第1話 大木の中へ 3 ―魔法の果物―
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聞こえてきた声は、"男の子"の声だった。まだ声変わりもしていない幼い子供の声。
「誰だ……」
「え?!」
勇気と愛は二人揃って声が聞こえた方向を見た。それは正義を寝かせた切り株のテーブルの右斜め後方。すると、居た。壁の代わりに生えた木と木の間から小学生だろう男の子が顔を出していた。
男の子はニコリと笑い、名を名乗る。
「僕、小野寺希望って言います! こんにちわ!」
勇気と愛に向かって頭を下げた男の子は小野寺希望。正義が誘拐犯から助け出し、空が割れる直前に秘密基地の中に避難させた男の子である。
「お……おのでら?」
「のぞむ……君?」
しかし、勇気と愛は事情を知らない。
「そうです! のぞむって呼んでください! 宜しくお願いします!」
『宜しく』と言うが、希望は相手の反応を見ていないのだろう。勇気と愛は戸惑っているが、希望は気付かぬまま、基地の中央にある切り株のテーブルに向かって走ってくる。
「ボッズー、ちょっと良い? ヨイショ!」
希望は切り株のテーブルの上に乗った。
その手には、"林檎の様な形でプラムの様な大きさの赤い果物"を握っていた。
テーブルの上に乗った希望は、正義の口を開いて果物を放り込んでしまう。
「あっ! 希望、急に何するんだボズ!」
ボッズーは希望の行動に驚いた。
「お……おい、誰なんだキミは」
希望を知らない勇気は、希望の存在自体に驚いている。
そして、愛は
「せっちゃん……」
別の事に驚いていた。
「せっちゃん……食べてる!!」
そうだ、正義は希望が放り込んだ果物を寝ながらにして食べ始めてしまったのだ。
「さすが正義さん! この果物が魔法の果物だって分かってるんだね!」
果物を食べる正義を見て、希望は瞳を輝かせた。
「え? 何だボズ?? 魔法の果物???」
「そうだよ! いま正義さんにあげたのは魔法の果物だよ!」
「魔法だって……?」
今度聞き返したのは勇気だ。
「そうです! 僕がそう名付けたんですけど! ほら、ボッズーなら分かるよね? 僕の顔を見て、ここに傷があったでしょ? 誘拐犯達に付けられた傷だよ、それがほら、もう無いよ!」
希望は自分の額を指差した。以前までの希望の額には三cm程の傷が斜めに走っていたが、現在の額には何もない。
「この果物を食べたらすぐに無くなっちゃったんだぁ! スッゴいでしょ? だからこれは《魔法の果物》! これを食べたら、正義さんもきっとすぐに元気になると思うよ!」
「ボッズー……本当なのか? この子の傷?」
勇気が聞くと、ボッズーは頷いた。
「うん……本当に無くなってるボズ。希望、この果物はいったい何処から持ってきたんだボッズー? もしかしてだけど、希望は《願いの木》がある部屋へ行ったのかボズ?」
ボッズーは体の傷を消すという果物に心当たりがあった。
が、この質問を愛が遮る。
「願いの木? 何それ?」
「あっ、それはだなボッズー」
愛は『願いの木』というワードが気になった。だから聞いた。
ボッズーはこの質問に答えようとする。が、今度は勇気が遮る。勇気はもっと別の事が気になっていたからだ。
「桃井……ちょっと待ってくれ。『願いの木』、確かに気になるが。それよりも俺はまず、この子が何者か知りたい。ボッズー、キミはこの子と知り合いの様だが、教えてくれ。この子は誰だ。この秘密基地は俺達以外は入ってはならない場所だろ。それなのに、何故この子はここにいる?」
「あぁ、それはだなボズ」
ボッズーは愛の質問よりも先に、まずは勇気の質問に答えようとした。
「へへっ! それなら、俺が答えるぜ!」
「ん……?」
が……目覚めた男が回答者に名乗り出た。
「へへっ! おはようさん!」
それは正義。
正義は起き上がり、切り株のテーブルから滑り降りる。
―――――
「はぁ……起きてしまった事を今更言っても仕方がないが、余りにもこの子に秘密を明かし過ぎだな」
正義から事のあらましを聞いた勇気は溜め息を吐いた。目覚めたばかりの親友に向ける眼差しは厳しい。
勇気は真面目な性格だ。『明かしてはならない秘密を明かしてしまった正義を注意しなければならない』と思っていた。
「そうは言うけどさ、あの時はあぁするしなかったんだよ。希望の命が懸かってたんだ、俺はそんな状況で秘密を優先させるってのは出来ない」
この正義の言い分に、勇気は再びの溜め息を吐く。
そんな勇気に黙っていられないのはボッズーだ。
「勇気……正義はな、あの時はその場その場の咄嗟の出来事に、一生懸命考えて答えを出していただボズよ。俺はそれをすぐ近くで見ていたから知ってるだボッズー、あの時は本当に秘密を捨ててでもやるしかなかったんだボッズー!」
ボッズーは正義を擁護する。
『正義がいい加減な事をした』と勇気が言っている様に思えて、黙っていられなかったのだ。
――しかし、勇気は言ってはいない。言っている様に思われただけだ。
「あぁ、それ分かってる。緊急事態だったという事は俺も十分に理解したよ。もしも俺が正義の立場だったなら、俺も同じ判断をしただろうな……」
そう言うと勇気は、希望に視線を移した。
「それに……キミも黙っていてくれるんだろ?」
「はい! 僕、絶対に誰にも言いません!」
希望が胸を張って答えると、「そうか。なら、頼んだよ」と勇気は微笑んだ。
勇気は真面目な性格ではあるが、思いやりのある人間でもある。
希望が誘拐されたという事実、そして誘拐犯から受けたであろう心の傷を思いやれる人間だ。
希望に向けた微笑みは天使の微笑みであるし、正義の判断にも理解を示した。
「正義、お前が安易に秘密を明かしたとは思わないよ。でもな、これからはもう無しにしよう。今回は希望くんが秘密を守ってくれるという、しかし口の軽い人間にバレていたらどうしてた? ソイツが漏らした情報が敵にも知られてしまったら? 敵は卑怯者だ、俺達の家族、友人……俺達に関係する全ての人達を狙い始めるかも知れないぞ」
「うん、それは俺だって分かってる。ボッズーにも、今回だけは例外、こっからは口外禁止だって言われてるよ!」
正義は安易な考えで希望に秘密を明かした訳ではない。勇気の言葉に素直に頷き、「へへっ!」と笑った。
この笑顔に「頼んだぞ……」と返しながらも、勇気は正義にも天使の微笑みを向けた。
それから勇気は、ボッズーを見る。
「で……『願いの木』ってのは何なんだ?」
勇気が次に聞きたかった事は、コレだ。




