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第1話 約束の日は前途多難 4 ―快適なドライブは前途多難の始まり―

 4


 トラックから降りてきた男は自転車の前まで来ると、少年を自転車越しに見下ろした。そして、突然話し掛けてきた。


「どうした兄ちゃん? 困ってんのか?」


「えっ、えっと……まぁ、ちょっとぉ……」


 少年は驚き、同時に警戒心も抱いた。

 現れた男は長身でがっしりとした体付きをしていて、更に強面だ。理由がなければ近付きたくはない人物だ。そんな人物が話し掛けてきたのだから警戒心を抱いて当然だろう。が、男の方は少年が警戒心を抱いたと気付いていないのだろう。笑顔を浮かべながら再度聞いてきた。


「困ってんのか?」


「え、えぇ……まぁ……」


 少年は言葉を濁した。その顔には苦笑いが浮かぶ。


「おいおい、なんだよそのぎこちない笑顔は、そんな警戒するなよ! なぁもしかしてこの自転車……ん、柔らかいな、これはタイヤが逝ってるな。はぁ~ん、それでこんな場所で立ち往生してるって訳か。なるほど、兄ちゃん、何処に行くつもりだ、なんだったら俺の車に乗るか?」


「えっ!! お兄さんの? あ、え、でも、えと……」


「こんなタイヤじゃ走るのはもう無理だぜ、俺いま暇だし、兄ちゃんが良ければ目的地まで連れてってやるけど?」


 男は自転車のタイヤを触りながら「どうだ?」と聞いてくる。

 対して少年は「えと……どうしよ」と頭を掻きながらタマゴを見るが、タマゴは直立不動で動かない。


「あ、なんだよ、コノヤロぉ、人形のフリしやがって……あぁ……えぇ~と……えっと……どうしよ」


 少年は男からの提案に困った。強面の男からの提案は悪くもない提案だからである。"旅の足"である自転車が使えなくなってしまった状況で目的地まで向かうには男の乗ってきたトラックに乗せてもらうのは良い選択だ。だが男は初対面、どうしても警戒心を抱いてしまう。少年は他に手段はないか、それとも男の提案を受けるべきかを考えた。


 ― さっきスマホを見た時、時間は12時ちょっと前だったな。って事は今はもう12時は回ってるだろ。約束は17時、自転車を押して徒歩じゃ絶対に間に合わない。それは絶対にダメだ……電車にするにしても、荷物が多過ぎるしな……


 少年の自転車の後方には大量の荷物が入ったサイドバッグが積まれている。その荷物を持ってでは電車でも難しい。


 ― あぁ……"コイツ"に飛んでもらうのが一番なんだけどなぁ……


 少年は人形のフリをして動かない足元のタマゴを見た。


 ― ダメだ……知らんぷりしやがって……


 そのまま視線を男に移すと、ニコリとした笑顔にぶつかった。


 ― このお兄さん、顔は怖いけど悪そうな人じゃないよな……それに、これからの事を考えると体力を残せるなら残しておきたいし、ヨシッ……決めた!!


 男への警戒心を捨てると少年は決めた。


「あの、輝ヶ丘なんですけど、良いですか? ちょっと遠いですが!」


 少年がそう言うと男の笑顔は「ほぉ~! 偶然だな」と更に大きくなる。


「偶然?」


「あぁ、俺も輝ヶ丘に行く途中だったんだよ」


「えっ本当に? マジすか?」


「あぁ、マジだよ」


「へへっ! じゃ、是非ご一緒させてください! お願いします!」


「勿論だよ、さっさと荷物載せちゃいな!」


「はい!」


 ―――――


「"アイツ"は来る、そうだろ? ……必ず来る。"アイツ"はそういうヤツだ。今頃、輝ヶ丘に向かっているさ」


 愛は、勇気が発する『アイツ』という言葉の中に親しみや友情がある事を知っていた。勇気が"アイツ"に絶大なる信頼を寄せている事も。だからだろう、勇気がいつも通りの日常を送れているのは。その信頼は愛の中にもあった。"アイツ"に対する信頼が。けれど、日に日に迫る"今日"という日への恐怖がその信頼を忘れさせていたのだ。


「そっか……そうだよね!」


 愛は思い出した。その信頼を。


「絶対来るよね! だって、せっちゃんだもん!」


「あぁ、そうだ」


「うん!」


 愛の顔に本当の笑顔が戻った。その場を取り繕う為のモノではなく、嘘を誤魔化す為のモノでもない、心からの笑顔が愛に帰ってきたのだ。


 そして、愛は「ふふっ!」と笑う。


「でもでも、勇気くんの言葉、いっこだけ否定させて」


「ん? なんだ?」


「せっちゃんを一番に理解してるのはね、私じゃなくて勇気くんの方だよ!」


 満面の笑みを浮かべて愛は勇気の隣に座った。


「だって二人は親友でしょ? 何するのだって、誰と遊ぶ時だって、二人はいつも一緒だったじゃん! 私よりも濃ぉ~い時間を過ごしたでしょ! せっちゃんの事、一番よく知ってるのは勇気くんだよ! 勇気くんに決まってる!!」


「いや、どうだろな」


「えっ、なんで! 誤魔化さなくたって良いのに、せっちゃんに会えるの勇気くんだって嬉しいでしょ?」


 愛は知っている。勇気と"アイツ"の絆の深さを。いや、それは愛だけではない。あの頃の同級生ならば皆が知っている。もしもこの場所に果穂が居れば彼女も愛に同意しただろう。

 しかし、勇気は「ふぅ……」とため息を吐いて返した。


「確かに、桃井が言う通り親友というものを誰か一人に決めろと言うのならば、俺にとって"アイツ"がそうかも知れないな。久々に会えるのも嬉しいよ。だがな、俺がこの街に越してきたのは小二の時だ。桃井はもっと古くからの"アイツ"との付き合いだろ? 家だって近所だ。"アイツ"を一番に理解しているのは、桃井……それはやはり君だよ」


「えぇ! 何でそんな事言うの? 私とせっちゃんは確かに幼稚園からの幼馴染みだよ! でも、流石に勇気くんには負けるんだから!」


「負けるなんてないさ、アイツが引っ越して五年が経つ。今のアイツがどんな顔をしているのか俺には分からないよ。そんな俺が理解者と言えるか?」


「それを言ったら私もだよ、私も今のせっちゃんがどんな顔をしてるのか分からない。そんなのが一番の理解者なの?」


「ふっ……」


 勇気は微笑を浮かべた。


「どうやらこれは不毛な議論らしいな。答えはアイツの中にしかない。俺達が話していても仕方がない。アイツに会って直接聞くしかないな」


「う~ん、どうだろ?」


「おいおい、まだ納得してくれないのか? まぁ良い。それより飯を食おう、このままじゃ昼休みが終わるぞ」


 勇気は「話はもう終わりだ」とパンの袋を開けた。


 ―――――


「いや~本当助かりました!!」


「いやいや、困ってるときはお互い様だからね。それにしてもあの自転車高いでしょ? 勿体ないね!」


 ハンドルを握る男がトラックの荷台に乗った少年の自転車をバックミラーで見ながら言うと、少年はニカッと笑った。


「へへっ! ほんのちょっとバイト頑張っちゃった感じですかね! ま、明日にでも修理に出しに行きますよ!」


「ふぅ~ん、そっか。それで、自転車乗って一人旅? もしかして、日本一周?」


 自転車に積んだ荷物の中にはテント等、旅に必要な一式が揃っている。男の発言は冗談だろうが、本気だとしてもおかしくはない。だが少年の回答は、


「いやいや、違いますよ。一人旅つーか、引っ越しっすかね!」


「引っ越し? 君一人で? 家族は?」


「へへっ! 一人じゃないっすよ。ただ、俺は約束があったんで、家族より先に出発したんです! どーしても、行かなきゃいけない約束なんで!」


「ふぅ~ん。そうなんだ」


「はい! だからちょっと奮発して良いヤツ買ったつもりだったんすけどね……パンクしちゃって」


 少年は助手席からトラックの荷台を振り返った。


「そうかぁ、それは残念だな」


「へへっ! だから本当助かりました!」


「いやいや、全然……で、その約束ってなに?」


「え……?」


 最前まで揚々と話していた少年は男の質問に口ごもる。


「あれ? 言えないやつ?」

 

「あ……いや、えと……そうですね……んとぉ」


 男の質問は初対面にしては少し突っ込んだ質問ではあるが、会話の流れとして当然の質問とも謂える。が、少年は困った顔をして人差し指で生え際の辺りをポリポリと掻いた――頭を掻く仕草、これは少年が考え事をする時に見せる癖だ。


「んと、んと……えっとですね、友達と会う約束……ですかね!」


 と答えたが、少年の顔からはニカっとした笑顔は消えた。

 運転する男はその顔をチラリと見ると更に聞いてくる。


「へぇ~友達とね……これから引っ越しするのに、友達がいるの?」


「え? そうですね……俺、昔、輝ヶ丘に住んでたことあって――」


 と少年が答えると、胸に抱えていたリュックがゴソッと動く――タマゴだ。


 タマゴは今、再びリュックの中に入れられている。

 少年が少し開けたままにしていたリュックのくちを覗くと、タマゴの目が口止めをする様に睨み付けていた。

 その目を見た少年はゴクリと喉を鳴らす。そして、チラリと横を見て男の視線が前方に向けられているのを確認するとリュックに顔を近付けて極々小さな声で、


「最後までは言わねぇよ……でもちょっとだけでも答えないとさ……」


 ガッ!!!


「イテッ!!」


 が……そんな言い訳は通用しなかった。リュックの中で飛び上がったタマゴが強烈な頭突きをくらわせてきたのだ。


「おぉ! ど、どうした?」


「いやいや! なんでもないです、なんでもぉ!!」


 男が驚くと、少年は笑って誤魔化すしかない。今、彼らの目の前の信号は赤に変わった――男は体ごと少年の方を向く。


「兄ちゃん……大丈夫か?」


 額を撫でる少年に向けられた男の目付きは、不審そうな目付きに変わっている。


「え……えぇ、全然大丈夫です!」


 少年は男が自分の額の痛みを心配してくれていると思った。だが違う。


「いや、そうじゃなくて酒とか、クスリ、やってないよな?」


「え……酒、クスリ! いえいえ! まさかぁ!!」


「本当に?」


「本当です! 本当です!! 逆に言えば、今日の俺、コーラ一本しか飲んでないくらいっすよ!」


 少年は熱い眼差しを向けて訴える。


「ほぅ……まぁやってるヤツとは違う感じだよな。酒臭くもないしなぁ」


「でしょでしょ? 」


「うん……じゃあそれはもう良いや。でも、今更だが一つ確認させてくれ。兄ちゃん、本当は家出とかじゃ無いよな?」


「え?」


 少年は固まった。男の疑いに『何故?』と思ったのだ。


「俺の質問を誤魔化そうとするし、挙動不審にはなるしさ。もしそうだったなら困るなぁ、警察沙汰は勘弁だ」


「え! そんなんじゃないですよ!」


 少年は焦った。焦り、口走る。


「大丈夫です! 警察沙汰なんて、そんな……俺、どちらかって言ったら正義の味方ですから!!」

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