第4話 王に選ばれし民 6 ―ガキセイギは笑う―
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「ボッズー……大丈夫か?」
芸術家を蹴った反動を利用してバック宙を決めたセイギは、着地すると急いでボッズーに駆け寄った。
「うん、大丈夫だボズよ……どうやら芸術家は退散したみたいだボズね」
どうやらその様だ。蛇も、巨大な拳も、芸術家が屋上から落下すると白い煙となって消えていったのだから。
「それより、セイギは大丈夫か?」
「あぁ……ちょっとヘマしたけど、大丈夫だぜ」
割れた仮面からは赤井正義の右目が覗いている。その目がニコリと笑った。
しかしこれも強がりだ。セイギはボッズーに心配をかけない為に嘘をついた。全身には激痛が走っていて、今すぐに気絶してもおかしくない状態であった。
「ケケケケケッ!!!」
そんなセイギに敵は休みを与えてくれない。
「芸術家のヤツ、やられてやんの、馬鹿だなぁ~ ケケケケッ!! つか、イジメのセンスが無いんだよッ!! 頭を潰そうとしても時間がかかんだから、目を潰せば良いのに! プチぃってさぁ! ケケケケケケケケッ!」
セイギとボッズーが空に浮かぶスクリーンに視線を移すと、ピエロが腹を抱えて笑っていた。
「つか、そこの赤いヤツ! 名前何だっけ? バカセイギ?? 違うかぁ!! ケケッ! まぁ何でも良いや! お前、流石だぜ! 王が標的に定めただけの事はあるねぇ!」
「標的に定めた? それはどういう意味だ!!」
セイギはスクリーンに向かって叫んだ。
すると、ピエロは耳を押さえる。
「ひぇッ吠えた! 怖い! 怖いよぉ~! ケケケケッ!!」
「この野郎……ふざけんな! 質問に答えろ!! くだらねぇ冗談を挟まなきゃ、お前は話せないのか!! 『標的に定めた』って、それは俺を殺さないって話と繋がってんのか!!」
「ケケケケッ!!」
ピエロはガラついた声で笑い続ける。
「吠えるなっての! 分かってるよ、ちゃんと説明してやるさ! 良いか? 今から俺が言う事をよぉ~く覚えておけ! 俺達はなぁ、破壊を望んでいるんだ、この世界全ての破壊を!!」
ピエロは両手を広げた。まるで革命家か独裁者の演説の様に。
「破壊……それは"死"だ。んで、人を殺すのは簡単だ、頭に銃を突き付けて……バンッ!! これで終わる、でも、それじゃあ面白くはない! ケケケッ!!! 本当に面白い破壊は、じわりじわりとだ。一発で仕留める事なんかしない、指を一本一本、骨を一本ずつ折ってやって、火をつけるのも良い!! 焼き鳥だ!! ケケケッ! 最後には生まれてきた事を後悔させ、涙を流させてブチ殺す!! ……それが一番面白い!!」
「何が面白いだ、やめろッ!! お前のふざけた理屈なんて聞きたくもない!!俺は、 王が俺を標的に定めた、その意味を聞いてんだ!!」
身振り手振りを使って仰々しく語るピエロにセイギは拳を握る。が、ピエロは『やめろ』と言われても止まりはしなかった。
「おいおい、止めんなよ馬鹿!! お前は黙って聞いとけってぇ!! 良いか? これはお前たち、人類に関わる事なんだよ…… 今話したのは俺達の《王に選ばれし民》の総意だ。でも、そうは思っていても、今日は楽しみを捨てて、お前等人類をドカーンって一発で殺してやるつもりだったんだよ! ケケッ! でも、それをお前が邪魔した、苛つくぜ! だから俺達と我が王は方向転換を決めた!! 楽しもうって決めたんだ!! お前たち人類を苦しませて、苦しませて……恐怖を味あわせてからブッ殺してやるってな!!」
「ふざけんな!! そんな事俺がさせるか!!」
倒れるボッズーに寄り添っていたセイギは立ち上がった。手は震えている。震えの理由は既に痛みからではなくなっていた。怒りによる震えである。
命を嘲り、奪う事を楽しいと笑うピエロと、世界を守る決意を胸に生きてきたセイギとでは世界の見方が全く違う。ピエロの発する言葉全てが、セイギの逆鱗に触れたのだ――しかし、
「セイギ……怒りを制御するんだボズ」
怒りに震えるセイギにボッズーが声を掛けた。
ボッズーは起き上がり、真剣な眼差しでセイギを見詰める。
「怒りは行き過ぎると、いつか憎しみに変わるボズよ、抑えろ……自分自身と戦うんだボズ」
そう言うとボッズーは、片翼だけを使って飛び、セイギの肩に留まった。
希望が捕まっていた工場でもボッズーはセイギに言った。『怒りよりも、優しさや勇気、未来を夢見る心、そして愛……その心を大切にしろ』と。この考えはピエロを前にしても変わらない。だからボッズーはセイギの怒りを静めようとする。
「分かってる……」
セイギは頷いた。
「ボッズーの言葉、忘れてねぇよ。あの言葉を俺は心に刻んだ。怒りは暴走させねぇ……怒りを抑えられずに自分自身に負ければ、ピエロにも負けた事になんだからな!」
セイギもボッズーの考えを分かっていた。
爆ぜる寸前の怒りをセイギは懸命に静めに掛かる。……が、ピエロの命に対する嘲りは続いていく。
「『そんな事俺がさせるか』ってさせんだよ!! ケケケッ! さぁさぁ、こっからがお前の話だ! お前が聞きたくて仕方がない話だ! 良いか? 人類は王の配下である俺達が滅ぼす。そう、これは決定事項ッ!! 滅亡へのカウントダウンは王が定めた、明日から始まる365日ッ!! 一年だッ!! たった一年で、人類は俺達の手に寄って死に絶える!! ケケッ! でもな、お前だけは違うんだ――」
ピエロは舌舐りをし、ニチャリと笑った。
「――お前はな、王の戯れの相手に選ばれたんだよ、だから俺達はお前だけは殺さない、お前を殺すのは、我が王だ!! 王がお前を殺すッ!! 標的に定めたってのはそういう意味だ! ケケッ! でも、すぐじゃねぇ! 王はな、お前に極上の生き地獄を味合わせるつもりだ!!」
ピエロはセイギを指差しながら机を乗り出した。その目は血走っている。ギョロリとした白目の中に血管が浮き出いてて、興奮しているとよく分かる。
「お前が死ぬのは最後の最後だってさ!! お前以外の全てが滅んだ後、最後の最後にお前は死ぬんだよ!! お前が俺達に歯向かったせいで、お前が愛し、守りたいと思った人間が地獄を見る、苦しみ悶え、お前を恨んで死んでいく……その姿をお前に見させるんだって!! ケケケケッ!! 流石、我が王だぁ!! 面白い事を考えるよなぁ!!!」
唾が飛び散り、徐々に白く濁っていくスクリーンの中でピエロは起き上がった。再び両手を広げた。
「おぉおぉ!! 全世界の人類よ、今の俺の話が聞こえたか!!」
分厚い舌で唇を舐めながらピエロは言った。
「『俺の話が聞こえたか』……だとボズ?」
ボッズーはこの言葉が気になった。
それから思い出す。ピエロが現れた時に『この放送は全世界の皆さんの"耳"にも届いている筈』と言っていた事を。
「……って事は、どういう手段を使ってるか分かんないけど、ピエロの言葉は世界中の人々の耳に届いているのか?」
ボッズーは『もしかして……』と思いながら、固唾を飲んだ。
そして、ピエロは喋り続ける。
「ケケケッ! どうだぁ? 全人類よ、絶望したかぁ? いや、楽しみだよなぁ!! 自分がどんな死に方をすんのか想像するだけでワックワックするよな!! その内お前たちの死を、きれぇ~~いな箱に詰めてプレゼントしに行くからよぉ!! 楽しみに待ってろよ!! ケケケケケッ!! 恨みたいなら俺達じゃないぞ、俺達に歯向かってきたバカセイギを恨め!! ケケケッ!! 可哀想にぃ、お前たちにはもう幸せを感じる一時なんて、一瞬も――」
「うるせぇなぁ」
――セイギが呟いた。
「ん?! バカセイギ、なんか言ったか???」
ピエロは業とらしく首を傾げる。
そんなピエロをセイギは指差す。
「うるせぇって言ってんだよ……くっだらねぇ事をゴチャゴチャ言ってんじゃねぇ!!」
指差し、セイギは叫んだ。
「これ以上、命を馬鹿にする言葉をほざくな!! お前等が俺を殺さない理由も分かった、だからもう黙れ!! いい加減理解したぜ、質問に答えてくれて、どうもありがとうだッ!!」
「おぉ~~また馬鹿がキャンキャン吠えたぁ!! うるさいのはどっちぃ~~!! 吠え癖ついて躾が悪いぜぇ!!ケケッ!! よぉし分かった! そんなに吠えたいなら、お前の声も、いやサービスだ! そこの鳥ちゃんも加えてやろう! お前たち二人の声も世界中の皆の耳に届かせてやる!!」
ピエロはセイギをおちょくる様に舌を震わせると、鼻の頭に付いた灰色の玉に触れてクルクルと回した。
「ケケッ! ほらほら、これで良いぞ! 喋れ、喋れ! 怒鳴れ、怒鳴れぇ!!! 世界中の皆にお前たちの声を聞かせてやれぇ!! ケケッ!! でもなぁ、お前の怒りはなぁ、怒りじゃない、"狼狽"って言うんだよ!! 焦ってるんだッ!! 『いやぁ~ん、怖ぁ~~い!』って言ってんだよ!! ほらほら、サッサと世界中にお前の情けない声を響かせろ!! ケケケケケッ!!」
ピエロの言葉に嘘がなければ、今度はセイギ達の声も世界中の人々の耳に届くようになったらしい……
「んっ、どうした?? 叫べよ! 怖じ気づくなよ! ほら、相方が喋らないなら鳥ちゃんでも良いぜ! ほぉ~らほら、みぃ~~んなにッ! お前たちの声を聞かせてやれッ!! 『怖いよぉ~~、嫌だよぉ~~、死にたくないよぉ~~、この野郎ぉ~~』ってな! ケケケケッ!!」
これ見よがしにピエロは煽る。
煽れば煽る程にセイギの感情が乱れていくと考えているのだろう。
「セイギ……」
ボッズーも同様に考えていた。セイギがまた怒りに震えるだろうと――しかし、違った。
「大丈夫……アイツの挑発には乗らねぇよ」
セイギは囁いた。口調はとても穏やかだ。
続けてセイギは笑う。「へへっ!」といつもの声で。
「怒りは制御完了っ! 今、俺の中で燃えてるのは、勇気――いや、愛か? それとも、優しさ? 世界の平和を夢見る心かな? へへっ! どれかは自分じゃよく分かんねぇけど、俺の心は穏やかだよ、だからアイツの挑発には乗らねぇ」
セイギは肩に留まるボッズーの頭を撫でた。
「セイギぃ!」
撫でられたボッズーはセイギと同じになる。
ボッズーの顔にはニカッとした笑顔が浮かんだ。
そんな二人にピエロが割り込む。
「おいおぃ~~何を二人だけでボソボソ喋ってんだよぉ!! もっとデカイ声で喋んないと聞こえないだろ!! ほらほら早くぅ~~!! お前の恐怖の声を聞かせろよぉ~!!!」
ピエロは再び煽った。しかし、ピエロがどんなに煽ろうがセイギには効かない。
「俺はお前の思い通りにはならないぜ、へへへっ!!」
セイギは大きな声で笑った。腰に手を当て、少し大袈裟なくらいに。
そして、またピエロを指差す。
「んでな、お前の思い通りにならないのは俺だけじゃない、世界中の皆がそうだ!! 誰もお前等の思う通りにはならねぇ!! 何が『楽しい』だ、そんな楽しみ俺が全部奪ってやるぜ!!」
「なにぃ……奪うだとッ?? どういうつもりで言ってるんだ!! つか、お前は何で笑ってやがる、もっと絶望しろよ!! お前の絶望した顔を見せろ!! お前の笑顔なんか何にも面白くないぞ!!」
ピエロは口をすぼめたおどけた顔をするが、眉間だけには深い皺が寄った。
続けてセイギは言い返す。笑顔を浮かべ続けながら。
「へへっ! お前を面白がらせて何になる!! 悪いけどなぁ俺は絶望なんてしない! 俺は希望を見ているからな!!」




