第4話 王に選ばれし民 8 ―民を従えし者―
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騎士の斬撃はガキセイギの鎧にも影響を与えた。
斬撃を受けた胴体からは激しい火花が散り、それは痛みと同様にすぐに全身に広がった。そしてエラーを起こしてしまったのか、スーツは光の粒子となり消えていく。
空に残るのはガキセイギでなく赤井正義――
「正義ッッ!!!」
ボッズーはセイギが弾き飛ばされた直後に追い掛け、生身になった瞬間に掴まえた。
それは胸ぐらを掴む形。
騎士には背を向けた。ボッズーは『早くこの場から離れなければ』と、片翼だけを使って必死に羽ばたき飛んでいく。
「ケケケケッ!! 鳥ちゃんの方はバカセイギよりも頭が良いらしいなぁ!! そうだ、そうだよ!! 負け犬はケツ向けて逃げりゃ良いんだよ!! ペペペペッ!!!」
遠退いていくボッズーに向かって、ピエロは唾を吐きながら笑った。
騎士にやられた正義を見て、ピエロの怒りはおさまったらしい。邪悪な笑顔を再び浮かべている。
「ケケケケケケケケッ!! 哀れ、哀れ!! 哀れだよぉ~~!! ケケケケケケケケッ!!」
― なんとでも言え……馬鹿にしたかったらすれば良いボズ……
ボッズーはピエロの嘲笑に悔しさを覚えて、クチバシを噛んだ。
しかし、正義の事は信じている。
正義は騎士の攻撃を受ける前に言った。
『俺はコイツの攻撃を受け、覚えておくんだ……その痛みを、強さを、もっと強くなる為に。《王に選ばれし民》全員の強さを、俺は忘れない! そして、いつの日か絶対に勝つッッッッッ!!!!!』……と。
ボッズーはこの言葉を信じている。
この言葉を生み出した正義の覚悟を、正義自身を。だからボッズーは思う。
― 今に見てろ……今に見てろボッズー!!
……と。
――気を失ってから目を覚ます気配を見せない正義を連れて、ボッズーが向かった場所は輝ヶ丘の大木がある高台だった。
「正義ッ!! 目ぇ覚ませぇッ!! 覚まさなかったら馬鹿だボズよッ!! お前は強くなるんだろ!! だったら眠ったまんまじゃダメだろボッズーッ!!!」
草原に降りたボッズーは、正義の体の上に馬乗りになって揺さぶった……が、受けたダメージが大き過ぎたのだろう。正義は全く目を覚まさない。
「ケケケケケケケケッ!! おいおい、バカセイギ全然起きないじゃん!! こりゃあ、少しやり過ぎちゃったかなぁ~!! あぁ~後で王に怒られちゃう! ケケッ! でも、お前が調子に乗るから悪いんだよ!! バカセイギは再起不能、もう無理ッ!! おわりぃ~~~」
スクリーンからは遠く離れた。
ピエロの不快な笑顔も遠くに見える様にはなった。だが、それでもピエロはボッズーの行方を見失わなかった。
不快な嘲笑も相変わらず鮮明に聞こえてくる。
「正義、早く目を覚ませ!! 言われたまんまで良いのかよ、いずれお前は《王に選ばれし民》を倒す存在になるんだろボッズー!! こんなところで終わる奴じゃないよなボッズー!!」
ボッズーは正義の胸ぐらを掴み、揺さぶり続ける。その時――
「終わりではないぞ、ピエロ……」
――新たな声が聞こえた。
「え……?!」
この声もまた、ピエロと同じくボッズーの耳元で鮮明に聞こえた。
違いがあるのは、ガラついて甲高いピエロの声とは正反対に野太く低い声であること。
そして、この声が聞こえると同時に太陽が煌々と照らしていた高台に影が差した。
「なんだ……?!」
異変を感じたボッズーは空を見上げる。
「こ……これは」
すると、ボッズーの目に異様と謂える光景が映った。
最前までの輝ヶ丘の空は、早朝から続く雲一つない青空だった。だが、ボッズーが空を見上げると、いつの間にかそこには町を覆う程に巨大な"漆黒の雲"が存在していたのだ。『この雲は雨雲ではない』と、ボッズーはすぐに察する。"太陽の光が遮られて黒く見える"……そういう物ではないと――この事がすぐに察せられる程に雲は黒く、異様な大きさであった。
「ピエロよ……英雄を舐めるな。我は、英雄を無事に帰せと命じたであろう……」
再び、謎の声が輝ヶ丘に響いた。
謎の声は、老人を思わせるものだった。
喉を鳴らして、言葉を発する度にゴロゴロと異音が混じる。ゆっくりと話す口調は、淡々としていて穏やかとも朴訥とも取れる……が、この声が聞こえてくるとピエロの態度が一変した。
「お………おぉ……」
謎の声が聞こえてからのピエロは、ボッズーや正義を煽っていた時とは違ってガタガタと震え出したのだ。
「お……おぉ……」
ピエロは何か言葉を発しようするも、歯が震えて言葉には成らない。
「ピエロよ、我の名を呼ぶつもりか……」
謎の声がピエロに問い掛けた。
「ならば、お前は我に忠誠を誓う事になる……それでも良いのか……お前は本当に、我に忠誠を誓うつもりがあるのか……」
問い掛けられたピエロはガタガタと震えたまま首を二度、三度と縦に振った。
それから歯を食い縛る。震えを止めて言葉を発しようとしているのだろう。
歯を食い縛った表情は、端から見ればそれこそ道化師らしい笑顔に見えるが、実際は目には恐怖が浮かび、口角が上がっただけの引きつった顔だ。顔面の全ての筋肉が震えている。
「お……王よ、も、勿論です。わ、私は、貴方の子供……貴方に選ばれた新時代の民!! 忠誠を誓う、勿論の事!!」
食い縛った歯の隙間から言葉を押し出す様にピエロは言った。
対して謎の声は淡々と続ける。
「そうだな……お前は我の子供であり、選ばれし民だ。ならば、何故我の命に従わない……」
「い……いえ、私が……貴方に従わないなんて、そんな!!」
ピエロは首を左右に振って、全力で否定する。
反対に声は、淡々と……ただ淡々と、問い掛ける。
「お前は従っていたと言うのか……我は、子の嘘を分からぬ親ではないぞ。お前は怒りに任せ、泡よくば英雄の命を奪おうとした……そうだろう」
「そ……そんな!! 違っ――」
「ピエロよ……出すぎた真似をするな」
ピエロは再び首を振ろうとしたが、右に持っていっただけで終わってしまう。
謎の声の叱責の後に、ピエロが映るスクリーンの上で漆黒の雲が渦を巻き始めたのだ。
「あ……あぁ…!! ヤ、ヤメテェーーーー!!!」
ピエロのスクリーン自体も巨大な薔薇から打ち上げられた花火と同等の大きさはあり、巨大と謂えるモノではあった。だが、輝ヶ丘の空を覆い隠す程に巨大な漆黒の雲と比較してしまえば、ちっぽけな存在でしかない。
頭上で渦を巻かれたスクリーンは「ギャーーーーーーッッッ!!!」というピエロの絶叫と共に、破砕機に放り込まれた紙屑の様に渦巻く雲の中に吸い込まれていった。
「………」
この光景を、ボッズーはただ呆然と見ていた。
この呆然の理由は、今起こった出来事に驚いているからでもあるが、声が言った『英雄を舐めるな』……この言葉が不思議だったからでもある。
ボッズーはこの言葉を聞いた時、まるで正義をよく知る人物の言葉に思えたのだ。
「お前は……お前は誰なんだ……」
ボッズーは雲を見ながら呟いた。質問したつもりはない、ただボソリと呟いただけだ。頭に浮かんだ疑問が大き過ぎて、思わず口から溢たのだ。
しかし、この問いに答える様に、漆黒の雲は激しく渦を巻き続け、次第に形を成していった。
雲は無形から、"人"の形へと変化していく――
最初は体が作られた。全身ではない、胸から上だけだ。
そこから長い腕が伸びる。
伸びた腕の先には腕輪があった。それは左の手首に。蜷局を巻いた蛇の様な形をした腕輪だ。
次に、顔が作られる。
顔には長い髭があった。口元を覆う程の長い髭で顔の半分が隠されているが、目元や鼻、肌が見える場所には深い皺が刻まれていて老齢の男と判別出来る。
形作られた部分の雲は色を変えた。黒から、純白の濃い白へと。
瞳の色だけは違う。色を変えず黒のままだ。
髪は長い。中央で分けられて肩を撫でる。胸の近くで髭と合わさり、どちらも胸より下に伸びていて終わりが見えない。
雲が人の形を成した……とても奇妙な現象だ。
だが、ボッズーは驚かなかった。
呆然も消えている。何故ならば、ボッズーは雲から変化した存在を見て寒気を覚えたからだ。
恐怖を覚えたからではない。この寒気は"ゾワゾワ"だ。脳に眠った《王に選ばれし民》に関する知識が目覚めたサインだ。
雲が形を成した老人を見て、ボッズーは眠った記憶を思い出したのだ。
だから驚かない。目の前の老人は不可思議な現象を起こして当然の存在であるから。
「遂に現れたか……《王》」
老人を睨み、ボッズーは呟いた。
そう、老人の名は《王》
世界に破滅をもたらす悪魔――《王に選ばれし民》の頂点に立つ者だ。




