第4話 王に選ばれし民 10 ―人類はいつの日か―
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変化した王を見て、ボッズーは思った。
― 王が、変身した……
と。
赤井正義という敵を目の前にした王は、正義やボッズーと同じ様に変身をした。
仮初の姿は捨てさり、本来の悪魔の姿へと。
これが本当の王なのだろう。
「へへっ!」
だが、王がどんな姿に変身しようが正義が怯える事は無かった。
「何が、この世がお前の為にあるだ……違うぜッ!! この世界はなぁ、皆の物だ!!一生懸命生きてる皆の物なんだよ!! お前の好き勝手にはさせねぇッ!!!」
「片腹痛い、貴様に何が、出来る、我が子たちに甚振られた貴様に、何が――」
「出来るさッ!!!」
正義は王の言葉を最後まで聞かなかった。王が言い終える前に、正義は言い返す。
「俺は絶対に強くなるからな!! 強くなって、絶対にお前等を倒してみせる!! 後悔させてやるぜ、今日、俺を殺さなかった事を!! 俺をお前の敵に選んだ事をなぁッ!!」
「強くなる、我を倒す……」
王は正義の言葉を繰り返し、呟くと、直後に笑った。
これまで見せていた口元だけの微笑ではない。髪を振り乱し、天を仰ぐ様に両手を広げて。高笑いと呼称されるものだ。
この姿を、正義とボッズーは既視感を持って見た。正義を煽り続けたピエロの姿と酷似していたからだ。王はピエロを『我が子』と謂うが、言葉通りなのだろう。否、ピエロだけでなく、魔女や芸術家、騎士もそうなのだろう。
「英雄とは、大口を、叩けば成れる存在、なのか」
王は笑いを噛み殺しながら、正義に蔑みの睨みをきかせながら言った――すぐに正義が言い返すが。
「笑いたきゃ笑えば良いぜッ!! 笑えるのは今の内だからなぁッ!!」
「今の内……どこに、その自信がある」
「心だよ!!」
正義は強い力で自分の胸を叩いた。
王と正義の応酬はまるで決闘だ。
正義は力の限りにぶつかっていた。
己の身を潰しても構わないくらいの気持ちで、全力で。
「《正義の心》が俺に力をくれるんだ!!《正義の心》がある限り、俺はお前みたいな悪魔に屈しない!!」
「正義の心だと……くだらん、そんな物は有りはしない、この世の全ては悪に帰結する、全ては悪から生まれたのだ、妬み、憎しみ、怒り、強欲、己の為に人間は生き、文明を進化させてきたのだからな。世界を己の思うままにする為に人間は正義と云う言葉を生み出し、人間は人間同士で争ってきたとお前は知らんのか……"正義"など詭弁、存在しとらん」
「いんや、あるよ!! 正義は確かにある!! 俺は知ってる、人間一人一人の心の中に本当にあるものなんだッ!!」
「戯れ言を、いうな……」
「戯れ言じゃねぇッ!! 強い奴に立ち向かう、勇気ある心ッ!! 大切な存在を守ろうとする、愛する心ッ!! みんなの幸せを信じる、夢見る心ッ!! か弱い者をいたわる、優しい心ッ!! それは全部正義だッ!! 正義になるんだよッ!! 俺はそれを大切な友達から教わったんだッ!!」
「友……そこにいる小賢しい鳥の事か」
王は正義の主張を鼻で笑うが、次に王に言い返した者はボッズーだった。
「違うボズ!! セイギにはまだ仲間がいるんだボッズー!!!」
「仲間……ほぅ、では、その仲間は何処にいる、傷を負った貴様を支える者は何処だ、居ないではないか、それが人間だ、だから我がいる、貴様に"正義"を教えたという者達ですら、我等に怖じ気づいて貴様を見捨てた――」
「見捨ててなんかいないわよッッッ!!!」
突然、正義の背後から女性の声が聞こえた。
その声は王の侮辱を弾き返す。
「勝手に結論付けないでよ!! そっちが予定よりも早く来たんじゃん!! それなのに何その言い方、ムカつくッ!!!」
「へへっ!」
声を聞いた正義は幼い頃の記憶を一瞬で思い出した。
イタズラをしているといつも"彼女"に見付かった。『なにやってんの! せっちゃん!!』と、いつも正義は叱られた。
「来てくれたか……」
想い出の中の声と、背後から聞こえた声が同一人物だと分かった正義は笑顔を浮べる。
それはぎこちない笑顔ではない。いつも通りのニカッとした笑顔だ。友達の声を聞いた瞬間に、体の痛みも忘れさせる程の喜びが正義の中に湧いたのだ。
「なにが王様? そんな勝手な王様なんかいらないよ!! アンタなんかに私達が負ける訳ないじゃん!!!」
草原の草をザッザッと踏みしめる音と共に、正義の友達は近付いてくる。
そして、草を踏みしめる音は一つではない。二つだった。
「そうだ……英雄を、俺達を舐めるな!!」
今度は男の声が王に向かって怒鳴った。
「へへへっ!!」
正義の鼻はツーンっと疼いた。顔には喜び湧れた特大の笑顔が浮かんでいるが、目からは涙が溢れてくる。
『この涙を二人に見られたら恥ずかしい、後で絶対にイジられる……』そう思った正義は手の甲で涙を拭こうとするが、その前に正義の肩に手が置かれた。少しゴツい手だ。女性の手ではない。
「ほら……拭けよ」
青いハンカチが差し出された。
正義の隣に立ってハンカチを差し出した友達の手は、想い出の中のものよりも大人になっていた。けれど、すらりと伸びた長くて白い指は相変わらず。
「へ……へへっ! ありがとな!」
見られてしまったものは仕方がない。正義は差し出されたハンカチを受け取ると、そっと目元を拭った。
拭って、隣に立った友達の顔を見る。
相変わらず背が高い、正義とは頭一つ分違う。
そんな友達は、心配そうな顔で正義を見ていた。
想い出の中と変わらない端正な顔立ち。取っつきにくそうな雰囲気も相変わらず。だが、本当は思いやりのある奴だと正義は知っている。
今も、傷付いた正義を支えようと腰に手を回してくれた。
幼さはなくなっているけれど、昔と何も変わらず友達想いの"彼"が正義の目の前には居た。
「なに? どうしたの?」
もう一人の"彼女"も正義の隣に立った。先に立った"彼"とは反対の場所に。
「へへぇ! なんでもねぇよぉ~!」
友達に挟まれた正義は、"彼"にハンカチを返すと今度は"彼女"に笑顔を向けた。
今度は逆だ。"彼女"の方が正義よりも頭一つ分小さかった。これも昔から変わらない。負けん気が強そうな顔も昔と同じ。少し化粧っけがあるくらいで、もしも別の場所で再会していたとしても『彼女だ』と正義は分かっただろう。当然だ。正義と"彼女"は幼稚園からの幼馴染みなのだから。
「へへへへっ! 二人共、来てくれたんだな!! ひっさしぶり!!」
正義は二人の顔を交互に見て言った。
「うんうん! 待ってたんだボズよ!!」
ボッズーも二人に会えて嬉しかった。
正義の足元で小さく揺れて、全身で喜びを表している。
「へへっ! ボッズー、俺は言ってただろ? 俺の友達は必ず来てくれるって!!」
「うんうん、そうだったなボッズー!!」
正義は"彼"と"彼女"の名前を本当は口にしたかった。名前を呼んで握手を……否、もっとだ。抱き締めたかった。だが、今は名前を呼べない。現在の正義の言葉は口に出してしまえば世界中の人々の耳に届いてしまうから。二人の名前を呼んでしまうと、世界中の人々に二人の名前が知れ渡ってしまうから。
今はそっと心の中で呼び掛けるしかない。
― やっと会えたな、嬉しいよ……勇気、愛!!
「うん! せっちゃん、こっちこそ久しぶり! ボッズー、遅れてごめんね!!」
愛は正義とボッズーに美しい笑顔を見せた。
勇気の方は、照れ隠しだろう、仏頂面でただ頷くだけだったが。
「へへっ!!」
再会した瞬間に友達がどんな表情を見せるのか、正義はこれまで何度も想像してきた。今見せた二人の反応は正義の想像通りであり、愛の笑顔も勇気の照れ隠しも昔馴染みの懐かしいものだった。二人と遊んでいた日々が数年前とは嘘で、昨日の事の様に思えたくらいだ――正義のニカっとした笑顔を見た二人も同じ想いを抱いていたと正義は知らないが。
「へへっ! 二人が来たら何だか力が湧いてきたぜ!!」
正義の体は二人に会えた瞬間からカッと熱くなっていた。
正義は勇気の肩を叩き、腰に回された手をそっと外した。
「おい……大丈夫なのかよ?」
「無理しないで、せっちゃん!」
二人は心配するが、正義はもう大丈夫だ。
勇気と愛と再会した事で、体の痛みは忘れられたから。
忘れさせる程の喜びと、そして力すらも体の内から湧いてきていたのだ。
いつものニカッとした笑顔を浮かべられただけでなく、手足の震えは止まり、乱れた心臓の鼓動も落ち着いていた。
「へへっ!! 大丈夫だよ、無理してないぜ!!!」
正義は両手で頬をパンッと叩き、「ヨッシャッ!!!」と気合を入れ直すと再び王に向き直る。
向き直った時、正義の表情は変わった。友達や愛する者に向ける笑顔から、悪に立ち向かう決意を抱いた精悍な表情へと。
「どうだよッ! 俺の友達は来てくれたぜッ!! 早速お前の考えは否定されたな、正義が本当に存在するって事が分かったかッ!!」
正義は声を張り上げて言い放つと、一気に走り出した。目指すは輝ヶ丘の町並みを一望出来る高台の先だ。少しでも足を滑らせれば転落してしまうギリギリの場所である。
だが、そこが良い。そこが一番良いのだ。
ここが今、王に一番近付ける場所だからだ。
高台の先に立った正義は《正義の心》燃やして、王を鋭く睨んだ。
「戯けが……何が仲間だ、貴様の様な、空っぽで中身の無い理想を口にする奴が、悪に染まるところを、我は何度見た事か」
対する王はゆっくりと腕を上げ、正義を指差した。
「悪だと……そんなもんに染まって堪るかよ、俺はそんなもんに染まる程、甘ったるい覚悟でここに来た訳じゃねぇんだッ!! 良いか、耳の穴かっぽじって良く聞いとけッ!!!」
正義も同じだ。正義も同時に、王を指差した。
そして、二人の言葉は激突する。
「貴様がいう、正義は、いつか悪に染まるだろう……漆黒の悪に」
「正義の心で悪ぁくを斬るッ! 赤い正義ッッ!! ガキセイギッッッ!!! 忘れるなよ……これがお前を倒す男の名前だッ!!!」
正義と王、相容れぬ両者のどちらに軍配が上がるのか、その答えは五人の英雄と《王に選ばれし民》が数々の激闘を繰り広げた先に待つ、両者の決闘の末に分かるだろう――
「貴様は、いつか我の友となる……」
王は不敵な笑みを浮かべると再び雲へと姿を変えた。
雲はすぐに消えていく、空に残るものは朝から変わらぬ晴天のみ。
王が消えると、薔薇の宮殿も、空に開いた紅の穴も、共に消えていった。
まるで全てが嘘だったとでも謂う様に、忽然と、まばたきする間に忽然と……《王に選ばれし民》の痕跡は消えていった。
だが、嘘ではない。
人類はいつの日か、今日という日を語り継いでいくだろう。
五人の少年少女の"英雄譚"の第一章として――
『ガキ英雄譚ッッッッッ!!!!!~世界が滅びる未来を知った俺達五人はヒーローになる約束をした~』
第一章 『正義の英雄の帰還 編』 完
第二章 『勇気の英雄の激誕 編』へつづく
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『第二章 勇気の英雄の激誕 編』あらすじ
空が割れた日――その夜、不気味なバケモノが誕生する。
悪の王の出現を経ても、未だ英雄の力を得られない青木勇気は苦悩する。
『何故、自分は英雄の力を持てないのか』
疑問の答えすら得られない中、勇気はバケモノと遭遇する。
そこで待つのは悲劇のみ。
そして勇気の眼前には再び、恐怖の化身=闇の塊が現れる。闇の塊は勇気を絶望へと誘い込んでいく。
果たして青木勇気は《勇気の英雄》に成れるのか。
遂に現れたバケモノとガキセイギの激しいバトルも必見!!!
バケモノの正体は希望を誘拐したあの男??
分身する敵を倒す為にセイギが思い付く作戦とは??
赤井正義と青木勇気の出会いのエピソードも語られる激情の第二章
『勇気の英雄の激誕 編』
お楽しみにッッッッッ!!!!!




