第4話 王に選ばれし民 9 ―俺だよ!!!!!―
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王は瞳が形作られた時からボッズーを見ていた。
ボッズーを捉え、王はゆっくりと口を開く。
穏やかな口調で発せられたその言葉は、とても意外なものであった――
「人類よ……我を許し賜え……」
「なに?!」
それは、贖罪の言葉。
この言葉を聞いたボッズーは目を見張った。
王の言葉の意味を理解出来なかったのだ。
「許す……?? どういう意味だボズ……」
何故ならば、王は侵略者。人類の敵だ。敵が、何故許しを乞うのか……ボッズーは王の言葉の意味を考えた。
答えは一つしか見付からない。
ボッズーが出した答え、それは"侮辱"……
「『この世界を滅ぼす自分を許せ』……そういう意味かボズ!! 馬鹿にしやがって!! そんな事、許せる筈が無いだろボッズー!!」
ボッズーは拳を握り、言い返した。
声の限り、ありったけの声だ。
王は人類を侮辱した。
そして、王の声はボッズーの耳に直接届く。
『ならば……』とボッズーは考えた。
『ならば、王に立ち向かう者として自分は言い返すべきだ』と。
『王の声は自分の耳に直接届いている。ならば、ピエロが去った今も自分の声も世界中の皆の耳に届いている筈だ』と。
王の言葉を聞く全人類を励ます気持ちでボッズーは王に言い返したのだ。
すると、白い髭に覆われた王の口元が綻んだ。
それから王は認めた。
「そう……我は人類にとって許されざる者。我は侵略者だ……英雄よ、我の侵略を止める事が出来ると思っている様だな」
「あぁ! そうだボズ!! 絶対に止めてやるボッズーッッッ!!」
ボッズーは続けて言い返す。
しかし、あらん限りの声で叫ぶボッズーとは反対に、王は「そうか……」と唇を綻ばせるだけの反応しか見せない。
「では、誰が止める……我を誰が止めるのだ……」
風が唸る様な声。
「誰が止めるだって!! そんなの決まってるボッズー!!」
二回目の問い掛けも、再びの挑発とボッズーは解釈した。『「誰も自分を止められはしない」と王は嘲笑うつもりなんだ』……と。
この挑発に対して返す言葉は一つしか無い。ボッズーはクチバシを大きく開き、言葉を放とうとする。が、それと同時にボッズーの足元が風船の様に膨らみ始める。更に、膨らむと共に「すぅ~~~ッ!!」と息を吸う音も聞こえた。
「!!!」
ボッズーは正義の体の上に乗っている。
息を吸う音に、膨らむ足元、ボッズーは気が付いた。
"彼"が目を覚ましたと。
『我を誰が止める……』この侮辱への答えは、この世で一つしかない。それは、この世で唯一変わる事の無い、唯一無二の答えだ。
だからボッズーはクチバシを閉じた。
"彼"が目を覚ましたのであれば、王に向かって言い返すべき者は彼だから。
出番は本人に譲った。
同時に、ボッズーの友達が爆音上げて叫ぶ。
王に向かって、唯一無二の答えを――
「俺だよ!!!!」
叫び上げたのは誰か、それは勿論、赤井正義だ。
正義は腹の上のボッズーを持ち上げ、草原の上に置くと、勢い良く立ち上がる。
「お前が王かぁッ!! やっっっっっと! お目にかかれたぜ!! なんだか想像してたのと違って、思ってたよりも爺さんだなッ!!!」
立ち上がりながら正義は、まるで拡声器を使ったかの様な大声で王に向かって啖呵を切った。
「いや、爺さんは爺さんでもやっぱ王だな!へへっ! 白くてフワフワしててまるでソフトクリームだ!! スッッゲェよッ!!!」
王を指差す正義の口から飛び出す言葉は、まるで軽口。これが正義流。赤井正義の戦い方だ。
眼差しは鋭く、王を睨んでいる。
だが、その体は傷だらけ。眠りから覚めたら敵から受けた傷が回復している……という奇跡が起こる筈もなく、髪は血で濡れ、顔にも体にも痣がある。
特に騎士から受けたダメージが凄まじい。
白いティーシャツに隠れてはいるが、正義の胸にはどす黒い大きな痣が浮かんでいるのだ。
痣の痛みで心臓は叩かれ、鼓動は乱れて吐き気を呼ぶ。手足は寒くもないのに震えてくる。
本来ならば、立っている事すら困難な状態だ。
それでも正義は立つ。立ち向かわなくてはならない相手が目の前にいるから――ボッズーと同じだ。正義も、全人類の心から希望を失わせない為に言葉を紡いでいく。
「そんな大きなソフトクリーム食ったら、食いしん坊な俺でも、流石に腹壊しちまうなぁ!! へへっ!!」
「正義……」
ボッズーも正義の体が限界に近いと気付いていた。「へへっ!」と笑いはするも、浮かべられている笑顔はぎこちない笑顔であるからだ。気力で立ち、叫んでいると分かる。……が、ボッズーは正義は倒れないと信じる。何故なら、傷だらけの正義ではあるがその瞳には炎が宿っているからだ。
正義の瞳に宿る炎は《正義の心》が燃えている証。
ボッズーは芸術家との戦いで知った。
正義は《正義の心》を燃やせば燃やす程に、己の力を爆発させる事が出来ると。だからボッズーは正義を休ませようとはしない。王に立ち向かう正義を止めはしない。
そして、ボッズーの信頼に応える正義は、王に向かって更なる啖呵を切る。
「へへっ! そんな冗談はさて置き、悪いけどなぁ!! お前を止めるのは俺だぜ!! お前は、絶対に俺が倒すッ!! 世界の平和は俺が絶対に守ってみせるッッ!!!」
正義は勇猛果敢に宣言した。
「そうか……」
「あぁ!! そうだぜッ!!! 」
流石に相手は王だ。正義の宣言を受けても、ピエロとは違い、動揺をしない。
「我を倒す……貴様がか……」
王の瞳は真っ直ぐに正義を見詰めている。己を倒すと宣言する男を王はどう思うのか、朴訥とした口調からは読み取れない。
「あぁ!! 俺だよッ!!」
「そうか……」
王は、ゆっくりと瞼を閉じた。
すると、王の唇が三度目の笑みを見せた。
「くく……く……」
笑みを隠す為か、王は左の手のひらを自らの顔に向け、枯れた木の枝の様な長い指で覆い隠した。
「くくく………」
王の肩は震え始める。続けて、顔を隠す手を支える様に右手が左の手首を掴んだ。
「くくく……邪魔をするな……お前に何が出来る……屑が……」
右手が左手首に嵌められた腕輪を外した。
外された腕輪は形を変える。蜷局を巻いた蛇の様な形から、するりと体を伸ばした蛇の形へと。
腕輪の形状が変化すると、王は額へと腕輪を持っていく。すると、まるで王冠の様に腕輪は巻き付いた。
「我を、倒すと言うのか、小僧」
腕輪が王冠に変わると、王は野獣が唸る様な声で正義に凄んだ。
正義の言葉に怒りを覚えたのだろう。この瞬間から、王の淡々とした口調は消えて、朴訥とも穏やかとも謂えた印象は一変する。
「我を誰だと思っている、我は王だ、この世の全ては我の為にある、この我を倒すと言うのか……」
王は顔を隠していた左手をゆっくりと外した。
顔もまた最前までの王とは違っていた。瞳からは白目が失くなり、黒一色に。口元を綻ばせるくらいで無表情に近かった顔も、悪鬼の様に歪み、正義を睨み付けていた。




