第4話 王に選ばれし民 7 ―王に選ばれし民 騎士―
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「希望だとぉ?? くだらない事を言いやがってぇ!!」
ピエロの眉間の皺には二つの意味があるだろう。一つはセイギの挑発とも取れる発言への不快感と、もう一つは『何故コイツは笑っているのか?』という疑問だ。
ピエロは煽れば煽る程にセイギが激昂するだろうと思っていた筈だ。しかし、セイギは逆だった。激昂どころか大きく笑った。その笑顔を見れば見る程、ピエロの眉間には深い皺が刻まれ、笑顔は消えて、怒りを覚えて歪んでいく。
「くだらない事言ってるのはお前だよ、 『破壊を望む』だと、ふざけんなって! そんな事、俺が絶対にさせねぇぜ!!」
「させねぇって言っても、させるって言ってんだろ!!!」
「じゃあ、させるをさせねぇッ! 俺はみんなの笑顔が大好きだ! 友達や家族に見せる優しい笑顔に、旨いもん食った時のデッケェ笑顔! 青空を見た時や綺麗な花を見た時に出る柔らかい笑顔!! 他にももっともっと色々、全部が全部大好きだ!! みんなの笑顔を俺は絶対に守るッッ!!」
「何をぉ!!!」
ピエロは唾を撒き散らし、鋭く尖った歯を剥き出しにした。
完全に攻守は逆転した。
狼狽するのはピエロの方であった。
ピエロの額には大粒の汗が浮かんでいる。
「お、お、お、お前みたいな雑魚に何が出来るんだよ!! ケケケッ!!」
ピエロは笑い声をあげるが、笑えていない。悪鬼の様に顔を歪ませ、唇が震えるだけ。
「ザコか、確かに今の俺はそうかもな……へへっ! でもな、俺は絶対に強くなる!! 強くなって絶対に《王に選ばれし民》を倒すッッッ!!!」
「何を言うかこの野郎がぁぁぁぁ!!!!」
ピエロの怒声が爆発した。
「こんなに生意気な奴は初めてだぁぁ!!! 強くなる??? 強くなって俺達を倒す??? そんなの無理に決まってるだろッッッ!!!」
ピエロは頭を押さえ、震え出す。
「あぁーーーー!!! イライラするッッ! イライラするッッ! イライラするッッ!ひぃ……ひぃ……」
食い縛った歯の隙間からは荒い息が漏れ、漏れた息と共にピエロは呻く。
「お前みたいな奴、本当の本当に大嫌いだ……ぶち殺してやりたい……ぐちゃぐちゃに、めちゃめちゃにしてやりたい……お前がどんなに強くなろうが、俺達には勝てないんだよ……俺達は最強なんだから……《王に選ばれし民》なんだからぁ!!!」
ピエロは頭から手を離した、手を離し机を叩く。叩かれたテーブルは粉々に砕け、そしてピエロは唇が捲れ上がる程に大きく口を開き、声を張り上げる。
「《騎士》くん!! 俺達の強さをコイツに分からせてあげてよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ピエロは乱暴に指を弾いた――直後、セイギは背後に気配を感じた。
「!!!」
その気配にセイギが振り返えった瞬間、何かが重い音を立てて屋上へと落ちてきた。
「新手かボズ!!」
セイギとボッズーから離れて凡そ五メートル程先、屋上の中央付近に、直立不動の格好で立っていたモノは"漆黒の甲冑"。
セイギもボッズーも甲冑を見た瞬間に敵の新手と察した。
「ケケケケケケケケッ! そのとぉーーーーり!!! 戦いを愛し、戦いに愛された男ぉーーー!!! 最強オブゥ最強ぉーー!! 我等が《騎士》とはこの男だぁーーー!!!!」
まるでリングアナウンサーの様なピエロの絶叫がセイギとボッズーの耳を叩いた。
"《騎士》"
確かに名前の通りである。
『騎士』と呼ばれた新手の姿は、甲冑の色が銀色でありさえすれば、"西洋の騎士"そのままの姿をしていたのだから。
「騎士くんはねぇ、ちょっと頭はお馬鹿だけど、俺達の中じゃ一番強いんだ!! お前を殺すわけにはいかないから、今日はお城でゆっくりしててもらうつもりだったけど、余りにもお前が生意気だからさぁ……ケケケケケケケケッ!!! 騎士くんッ! ソイツをもっと痛め付けてやってよ!!」
「………」
ピエロに命じられた騎士は、無言で頷き、左の腰に差した鞘から剣を抜いた。
目に見えて頑強な甲冑に、二メートルを超えるであろう長身、更に剣を引き抜く素早い仕草。騎士が持つ迫力に圧倒されたからなのだろうか、セイギもボッズーも同じ錯覚を覚えた。
『周囲がどんよりと暗くなった』と。
『太陽の光を厚い雲が遮ってしまった』と……だが、錯覚だ。"なった"と思っただけだ。太陽は変わらず輝ヶ丘を照し続けている。
ガチャリ……ガチャリ……
騎士は動き出した。
剣を引き向いた時の素早い仕草とは違い、その動きは重い。亡霊かの様に俯きながらセイギとボッズーに向かって歩いてくる。
ガチャリ……ガチャリ……
四肢を動かす度に音がする。
顔は仮面に覆われていて見えない。
どんな表情をしているのかも分からない。
「セイギ……悔しいけど、逃げるぞ」
ボッズーはセイギの背中に移動した。
「大剣も何処かに行ってしまった……一度変身を解けば腕時計の中に大剣は戻ってくるけど、今の状況での変身解除は無理ボズ。それに、ボロボロのお前では敵と戦っても負けが見えてるボズからね……悔しいが、逃げるに全力を尽くすべきだボッズー」
ボッズーは危険回避を真っ先に考えた。
しかし、
「いや、逃げないぜ!」
セイギは違った。
セイギはボッズーの提案を拒否する。
「俺はコイツの攻撃を受け止めるよ」
「えっ……受け止め――」
「あぁ、そうだ……へへっ、どうせ死にやしないんだ。さっきのピエロの言葉を聞いたろ? コイツ等は俺を殺せない、何てったって俺は"王の標的"だからな!」
セイギはまるで他人事の様に言う。が、セイギはセイギなりに考えがあった。
「へへっ! 俺はコイツの攻撃を受け、そして覚えておくんだ……その痛みを、強さを、もっと強くなる為に。《王に選ばれし民》全員の強さを、俺は忘れない! そして、いつかの日か絶対に勝つッッッッッ!!!!!」
「ほざけぇぇぇぇぇ!! まだ強がる気かぁ!!! 絶望しろって言ってんだろうがぁぁぁ!!!!」
セイギが胸を張って言うと、遠く離れたスクリーンの中から何度目かのピエロの激昂が聞こえた。
だが、そんなピエロの挙動をセイギは相手にはしない。他にやるべき事があるからだ。
「だから、ボッズーは俺から離れてろッ!!!」
セイギは背中に手を回し、ボッズーを引き離すと空に向かって投げた。
「やめろ!! セイギぃぃぃぃぃ!!!!!」
「やれぇぇぇ!! 騎士ぃぃぃぃッッ!!!」
ボッズーとピエロの叫びがぶつかり合う。
「来いッ!!!」
セイギは騎士に向かって走り出した。
手を大きく広げ、騎士の攻撃を真っ向から受け止め様とする。
「オマエ……オモシロイナ」
騎士は呟いた。
甲冑に顔を隠しているせいか騎士の声はとてもくぐもっている。喋り慣れていないのかリズムのおかしな片言でもある。
呟くと騎士も走り出す。
最前までの重たい動きが嘘の様に、走るスピードは速かった。速いが為に、一瞬で騎士はセイギの眼前に立った。そして騎士は剣を振り上げ、セイギに向かって斬りかかる。
「ドワァァァァァーーーーー!!!!」
セイギは叫んだ。
たった一振りの斬撃で爆撃を受けたかの様な衝撃を感じ、セイギは空に向かって弾き飛ばされたのだ。
斬撃を受けた胴体には激痛という言葉では軽すぎて空っぽに感じる程の凄まじい痛みが走り、その痛みは稲妻の様に一気に全身に広がっていくと遂には脳天を突いた。
セイギの視界は一瞬白く染まるが、すぐに黒く染まる。
セイギは気を失った。




