第4話 王に選ばれし民 5 ―ガキセイギは負けないッ!!!!!―
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「ヤバイッ!! ボッズー、ごめん!! 投げんぞ!!」
「え?!」
「そんな状態の時に悪いけど!! 上手く逃げろ!!」
セイギは突然、ボッズーを宙に放り投げた。あれ程『離しはしない』と強く抱き締め、『絶対に守る』と誓ったボッズーをだ。
しかし、今はこの方法しか無かった。
拳は二つになってしまったのだ。拳が殴りかかってくるスピードは速い、この事は最初に現れた拳と戦っているセイギは知っている。だから予測がつく、一対一であったならば弾き返すだけの防戦であっても戦い続けられるだろうが、二つになってしまえば一つの拳を弾き返した後にもう一つの拳に殴られてしまうだろうと……だからセイギはボッズーを宙に放った、既に傷付いているボッズーを巻き込ませたくなかったから。
そして、セイギの予測は当たった。
先に現れた拳を弾き飛ばし、ボッズーを宙に放り投げた瞬間、新たに現れた拳が勢いよくセイギを殴ったのだ。
「くわぁ……あぁ……」
殴り飛ばされたセイギは宙を舞い、屋上に全身を叩き付けた。
「セイギィ!!!」
放り投げられたボッズーは、殴られるセイギの姿を空中で目撃した。
この時ボッズーは気が付いた。『セイギはこの攻撃に巻き込ませない為に自分を放り投げたのだ』と。
「コノヤローー!! 許さないぞボッズーッ!!!」
ボッズーは怒った。叫んだ。絶叫しながら芸術家に向かって飛んで行く。ボッズーは考えた。『拳の動きを止めるには芸術家に攻撃するが一番早い』と。しかし、現在のボッズーは右翼を傷付けている。左翼を使った飛行しか出来ない、スピードが出せない。ビュビューンモードに変形が出来れば加速の勢いを利用した突進も可能だが、今は不可能。懸命に飛ぶしかない。が、そんなボッズーを芸術家は嘲笑う。
「おぉ~~~♪ 天使の翼を持つ者よぉぉぉ♪ 傷付いた翼を圧してでもぉぉぉ♪ 友を救おう♪ 勇ましくぅ♪ その姿、勇気ある者、真の勇ぅ者ゃあ♪♪」
芸術家はリズミカルに歌った。
歌に合いの手を入れるかの様に、ボッズーの背後からは鈍い音もする。まただ、またセイギが殴られたのだ。
「セイギィ………うぅ……セイギィ」
ボッズーは歯痒かった。
正義を今すぐに空へと逃がしてあげたかった。
しかし、傷付いた体ではスピードは出せない。セイギを助けようと彼を空に連れ出しても、直後に二人纏めて拳に殴られてしまうだろう。そうなれば共倒れ。だからボッズーは考えた。『今自分がやるべき事は芸術家の邪魔をする事、芸術家の邪魔をしてセイギに逆転の切っ掛けを与える事だ……』と。
だから、ボッズーは歯痒くとも振り返らない。痛みに悶えるセイギの叫び声が耳に届いても、感情に任せて振り返る事はしない。
「アダムとイブは蛇にそそのかされましたぁぁ♪」
芸術家はボッズーを嘲笑う歌を続けた。
「そしてお前は蛇に! ケケッ! 束縛されるぅ~!!!」
続けて合いの手を入れた者はピエロだ。ピエロは巨大スクリーンの中からボッズーとセイギを指差して笑っている。
「ふふふん♪」
芸術家の歌に鼻唄が混じった。
それから再び芸術家は筆を振るう。自分の顔の正面に一筋の線を描いた。
「さぁ♪ 行くのですぅぅ~~♪ ニョロニョロニョロニョロォォ~~~♪」
「なにぃ!!!」
芸術家が描いた線は『ニョロニョロ~~♪』の言葉と共に白い蛇へと変化した。そして、ボッズーに向かって飛び掛かる。
「うわぁっ!! や……やめろ!!!」
飛び掛かった蛇はボッズーの体に巻き付いてくる。
「うっ……くぅ……うわぁぁぁ…」
ギリギリ……ギリギリ……
ボッズーは全身を絞められた。芸術家まであと僅かで届きそうな距離に来ていたが、ボッズーは墜落。冷たいコンクリートの上へと落ちてしまった。
「クッソ!! 放せボッズー!!」
ボッズーは抵抗するが、芸術家が描いた蛇は只の蛇ではない。鋼鉄の様に硬く、振りほどこうとしても無理だ。
「うわぁぁぁーーーー!!!」
そしてまた、セイギの叫び声が聞こえてきた。
「セイギ!!!」
蛇を振りほどこうと踠くボッズーは転がり、後ろを振り向く形に。視界には二つの拳に弄ばれるセイギの姿が映る。
「やめろ!! やめてくれボッズー!!!」
拳は遊んでいた。起き上がりこぼしで遊ぶ子供の様にセイギを殴っては転がし、立ち上がるのを待っては又殴る。何度も何度も繰り返す。
立ち上がっても、立ち上がっても、二つの拳が間髪入れずにセイギを殴る。
「おぉ♪ おぉ♪ 踊れぇ~~♪ 踊れぇ~~♪ もっともっと優雅な踊りを続けなさぁ~~い♪」
『ご機嫌だ♪』とでも謂う様に芸術家の歌声は高くなった。
「転がってぇ~~♪ ハイ、立ち上がってぇ~♪ OH~コンテンポラリぃ~~~♪ 」
セイギがコンテンポラリーダンスを踊っている、とでも言いたいのか、挫けずに立ち上がり続けるセイギにも芸術家は嘲笑いの歌を向ける。
しかし、
「へへっ!」
セイギは笑った。
「悪いけど俺に、ダンスのセンスは無いぜぇ……流行りのダンスも俺にかかりゃ、盆踊りだかんな!! ウッッッ………」
「ハイ、また転がるぅ♪ もう♪ 強がりですねぇ~~♪」
『強がり』――芸術家の言う通りだ、セイギの笑顔は強がりである。
「う……うぅ……」
セイギの限界は近かった。体は痛みに震え、大剣を杖にしなければ立ち上がれない。
仮面には稲妻の様な亀裂が右前頭部から斜めに走ってしまっている。戦う為だけでなく、装着者を守る為にも存在する英雄の鎧ですらも悲鳴を上げ始めているのだ。
「ちき……しょ……」
それでもセイギは諦めない。何度も殴られ、転がされても、立ち上がる。
弱音は吐かない。前だけを向き、震える体であっても両手は闘志を抱いて固く握られている。
「Oh♪ 傷付いても踊り続けるぅ♪ それは希望を忘れずに輝く未来を夢見ているからぁ~~♪ あん♪ ならばもっと踊ってぇ~~♪」
「踊りは苦手だって言ってんだろ………うぅッッ!!」
立ち上がり続けるセイギを見て、芸術家が嬉しそうに歌い、セイギはまた殴られた。
新たに与えられた衝撃が亀裂の走る仮面に最後の一手を加えた。仮面は斜めに割れて、破片が涙の様に落ちていく。割れた仮面の奥からは血と汗で濡れたセイギの髪と、未だに闘志を燃やし続ける右目が覗いた。
「まだだ……まだ!!」
セイギは大剣を杖に立ち上がろうとする。
……が、敵は残酷な方法を知っていた。
拳が手を開く、大剣を薙ぎ払う――
「あっ……!!」
大剣は屋上の外へと飛ばされてしまい、支えを失くしたセイギは前のめりに倒れてしまう。
「ケケケケケッ! 無様だなぁ!!」
この姿をピエロが笑った。
「可哀想で見てらんないぜ、芸術家ぁ!! サッサとトドメを刺してあげろって!! ……てっ、そっか、王はコイツを殺すなって言ったんだっけ! あぁ~残念無念!! なんて可哀想なんだろぉ~~!!」
ピエロは業とらしく頭を抱えた。
その姿を見ながら芸術家は鼻を鳴らす。
「ふふふん♪ピエロさん~♪ 王の言葉を忘れてはいけない~~♪ あの子は殺しちゃいけないのぉ~~♪ ほらほら、見て見てぇ~~~♪ あの子に、私は自らの技を見せました♪ 私の怖さで傷を負わせたぁ~~♪ これは王から受けたご命令ぃ~~♪ 私はとっても仕事が出来るぅ~~♪」
「何が仕事が出来るだよぉ~! このぉ三角野郎がぁ〜落書きしか出来ないくせにぃ~!!」
「落書き? ふふふん♪ 貴方こそ喋っているだけぇ~~♪ あぁ~唾が飛ぶぅ~~♪ 汚いぃぃ♪ 貴方はこの子に傷の一つでも付けましたかぁ~~♪」
「うるせぇ!! この野郎!! ケケケケケッ!」
ピエロと芸術家は業とらしく罵り合った。
ふざけているのだ。
しかし、そんな事などどうでも良い。芸術家とピエロの戯れなどどうでも良いのだ。
それよりも、セイギだ。
彼はやはり諦めない。どんなに笑われようが、大剣を失おうが、諦める事はしない。柵の無い屋上の端で冷たい風に背中を吹かれながら、芸術家とピエロが戯れている隙をついてゆっくりと立ち上がったのだ。
「おい……」
セイギは芸術家とピエロの会話を遮った。
「お前等……何でなんだよ、あの魔女って婆さんも、お前も、俺を殺さないって言うけど、何でなんだ」
「OH~~♪ まだ立ち上がる力が残っていたのですねぇ~~♪ 驚きましたぁ~~~♪」
呼び掛けられた芸術家はセイギが立ち上がった事に気付く。と同時に、芸術家がピエロのスクリーンを見上げた時に動きを止めたていた両拳もピクリと動く。
「答えろ……王だか何だか知らねぇけど、何でソイツはそんな命令をすんだ!!」
割れた仮面から覗いたセイギの目が芸術家を鋭く睨む。
「ソイツぅ? オホホホホホォ~~~~♪」
セイギの言葉に芸術家は大袈裟に笑った。笑うが、殴られる正義を見て高くなっていた歌声が再び低く変わる。
「君は今、『ソイツ』と言いましたかぁ♪ 我が王に向かって『ソイツ』と♪♪ 聞き捨てなりませんねぇぇ~~~♪」
芸術家はセイギの言葉に怒りを抱いた様子。空中に浮いていた両拳は屋上に降りていく。セイギを左右から囲んだ。
「本来ならばぁ~~♪ 君はとっくに殺されているのですよぉ♪ 全ては王の優しさぁ~♪ 王が私達に命じなければぁぁ♪ 私達は君の命を簡ぁ~単に握り潰せたぁぁ~~♪ でも君は生きているぅ~~♪ 王に感謝するべきぃ~~♪ それなのに君は王を侮辱したぁぁぁ~~~あぁ~~~♪♪」
「だから、何でソイツはそんな命令をするのか!! その理由を聞いてんだよ!!!」
「ホホホホホォ~~~♪ 生意気なガキですねぇ~~♪ 殺してやりたい……殺してやりたい……殺してやりたいですねぇ~~~♪♪」
「ケケケケケケケケッ! やっちゃえ! やっちゃえ!!」
怒る芸術家をピエロが囃し立てる。
「ノンノン♪♪ ピエロさん、それはダメですよぉ~~♪ だ・け・ど♪ もう少し痛め付けましょうかねぇ~~♪♪」
そう言うと芸術家は、両手を肩の高さまで上げた。
「テハンドよぉ〜♪ 生意気な英雄をギタギタにしてあげてぇぇ〜〜♪」
この言葉と共に芸術家は両手を素早く振り下ろす。
『テハンド』とは拳の事を謂うのか、セイギを挟む形で構えていた両拳が直後に手を開き、蝿を叩き潰す様にセイギを叩いた。
「うわッ!!」
――セイギの叫び声が屋上に響く。
「ふふふん♪」
セイギを挟んでも拳の動きは止まらない。拳はセイギを挟んだまま、指と指を組み合わせて強い力を加えてくる。
「うぅ……くっ……あぅッ」
絡まりあった指と指の間からセイギの頭だけが出ているが、セイギは呼吸が苦しくなる。拳が握り潰そうとしてくるからだ。
殴られ続けて全身に痛みを負ったセイギは更に傷付く。腕も足も体も、全身の全ての部位がゴキゴキと音を鳴らし潰れていこうとする。
「ホホホホホォ~~♪ 王に悪態をついた罰ですよぉぉ~~~♪」
「やめろ!! やめろボッズー!!」
拳に挟まれたセイギを見詰めてボッズーが叫んだ。彼は蛇に対抗し続けているが逃れられずにいる。
「OH~~♪ ここにも口の汚いお馬鹿さんが居ましたねぇぇ~~♪」
芸術家はボッズーを睨んだ。睨み、近付き、転がるボッズーの頭を思いきり踏みつける。
「うわッ!!」
「ふふふん♪ ペットと飼い主、二人揃って同じ泣き声ぇ~~~♪ 良い歌声ですぅ~~ホホホホホォ~~♪♪」
芸術家は体重をかけてくる。
セイギとボッズーを痛め付ければ抱いた怒りも消えるのか、芸術家は怒りの表情を消して満面の笑みを見せた。
「……め……ろ」
「ん♪」
「やめ……ろ……」
「なにぃ♪」
セイギの声だった。
芸術家はボッズーから目を離し、再びセイギに視線を移す。
「やめろ……って言ってんだ……、ボッズーから離れろ……」
「OH~~♪ まだ元気みたいですねぇぇ~~♪」
「うる……せぇ……ボッズーから離れろって言ってんのが聞こえねぇのかよッ!!」
「ホホホホホォ~~~♪ 怖いですねぇ♪ いいえ、嘘♪ 君はもう私に逆らう事は出来ませんからぁ~~~♪ 体がボキボキに折れる痛みに耐えながらぁぁ~~~♪ 可愛いペットが踏み潰される姿を見るがいぃ~~~♪」
芸術家はセイギを嘲笑いながら、より強い力でボッズーを踏みつける。
「うがぁッッ!!!」
ボッズーは叫んだ、絶叫した、ボッズーの頭を覆うタマゴの殻が音を立てて欠けてしまう。
「ホホホホホォ~~♪」
「やめろ……やめろってんだぁぁぁーーー!!! その足を退かしやがれぇぇぇ!!!!!」
ボッズーの絶叫を耳にして、セイギは吠えた。
そして――
「え……♪」
「へへ……嘘だろ………ボズ」
ボッズーですら驚いた。
それは、セイギを握り潰そうとする拳と拳の間が徐々に開き始めたからだ。
✕を描くように絡まり合っていた親指と親指が離れ、頭しか見えなかったセイギの体が徐々に見え始めた。拳の中でセイギは、重たい扉を腕ずくで開く様に、両腕に力を込めて拳と拳を無理矢理に離そうとしているのだ――ボロボロの傷付き過ぎた体にもかかわらず、友を、ボッズーを救う為に、セイギは自分の限界を超えようとしていた。
「お前ら……俺達をナメるのもいい加減にしろッ!! 絶対に後悔させてやる!! 絶対にッ!! 絶対にだぁぁぁッッッ!!!」
雄叫びあげてセイギは、緊縛からの脱出に成功した。
「うおぉぉぉぉぉぉぉおッッッ!!!」
僅かに開いた拳と拳の間から抜け出し、セイギは駆け出す。
「ドリャーーー!!!」
セイギは跳んだ。走り幅跳びが如く跳び、空を駆けた。
「ボッズーから離れろって言ってんだぁーーー!!!」
「な……♪」
芸術家は口を開き、呆然と立ち尽くす。拳の緊縛から脱出されるとは余りにも想定外過ぎたのだろう。
否、芸術家にとって更に想定外な事態は続く。
空を駆けるセイギは、膝を抱え込む格好で回転すると、
「オリャーーー!!!」
片足を伸ばし、落下する勢いに乗って芸術家の顔面に激烈な跳び蹴りをくらわせたのだ。
「グワァァッッッ!!!」
芸術家の高い鼻は『ボギラッ!!』と音を立てて折れた。
歌う余裕を失った芸術家は、苦悶の表情を浮かべながら体を仰け反らせて屋上から落ちていく。




