴とは思えない態度だな。まるでこのジェットコースターを楽しんでいたみたいに」
「それはお前だって同じだろ~~! なんだよ、その『爽やかな朝だな……太陽が目に染みるぜぇ』みたいな顔は!」
「なんだよその言い方は……」
先に立ち上がった正義が芝居じみた言い方をすると勇気は「フッ」と笑った。
それから勇気も立ち上がる。
「しかし、終わってみれば大した事はなかったな」
「へへっ! 終わってみりゃあな……で、ここは何なんだ??」
「さっきの部屋に雰囲気が似ているな、足元にはクローバーが生えているし……しかし、さっきの部屋よりかは広いな」
「あぁ、広いしぃ、ありゃ何だろな?」
正義は部屋の中央にある物を見た。
「また……木、だな」
勇気はクローバーの絨毯を歩き始める。
勇気と正義が見詰める木は門番やゴールがあった木とは違い、すらりと長い木だった。
濃い緑の葉を生やした枝々は左右に広がっていて、傘を差した人間を思わせる。
「なぁ勇気、この木の形、似てないか?」
勇気と共に木に向かって歩きながら正義が聞いた。
「あぁ……俺もそう思った」
「似てるよな」
「あぁ……」
「輝ヶ丘の大木に――」
「――そっくりだ」
正義と勇気の声は重なった。
「これが、ボッズーが言ってた《願いの木》かな?」
「かもな……」
木の前に立った二人は、木に触れようと手を伸ばす。その時――
「待て、その木には気軽に触らない方が良いボズ!」
――二人を止める声がした。
「おわっ……とと!!」
「おっと……」
「驚かせてすまんボズね。その木に触るのは自分の頭の中を整理してからにしてくれボッズー!」
慌てて手を止めた二人が振り向くと、希望に抱かれたボッズーが滑り台のゴールを降りてくる姿が見えた。
「頭の中を整理して……一体どういう意味だ?」
「勇気、それは今から説明するボズよ。ちょっと待っててくれボズな……ありがと、希望!」
ボッズーはそう言うと、希望の手から飛び立って勇気と正義に向かって飛んでくる。
「その木は二人の予想通り、《願いの木》だボズ。そしてだなボズ、その木は名前の通り"願いを叶える木"なんだボズ!」
「願いを叶える木?」
「正義、そうボズ。この木に触れた者の願いを叶える木だボズ。さっき正義が食べた《魔法の果物》も、この木が生み出した物だボズ。この秘密基地には体を回復させる装置はない、けれど《願いの木》に願えばそれが出来るボズ。だから俺は気が付いたんだ。《魔法の果物》は希望の願いを叶える形で出現したんじゃないかってね……ねぇ、希望?」
ボッズーは正義と勇気の目の前で止まり、後ろからついてくる希望を見た。
「うん! その通り!」
希望は《願いの木》に向かって歩きながら頷いた。
ボッズーも微笑みながら、頷き返す。
「それじゃ、さっき約束した事をやってくれるかボズ!」
「うん! OKっ!!」
希望は木に向かって駆け出した。
「約束? なんだ?」
「正義、それはだボズね。希望がしたお願いをもう一度、《願いの木》にお願いしてくれって約束だボズ。さぁ、正義、勇気、《願いの木》の凄さを見るんだボズ!!」
「私もね!」
やっと愛が滑り台のゴールを通って現れた。
愛は急いで皆に駆け寄り、抱き付く様にボッズーの小さな肩に手を置いた。
「ふへぇ! そうボズねぇ!」
デレデレとボッズーは笑う。でもすぐに切り替え、希望に合図を送った。
「さぁ希望、よろしく頼むボズよ!」
「うん!!」
力強く返事をした希望は《願いの木》に右手をつけると「すぅ~~……」と息を吸い込み、声を張り上げて唱えた。
「食べたら元気になれる、美味しい果物が食べたいな!!」




