第4話 王に選ばれし民 4 ―王に選ばれし民 芸術家―
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「ここなら敵が来てもすぐに分かる、見張りは俺に任せてボッズーは休んでくれ!」
セイギは屋上に着地すると、左手を後ろに回してボッズーを背中から離した。
ボッズーの方は「うん……」と頷き、「五分だけ休ませてくれボズ、そしたらまた飛べるから」と目を瞑った。
そんなボッズーを片手に抱いて、セイギは空に視線を移す。大剣を握る右手には汗を感じている。セイギは緊張しているのだ。
セイギとボッズーが降り立った屋上は、塔屋が一つあるだけの見通しの良い屋上である。屋上に誰も居ない事は着地する前に確認してあるが、敵がこのまま自分達を休ませてはくれないだろうとセイギは分かっていた。だから緊張する。だから空を見る。『敵が来るなら空からだ』とセイギは考えているから。
― 追手は必ず来る……今度は俺がボッズーを守る!!
緊張を覚えているが為に、セイギは息巻き、眼差しは鋭い。セイギが見上げる空ではスクリーンに映るピエロの「ケケケッ」という不気味な笑い声が響き続けている。
「アイツは何が可笑しくて笑ってんだ……」
ピエロの笑い声を不愉快に思うセイギは眉を顰めた。が、すぐに開く事になる。
「あぁ~~~♪ あぁあ~~~~♪」
「ん?」
「あぁ~~~♪ あぁあ~~~~♪」
突如、何処からか歌声が聞こえてきたからだ。その歌声は空からではない。
英雄の姿でいる時は聴覚も鋭くなる。歌声を発する者が近くに居ると分かり、セイギは驚き、急いで辺りを見回した……しかし誰も居ないに変わりはない。
「あぁ~~~♪ あぁあ~~~~♪」
「……ッ!!!」
しかし、聞こえてくる。歌声はバリトンだ。とても低く、地面から響く様な声だった。
「な……なんだボズ?」
聞こえてきた歌声に、ボッズーも瞼を開いてしまった。
「セイギ……じゃないよなボズ?」
「いいや違う、何処だ!!」
ボッズーに向かって首を振ると、セイギは右手に持つ大剣を握り直した。
セイギは察したのだ。新たな敵の出現を。
スクリーンに映るピエロの笑い声も不気味であり、不愉快であるが、聞こえてきた歌声もソレと同質で英雄のボディスーツに隠れたセイギの肌を粟立たせるモノだったからだ。
「あぁ~~なんて勇敢なお方ぁ~~♪ 友を思いぃ~~♪ 友の為に剣を握るお姿はぁ~~♪ 正に芸術ぅぅ~~♪」
『もう少し休ませてくれたって良いのに……』とセイギが唇を噛むと同時、歌声が喋り始めた。まるでミュージカルかの様に、抑揚を付けて仰々しく歌いながら喋り始めた。
「しかしぃ~~真の芸術はぁ~~~♪ 破壊から生まれるぅ~~♪」
「誰だ、何処に居んだ!!」
セイギは再び辺りを見回した。否、『再び』ではない。既に何度も見ている。屋上の全域を、空を、何度も、何度も。が、誰も居ない―――筈であったが、セイギの頭上に影が差す。
「!!!」
影に気付いたセイギはボッズーを更に強く抱き締め、頭上を見た。
「なッ!!!」
頭上にあったモノにセイギは驚く。
「こ……こぶし?!」
拳だったからだ、セイギの頭上にあった物は拳、巨大な拳であった。
"手首から先だけ"の巨大な拳が『今すぐにでも殴ってやる』とでも謂う様にセイギの頭上にあったのだ。
「ちくしょう!!!」
セイギは驚き固まったままでは一貫の終わりと察し、咄嗟に走り出す――直後、背後から衝撃音が聞こえた。
最前までセイギが立っていた場所を拳が殴ったからだ。
「ピエロや魔女の次は"拳"かよっ!!!」
セイギは身震いしそうになる自分を必死に押し殺して必死に走った。
ドカンッ!!
ドカンッ!!
ドカンッ!!
ドカンッ!!
しかし、逃げるセイギを追って拳は屋上を殴り続ける。衝撃音は続く。屋上のコンクリートは殴られ、粉砕され、次々と穴が空いていく。
衝撃音を聞きながらセイギは歯痒かった。ボッズーを守ると息巻いた直後に敵に追われてしまっている状況を情けなくも感じた。
傷付いたボッズーを休ませる為にこの場所に下りたのだから現在のセイギは空を飛べない、ならば敵の攻撃を回避するには走らなければならない。だが、走り続ければ巨大な拳によって屋上は破壊し尽くされてしまい、その内に逃げ場は失くなる。逃げ場を失えばやられるだけだ、ボッズーも守れない。
― ボッズーは俺を守って傷付いたんだ、だから次は俺が守るんだ……なのに、なのに、このままじゃやられる、しかも拳はデカイ、やられるのは二人纏めてだ、ボッズーは既に傷付いてるんだ、そんな事になったら、そんな事になったら、だったら……だったらッッ!!やられる前にやってやるッッ!!!
「うぉぉお!! そっちがその気ならやってやんぜッ!!!」
セイギは決めた。走る事をやめると、逃げる事をやめて戦うと決めた。勇猛果敢に後ろを振り向き、ボッズーを片手に抱えたまま大剣を振り上げた。
ガキンッ――と拳と大剣がぶつかり合う。
二つの力は同等だった、否、僅かに拳の方が強いのか、拳が大剣を押してくる。
「ウォォォッッ!!! 負けるかぁーーー!!!」
セイギは負けなかった。全力を右腕に込めて、豪速球を打ち返すかの様に拳を無理矢理に弾き返した。
「くっそッ! まだ来るかぁッ!!」
だが拳も強い。弾き返されても止まらなかった。再びセイギに向かってくる。
「だったらまた弾き返してやるぜッ!!! ドウリャ!!!」
セイギは吠える。が、しかし、
「ゼアーーーッ!!!」
弾いても、弾いても、
「ハァッ!!!」
「テェアーーーッ!!!」
拳は止まらない。止まらないだけでなく、攻撃は与えられているのに、ダメージを与えられている感じが全くしなかった。
「巨大な敵にも立ち向かうぅ~~♪ 勇敢な心ぉ~~~♪ それは芸術ぅぅ~~~♪」
「歌うなッ!!! 歌う拳っていったい何なんだよ!! ドリャッッ!!」
空中には見えない支点でもあるのだろうか、何度弾いても拳は振り子の様に飛んでくる。
「あっ!! セイギ!! 違うボズ!!」
その時、ボッズーが声をあげた。たとえ傷付いた体でもセイギと共に戦おうとするボッズーの意思は変わらない。ボッズーはセイギが拳と戦っている間に周囲を見回して敵への対抗策はないかと考えていた――だから、見えた。
「違うボズ!! 違うボズよ!!」
ボッズーは気付き、叫んだのだ。
「違う? 違うって!! なんだ!!」
「あそこボズ!! あそこに白い服を着た男がいるボズよ!!」
ボッズーには見えた。敵の真の姿が。
セイギが拳と戦う向こう側、柵の無い屋上の端、その場所に立つ男の姿がボッズーには見えた。ボッズーは急いで男が立つの場所を指差す。
「あそこ?? ……トリャッ!!!」
セイギは急いで拳を弾き飛ばし、ボッズーの指差す先を見る。
「……あッ!!!」
漸くセイギの目にも映った。最前まではそこには誰もいなかった筈であるが《王に選ばれし民》は神出鬼没な存在なのか、いつの間にやら立っていた。
「私は拳ぃ♪ いえいえ違うぅ~~♪ 私の名前は《芸術家》~~~♪」
それは三角形の帽子を被った白装束の男。男は腹の前で両手を組んで歌っている。
ビブラートをかける度に男の顎は震えた。長い、長い、顎がブルブルと。この男、顔の半分を顎が占めている。
長い顎の男も、《ピエロ》や《魔女》と同じく白い顔をしていた。まるで色付けられる前の塗り絵の様な白さだ、白とするよりも“無“とする方が正しい白さである。
そして、この男の一番の異様な点は長い顎を持つ顔の形だった。男の顔には一切丸味がないのだ。
顔の形は頭に被っている三角形の帽子とは真逆に、逆三角形に尖っていて、顔の中も三角形ばかりだった。眉は小さな三角形、目は眉より少し大きな逆三角形、上唇は三角形を二つ並べた形で、下唇はその逆だ。耳は尖っていて、よく見れば斜めに倒した三角形であり、高い鼻は三角形を数個重ねて出来ている。
男が着た白装束にも、何処かに三角形が隠されているだろう。そう思わせる程に男は三角形だらけだった。三角形でしかなかった。
「な……何だお前は!!」
男を発見してセイギが発したこの言葉は『誰だお前は?』という意味と『何だこの変な男は!!』という二つの意味が籠められていた。
ピエロそのままの姿の《ピエロ》や、ローブを纏った老婆の《魔女》とは違い、三角形だらけの男は見た事も想像した事も無い姿であったから。
「何だとは何ですかぁ~~♪ ですから私は《芸術家》~~~ぁ♪ 絵を描く事がお仕事ですぅ♪」
三角形ばかりの男は、再びセイギに名乗った。
それから『絵を描く事が仕事』の言葉が真実と証明する様に「ふふん……♪」と鼻唄を歌いながら白装束の懐から一本の筆を取り出した。
この筆も男の顔と同じだ。毛先から何から全てが白い。
「ふふん♪ ふふふん♪♪」
男は取り出した筆をまるで指揮棒の様に振るった。筆が通った後には白い線が残る。"空中に絵を描き始めたのだ"。
「空中に絵……何するつもりだ!」
《芸術家》の存在に気が付いてから、《芸術家》が空中に絵を描き始めるまでの間もセイギは拳と戦い続けていた。その為に《芸術家》が“何かをする“と気が付いてもセイギは動けない。何度弾き返しても、拳が向かってくるからだ。
「セイギ!! 俺を行かせろ!! 俺も戦うボズ!!」
ボッズーはセイギの腕の中で暴れた。ボッズーは苦戦するセイギを見て『自分も戦わなくては』と思った。
「ふふふん♪ 出来上がりぃぃ~~~♪」
だがもう遅い、芸術家は描き上げてしまった。描き上がった絵は、はじめは枠しか無かった。だが、芸術家が『出来上がり♪』と歌うと、その枠の中が一瞬にして白く色付いた。
「うわっ……そういう事か!!」
芸術家が描いた絵、それは拳の絵だった。
セイギは気付く。自分を襲う拳が芸術家の描いた絵だった事を。
「な……ッ! って事は!!」
そして、もう一つ気が付いた。それは、これから起こる出来事だ。




